小説 こにゃん日記

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act.30『しま姉さん』



おいら達は土手の上を歩いていく。
忍者猫が先頭でおいらがその後、白猫は少し遅れるようにしておいらの後をついてきた。
夜の空気を胸いっぱい吸い込むと、おいらの胸はわくわく膨らんだ。
満月が川の水に映って、空からも水の中からも、どこまでもおいら達を追いかけてきた。
橋のあるところまで来ると、おいら達は土手を降りていった。
そこには鴨が眠っていて、おいら達に気がついたのか、あわててばさばさと飛び立っていく。
おいら達は菜の花の中の細い道をたどる。
やがて葦のたくさん生えている水辺に出た。
おいらの足が水に触れてぴちゃりと音を立てた。
おいらもう濡れるのはごめんだよ。
おいらは足をプルプルと振る。
葦の中に棒杭があって、おいらはそこに、古ぼけた平舟がつながれているのに気がついた。
忍者猫は平舟にちかずくと、その上にかけてある水色のシートを鼻先でめくって、するりと船の中にもぐりこんでいった。
えっ?ここが集会場なの?
おいらが入ろうかどうしようかと思っているうちに、またシートがもっこり盛り上がったから、おいら忍者猫が出てきたのかと思った。
でも中から出てきたのは一匹のメス猫だった。
おいらどきんとした。
その雌猫は、おいらと同じしましま模様だったんだ。

雌猫がすっかり月の光の中に姿を現すと、おいらはその猫がとても若いことに気がついた。
おいらのママというより、お姉さんみたい。
おいらは思わず息を吐いた。
『お前に似てるだろう?』
忍者猫が言った。
似てるかなあ?
雌猫は尻尾までおいらと同じしましまだ。
そして腹毛も足の先っちょも白。
でもちょっぴり鼻ぺチャで、目も耳もおかしいくらい大きかった。
おいらは綺麗なトラ猫を思い出した。
目の前の雌猫は、とても美猫とは思えなかった。
『あんたがこにゃんだね。』
雌猫はふにゃんと笑った。
笑うと鼻にしわがよって、なんだか面白い顔になった。
『オレの嫁さんだよ。』
忍者猫が言ったので、おいらはびっくりした。
だって忍者猫はまだ子供じゃないの?
『オレ達野良猫は、結婚するのも早いんだよ。』
忍者猫が照れた様に顔を前足でくるんと洗った。
雌猫はおいらの顔についた泥を舌で舐め取ってくれた。
『あたしの事はしま姉さんと呼びな。』
おいらはうひゃっと首をすくめながら聞いた。
『しまって名前なの?』
『あたし達野良には決まった名前なんてないよ。
でも呼び名がないと不便だからね。
だから自分で勝手に名乗ってる。
でもね。そいつは本当の名前じゃない。
名前って言うのはプレゼントみたいなものさ。
自分でつけた名前じゃなくって、誰か大切な人にもらわなくっちゃ本当じゃないんだよ。』
しま姉さんの言うことは、難しくってよくわからなかったけど、おいらなんだか尻尾の先がスースーするような気分になった。
『さてと出かけるかい?』
しま姉さんは先頭になって土手を上がっていった。
忍者猫が寄り添うようにしま姉さんの後を追う。
それを白猫が黙ってみていた。
白猫はおいらに会ってからぜんぜん口を開かない。
にゃーとも言わないんだ。
こいつの名前を聞いたらやっぱり無いって言うのかな?
おいらは白猫をちらりと見上げて思った。
『お~い。はやく来いよ。』
満月に二匹のシルエットがくっきりと浮かび上がって見えた。


act.31『綿菓子猫』  に続く






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