「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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小説 こにゃん日記
3匹のこぶた
大地主であった父親が亡くなって、3匹のこぶたは途方にくれた。
莫大な相続税が、かかってきたのだ。
困っていると、そこにひょろひょろに痩せた貧相なおおかみが現れた。
『善和急不動産』
おおかみは3匹に名刺を差し出して、揉み手をしながらぺこぺこと頭を下げた。
おおかみは、父親の土地を売るように3匹に勧めにきたのだ。
3匹は顔を見合わせた。
子供の頃から育ったこの家には執着があった。
鬼ごっこして遊んだ広い庭。
かくれんぼした大きな屋敷。
青々とした実りを見せる広大な田畑。
だがそんな感傷に浸っているより、生きていくためには現実を見なければ。
丸々と太った長男の手を、おおかみが両手でぎゅっと握り締めた。
3匹は父親の土地を売って相続税を払い、自分たちの家をそれぞれ建てることにした。
やがて父親の土地は売れ、そこには大型ショッピングセンターやゲームセンターが建ち並んだ。
だが3匹の手に渡ったお金は、予定していた金額の10分の1にも満たなかった。
おおかみは申し訳なさそうに、太いしっぽをまたに挟み込み、ぺこぺこと頭を下げ、涙をぬぐうまねをした。
『申し訳ありません。バブルがはじけて以来、土地も思ったような価格では売れなくなりました。』
3匹は顔を見合わせた。
何の不自由もなく育てられ、のんびり遊んで暮らしていた3匹は、かなりのお人よしだった。
『兄さん。とにかくこれで税金も払えますし、ぼく達の家も建てられるでしょう。』
10分の1とはいえ、父の残してくれた資産はまだ十分にあるのだ。
3匹はそれぞれ自分の好みの家を建てることにした。
仲介したのはおおかみだ。
長男は総ヒノキ作りの日本家屋を建てた。
全ての部屋にそれぞれ趣向を凝らした、華美ではないが贅沢なつくりだった。
次男は軽量鉄筋の現代風の家を建てた。
太陽発電、エレベーター、IHヒーターなどがそろった近代的な家だった。
三男は若者に人気のお台場に、デザイナーズマンションを購入した。
3匹はそれぞれの家に、別れて暮らすことになった。
1年たったある日、次男の家に長男のこぶたが訪れた。
『兄さんお久しぶりです。』
次男がニコニコと長男を迎えた。
だが長男は浮かない顔をしていた。
長男の家は半年たたないうちに、なんだか傾いできたと言うのだ。
『最初は気のせいかとも思っていたんだが・・・。』
長男の総ヒノキ作りの家はシロアリに食い荒らされていた。
『だって、兄さん。ちゃんと建てる時シロアリ駆除しなかったんですか?』
『おおかみに頼んでいたはずなんだが・・・口約束だったし、おおかみは覚えていないと言うんだ。おまけにどうやら、最初に仕入れた建築木材に、シロアリがすでにいたらしい。』
長男は申し訳なさそうに次男に言った。
『家を建て替えたいのだが、もう金がない。しばらくお前の家に住まわせてくれないか?』
長男は次男の家で一緒に暮らし始めた。
それからまた1年たったある日。
末っ子のこぶたの家に、長男と次男がやって来た。
『兄さん達。いったいどうしたんですか?』
末っ子のこぶたは驚いた。
長男と次男は半分ほど、おいしそうな焼き豚になっていた。
『俺の家が燃えちまったんだよ。』
次男はぼろぼろと泣き出した。
長男はなんだかぼんやりと呆けている様だ。
オール電化された次男の家は、配線の不備な場所に屋根の水漏れが当たり、ショートして火種を出したらしい。
『ここんとこ雨続きだったから・・・。』
長男は肩を落としていった。
『そんな・・・配線工事を請け負ったのはどこの会社です?』
『全部おおかみに任せていたからな・・・下請けの下請けの下請けらしい。』
末っ子はいきりたった。
兄さん達は世間知らずすぎる。
実は末っ子もそうなのだが、自分のことは自分では解りにくいものである。
『おおかみを訴えましょう!』
末っ子が言うと長男と次男はオロオロした。
『訴えると言ったってどこに行けばいいんだ?弁護士とか立てるのか?金がかかるんじゃないか?』
末っ子は胸を叩いた。
『ぼくに任せてください。』
末っ子はタウンページを開いた。
『弁護士・・・弁護士と・・・初めてでも安心、土地建物に関するトラブル、30分たった1000円!・・・これなんかどうかな。』
末っ子は、さっそく電話をかけ、会って相談に乗ってもらうことにした。
3匹のこぶたはぞろぞろと弁護士のもとに訪れた。
『きつね法律事務所』
3匹は雑居ビルのエレベーターに乗った。
後から、スリットが大胆に入ったチャイナドレスを着た、化粧の濃いうさぎが乗ろうとしたが、そのとたんブーッと重量オーバーのブザーが鳴った。
うさぎは3匹の太った体をじろじろ見ると、ふふんと鼻で笑って、腰をふりふりさりげなく長男に擦り寄り、
『よろしくね。』と言いながら、名刺を押し付け降りていった。
『クラブ・ピンクバニー』
3匹はその後姿を、よだれをたらし、ドアが閉まるまでじっと見ていた。
3匹が事務所に入ると、軽薄そうなきつねがぴょんと飛び出した。
光るシルク素材の白いスーツに派手な柄のネクタイ。
『いらっしゃいませ。何のご相談ですか?』
弁護士と言うより漫才師みたいだ。
『欠陥住宅の相談に来たのです。』
きつねは顔をしかめて見せた。
『なるほど・・・よくある相談ですな。なかなか難しい問題でね。』
3匹のこぶたは不安げに顔を見合わせた。
『でもご安心を!お客様は運がいい。私はこの問題のプロフェッショナルです。』
3匹のこぶたはほっとして、口々に今までのいきさつを話した。
きつねは3匹に、コーヒーと葉巻を進めると、そっくり返ってソファーに沈み込んだ。
『解りました。お任せください。』
3匹は、きつねに全てを任せることにすると、相談料を支払って帰ろうとした。
『3万円になります。』
3匹は思わず時計を見た。
ここに来てからまだ2時間もたっていない。
『30分1000円。延長10分につき1000円。お三方なので3万円になります。』
そんなものかと長男は財布を開けた。
相談料3万円。それに手付けとして10万円がきつねの手に渡った。
3匹は夜半になって末っ子のマンションに戻った。
途中で『クラブ・ピンクバニー』によって来たためである。
『これでもう安心さ。』
末っ子が嬉しそうにいった。
『今夜は、ぱっと飲んで前祝といくか。』
次男も言った。
長男は何も言わなかったが、エレベーターの中のうさぎを思い浮かべて、鼻の穴を膨らませた。
3匹はさんざんうさぎ達と戯れ、札びらをうさぎの胸の谷間に押し込み、千鳥足でマンションに帰宅した。
玄関を這いずるようにして上がりこむと、衣服もそのままで、長男と次男はベッドに仲良く倒れこんだ。
ベッドは、特注の頑丈なダブルサイズだったが、重みで足がいっぽんバキッと折れた。
へべれけに酔っ払った三男は、玄関脇のでっかい時計の中に、ぎゅうぎゅう体を押し込むと、立ったまま寝てしまった。
それでも3匹は目覚めず、ブーブーいびきをかいて眠っていた。
しばらくすると、寝室のドアが大きな音を立てて開いた。
『起きなッ!』
長男と次男は強く顔を叩かれ胸倉を掴まれ、驚いて眼を覚ました。
目の前に、夜だというのにまっくろなサングラスをかけた、頬に傷のあるハイエナがいた。
その手に握られてるのはピカピカ光るナイフ。
そしてその後ろから、おおかみがニヤニヤ笑いながら現れた。
『困るんですよね~裁判沙汰になんかされてしまったら。』
おおかみは大げさに、手のひらを上に上げて見せた。
長男と次男はがたがた震えだした。
『私の商売は、信用で成り立っているようなものでしてね。』
『どうか許してください。裁判は諦めます。』
次男は、ブヒブヒ鼻水を流しながら泣きわめいた。
長男は、ズリズリベッドの上を逃げようとして、転がり落ち、頭を打って白目を剥いた。
『兄さんッ!』
次男が叫んで、長男に駆け寄ろうと、ハイエナともみ合った。
グイッと何か熱い物が腹に突き刺さった。
『まずいっ!やっちまった。』
ハイエナがうめいた。
次男の丸々肥えて、焦げ目のついた腹には、深々とナイフが刺さっていた。
おおかみは、転がった次男をキラキラした眼で見つめた。
『証拠を残すわけにはいきませんよね。ちょうど私好みのレアな焼き加減だし。』
そうして、おおかみとハイエナは、長男と次男を美味しくぺろりと食べてしまった。
『もう一匹いたはずだが・・・。』
おおかみはマンション中を探し回ったが、時計の中の末っ子のこぶたには気がつかなかった。
『まあいい。どうせ証拠もなくなったことだし。引き上げるぞ。』
『へへっ。約束の金はお忘れなく。』
『解っている。お前ときつねと半々で分けろよ。』
おおかみとハイエナは部屋中の指紋をふき取り、自分たちの痕跡を消すと、意気揚々と引き上げていった。
それから数年が過ぎた。
末っ子のこぶたは行方をくらまし、ひょろひょろに痩せていた狼は、今や、つやつやと肥え太り、会社はますます大きくなっていた。
おおかみは大胆にも、末っ子のマンションを手に入れ住んでいた。
売った当初は、お台場と言うのは名ばかりの寂れた場所。
あたりは倉庫が建ち並び、スーパーも病院も何もない不便なところだったが、
それから駅が出来ることになり、あっという間に生活に便利な大型スーパー、デパート、アミューズメントパーク、何でもござれの場所になった。
なんと、温泉まで湧き出し『大江戸温泉三昧』の名前で連日にぎわっている。
温泉好きのおおかみは、自宅のマンションに広いバスタブがあるにもかかわらず、毎日仕事帰りに、ここのVIPの個室温泉『大神の湯』に貸切で浸かっている。
おおかみは、今日ものんびりと、熱めの湯船の中で体を伸ばし、仕事の疲れを癒していた。
湯船には、お銚子を載せた盆が浮かべられ、おおかみはほろ酔い気分だった。
『最近働きすぎかな?ここもいいが、たまには温泉旅行でもしようかな。』
狼は、愛人のうさぎと、温泉旅館でいちゃいちゃすることを考えて、のぼせそうになった。
おおかみは、今日の湯はちょっと熱いなとぼんやり思った。
いや・・・熱すぎるぞ!
おおかみは湯船から出ようとした。
が、体がしびれて動かない。
『だ、誰か・・・。』
おおかみは熱い湯におぼれそうになって、かすれた声を上げた。
喉が引きつったようになって、思ったような大声が出なかった。
その時、鍵をかけていたはずの個室のドアがガラガラと開けられ、誰かが入ってきた気配がした。
た、助かった。
おおかみは思った。
おおかみが顔を上げると、そこに立っていたのは、行方不明になっていた、末っ子のこぶただった。
太っていた体は見る影もなく痩せおとろえ、あの頃の人のよさそうな眼の代わりに、ぎらぎらとした光を宿した眼で、憎憎しげにおおかみを見下ろした。
『た、助けてくれ。』
こぶたは、おおかみが弱弱しくもがく様を見ながら、源泉の蛇口をひねり、140度の熱湯を湯船に注ぎこむ。
『酒に仕込んだ薬が効いているようだな。』
こぶたは口角だけ上げて笑って見せる。
おおかみは熱湯の中に沈んでいきながら、湯気の向こうにいる末っ子を、茹で豚のようだと思った。
けれども、なぜだか少しも食欲がわかないのが不思議だった。
翌朝、茹であがったおおかみが『大神の湯』で発見された。
大騒ぎになったが、結局事件は迷宮入りになった。
やがて、この地区に大きな地盤沈下が起こり、こぶたのマンションは崩れ落ち、不動産業界の問題点がそれをきっかけに、連日ワイドショーで騒がれるようになった。
こぶたの行方は誰も知らない。
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