小説 こにゃん日記

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星を統べるもの8


キーンと耳鳴りがする。暗くなる。
俺は立ち上がりかけた中腰の姿勢のまま、そばの机に手を付いた。
さわさわと潮騒のように遠くで声がする。
『・・・ユキ・・・ゆき?』
やめろ!やめてくれ!そんなふうに俺を呼ぶな。
ささやくように俺の名を呼ぶアイツの声。


『由紀?何やってるんだよ。遅れるぞ。』
ポンと軽く頭を小突かれて、俺は、はっと振り向いた。
白い顔に、銀縁の眼鏡をした、いかにも秀才面の新一が、呆れたように笑ってる。
『あれ?俺・・・。』
ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
放課後の教室。斜めからはいる日差しを受けて、ちらちらとほこりが光っている。
教室に残っているのは、もう俺たちだけだった。
『わ。いけねえ。』
くすくすと笑いながら、新一は、俺のかばんの中に、机の中の教科書を黙々と詰め込み始めた。
『新ってば。どうせ勉強なんかしないんだから、そんなのいいよ!』
俺はナイキのスポーツバッグに、でかタオルを突っ込むと、わたわたと教室を飛び出した。
俺のかばんを抱えた新一が、後から決まり文句を言う。
『図書館でまっているから。』
俺は、後手をひらひらと振った。

中学もこの時期になると、部活にでてくる3年は殆どいなくなる。
俺が所属する野球部も、未だに顔を出すのは、俺みたいな野球馬鹿のほんの数人だ。
幼馴染の新一も、弓道部の部長の座を後輩に引き継ぐと、未練げも無くさっさと引退して、着々と受験勉強にいそしんでいる。
俺は、そっとため息を付いた。
『新一くらい頭が良かったら、入れない高校なんて、なさそうなものだけどな。』
だからといって、スポーツ特待を受けるほど、俺のピッチングの腕の冴えは無い。
『いや。俺だって、まだこれからだ。』
あと少し身長が伸びて、リーチも長くなって・・・。
トレーニングあるのみだ。目指せ甲子園!
・・・その前に、受験があるけどな。

『お疲れさま。』
気持ちよく後輩をしごいたあと、汗も流さず図書館にやってきた俺を見て、新一は読んでいた分厚い洋書を閉じ立ち上がった。
俺のスポーツバッグを断りも無く開けると、使われないままだったタオルを取り出し、俺の頭からかぶせて汗を拭く。
背の高い新一に、がしがしと頭を拭かれると、子ども扱いされているようで、俺はむっとしてタオルを掴む。
『ちゃんと汗を拭かないと風邪を引くよ。』
『急いできたから、また汗をかいたんだよ。』
新一は、俺の嘘を見抜いたように、腕を組み眼鏡の奥の薄茶の瞳を細めた。
うっ・・・俺はこの眼に弱いんだ。

新一と俺は、幼稚園からの付き合いだ。
俺の通っていた幼稚園に、あとから入ってきたのが新一だ。
それまでの俺のボスの座は、わずか半日で、新一のものになった。
それも、喧嘩に負けてとかいうんじゃない。
新一は、女の子みたいな綺麗な顔に、ニコニコと笑顔を絶やさない大人しい子供だった。
落ち着いた声で、敬語をしゃべる新一は、とても同じ年に思えなかった。
お父さんとお母さんが、アメリカで暮らしていて、叔父さんと暮らしているというのも、なんだか本の中のお話みたいで不思議だった。
何となく近寄りがたく思ったのは、俺だけじゃないだろう。
けれども、新一は屈託も無く、明るく俺たちに溶け込んだ。
話し上手で、いろんな遊びも知っている新一は、あっという間に人気者になった。
『由紀ちゃん。僕。由紀ちゃんみたいな弟が欲しかったんです。』
そんな新一に、特別扱いされたようで、ちょっぴり得意だった。
俺と新一が同い年であることは、帰宅して瑞希に言われるまで、俺はうっかり気が付かなかった。
そして、新一が弟という前に、シスターと言いかけて直したことも、俺は気に留めなかった。もちろん意味なんてわからなかったからだ。


『・・・とぉさぁ・・・おとぉさぁま・・・。』
ぼんやりとにじむ視界に頭を振る。
双そろいのビー玉みたいな青い瞳。
『お父様。大丈夫?』
俺。何か夢見てた?
思い出せない夢の残滓が、頭の隅をちくちくと刺す。
『あててて・・・。』
俺はストンと腰を下ろした。
ケロヨンの耳のピアスが光って・・・それからどうなったんだろう?
悪魔どもめ。今度は何をしでかしたんだ?
俺が口を開くより早く、あれえ。と素っ頓狂な声がした。
『先生何をしてるんですかぁ?』
吉住が、きょときょとと身を起こしていた。
『いてて・・・貧血でも起こしたかな?頭が痛い・・・。』
剃りあがった頭に恐る恐る手をやって、つるんとした手触りにわっと目を剥く。
『ワ、ワ、ワ・・・私の髪がぁ~っ!?』
教室にどっと笑いが渦巻いた。
『し、静かにしなさい!じ、自習っ!自習してなさいね!』
吉住は、頭から背広を被ると、保健室に行かなくてはと、つぶやきながら教室を出て行った。

『吉住の奴何してんだ?』
『自習だ~やりィ。』
ワイワイがたがたと席を離れる音。
『ちょっと!男子!静かにしなさいよ。』
『うっせいな。それより、なんか足りないんだけど。』
『あ~っ!残ってるの私たちだけじゃん。何で皆いないのよ。』
『おい見てみろよ!あいつら、校庭にいるぞ。なんだ?あれ警察じゃねえ?』
窓際にいた奴が声を上げる。
どっと皆で窓に集まった。
『・・・何をしたんだ?』
俺はこそこそと、双子の悪魔に問いかけた。
『えっと。』
ケロヨンが、ちょこんと首を傾げて見せた。
やめろ・・・可愛いから。
『記憶操作。』
ミーアが、そっと耳打ちする。
『ついでに、ちょこっと、現状認識力を歪めたけど。』
なんだかとてつもなく危険なことを聞いている気がする。



『星を統べるもの』9 に続く









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