小説 こにゃん日記

小説 こにゃん日記

三角くじ



僕は親友のよっちんと偶然そのお店を見つけた。
その日、僕はよっちんから、サッカークラブをやめる話を聞いた。
『クラブをやめて、塾へ行けってお母さんうるさくってさ。』
よっちんはすまなそうに言った。
『仕方ないな・・・。』
僕はつい文句を言いたくなったけど、よっちんに言っても仕方のないことだ。
『これから僕のうちで、ゲームしようぜ。』
僕が気を取り直してよっちんを誘うと、
『悪い・・・今日もこれから塾なんだ。』とよっちんは言う。
『・・・いつ暇なんだよ。』
『月曜日は習字。火曜日と木曜日が塾。水曜日と金曜日が英会話。』
『じゃあ。遊べるのは土日だけ?』
『う~ん。土曜日は塾の特別補習を受ける事になるかも。』
僕たちは顔を見合わせてため息をついた。
僕はなんとなく別れがたくて、塾に行くよっちんを途中まで送っていった。
3丁目の角を曲がったところで、僕たちはそこに、ひっそりと忘れられたようににたたずんでいる古びた駄菓子屋に気がついた。
『あれ?こんなところに駄菓子屋なんてあったっけ?』
ここら辺は、よく来ているし、今まで気がつかなかったなんてあるえるだろうか?
それとも最近出来たのかな?
『おかしいなあ。』
よっちんも不思議そうだ。
その駄菓子屋は最近出来たばかりのようにはぜんぜん見えなかった。
建っているというよりまるで生えてるみたいだ。
古びて今にも倒れそうな小さなお店。
100年前から建っていると言われても信じてしまいそうだ。
僕たちはひかれるようにしてその店に入っていった。

外は暑いくらいだったのに、そのお店の空気はひんやりしていた。
かびとほこりの匂い。
僕たちが棚の上やガラスケースに入った駄菓子を見ていると、店の奥から小さなおばあさんが出てきた。
眼鏡をかけて、少しくたびれた割ぽう着を、茶色っぽい着物の上に着たおばあさんだ。
『いらっしゃい。』
『あの。これ下さい。』
よっちんは、Jリーグカード入りのスナック菓子とチューブに入ったゼリー菓子をおばあさんに出した。
僕もスナック菓子を買おうとして、ふとレジのところにおいてある瓶入りの三角くじに気がついた。
「1回10円。当りとはずれあり。」
瓶に書いてある文字を見て僕は首をひねった。
 くじだもの。当りとはずれがあるのはあたりまえじゃないか。
10円のくじじゃあ。当たってもたいしたものじゃないな。
そう思ったけど、僕はなんとなく引いてみる事にした。
『これも下さい。』
僕が言うと、おばあさんの眼鏡がきらりと光った気がした。
『お友達もするかね。』おばあさんが聞いた。
よっちんは、ちょっと考えてうなずくと、スナック菓子とゼリー菓子の代金の上に10円足しておばあさんに渡した。
『慎重に選びなよ。はずれもあるからね。』
僕が瓶のくじに手を伸ばすと、おばあさんは重々しく言った。
僕はなんだか魔女みたいなおばあさんだなと思った。
割ぽう着を着た魔女だ。
僕はくじをめくった。
とたんにまわりが、くらりと揺れたような気がして、僕は思わず目をつぶった。

目を開けてみると、僕はいつのまにか草原に立っていた。
草原は平らじゃなく、緩やかな起伏のうねりがどこまでも続いてる。
僕はうねりの上に向って歩いていった。
『お~い。お~い。誰かいませんかあ。』
柔らかな風が吹きわたる。
物憂げな蜜蜂のぶんぶんという羽音。
光沢のある緑の原には、ぽつんぽつんとヒメジオンやタンポポが咲いている。
空は僕が見たこともないような濃い青だった。
白馬のような形をした雲が、空をゆっくりと駆けていく。
緑のうねりを登ると、そこには一本の木が立っていた。
何の木だろう。
木を見て美しいと思ったなんて初めてだった。
すらりとした幹、こんもりと茂った葉。
日の光がシャワーのように葉の間からこぼれている。
木はとても高かった。
僕の家なんかよりずっとずっと高いだろう。
『これはたぶん菩提樹だよ。』
いつのまにか、僕の隣にはよっちんがいた。
緑の葉の間から鳥の鳴き声が聞こえる。
『ここってどこだろう。』
僕は不安になってあたりを見渡した。
見渡す限りの緑の原、遠くにはソーダ水みたいな色をした山が見える。
僕の家のあたりでは山なんて見えないはずなのに。
『さあね。』
よっちんにも、解らないみたいだけど、なぜかよっちんはちっとも心配しているようには見えなかった。
よっちんの顔には最近ぜんぜん見られなかった、うきうきしているような紅潮した頬とキラキラした眼があった。

よっちんはいきなり靴と靴下を脱ぐと、菩提樹にしがみつき、そのまま器用に登り始めた。
『負けたほうが、勝ったほうの言う事を何でも聞くんだぞ!』
『ずるいよ!』
僕はあわてて靴をけるように脱ぎ捨て、靴下のつま先を引っ張って足からはがした。
勢いつけて菩提樹に飛びつくと、そのまま登り始める。
僕はよっちんより勉強は出来ないけど、体育は得意なんだ。負けてたまるか。
僕は木登りは初めてだった。
体育の時間、登り棒はした事があるけど、こんなに太い木に登るのとはぜんぜんわけが違う。
僕は両腕で幹にしがみつき、脚で木を挟みながら蹴り上げるようにして登っていった。
どれくらい登っただろう。
顔は火を噴くかと思うくらい暑く、手も足もしびれてきた。
よっちんが、横木のひとつに座って僕を待っていた。
『僕の勝ちだね。』よっちんが笑いながら言った。
『まだ、あるじゃないか。』僕はもっと上に登ろうとした。
『駄目だよ。これ以上登ったら幹が細くなりすぎて危険だよ。下を見てごらんよ。』
僕はよっちんの言うとおり、下を見て思わず声を上げそうになった。
僕たちはもう何メートル登ってきたんだろう?
10メートルくらいは登った気がした。

促されるままに、僕もよっちんの隣に座った。
二人で太い枝をまたいで真向かいになって座る。
『言っておくけどな。お前が先に上り始めたんだぞ。こんなのずるいよ。』僕は言った。
よっちんは困ったような顔をして僕を見た。
『だってさ。カツヤは僕よりずっと運動が得意だし、そうしないと勝負にならないだろ。』
そんな風に言われて、僕は悪い気はしなかった。
でもよっちんの言う事を何でも聞くっていうのはそれとは別だ。
『オレに何をさせる気だよ。』僕はふくれて見せた。
よっちんは真剣な顔をして僕を見た。
『あのさ。その・・・これからもずっとさ・・・。』
よっちんは言いよどんで、もじもじした。
『なんだよ。早く言えよ。』僕が促すと、よっちんは顔を赤らめ、口をへの字にして、
『やっぱ。やめた!』といった。
『なんだよ。負けたほうに何でも言うこと聞かせるんじゃなかったのか?』
僕が言うとよっちんは、
『でもさ。やっぱりこんなの卑怯だからさ。だからいいんだ。』ときっぱり言った。
僕たちは黙ってみつめあった。
よっちんが木をまたいでた足をぶらぶらと揺らした。
僕もなんとなくぶらぶらと揺らした。
ほてって少し痛い足に当たる葉っぱが冷たくて気持ちいい。
足の指の間をすうすうと風が渡っていく。
菩提樹に座りながら遠くの山を見た。
山すそは薄く桃色に染まっている。
何かの花が咲いているのかな。

僕はハッと我に帰った。
僕とよっちんは駄菓子屋のレジの前に立っていた。
おばあさんが手を僕のほうにずいっと出して、
『90円だよ。』と言って、スナック菓子と小さなチョコを渡してくれた。
『チョコはくじの分。当りだったね。』おばあさんは眼鏡の奥の眼を、片方だけつぶって見せた。
よっちんもおばあさんからチョコをもらっていた。
今のはなんだったんだろう。
これが白昼夢って奴なのかなあ。
店の奥の振り子時計がボーンボーンとなった。
時間はこの店に入ってから、10分もたっていない。
僕たちはお菓子を持って店を出た。
店を出たところで僕たちは別れた。
『じゃあね。』よっちんが言う。
『じゃあな。』僕も言う。
よっちんが背を向きかけたとき、よっちんの肩に葉っぱがついているのに気がついた。
僕はふとそれをつまみあげた。
『カツヤにもついてるよ。』
よっちんが僕の髪の毛に手を伸ばした。
僕たちはつまんだ葉っぱを比べてみた。
『同じ葉っぱだね。』
艶のある緑の若葉。
『木登りした時ついたんだね。』よっちんがにっこりした。

よっちんはつまんだ葉っぱをくるくる回しながら、塾に向って歩いていった。
僕はあの菩提樹の木の上で、よっちんが言いたかったことが、このときわかった気がした。
『お~い。よっちん。今度の日曜、一緒に遊ぼうな!』
僕はよっちんに大きく手をふった。






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