死の意味


私が今迄学んできた色々な分野から

「死」を取り上げてみたいと思います。

ヒプノセラピー(退行催眠)では

クライアントが、過去世まで逆上ってしまう事で

人間には前世が有るのでは無いか、ということに気付かされました。

臨死体験の研究も進んでいます。

私達の廻りでも、様々な現象から、人間は死んだらおしまい

と考える事は、不自然と捉えられるようになってきました。

人間が死を迎えたら、その瞬間にそれまでどのような状況にいても

例えどんなに苦しい状況であっても

ふーっと我に返ると、とても楽で素晴らしく安らぎに満ちた

気持ちになれるといいます。

臨死体験をして、戻ってきた人は

死というものを素晴らしいものと捉えて、怖れることがなくなるといいます。

私の父も大手術をして戻った時に

「光に輝いている世界だったので、死ぬ事は少しも怖くなくなった」

と言っていました。

戦争で亡くなった兵士達も、瞬間に安らぎに満ちた世界へ

行った事と思います。

(ただ自殺に関しては全く別の見解があります。

くれぐれも自殺だけはお辞めください。)

そして人間はある一定期間、そこで自分のそれまでの生活

生まれてから死ぬまでを、振り返る時を過ごします。

それは色々な宗教でも、四十九日、五十日などという行事が有ります。

自分がどれ位成長できたか、振り返るのです。

死んで持っていけるのは、名誉でもお金でも豪邸でも有りません。

どれだけ人を愛せたか

どれだけ人を許せたか

その事を自分が、どれくらい評価出来るか

じっくり考える時間を与えられます。

そして殆どの人は、あの時ああすれば良かった

と、反省してまたもう一度、今度はもっと愛深い人生を送りたい

と再び人生にチャレンジしてくると言われています。

充分に成長した魂は、もう二度とこの世に戻って来ません。

人間の生命は尊いと言われます。

全くその通りですが、死んでお終いになる訳では有りません。

自分がどう生きようと決めて、生まれてきていると言われています。

生まれるときに、忘れてくるルールになっていますが

潜在意識の底で、覚えていて自分の運命を段々とそちらの方向に

向けていくようになります。

この世は体験を通して学習する場所だからです。

その体験の一つ一つが尊いのです。

どの体験も尊いのです。

アメリカ ワシントンDCのポトマック河畔で飛行機事故があり

その時に飛行機から、凍った河に落ちた乗客を何人も救って

そして自分は力尽きて、亡くなった方がいらっしゃいました。

私達はニュースで、その光景を何度も見ました。

そのニュースを見て、「自分が死んだら御終いじゃないか」

と言ってた方がありましたが

その死は、決して無駄死にではないのです。

その方にとっては、きっと生まれる前から決めてきた死に方だったと思います。

人の命を救う事は、何よりも尊い体験です。

戦争で亡くなるのも、ある意味世界の人びとに送る

命を懸けたメッセージでも有ります。

この死が無駄にならないようにするには

他人事として捉えず、しっかりその事を我々が受け止めることです。

忘れない事

これから自分が何をしたら良いか考える事

世界に平和をもたらす為に、自分に何が出来るか

考えながら生きていくこと

でしょうか





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