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「望み」 望み【映画カバー版】【電子書籍】[ 雫井 脩介 ] 理不尽に殺された子どもに対して、「ああこの子は立派に成長していたんだ」といえることがわかった時それまで心にぽっかり空いていた穴がしっかりと満たされる気持ちになる。 人は過去にも今もそして将来も、理不尽なことに遭遇してきたし遭遇する。 戦国時代駆り集められて戦場に放り込まれた農民。 社会保障制度が整っていない時代金持ちは薬を買えるけれど貧乏人は、死を受け止めなければならなかった。 コメを食べることができた金持ちと常にヒエ・アワなど食べていた人。 お腹を空かせた子どもの前で平気で食べることができる人。 人種が違うだけで収容され殺されていった人。 いつの時代にも理不尽なことはある。理不尽だからこそ”自分らしく”生きてくれたことがわかった時、それは心の支えになる。
October 28, 2020
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あの野蛮なアメリカ大統領は再選される。 大阪都構想は、否決される。 兵どもが夢の跡 でも、確かにやれることはすべてやった、といえるのではないか。 で、あるならば、それで よし。
October 27, 2020
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うつ状態の人は自分の中に原因がある、と思い込んでそこを掘り下げようとします。自分を掘り下げても底は何もありません。でも自分を傷つけ続けないと気が済まないムゲンの地獄へ落ちていくのです。 ここを脱出するには、本人が”希望”を見出すしか方法はありません。 ある人には畑仕事であったり ある人には”歌”であったりします。 ”やりがい”というものでしょうか。これをつかみ取ればしめたものです。 それまではじっくりと・・・
October 23, 2020
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「しあわせとは・・・」と聞かれて返事に困ります。 鷲田清一 氏は「しあわせへの問いというのは、満ち足りているという感覚がないから」と説明しています。 では、「満ち足りる」とは、どういう感覚でしょうか? 満腹感・充足感などが思い浮かびます。敗戦後の日本人は衣食住すべてが不足していました。やがてそれらが充足したのは1956年頃だそうです。「もはや戦後ではない」と時の総理大臣鳩山一郎氏は言ったそうです。ではその頃の日本人は「しあわせ」だったのでしょうか? 日本人というくくりでいうと、沖縄の人はどうなのか。ひとくくりでいうことはできませんがとりあえず強引にいうならば、敗戦後よりはよくなった。満ち足りているといえるかもしれません。 このように地域によって事情は異なります。 同じように個人によっても異なるでしょう。 あかちゃんをグッと抱きしめたくなる感覚、好きな人をハグしたい気持ち、これらは満ち足りるという感覚であり「しあわせ」でしょう。
October 20, 2020
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NHK 朝の連ドラ 「エール」見ごたえがあります。 ◆◆エール 連続テレビ小説 Part2 / NHK出版/編 NHKドラマ制作班/監修 / NHK出版 昭和という時代は、クーデター、戦争、貧困、好景気、まさに歴史上の”なんでもあり”の時代でした。人の生き方が180度変わる、変わらなければならない厳しい時代でした。国体護持から個人尊重という時代。 エールを見ていて思うのはもし自分があの時代を生きていたら? ”国のために死ぬ”ことが美徳とし生きて敗戦後は、それを否定して生きる。今の時代ではとても考えられませんが、例えば会社人間が会社をリストラされて生きていくとしたらどうだろう? 私はこれだけの実績があります、とどんなに説明してもそれは受け入れられないことが理解できるだろうか?実は現実社会ではそうなんです。 あなたの実績はいらない。 ほしいのは・・・黙って働く 一労働者 なんです。 あなたのうんちくは不要、邪魔です。 ほしいのは、単位時間当たりの労働です。 それに徹することができるでしょうか? 「一億円のさようなら」(nhk bs 日曜放送) 主人公は出向されます。それに対して妻は 「私はあなたと子どもたちとこうして笑って過ごせる日があればそれがしあわせ」といいます。 主人公は、働くこと会社で地位が上がることがしあわせなのですが妻はそれを望みません。 30代40代の頃、こういわれてそうか、と納得できたのか?自分に聞くと ウツムクだけです。 でも・・・・大事なのは・・・・ 時代という化け物の前で右往左往している私がいます。
October 20, 2020
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オベリベリ ・・・ 何のこと? チーム・オベリベリ[本/雑誌] / 乃南アサ/著 乃南あさ著 昭和の初めごろの北海道 帯広 開拓時代を生き抜いた カネ を主人公にした小説 時代がどうであろうと、人が生きていくということは最低限の社会性というものが必要でありその中に核心というか、”核” 俗に言う”プライド”日本的には”信条”がある。 カネは、オベリベリでいわゆる小作人のような生活をしていたが、ある日訪れたイギリス人と思わず出た英語が、生きてきた証し(あかし)であった。この章を読んだときなぜか涙が流れた。
October 17, 2020
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総理が変わって何かと世間は騒がしくなりました。学術会議、携帯電話、ハンコ、などなど喧騒のなか新たな時代を駆け抜けようとしています。 それぞれ思い、持論はあるでしょうが、まずは自分にとっていま大事なことはなにか? 私にとって大事なことは、時間です。ゆとりのある時間を持つことができている。これがしあわせです。 これはニュースの片隅にあったある人の言葉です。コンビニエンスストアで燃焼した店主の一言です。 子どもため、家族のため、・・・たしか昔こんな歌が流行りました。 本当ですか? 自分を胡麻化していませんか? 私は自分を胡麻化していました。もうギブアップしたかった。でも3人の子どものためにそう思って働きました。 家族で知恵を出し合うことができていれば違った人生だと思います。 なぜそれができなかったのか? 自分の負けを、弱さを曝すことが怖かった。
October 12, 2020
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夏の花の代表のあさがおですが、いまでも咲いています。 ウオーキングをしていると、道端に赤・青・色々な朝顔が咲いています。 こんなに長く咲いているとは思いませんでした。秋も深まるころです。 そういえば、百日紅も咲いています。これも結構長く咲いています。 いわゆる草ですが、毎日見ていると同じように見えるのですが、ほぼ2か月ぐらいで変化していることがわかります。こういう変化は、仕事をしている頃は見えなかったものです。 なにをあくせくしていたのか? ・・・ いえいえ未だにあくせくしています。
October 12, 2020
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うーんと唸ってしまったエール。 裕一は、少しでも国の役に立ちたいと願って作曲をしています。この行為はあの虚しい戦争に駆り出される若者たちを少しでも鼓舞するためのものでした。私も仕方ないと思いながら見ていました。 金曜日の放送で五郎は「戦争をやめればいい」とはっきりと言いました。 五郎はおそらく「先生の作る曲で多くの若者が死んでいくことに耐えられなくなると・・・」見たのでしょう。裕一は初めて怒鳴りました。 人は怒りを示した時それはその人の心の中に”うそ”がありそこを自分に突き付けられたとき”怒り”という感情をあらわにします。 裕一の深層心理には「このような形で作曲をするのは嫌だ」と思っています。しかしそれを表出することは、時代が許しません。日本人特有の「みんなが向いている方向を向く」ことが求められているからです。 歴史に”もし”はありませんがもしあのような曲がなければ、人の心は荒んでいきこの戦争は何のために行われるのかをしっかりと自分の頭で考えていくことで行動が変化していたのではないでしょうか? 少なくとも子どもたちが兵士に憧れることがなくなるのでは? 歌っているときは麻薬のように高揚感に満ち溢れるでしょうが、それはすぐに冷めてしまいます。冷静になって思考をすると・・・・
October 10, 2020
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