小説 こにゃん日記

小説 こにゃん日記

恋するカレー



深い森の中に、大きい魔女と、まだ若い小さい魔女がいました。
2人は毎日、森で薬草を摘み、大釜で煮て不思議な薬を作ります。
出来た薬を、村に売りに行くのは、大きな魔女。
小さい魔女は、その間、大釜を洗ったり、床を掃きだしたり、麻で織った黒い大きいワンピースと小さいワンピースを、ゴシゴシ石鹸で洗って、お日様に干しておいたりしました。
そして、大きな魔女が村から戻る頃には、すっかり魔女の家は綺麗になって、鍋にはクツクツと、美味しそうなご飯が煮えているのでした。

ある日、小さい魔女は、大きい魔女に言いました。
『私も村に行きたいわ。』
『駄目駄目、村には人がわんさかいるからね。』
大きい魔女は言います。
『小さいお前なんぞ、突き飛ばされちまうよ。』
小さい魔女はため息をついて、大きい魔女が、村に行くのを見送りました。。

またしばらくすると、小さい魔女は、大きい魔女に言いました。
『いろんな人に会ってみたい。』
『駄目駄目。世の中には悪い人がいるからね。』
大きい魔女は言います。
『小さいお前なんぞ、すぐに騙されちまうよ。』
小さい魔女はため息をついて、大きい魔女に、ご飯をよそってやりました。

春になって暖かくなると、魔女の家の軒に、つがいのツバメがやってきて、仲良く巣を作り始めました。
小さい魔女は、夢を見るような瞳をして言いました。
『ああ。私も恋がしたい。』
『それなら、この薬をあげよう。』
大きい魔女は言いました。
『これはシェート・アコンドの根っこさ。
これを刻んで、お前の料理に混ぜてごらん。』

そこで小さい魔女は、大鍋いっぱいにカレーを作りました。
たくさんの香草と、世に知られない不思議なスパイス。
子ヤギの肉と、菜園で作った新鮮な野菜を入れ、最後にシェート・アコンドの根っこを、きざんで入れてクツクツとよく煮込みました。
やがて、美味しそうなカレーの匂いが、窓から外へゆっくりと、森の中に流れていきました。

しばらくすると、魔女の家の戸をコツコツ叩くものがいました。
小さい魔女が戸を開けると、そこにいたのは、まるで宝石をちりばめたような、見事な羽を持つ孔雀でした。
『こんにちは、小さい魔女さん。
どうか、私のお嫁さんになってくださいませんか?』
小さい魔女は言いました。
『いいえ、孔雀さん。
私はあなたのところへは行きません。』
孔雀はたいそうしょんぼりしました。
『では、せめてあなたのそばにいさせてください。』

香ばしいカレーの匂いは、ゆっくりと、草原のほうにまで流れていきました。

またしばらくすると、魔女の家の戸をドンドンと叩くものがいました。
小さい魔女が戸を開けると、そこにいたのは、小屋ぐらいの大きさの象でした。
『こんにちは、小さい魔女さん。
どうか僕のお嫁さんになってくださいませんか?』
小さい魔女は、思わず笑いました。
『いいえ、ぞうさん。
私はあなたのところへは行きません。』
象はたいそうしょんぼりしました。
『では、せめてあなたのお友達にしてください。』

香ばしいカレーの匂いは、ゆっくりと、村に向って流れていきました。

またしばらくすると、魔女の家の戸をトントン叩くものがいました。
小さい魔女が戸を開けると、そこにいたのは、見事な髭をもったおじいさんでした。
『こんにちは、小さい魔女さん。
どうかわしのお嫁さんになってくれんかね?』
小さい魔女は言いました。
『いいえ、おじいさん。
私はあなたのところへは行きません。』
おじいさんは、悲しそうな顔をしました。
『でも私、あなたを、お父さんのように大切にできますわ。』
そして、小さい魔女は、おじいさんを優しく椅子に座らせ、あたたかい飲み物を進めました。

香ばしいカレーの匂いは、ゆっくりゆっくりと、大きな町に向って流れていきました。

しばらくすると、魔女の家の前で、高らかなラッパの音が鳴り響きました。
小さい魔女が戸を開けてみると、そこにいたのは、王様の伝令でした。
『王様が、あなたを后に迎えたいと仰せなので、すぐにお城に来るように。』
小さい魔女は、びっくりして言いました。
『まあ。とんでもない。』
『これは王様の命令なのです。』

さあ。どうしたらいいでしょう?
王様の命令には逆らえません。
大きい魔女は言いました。
『これでお前も幸せになれるよ。
そのカレーの鍋を持って、王様のところへおいき。』
そこで、小さい魔女は、象にまたがり、しっかりと蓋をした鍋を抱いて、初めて森を出て行きました。
あとから孔雀が、ぴょんぴょんと、飛び跳ねながらついてきます。

森を抜け、川を下り、村の道をたどり、町に入り、やがて、小さい魔女はお城にたどり着きました。
『よく来てくれたね。小さい魔女。』
王様はまだ若い方でした。
『3日後、私たちの結婚式をとり行う。』
象は王家の馬小屋、孔雀は城の庭に放されました。
小さい魔女は、立派な部屋に通されました。

旅の疲れもあって、小さい魔女はぐっすりと寝込んでました。
ところが、小さい魔女の部屋に忍び込んだものがいます。
その影は、こっそりと、寝台のそばにおいてある、大釜の方に手を伸ばしました。
 バタバタバタッ!
そこにさっと孔雀が舞い降りて、大きな声で叫びました。
『起きろ!起きろ!カレー泥棒だぞ!』
小さい魔女が驚いて飛び起きると、そこには孔雀に押さえつけられた、幼い男の子がいました。
『放せ!放せ!悪者め!』
小さい魔女は、驚いて幼い男の子に駈寄り、孔雀の鋭い爪から助けてやりました。
幼い男の子は勇ましく叫びました。
『お母さまを泣かせる悪い魔女は、僕が退治してやるぞ!』
『まあ。あなたはどなた?』
騒ぎを聞きつけた侍女が、部屋に飛び込んできました。
『いけません。王子様!』
男の子は侍女のドレスに顔をうずめて、わんわん泣き出しました。
『この子が、王子様なら、王様にはお后様がいらっしゃるのね?』
侍女は困った顔をして言いました。
『知られてしまったからには、正直にお話します。
王様とお后様は、仲むつまじくお暮らしでしたが、ある日突然王様が、新しい后を迎えるからと言って、お后様を城から追い出してしまったのです。』

まあ大変。
すべてはこのカレーのせいなのです。
小さい魔女は中庭に出ると、花壇の隅に穴を掘って、大釜のカレーをすっかり流し込んで埋めてしまいました。

ところが、次の日になっても、王様の気持ちは変わりません。
どうやらまだ、魔法の効果は消えてないようです。
小さい魔女は、城を逃げ出そうとしましたが、捕らえられ、連れ戻されてしまいました。
王様が機嫌よく、小さい魔女に言いました。
『私たちの結婚式に出席してもらう為に、隠居していた父を今日はお呼びしたのだ。』
小さい魔女はびっくりしました。
王様のお父さまは、魔女の家に来たおじいさんではありませんか。
『まあ。お父さま。』
見る見るうちに、小さい魔女の目に涙が浮かびました。
『式の準備で忙しかろう。
挨拶は明日でよい。
小さい魔女は部屋に戻っていなさい。』
王様はあわてたように言いました。

その晩、小さい魔女が泣いていると、ドアをコンコンと叩くものがいます。
『どなたですか?』
小さい魔女が、ドアを開けると、そこに立っていたのは前王様のおじいさんでした。
『なんだか悲しそうに見えたので、心配になってね。』
おじいさんは、まるで本当のお父さまのように、小さい魔女の頭を優しくなでました。
小さい魔女は、不思議なカレーのこと。
追い出されてしまったお后様のこと。
城を出て森に帰りたいことを、洗いざらい前王様に申し上げました。
おじいさんは言いました。
『今の息子は、わしが反対しても聞かないだろう。
逃げ出したほうがいい。
わしも協力しよう。』

次の日。
教会の壇上には、王様と小さい魔女が並び、今にも誓いの言葉が交わされようとしていました。
突然ドオォ~~ン!ドオォ~~ン!!という大きな音が鳴り響き、地震のように教会がグラグラッと揺れました。
司祭様は驚いて、
『神様が怒っていらっしゃる!』と叫びました。
教会の扉が強い力で押し倒され、現れたのは、小さい魔女の象でした。
象の背中には、前王様のおじいさんと孔雀が乗ってます。
小さい魔女は、象の背中に飛び乗りました。
『衛兵!衛兵!!』
王様が叫びます。
衛兵達が象の行方を妨げようとすると、孔雀が飛んできて、衛兵達の頭を突きました。
象は地響きを上げながら、教会の門に向かって駆けていきました。
教会の門番は蒼い顔をしながらも、
『踏み殺されても、ここを通すわけはいきません。』と両手を広げて、遮りました。
すると象の上から、おじいさんが顔を出しました。
『わしの頼みでも聞けないかね。』
門番は、前王様の顔を見ると、へなへなとその場に崩れおちました。
象は前足を振り上げると、門を一撃でガラガラと崩してしまいました。
小さい魔女と前王様、孔雀を乗せた象が町を駆けてゆくと、家々の窓から、たくさんの歓声が沸きました。
後ろから衛兵達が追いかけてくると、お釜や鍋などが、カンコンガンコンと、まるで教会の鐘の音のように、鳴り響きながら、衛兵達の頭に降り注ぎました。

やがて、町外れまで来ると、おじいさんは象の背から降りました。
『わしは城に戻るよ。
魔法にかかってたとはいえ、后を捨てて、嫌がる娘と結婚しようなんて、親として王として、教育しなおさねばならん。
魔法はじきに醒めるだろう。』

小さい魔女は、来た道をたどって、家に向かいました。
川辺に出ると、のどが渇いていた象は、喜びのあまりわれを忘れて、水の中に飛び込みました。
小さい魔女は頭からしぶきを浴びて、ドレスもびしょぬれです。
『あはははは。』
陽気な笑い声があたりに響きました。
小さい魔女があたりを見渡すと、そこにいたのは羊飼いの若者でした。
羊飼いは水の中から、小さい魔女を抱き上げると、乾いた草の上に下ろしました。
自分の干草のついた上着を脱いで、小さい魔女に着せてくれました。
『ありがとう。』
小さい魔女が言うと、若者は頬を赤く染めました。
『君は森に住んでいる魔女じゃないかい?』
『ええ、でもどうして知ってるの?』
小さい魔女も、赤くなりました。
『だって、孔雀を連れて、象にまたがった娘さんなんて、魔女に違いないと思ったのさ。
君の魔法薬を飲んで、僕の母さんは病気が治ったんだよ。』
『『ありがとう』』
2人は同時に言うと、思わず、笑い出してしまいました。

若者は、小さい魔女を家まで送って行きました。
大きい魔女は、小さい魔女を抱きしめながら言いました。
『あんたが出て行ってからというもの、寂しくてたまらなかったよ。』
それから、小さい魔女は、また、大きい魔女と仲良く薬草を作って暮らしました。
でも、こんどは、村に薬を売りに行くのは小さい魔女です。
小さい魔女が象にまたがって村に行くと、子供たちは大喜びで、後をついてまわるのでした。
また時々、羊飼いの若者が、魔女の家の戸を叩き、小さい魔女に会いにくることもあるのです。

王様はどうなったでしょう?
王様は、お父さまから怒られ、また魔法の効果が切れて、お后様のことが懐かしくなり、もう一度花嫁に迎えられたそうです。
結婚式の日。
王様とお后さまが仲良く腕を取り合う横で、見事な宝石のような羽を持つ孔雀を抱いて、笑っていたのは幼い王子様です。
孔雀は、小さい魔女を家まで送ったあと、もう一度お城に戻ってきました。
なぜなら、お城の庭で、可愛い雌の孔雀と出あっていたからです。
お后様のベールを飾ったのは、アコンと呼ばれる、芯が冠のような形をした、薄紫色の花でした。
この国では、アコンは、花嫁の花として、無くてはならぬものなのです。
その花は、あの、カレーを捨てた花壇の隅に、いつのまにか咲き出したものでした。
シェード・アコンドの魔法は消え、アコンの花は、花嫁の幸せを祈るように、神聖な色を称え、どこまでもすがすがしい香りを放っておりました。



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