「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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小説 こにゃん日記
人魚姫(act.6)
高く高く、どこか悲鳴にも似た鳥の声。
あれは美祐の歌だ。
私は歌声に導かれるように駆け出した。
後ろから、兄に呼ばれたような気もしたが、今は美祐の身のほうが心配だった。
『美祐!』
美祐はいた。
昨夜と同じ崖の上。
うす青い光の中で、美祐は両手を崖のほうに差し伸べ、澄んだ声で歌っていた。
私は一気に力が抜け、くたくたとその場に崩れ落ちた。
私の脇を通り過ぎ、美祐のほうへつかつかと近づく兄。
そしてあろうことか、兄は美祐の頬を音高く叩いたのだ。
美祐の顔に、ぱらぱらと黒髪が舞った。
『兄さん!』
私はあわてて美祐に駈寄った。
顔に掛かる髪をそっとのけると、美祐の頬は痛々しく紅かった。
美祐の瞳が、黒々と兄を見る。
その目がなぜか艶めいて見えて、私は思わずどきりとした。
『私を恨むなら、私に復讐すればいいだろう。
祐樹に手を出すな!』
兄は吐き出すように言った。
それから、兄は私たちに背を向け、ずかずかと館に向って歩み去った。
私は呆然とその背中を見送った。
兄の声に含まれた苦悩。
押し殺した叫びのような声。
あとを追いかけて、私は美祐をこのままにしておけないと、引き換えした。
座り込んでいる美祐をそっと抱き上げる。
その軽さに驚きながらも、私は出来るだけ優しく美祐に話しかけた。
『君がいなくなって、兄さんは心配だったんだよ。
だから、ちょっと混乱しているんだけだよ。』
内心私は不安だった。
美祐が兄さんを恨んでいる?
私は思い出した。
10年前、美祐と義姉の手術をするとき、周りはもう助からぬ義姉ではなく、美祐の手術をするように兄を説得しようとした事を。
兄のせいではない。
あの時は仕方がなかったのだ。
でも、もしそれを美祐が知ったとすれば?
美祐は父親を恨んだだろうか?
私の不安が伝わったのだろうか?
美祐が私の胸に手をついて、じっと顔を見上げていた。
いや・・・そんなはずはない。
私は無意識に首を振った。
父親が助けようとしていたのは、美祐自身の母親ではないか。
兄さんは罪悪感から、そう思い込んでいるだけだ。
そう思うのに、なぜ私は、そんなことを聞いてしまったのだろう。
『美祐・・・。』
私を見上げる美祐の瞳。
『美祐は、兄さんが・・・いや、お父さんが好きかい?』
そのとたん私が見たのは。
まるで花が咲き綻びるような。
輝くような優しい、慈愛に満ちた笑顔だった。
それは15歳の少女には、似つかわしいとも思えぬ。
人の苦しみ、悲しみを知って、それでもただ、どこまでも許し、すべてを捧げて愛するような。
まるで聖母のような微笑だった。
それは私がここに来て、はじめてみた美祐の笑顔だった。
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