小説 こにゃん日記

小説 こにゃん日記

スノーテール1




『くしょん。』
自分のくしゃみに驚いて、思わず啓太は目を覚ました。
『寒・・・。』
はみ出していた肩と腕を、暖かい布団にもぐりこませ、もう一度夢の続きを見ようとする。
『啓太。朝よ。おきなさ~い。』
とたとたと軽い足取りで、お母さんが階段を上がってきた。
窓のカーテンを引く、しゃあっという耳を裂く音。
啓太はますますぎゅっと目をつぶる。
東向きの窓から刺す朝の陽が、眠たい啓太を毎朝たたき起こすのだ。
けれどもその朝は違った。
まぶたの裏に感じるのは、痛いほどの強い光ではなく、柔らかなぼんやりとした明かり。
今日はお天気が悪いのかな・・・。
うとうとしたままの耳に、お母さんの声が飛び込んできた。

『だいぶ積もったわね。』
とたんに、啓太は跳ね起きた。
窓の外を見ると、そこは一面の白。
『やったあ!』
啓太は躍り上がった。
『雪だ!雪が降ってる!』
本当に、まるで羽のような白い雪が、ふわりふわりと空を舞っていた。
啓太は凍ったガラス窓に、はあっと息を吐きつけ、パジャマの袖で磨き覗き込んだ。
見慣れた景色が、いつもとはぜんぜん違ったものに見える。
地面はふかふかの白いじゅうたんを引き詰めたよう。
立ち並んだ家々は、生クリームを乗せたお菓子だ。
電信柱は、大理石の柱になって、薄灰色の空を支えている。

『早く着替えて降りていらっしゃい。』
夢中になって外を見ていると、お母さんはさっさと台所に降りていった。
啓太はマッハのスピードで、パジャマの上から、緑色のセーターに首を突っ込み、ズボンを引っ張りあげた。
階段を下りながら、ケンケンするようにして靴下を履いていく。
洗面所に入ると、お湯で濡らした片手で顔をこすり、もう片方の手で歯ブラシを口の中に突っ込んだ。
『ちゃんと磨きなさいよ。』
台所から聞こえるお母さんの声に、もがもごと返事を返しながら、啓太は全ての身支度をたった3分で終えていた。もちろんトイレも込みだ。

台所に行くと、お父さんが不機嫌そうな顔でニュースを見ていた。
『おはよう。』
啓太はお父さんの向かいの椅子に座ると、トーストをぐいぐい口の中に押し込んで、息もつかずミルクで流し込んだ。
『今日は早いな。』
そそくさとお父さんは立ち上がった。
片手をエプロンでぬぐいながら、お母さんがコーヒーのカップを運んできた。
『あら。コーヒーいらないの?』
『雪で電車がかなり遅れているらしい。もう出るよ。』
お父さんは啓太に、勉強がんばれよと声をかけると、いつもはしない手袋をし、マフラーの裾をコートの襟にきっちりとしまいこんで、身を縮めるようにして会社に出かけていった。
お父さんを見送ったお母さんは、困ったような顔をしてテレビと窓の外を見比べた。
『早く止んでくれないかしら。これじゃあ買い物も大変だわ。』
啓太は、目玉焼きの最後のひとかけらを、ちゅるんと吸い込みながら席を立った。
『啓太も、もう学校へ出かけるの?』
『うん。はやく行って校庭で遊ぶんだ。』
子供は元気ね。そう笑いながらお母さんは、家を飛び出そうとする啓太に、厚手のコートを着せ、ふかふかの手袋を手渡した。
ぐるぐると顔が半分隠れるくらいマフラーを巻きつけると、行ってらっしゃいと啓太を送り出した。

学校へ行く途中で啓太は、しっかりと巻かれた白いマフラーで、ミイラ男のようになっている仲良しの哲に会った。
『おっ。』
哲は、ぐいっとマフラーを引っ張り下げると、欠けた前歯を見せてにかっと笑った。
『早く行って遊ぼうぜ。』
そういいながらも二人は、道端の雪溜まりに飛び乗ったり、塀の上の雪を手のひらでかき集めてみたり、ずいぶんゆっくりと歩いていった。
ずくっずくっと沈み込むのが面白くて、わざと柔らかく積もった雪の中に、長靴だけ置き去りにしてみたりした。
それで、ずいぶん早く家を出たはずなのに、学校に着いたときはすでに、校庭には降る雪に滲むように色とりどりの姿がいくつもあった。
啓太も哲も、ランドセルを背負ったまま、その中に飛び込んでゆく。
子供の高い笑い声が、雪に吸い込まれてわずかに散った。

啓太は思う存分雪を楽しんだ。
昼休みには、雪は止んで、代わりに暖かい日差しがさんさんと降り注いだ。
雪はギラギラと、ダイヤモンドをちりばめたかのように輝きわたり、溶けた雪の表面は下になった雪の冷たさで再び固く凍りついた。
その上を啓太たちは、スケートのように長靴で滑った。
びっしょりと濡れた靴下と手袋の先の指は、真っ赤にかじかんでいたが、啓太たちは気にも留めなかった。
汗ばむほどの暑さを感じて、コートもマフラーも何時しか丸めて脱ぎ置かれた。
学校が終わったら雪だるまを作ろう。
飛んできた雪だまを、体をひねってよけながら、カーブをつけて手の中の雪だまを敵に投げつける。
もう一度雪だまを作ろうと手を伸ばし、じゃりっと指を立て雪をかき集めた。
顔を上げると、水溜りで、はでに尻餅をついた哲が見えた。

下校すると、啓太はさっそく庭の雪で、雪だるまを作ろうと思った。
けれども暖かな陽気は、すでにあらかたの雪を溶かしてしまっていた。
日陰に残った雪をかき集め、啓太はどうにか雪だるまをひとつ作った。
それはなんだか泥だるまのようだった。
『あ~あ。雪国に住めたらいいのに。』
がっかりしている啓太に、お母さんは苦笑した。
『なにいってんの。雪国の人は大変よ。
雪で家は押しつぶされそうだし、交通は麻痺しちゃうし。』
第一寒くてしょうがないわ。そう言いながらお母さんは、濡れそぼった啓太をお風呂場に押し込んだ。
『お母さんは、雪だるまとか作りたいって思わないの?』
啓太が聞いたけど、お母さんには届かなかったようだ。
『なあに?なんか言った?』
ひょいと顔だけ覗かせたお母さんに、なんでもないと首を振って湯船に浸かる。
痺れるような熱めのお湯が気持ちいい。
その晩、啓太はいつもより早めにベッドに入った。
散々遊んで疲れていたので、枕に頭をつけるかつけないかのうちに寝入ってしまった。

部屋の中は静かだった。
布団がゆったりと、波のように上下に揺れている。
わずかな寝息がそこから漏れるばかりだ。

 チリン!チリン!チリン!

鈴の音が部屋に響いた。
目覚ましなんてかけたっけ?
眠い目をこすりながら啓太は、あたりをきょろきょろと見渡した。
するとチリンチリンという音が、だんだん言葉のように思えてきた。
『急いで!急いで!始まっちゃうよ!』
突然はっきりとした声が聞こえて、啓太は驚いて布団を跳ね飛ばし起き上がった。
窓の傍の勉強机の上に、胸に青い星の形のビーズをつけた、手のひらに乗るくらいの小さな雪だるまが、くるくると踊るように回っていたのだ。

『へえ。面白いおもちゃだな。』
啓太は傍によると、雪だるまの頭をちょいちょいと突いた。
『なんだって?おもちゃだって?
由緒正しい、スノーフェアリー家のこの僕が?!』
とたんに雪だるまはキーキーと叫びだした。
啓太は目を丸くして雪だるまを見つめた。
『フェアリー?妖精ってこと?』
雪だるまは、エッヘンと胸を張った。
あんまりそっくり返ったので、頭が転がり落ちそうになったくらいだ。
『そうさ、雪女は僕の母上の叔母だし、ハトコにはイエティだって一人いるんだぞ。』
雪女に、イエティ?啓太の思っていた妖精とだいぶイメージが違う。
『とにかく急いで!早く出かけないと遅刻しちゃう!』
『どこに行くの?』
ああもう!と、じれったそうに雪だるまは跳ねとんだ。粉になった砂糖のような雪がちらちらと落ちた。
『まったくどうなってるんだ?!こっちはちゃんと依頼どおりに来たって言うのに。
依頼人が覚えがないなんて!!』

 バタン!

締めておいたはずの窓が開いて、ごおごおと風が吹き込んできた。
依頼はキャンセルなんだねと、雪だるまはくるくると空中に舞い上がった。

『待って!!』
顔に当たる風に必死で目を凝らしながら、啓太は白い小さな姿に手を伸ばした。
伸ばした啓太の指先が、雪だるまの胸元の星に触れた瞬間。
啓太の足が宙に浮いた。
ごおごおと耳元で吹き荒れる風。
それは円を描きながら、啓太の体を捕らえるように巻き上げた。
そのまま窓の外へ、そして空に向かって、啓太の体をコマのように回しながら運んでゆく。
『スノーランドへ!』
雪だるまが叫んだ。
啓太の周りで、たくさんの星がぐるぐると回り始めた。


『スノーテール2』

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