小説 こにゃん日記

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スノーテール3


スケート靴は、飛ぶようなスピードで、啓太の足をどんどん運んでいった。
『まるで魔法みたいだ!』
啓太が感嘆の叫びを上げた。
その声すら、耳元をびゅんびゅんと過ぎる風に、ちぎられ後方に押し流されていく。
『ほら見えてきたよ!』
目の前を飛んでいた雪だるまが声を上げた。
青く照らされた氷の上に、何かががきらりと光って見えた。
だんだんと近づくにつれて、それはキラキラと輝く、透明な塔の先端だということがわかった。
『スノーランドの氷のお城だ。』

お城は高い塔を中心に、左右に優美に伸びた棟を従え、遠くから見るとまるで、羽を広げ今にも飛び立とうとする白鳥の姿のように見えた。
雪だるまと啓太は、まっすぐに城に向かっていった。
やがて大きな白い壁が現れ、お城の姿がその向こうへ消えて見えなくなる。
雪だるまはスピードを緩め、その壁に沿うようにして飛んでゆく。
啓太のスケート靴も、ゆっくりと雪だるまのあとを追っていった。
啓太は壁の天辺を仰ぎ見た。
壁はとても高く、一番低い星の高さにまで届いている。
横幅も、どこまでも伸びているように見えた。
指先で城壁に触れると、硬く冷たい感触。
それは半透明に凍りついた氷の城壁だった。
啓太が滑りながら城壁の向こうを、透かし見ようとしていると声がかけられた。
『こっちだよ!』
雪だるまが大きな門の前で、立ち止まっている。
啓太が近づくと、雪だるまは門の傍の小さな小窓を叩いていた。

『はい。お待ちください。』
がたがたと小窓が開き、中からぬっと白熊が顔を出した。
雪だるまを見ると、白熊は小窓の脇のドアを開けて、ぺこぺこと頭を下げながら急いででてきた。
『お帰りなさいませ。』
それから啓太を、じろじろと珍しそうに眺めた。
『異国の方をお連れですな。』
雪だるまは、一枚の薄青いカードを白熊に渡した。
『許可はでている。城門を開けてくれ。』
白熊はカードを丹念に調べると、大きな口でにっこりと啓太に笑いかけた。
『けっこうです。ようこそわが国においでくださいました。』
白熊がドアの向こうに戻って、なにか操作をすると、ギシギシと凍りついた音を立て城門が大きく左右に開いていった。
『ようこそ。スノーランドへ。』
雪だるまが誇らしげに声を上げた。

城門の向こうは、大きな通りになっていた。
白い道は固い雪が、レンガのように綺麗に敷き詰められたものだ。
その上を、一頭立て、もしくは多頭立てのそりが、トナカイや犬に引きずられ軽やかに走っていく。
星のように輝く街頭。
通りの両側は、10メートルを超えそうな雪の壁で出来ていて、その壁にさまざまなお店のショーウインドウが並び、通りすがりの人々を明るい光で店内へと招ねき入れていた。
そっくり返ったペンギンの紳士。道端でギターをかき鳴らすふくろう。
スケート靴のまま、よろよろと雪道を進む啓太を、オコジョが二匹、くすくすと指差し通り過ぎていった。
『昼間はもっと賑やかなんだけど・・・。』
雪だるまが自慢そうに声をかけてきた。
『どうだい。けっこう開けた所だろう?』
それから、赤や青のセロファンに包まれたお菓子が、山のように積まれているショーウインドウの脇を過ぎ、細い路地に啓太を誘い入っていった。
そして、ひとつの扉に下げられた銀の鈴を高く鳴らした。

 リン リン リン!

待ち構えていたようにぱっとドアが開き、
『いらっしゃいませ。』
浅黒い肌とピンクの頬をし、ラッコのショールをかけたおばさんが、ドアを開けにこやかに二人を店内に引き入れた。
ショールのラッコも眠りながら、もにょもにょと挨拶をしてよこした。
『ご注文は?』
『ええと・・・。』
啓太はぐるりと店内を見回した。

店内はとても暖かかった。
ストーブが赤々と燃えていて、啓太は、雪で出来ている壁や天井が、溶けてしまわないのを不思議に思った。
入ってきた扉の脇には、赤い花の柄のカーテンが下がっている窓。
床には、木で出来た大きなテーブルに椅子がいくつも並べられ、ストーブの上には大きな鍋が、くつくつとおいしそうな匂いをさせていた。
低いチェストには、浅黒い肌の子供たちと、どこか懐かしいような顔をした白ヒゲのおじいさんとの写真がおかれ、けれども、商品らしいものは何ひとつ見えなかった。
『二人乗りのそりを頼むよ。』
雪だるまが言うと、おばさんは困ったような顔をした。
『あいにく、二人乗りは今日は予約で一杯でして。』
『城から招待された特別な客を連れているんだぞ。』
雪だるまが強く言うと、おばさんは揉み手をした手に目を落とした。
『多頭引きならありますが。』
『駄目だ。私は引き綱をもてないし、子供では多頭は扱えない決まりだ。』
『そうは言いましても、他のお客さんの分をお渡しするわけにはゆきません。』
雪だるまはいらいらと回り始めた。
『仕方がない。他の店に行こう。だが、王様に申し上げて、この店の営業許可を取り下げてもらうからな!』

おばさんは泣き始めた。
『小さな子供が5人もいるんです。仕事を失くしたらどうしたらいいでしょう?
どうやって食べさせてやればいいんでしょう?』
啓太は我慢が出来なくなった。
『ちょっと待ってよ!』
不機嫌そうに雪だるまは啓太を見た。
『スノーランドでは、小さな子供を飢えさせるような、そんな酷いことを王様がさせるの?!』
雪だるまは、ぴたりと回るのを止めた。
それから、ふうむと、腕を組み考え込んだ。
『わが国に対して、外国で悪い評判がたつようなことがあったら・・・。』
『そうだよ!スノーランドは最低の国だって言いふらしてやる!』
啓太が必死に言うと、雪だるまはあきらめたように腕を解いた。
『解った。さっきの言葉は取り消すよ。』
おばさんは、ぺこぺことお辞儀をしながら、啓太に何度も礼を言った。
『ありがとうございます。ありがとうございます。』

そこへ、とんとんと軽い足音が聞こえ、幼い男の子が一人、眠そうに目をこすりながら階段を下りてきた。
『かあちゃん。おしっこ。』
おばさんは、あわてて男の子の手を取ると、それからはっとしたように啓太を振り返った。
『申し訳ございません。ちょっとお待ちくださいまし。』
男の子の用を済ませると、おばさんはニコニコと、頬を輝かせ戻ってきた。
『失礼ですが、お客様は、ボートを漕ぐ事がお出来になりますか?』
啓太は、ずっと以前に、お父さんと一緒にボートを漕いだことがあった。
小さな啓太は、お父さんの股の間に座り込み、ボートの櫂を両手で握らせてもらった。
そのときは、啓太の手ごとお父さんが櫂を握りこんでいたが、もう啓太は自分だけでボートを漕ぐ自信があった。

啓太が頷くと、おばさんは、二人を店の奥に案内した。
ドアを開けると、むっとする動物の匂いが立ち込める。
見事な角をしたトナカイたちが、一斉に立ち上がっていた。
『仕事かい?』
中でも一番立派な角をしたトナカイが進み出ておばさんに聞いた。
『いや・・・休んでるところじゃまして悪かったね。』
おばさんが首を振ると、トナカイはカツカツと蹄を打ち鳴らした。
『クロース殿にはくれぐれもと、おかみさんと子供たちのことを頼まれているんだ。遠慮はいらないよ。』
おばさんは、優しくトナカイの背をなでた。

『亭主がいれば、お客さんをそりでお送りすることも出来たでしょうが・・・実は年末に腰を痛めまして、今、春の国で療養中なんです。』
おばさんはそういいながら、部屋の隅にあるカバーをぱっと取り払った。
そこにあったのは、小さな小さな空色のボートだった。
灰色に塗られた小さな櫂がふたつ、きちんとボートの中に並べておいてある。
『今夜は、お城でパーティーが開かれますし、そりの貸し出しは、どのお店も予約が一杯だと思います。これは、うちの亭主が子供に作ってやったものですが、おもちゃとはいえ、作りもしっかりしていますし、御二方なら十分乗れる大きさです。もしよろしければ使ってやってくださいませんか?』
雪だるまは、じろじろとボートを眺め、おばさんにいくらかと尋ねてみた。
『これはお優しいご立派なあなた様方に、特別にお貸しするものです。お金はいただけません。』
雪だるまは、すっかり機嫌を直したようだった。

啓太はおばさんを手伝って、ボートを店の外に押し出した。
『さ、早くボートに乗って!』
雪だるまは啓太を促した。
『だけど、どこにも水がないよ。』
辺りには、ボートが浮かべるような川も池もない。
それなのに、おばさんも雪だるまと一緒になって、啓太をボートに乗り込ませた。
『しっかり、櫂を握って!』
雪だるまが声を上げた。啓太はぐっと櫂を握りしめた。
『肘を締めて、櫂を立てて!』
おばさんも励ますように声をかけた。啓太は肘を締め、櫂をぐっと雪の道に突き立てた。
『『そのまま。大きく漕いで!』』
ぐっと櫂に力が加わり、ぐらりとボートの先端が揺れた。
櫂が大きく回り、もう一度地面に向かったとき。
もう櫂の先は雪に突き立てることは出来なかった。
ボートはふわりと宙に浮かんでいたのだった。
『休まないで!続けて漕ぐ!』
雪だるまの声に、啓太はぐんぐんと櫂を漕いだ。
『どうか。お気をつけて!』
小さくなっていくおばさんに、啓太は大きな声でありがとうと片方の櫂を振ってみせた。
とたんに、ぐらぐらとボートが揺れて、あわてて櫂を元に戻す。
ボートは高く高く浮かび上がり。とうとう町の上にまで出た。
そこは銀色に輝く一面の雪の世界だった。


『スノーテール4』








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