地味な静岡SP~静岡編


地味な静岡SP~静岡編

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8時27分、いつも通りに静岡駅に到着。
いつもは、隣のホームに停まってる浜松行きに速攻乗り換えですが
今日は、ここ静岡で降り、静岡編をお届けします。
東京や関東の人間が「静岡へ行く」というのは
まず年代問わず、伊東熱海伊豆などを指します。
「そうじゃない!」という人間がいるなら、関東から格安バスツアーのド定番
清水のイチゴ、寿司食い放題と三保の松原、日本平で決まりでしょう。
しかし、人と同じでは許せない、この「各駅停車の旅」
当然、渋いところを攻めていこうと思う。


皆様も教科書で目にしたであろう、懐かしの「登呂遺跡」であります。
弥生文化の貴重な資料としての重要地でもあるわけですが
最初に発見されたのは、戦争真っ只中の時代、軍用工場建設の際、たまたまみつけたそうです。
戦時中で急を要しただろうに、そのまま建設しないでおいたのはすごいと思う。
駅からバスもガンガン出ていたが、基本的に足で稼ぐのがポリシーの各駅停車の旅。
駅からまっすぐというわかりやすさもあって、大体徒歩30分程度で到着。

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よく竪穴式住居と言われる形ですが、ここ登呂は安倍川のほとり
低地で水が溜まりやすい土地柄だったので、これは地床式の住居だそうです。


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その内部です。人は進化するというのが常識ですけど
これだけのものを、現代人が作れるんだろうか?

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木船です。大木を刳り貫いて作りました。
魚採りや、水田での作業に使ったんでしょうか。


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こちらは、水田で採れた作物を保管する高床式倉庫
教科書通りに、ねずみ返しがついてございます。


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「貧しい生活でヒエやアワを食った」とよく聞きますが
これがヒエだそうです。見るからに美味そうじゃないね。


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調理例を見ると、赤米の上にゴマを乗せるような感覚で
このヒエをかけてありました。
この赤米というのは赤飯じゃありません。赤飯のルーツがこれなのです!
今の時代だから、案外こういうのってブレイクするかも




si8出土した琴、小銅装、銅釧などです。
こう考えると、弥生人も、音楽を楽しみ、オシャレをして
現代人と、そう変わることはしていなかった。
食に関しても、白米より栄養の高い赤米に、採れたての魚を食べていた。
もはや、現代人よりも、いきいきライフを送っていたのかもしれない。
弥生時代に生まれたほうが幸せだったかもしれないね。

自分はですね、えーまあ、メールとかもしたいし、PCもしたいし、現代のがいいかな、と。(爆)



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