小説 こにゃん日記

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夏の終わりの電話




 ピラリラ~リラリラリラ~♪ピラリラリラ~♪

音高く、ネズミーランドのテーマソングが流れる。

『はい、はい、はい。』

意味もなくよい返事をしながら、私はリビングの受話器を耳に当てた。

そのとたん、

『俺!俺!俺だよ~っ!!』と男の声が、私の鼓膜を叩きのめした。

この~っ!難聴になったらどうしてくれんのよ!
やっとオレンジカフェのライブチケット手に入れたのに!

『どちら様ですか?』

凄みのある低音で聞いてやった。

『俺だってば!』

・・・もしやこれが噂のオレオレ詐欺?
そう思ったとたん、

『豊だってば。』と、能天気な明るい声が聞こえた。

『豊~っ?!』

受話器の向こうから、がはっはっと笑い声が聞こえる。
よく聞いてみれば、確かに覚えのある従兄弟の声だった。

『・・・嘘・・・ほんとに豊?』

『うん。俺だよん。』

『・・・お、俺だよんって・・・あ、あんた・・・何してるの?
・・・もう帰ったんじゃなかったの?』

もうお盆休みも終わりだ。
明日から仕事が始ることを思いだし、私は気分が重くなった。

『う~ん。帰るつもりだったんだけどさ。
ついぐずぐずしてるうち、Uターンラッシュに巻き込まれちゃって・・・。』

遅刻魔で、時間の守れた例のない豊らしい。

『それでさあ。玲のうちに泊めてくれない?』

豊の猫なで声に、私の背中の産毛が、ぞぞぞっと逆立つ。

『・・・何で私んち?実家に行けばいいでしょ。』

叔父の家と、私のアパートは同じ町内だ。

『なんか留守みたい、誰もいないの。
俺、鍵もってなかったし。』

豊の声が小さくなる。
そういえば、町内の福引で、グアム旅行が当たったって自慢してたけど、
まさか今日出かけたわけ?

『なんとか入れないの?』

『入れないの。』

『・・・その辺で野宿すれば?』

私は冷たく言い放った。
まだ彼氏さえ、訪れたことのない乙女の城に、豊なんぞ入れたくない。

『変な風に思われたくないのよ。』

『どうせ、誤解されて困るような彼氏もいないじゃん。
あっ・・・彼氏じゃなくって、ご近所さんとか?』

このやろう・・・絶対泊めてやるもんか。

『じゃあ。私、明日早いから。』

そういって、私は受話器を置こうとした。
その気配を察したらしい。

『た、たんま!玲・・・いや玲ちゃん。』

豊が焦った声を出した。
さすがに勘はいい。
そこで受話器を置けなかった私はつくづくお人よしだ。

『頼むよ~っ。一晩だけでいいんだよ。』

豊のもの悲しげな声に、ついほだされてしまった。
明るいグアムの日差しの下、アロハシャツなんぞ纏っているであろう、叔父夫婦を思い浮かべて、取り残された豊がなんだか可哀想になってきた。
ああ・・・これが身内の情ってものなのね。

『わかった、わかった。
でも今夜一晩だけだからね。』

『サンキュウ~ッ!!』

勢い込んだでっかい豊の声に、再び鼓膜を破られそうになって、私は早まったかなと思い返した。
でも既に電話は、ツーツーという空しい音を響かせている。

はあぁ~~~。
私は重いため息をつきながら、受話器を置き台所に向った。
冷蔵庫を開けてみると、運良く、ナスとキュウリが見つかった。
少し干乾びているが、豊にはこれで十分だ。
戸棚から、割り箸を取り出して、ナスとキュウリに、やけ糞のようにぶつぶつと刺してゆく。
不恰好な馬と牛が出来上がった。

アパートの入り口で、迎え火を焚いても、大家に怒られないだろうか?
窓の外は、夕暮れの光で満ちている。
お盆も終わり、たくさんの魂たちが、あの世へと帰っていくのだ。
空にはもう秋の気配がしていた。





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