ナンパ事件



その日は飲み会で盛り上がって、同じ方向に向かう友達と歩いていしました。
車道側を歩く私の目の前に何やら紙幣のようなものが落ちていました。
ここは繁華街にあるビルの前で、タクシーの乗降客が多い場所。
歩調を合わせていた友達に気付かれないようにすっとしゃがんでその紙を拾いました。
また、友達の隣に並んで、こっそりと掌の中に握り締めたものを見てびっくり
「一万円札」です。
「ねぇ、びっくりしないでコレを見て」
友達に右手を見せます。
「どうしたの?それ?」
「今、拾ったの」
あまり大金を見ることの無い友達と私は、警察に届けるか元あった場所に戻すかかなりの時間話し合いましたが、結局山分けすることに決めました。
私の手元に残ったのは五千円。

飲み会に出発する前よりも所持金が増えて、お財布の中身はもう二万円を越していました。
当時の私には大金でした。

友達が車を置いた駐車場まで見送り、私も自分が車を置いた駐車場に向かいます。そこで少し眠って酔いを覚ましてから帰る予定でした。
あと5分ほどで駐車場に到着するくらいの場所で、斜め後ろから男性の声がしました
「おねえさん」
男性に知り合いは居ないので、人違いだろうと思い聞こえない振りをしていました。

「おねえさんってば。」
男性は足早に駆け寄ってきて私と歩調を合わせて、顔を覗き込みます。
「ねぇ、これからどこか行かない?」
「おねえさん、綺麗だよね。彼氏居る?」
「もう、帰るだけでしょ?」
知り合いじゃないと思っていたら、ただのナンパのようでした。
でも、ナンパというのもそれまでされた事が無かったので、どう対応していいのかわかりません。

とにかくひたすら無視して駐車場に向かうことにしました。

どこまでもついて来る男性に恐怖も感じずに人気の無い広い駐車場を通り抜けよう

としたその時です。
「ただ話がしたかっただけじゃねぇか!」
突然大声になった男性が目の前に立ちはだかったと思った瞬間、私の身体を突き飛ばしました。

すごい衝撃で、砂利が体中に刺さります。
とにかく立ち上がろうと思ったのですが、男性が倒れた私の頭の上からさらに離れたところにしゃがみ、首を絞めてきました。

足をばたばたさせても誰も居ません。

手を上に上げても伸ばしても男性には届きません。

声も絞め付けられている首のせいで出すことができません。

とっさにさっき拾ったお金も入っている財布の入ったバックを体に引き寄せ、両手で抱きしめました。(これだけでも取られちゃいけない)

首を絞められたままどれくらいの時間が過ぎたのでしょうか?
ガガッ、ガガツ。
この二人以外の人間が砂利を踏みしめている音がします。
男性の手が緩みました。そして凄い力で私を引っ張り、立ち上がらせました。

肩を組んで
「いいか、恋人同士のように歩くんだ」と。
立ち上がって駐車場を見渡すと、ちょうど歩いて行こうとする方向に男性が居て、こちらに向かって歩いてきています。

言われた通りに肩を組まれて歩きます。
当然すれ違うだろうと思われた男性が、スーツのポケットから鍵を取り出し、斜め後ろの白い軽自動車の鍵を開けました。
今だ、と思い振り返り
「助けて下さい!!」渾身の力で叫びました。
「ちきしょ~」
また私を突き飛ばし、男性は駆けて行きました。
起き上がり、唖然とした表情で私を見つめる男性に事情を話し、車に乗せてもらいました。軽自動車の男性は親切に駐車場まで送ってくれました。

次の日、何事も無かったように朝ご飯を食べようとして初めて
「ものが喉に通らない」経験をしました。
水は飲めるのですが、固形物は絞められた喉が元に戻るまで通らないようでした。

何日かして友達に首の痣を見せながらこの話をしたのですが、皆『必死になって鞄を両手で抱きしめた』で大笑いです。あの時は必死だったのよ。



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