断頭台からの機銃掃射@雅没徒永遠本家21

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アイドル30年史



at 2001 05/17 16:42 編集



吉田拓郎がアイドル? 若い人ならそう思うだろうね。

でもあの時代、よしだたくろう はまぎれもなくアイドルでしたよ



そのデビュー曲がこれです。長い曲だけど

単純なフレーズの繰り返しで曲としては単調なんだけど

詩の説得力はニッポンの音楽史上類を見ない気がする。



♪闘いつづける人の心を、誰もがわかってるなら

 闘いつづける人の心は、あんなには燃えないだろう



♪長い長い坂を登って後を見てごらん、誰もいないだろう。

  長い長い坂を降りて後を見てごらん、みんなが上で手を振るさ



♪古い船には、新しい水夫が乗りこんでゆくだろう

  古い船を今動かせるのは古い水夫じゃないだろう。

  なぜなら古い船も新しい船のように新しい海へ出る。

  古い水夫は知っているのさ、新しい海の怖さを



このほかにも、納得させられる言葉が次々と出てくる。



(この曲は1997年に浜田省吾がト長調でカバーしている)







よしだたくろう の人気が目立たなかったのは

今で言う インディーズにあたるマイナーレーベルの

エレックに所属していたためで、コンサートや深夜放送を通じて

しだいに知られるようになっていった。



後に CBSソニー に移籍し 今日までそして明日から で

メジャーデビュー メジャー2曲目の 結婚しようよ で

多くの人に知られるようになるのだが、古くからのファンを

失う結果にもなった。



♪私は今日まで生きてみました。そして今私は思っています。

 明日からもこうして生きてゆくだろうと (今日までそして明日から)



♪年老いた男が川面を見つめて時の流れを知る日が

 くるだろうか(マーク2)



この年の新人賞は



「もう恋なのか」 にしきのあきら 浜口庫之助 浜口庫之助 森岡賢一郎

「経験」 辺見マリ 安井かずみ 村井邦彦 川口 真

「一度だけなら」 野村真樹 山口洋子 猪俣公章 猪俣公章

「愛のきずな」 安倍律子 加茂亮二 鈴木 淳 船木謙一

「走れコウタロー」 ソルティ・シュガー 池田謙吉 池田謙吉

/前田伸夫 池田謙吉















1971年

at 2001 05/17 16:40 編集



この年は妙に洋楽が強くチャートのベスト3を洋楽が独占なんてこともあった。

若いひとの注目が洋楽に集まったっぶん

歌謡曲は年齢の高いひとの売れ行きがよく、ヤングアイドルはおされ気味 そんな中で

6/1 に 南沙織 が 17歳 

10/1に 天地真理 が 水色の恋 

でデビュー 年間1位は 

4/25デビューの 小柳ルミ子  わたしの城下町

(このひとはいまだに芸能界にいる)

第1期アイドル黄金時代の幕はひらかれつつあった



この時代は 現在のように 曲を書く人間がアイドルをトータルにプロデュースする

というスタイルではなく 作品を提供する というだけの

割り切ったかかわり方ではあったのだが

膨大な作品を提供してアイドルポップスのジャンルを切り開いたのが筒美京平で

GMに投稿された どこでもいっしょ さんの文章を引用させてもらうと



>我が国で「アイドル」という外来語が

>現在のような意味合いで用いられるようになったのは

>'71年頃からだとする説があるみたいです。

>この年は筒美さんが「また逢う日まで」で

>レコード大賞、歌謡大賞を得た年なんですが、

>同時に南沙織さんのデビュー曲「17才」、 >野口五郎さんの実質的デビュー曲(演歌転向

第1弾)「青いリンゴ」

>などを手掛けられてもいる。

>200曲を書いた翌'72年には、

>麻丘めぐみさん「芽ばえ」、

>郷ひろみさん「男の子女の子」、

>西城秀樹さん「恋する季節」

>のデビューにかかわってらっしゃる。



野口 西城 郷 といえば

いわゆる 新御三家 である

(御三家は 舟木 橋 西郷 だったっけ?)

野口のデビュー曲は ド演歌の 博多みれん

いい曲だったが キャラクターに無理がありすぎたのか あまり売れなかった



この年の新人賞は



「私の城下町」 小柳ルミ子 安井かずみ 平尾昌晃 平尾昌晃

「17才」 南 沙織 有馬三恵子 筒美京平 筒美京平

「燃える恋人」 本郷直樹 阿久 悠 中村泰士 馬飼野俊一

「雨の御堂筋」 欧陽菲菲 林 春生 D・ウィルソン 他 川口 真

「恋人もいないのに」 シモンズ 落合武司 にしおかたかし 葵まさひこ















1972年   芽生え (麻丘めぐみ)

at 2001 05/17 16:45 編集





♪もしもあの日あなたに会わなければ、

  この私はどんな女の子になっていたでしょう



はじめて現れた年下の女の子のアイドルである

デビューは6/5 曲のできも抜群だった



この年はほかに中3トリオのひとり 森昌子 が

7/1に  せんせい でデビューしている



この年の新人賞は



「芽ばえ」 麻丘めぐみ 千家和也 筒美京平 高田 弘

「太陽がくれた季節」 青い三角定規 山川啓介 いずみたく 松岡直也

「男の子女の子」 郷ひろみ 岩谷時子 筒美京平 筒美京平

「雨」 三善英史 千家和也 浜 圭介 近藤 進

「せんせい」 森 昌子 阿久 悠 遠藤 実 只野通泰



えっ 太陽がくれた季節 の 編曲って 松岡直也 だったんだ

















1973年 天使も夢見る (桜田淳子) 

at 2001 05/17 16:47 編集



いよいよアイドルポップスの第1期黄金時代

中3トリオ と 新御三家 がそろう



11/25 アグネスチャン ひなげしの花



山口百恵 としごろ 



4/21 浅田美代子 赤い風船



5/25 あべ静江 コーヒーショップで



キャンディーズ あなたに夢中



この年の新人賞は



「わたしの青い鳥」 桜田淳子 阿久 悠 中村泰士 高田 弘

「赤い風船」 浅田美代子 安井かずみ 筒美京平 筒美京平

「涙の太陽」 安西マリア 湯川れい子 中島安敏 川口 真

「コーヒーショップで」 あべ静江 阿久 悠 三木たかし 馬飼野俊一

「草原の輝き」 アグネス・チャン 安井かずみ 平尾昌晃 馬飼野俊一



桜田淳子意外は全部 あ で始まる





















1974年

at 2001 05/17 16:52 編集



ひととおり出揃ってしまったためか新人アイドルは不作

2年目3年目の人たちの活躍が目立つ



2年目の 山口百恵 が5thシングルの ひと夏の経験 でブレイク

やはり2年目の フィンガー5 も大活躍



この年の新人賞は



「逃避行」 麻生よう子 千家和也 都倉俊一 馬飼野俊一

「恋はダンダン」 浅野ゆう子 有馬三恵子 川口 真 川口 真

「太陽の日曜日」 荒川 務 安井かずみ 都倉俊一 都倉俊一

「イルカにのった少年」 城みちる 杉さとみ 林あきら 高田 弘

「空港」 テレサ・テン 山上路夫 猪俣公章 森岡賢一郎



麻生よう子 の 逃避行 は地味な曲であったため

さほど売れなかったが高い歌唱力が評価されロングヒットとなった

もっともアイドルっぽかったのが 浅野ゆう子

城みちる は今でも語り草?になっている











1975年  雨だれ (太田裕美)

at 2001 05/17 16:53 編集



19歳でデビューした太田裕美は アーティスト色の強いアイドル

(アイドル色の強いアーティスト?)

として70年代後半に息の長い活躍をした

似たような路線を狙ったアイドルはたくさんいたがことごとく失敗に終わった

この年は 岩崎宏美 が2ndシングル ロマンス でブレイク

この2人に共通するのは アルバムが売れる アイドル であったこと



太田裕美は

1st  まごころ   2nd  短編集

岩崎宏美は

1st  あおぞら   



いずれも内容の充実した名作アルバムである



この年の新人賞は



「心のこり」 細川たかし なかにし礼 中村泰士 あかのたちお

「ロマンス」 岩崎宏美 阿久 悠 筒美京平 筒美京平

「夜の訪問者」 小川順子 石坂まさを 城賀イサム 伊藤雪彦

「美しい契り」 片平なぎさ 千家和也 三木たかし 三木たかし

「雨だれ」 太田裕美 松本 隆 筒美京平 萩田光雄















1976年 ペッパー警部 (ピンクレディ)

at 2001 05/17 16:57 編集



太田裕美 岩崎宏美 山口百恵 などがクオリティの高い曲を出し続ける中

邪道中の邪道ともいえる戦略でブレイク

この後ミリオンセラーを連発するようになる



新人賞は



「想い出ぼろぼろ」 内藤やす子 阿木燿子 宇崎竜童 馬飼野康二

「雪ごもり」 芦川よしみ 小林亜星 小林亜星 竹村次郎

「嘘でもいいの」 角川 博 石坂まさを 八木架寿人 竜崎孝路

「嫁にこないか」 新沼謙治 阿久 悠 川口 真 あかのたちお

「ペッパー警部」 ピンク・レディー 阿久 悠 都倉俊一 都倉俊一



演歌系ながら 芦川よしみ は抜群に可愛い

後に鶴光のオールナイトニッポンでアシスタントをするようになる











1977年 硝子坂 (高田みづえ)

at 2001 05/17 16:58 編集



ピンレディの全盛期に 歌のうまいアイドル として存在感を示した

1stアルバムには 南南西 春乃岬 などの名曲が収録されている



新人賞は



「帰らない」 清水健太郎 つのだひろ つのだひろ 馬飼野康二

「あずさ2号」 狩人 竜真知子 都倉俊一 都倉俊一

「アル・パシーノ+アラン・ドロン

<あなた」 榊原郁恵 森雪之丞 森雪之丞 小六禮次郎

「硝子坂」 高田みづえ 島 武実 宇崎竜童 馬飼野康二

「Lui-Lui(ルイ・ルイ)」 太川陽介 石原信一 都倉俊一 都倉俊一













1978年

at 2001 05/17 17:01 編集



ピンレディが年間チャートの上位を独占

とても新人が出てこれる状態じゃない

これといった大ヒットのなかった キャンディーズ が 微笑みがえし でブレイク

3人組女性アイドルとしての売上記録は

20年以上破られることがなかった

1999年にこの記録を破ったのは・・・・・・



新人賞は



かもめが翔んだ日」 渡辺真知子 伊藤アキラ 渡辺真知子 船山基紀

「失恋記念日」 石野真子 阿久 悠 穂口雄右 穂口雄右

「青葉城恋唄」 さとう宗幸 星間船一 さとう宗幸 石川鷹彦

「Deep」 渋谷哲平 松本 隆 都倉俊一 都倉俊一

「東京ららばい」 中原理恵 松本 隆 筒美京平 筒美京平



アイドルらしいのは 石野真子 ぐらいですね













1979年  井上望

at 2001 05/17 17:03 編集



ルックス 歌唱力 ともにハイレベルであったがブレイクにいたらず

次の年にデビューした松田聖子が大ブレイクしただけに

タイミングというか運というか・・・・



新人賞は



私のハートは ストップモーション」 桑江知子 竜真知子 都倉俊一 萩田光雄

「好きだから」 井上 望 千家和也 穂口雄右 穂口雄右

「HOW!ワンダフル」 倉田まり子 山上路夫 都倉俊一 都倉俊一

「September」 竹内まりや 松本 隆 林 哲司 林 哲司

「おんなの出船」 松原のぶえ 山田孝雄 船村 徹 栗田俊夫



1980年代前半概観

at 2001 04/15 20:52 編集



いよいよアイドル30年史も80年代に突入するわけだが

日本のアイドル史 のみならず 音楽史 においても

ひじょうに大きな存在となったのが松田聖子である

70年代までアイドル歌手のアルバム といえば洋楽やニューミュージックのものと同等に議論されることすらなかった

その意味でアイドルポップスの地位を飛躍的に高めた功績は

スタッフも含めて高く評価されるべきである

21世紀になって実の娘がデビューするのもなにか運命を感じさせる



そして いろんな意味でライバルと見られていたのが中森明菜

2人とも歌唱力は高く評価されていたし 初期の楽曲はいずれも名曲ぞろい

だがその後の芸能界での軌跡は対照的である



ほかにも 柏原よしえ(後の柏原芳恵)

小泉今日子 河合奈保子 をはじめとして

第2期アイドル黄金時代を築く者たちが続々と登場する 







忘れ去られた?アイドルたち

at 2001 04/30 17:16 編集



いつデビューして いつ消えていったのかわからないけど

確かに存在していたアイドルたちがいた



松本伊代  堀ちえみ  田中久美

つちやかおり  新井薫子  松村和子

シュガー  石川優子  石川秀美

早見優   北原佐和子  安田成美



ほかにも言われれば思い出す人がいっぱいいると思うので

掲示板に書いてくれるとうれしいです









世を去ったアイドル

at 2001 04/30 17:34 編集



佐藤佳代 といってもピンとこない人が多いかもしれないが

岡田有希子 といえばわかるかも



この人は秀才でした。芸能界入りの条件として母親が出したのは

学年1位になること だったのだが

見事この難題をクリアして 難関の15群

(名古屋の人でないとわからないかもしれないが 東京風に言えば 偏差値の高いところ)

に合格した。(上京のため転校したけど)



しかしフピュアな秀才に芸能界の水は飲めなかったのか

数年後 ビルの屋上から飛び降りて自殺してしまった





モーニング娘。から4人が卒業し 鈴木あみが引退寸前に追い込まれ

それぞれのファンサイトで議論がたえないけれど



大丈夫 まだ生きてるから(by 飯田圭織 to辻希美 )

というサイパンの言葉じゃないけれど

生きている限り復帰する可能性だってないわけじゃない

中澤裕子はソロとして活動を続けるわけだし

市井紗耶香も いつかソロアーティストとして戻ってくることを約束している

















1980年    裸足の季節   ( 松田聖子)

at 2001 05/17 17:05 編集



日本のアイドルポップス史上最大の存在といってもいいかもしれない。

70年代までのアイドルと異なる点はいろいろあるが

その1つにアルバムのクオリティの高さがあるだろう

1stアルバム SQUALL は他のジャンルの作品と比べても全く遜色がない

80年代のアイドルはアルバムで勝負 という意気込みを感じさせたし

それまで音楽的にはやや低く見られていたアイドルポップスの地位を飛躍的に高めた



もう1つの違いをあげれば 歌詞である

70年代のアイドルのスタンスはあくまで受身であり 待っている女 であったが

このアルバムでは 奪い取る女 のスタンスが明確に打ち出されている

それに伴ってサウンドはハードになっているのだが

それに負けない歌唱力と表現力がアーティストとしてのアイドル を可能にした



男性では 3年B組金八先生 に出演していたいわゆる たのきんトリオの1人

田原俊彦 が 哀愁でいと でデビューした

この曲は 洋楽 NEWYORK CITY NIGHT に日本語の詞をつけたものだが

歌唱力は極めて低かった



新人賞レースはほとんどこの2人の一騎打ちの形になったが

岩崎良美(赤と黒) 

沢田聖子(キャンパススケッチ)

をはじめ実力派が多かった



新人賞は



「ハッとして!Good」 田原俊彦 宮下 智 宮下 智 船山基紀

「あなたの色マノン」 岩崎良美 なかにし礼 芳野藤丸 大谷和夫

「ヤング・ボーイ」 河合奈保子 竜真知子 水谷公生 船山基紀

「青い珊瑚礁」 松田聖子 三浦徳子 小田裕一郎 大村雅朗

「帰ってこいよ」 松村和子 平山忠夫 一代のぼる 斎藤恒夫















1981年  スニーカーぶるうす (近藤真彦)

at 2001 05/17 17:06 編集



イントロ(および間奏)は ジリオラチンクウェッティの 雨 を露骨にパクっている

アイドルポップスがニューミュージックに傾きつつあった時代に

ある意味で 純然たる歌謡曲でもあった

松本隆の詩はかなり推敲のあとがあるし

90年以降のJ-POPでは失われてしまった香りがそこにはある



このデビューシングルに続く

2ndシングル ヨコハマチーク はやや期待はずれの内容だったが

3rdシングル ブルージーンズメモリー が歴史に残る名曲

セリフの バカヤロー はカラオケで歌うと実に気持ちがいい

アルバムの中にも 哀しきハイスクール や

傷だらけのアベニュー などの名曲があり

田原俊彦に比べて曲には恵まれていたといえる



この年は対抗馬不在で しいてあげるなら

ハイスクールララバイ(イモ欽トリオ)くらい



少女人形(伊藤つかさ) は14歳とは思えないほど幼く見えた

この曲の作曲は 南こうせつ で

こうせつは イモ欽のアルバム中の 山口良一のソロ曲も作曲している



アルバムでは 松田聖子 の3rdアルバム

Silhouette  が出色

(4thアルバムはやや期待はずれだがクオリティは高い)



新人賞は



「ギンギラギンにさりげなく」 近藤真彦 伊達 歩 筒美京平 馬飼野康二

「てれてZinZin」 竹本孝之 三浦徳子 馬飼野康二 馬飼野康二

「父さん」 祐子と弥生 さいとう大三 宮坂 実 馬飼野俊一

「函館本線」 山川 豊 たきのえいじ 駒田良昭 前田俊明

「はみだしチャンピオン」 沖田浩之 阿木燿子 筒美京平 筒美京平















1982年 駆けて来た処女 (三田寛子)

at 2001 05/17 17:08 編集



80年代になって いわゆるニューミュージック勢のアイドル歌手への作品提供が増えたが

ついに 井上陽水(作曲のみ)が作品を提供したのがこの曲

アルバム 16カラットの瞳 には ときめきメモリアルの片桐彩子役の 

川口雅代が提供した ジャパニーズガール も含まれている



さてこの82年は空前の大豊作の年といわれ

スローモーション(中森明菜)

私の16才(小泉今日子)

など80年代のアイドルポップスの主役たちが

続々とデビューしている



新人賞は



「100%・・・Soかもね」 シブがき隊 森雪之丞 井上大輔 井上大輔

「ゆ・れ・て湘南」 石川秀美 松本 隆 小田裕一郎 馬飼野康二

「アンダーソングは哀愁」 早見 優 阿久 悠 馬飼野康二 萩田光雄

「待ちぼうけ」 堀ちえみ 竹内まりや 竹内まりや 鈴木 茂

「センチメンタル・ジャーニー」 松本伊代 湯川れい子 筒美京平 馬飼野康二















1983年 ギザギザハートの子守唄 (チェッカーズ)

at 2001 05/17 17:10 編集



80年代前半には アーティスト色の強いアイドル

(アイドル色の強いアーティストと言うべきか)

が多いけれど その典型ともいえるのが チェッカーズだろう

84年 85年 はまさにMVPといっていい活躍を見せた

1stアルバム  絶対チェッカーズ や

2ndアルバム  もっとチェッカーズ は

音楽的に極めて充実したものになっている



82年にデビューした 明菜 今日子 はいずれも83年になってブレイクしたといえるし

聖子 トシ マッチ  奈保子 芳恵  などがかわるがわるチャート上位にいたから

新人女性にはちょっと気の毒な年だったが

歌唱力で存在を示したのが 桑田靖子 で

1stアルバム  ファースト キス

2ndアルバム  ときめき

いずれも聞き応え十分であった



すでにベテラン?になった 松田聖子 の

7thアルバム ユートピア は

アイドル系のアルバムとしては これ以上考えられないほどのクオリティに達している

(余計な話だが セカンドモーニング のジャケットは このアルバムのパクリ&パロディかも)



中森明菜の初期3部作

1st プロローグ(序曲)

2nd バリエーション(変奏曲)

3rd ファンタジー(幻想曲)

は いずれも松田聖子のアルバムと比べると物足りないが

アイドルのアルバムとしてはコンセプトが共通でクオリティは高い

(かなり短い期間に連続してリリースされていることに注目してほしい)



新人賞は



「きまぐれONE WAY BOY」 THE GOOD-BYE 橋本 淳 山本寛太郎 甲斐正人

「恋はあなたしだい」 岩井小百合 TAKU TAKU 馬飼野康二

「ダンシング・レディ」 大沢逸美 竜真知子 浜田省吾 大谷和夫

「よこはまチャチャ」 小野さとる 伊達 歩 中村泰士 竜崎孝路

「もしかして・ドリーム」 桑田靖子 売野雅勇 芹澤廣明 馬飼野康二















1984年 春はSA-RA SA-RA (長山洋子)

at 2001 05/17 17:12 編集



大物アイドルがチャート上位を独占する時期にデビューしたため目立たなかったが

歌唱力 表現力 とも群を抜いた存在だった

4歳のときから民謡を歌っていたため レコーディングでは

何度も こぶし をまわさないように と注意されたらしい

きわめて和風に聞こえるが 実はフィンランドの曲である

1stアルバム ときめきアイラブユー も80年代屈指の名作アルバムだが

なぜかほとんど話題にされない 本人もアイドル時代のことを語りたがらないのかも



この年のアルバムとしては 

柏原芳恵 の 最愛 がある

A面はすべて 中島みゆき作品

B面はいろんなアーティストが作品を提供している

円熟期?にはいった松田聖子は

9th ティンカーベル 10th ウィンディシャドー 

いずれも安心できる出来には違いないが ルーチンワークになってきた感もあった



新人賞は



「恋 はじめまして」 岡田有希子 竹内まりや 竹内まりや 竹内まりや

「前略、道の上より」 一世風靡セピア セピア GOTO GOTO

「サマーアイズ」 菊池桃子 秋元 康 林 哲司 林 哲司

「モニカ」 吉川晃司 三浦徳子 NOBODY 大村雅朗

「バージンブルー」 サリー(SALLY) さがらよしあき 鈴木キサブロー 鈴木キサブロー















1985年  卒業(斎藤由貴)

at 2001 05/19 17:36 編集



この年にデビューした女性アイドルで打順を組んでみた



1.森田まゆみ(予感)

2.芳本美代子(白いバスケットシューズ)

3.斎藤由貴(卒業)

4.工藤夕貴(野生時代)

5.井森美幸(瞳の誓い)

6.中山美穂 ( C )

7.大西結花 (半抗期)

8.網浜直子 (恋は微熱)

9.橋本美加子(メロウシーズン)

指名打者 本田美奈子(殺意のバカンス)



かなりの顔ぶれである。他にも

奥田圭子 早川めぐみ 秋本理央 などもいたから豊作といっていい

アイドルシーンが おニャン子 に荒らされる前の最後の活気を見せた年かもしれない



意外に忘れさられてるのが

若林加奈(PIRA★星物語)

松本典子(春色のエアメール) 

中原香織(銀河鉄道の夜) 

南野陽子(恥ずかしすぎて) 

村田恵里(オペラグラスの中でだけ)

浅香唯(夏少女)



などでしょう



新人賞は 斎藤 工藤 の両本命が出走せず



「C」 中山美穂 松本 隆 筒美京平 萩田光雄

「Temptation」 本田美奈子 松本 隆 筒美京平 大谷和夫

「恋におちて」 小林明子 湯川れい子 小林明子 萩田光雄

「雨のハイスクール」 芳本美代子 松本 隆 財津和夫 大村雅朗

「さよならと言われて」 松本典子 銀色夏生 呉田軽穂 松任谷正隆















1986年 夢色メッセージ (西村知美)

at 2001 05/19 17:38 編集



西村知美 は80年代全体で見ても

最もアイドルらしいアイドルだったんじゃないでしょうか

ところが なかなか1位がとれない

ことごとく おニャン子 にはばまれるんですな

1st 夢色メッセージ は 2位

(1位は 河合その子 青いスタスィオン)

2nd 見えてますか夢 も 2位

(1位は 高井麻巳子 シンデレラたちへの伝言)

3rd わたし ドリーミング は 3位

(1位 石井明美 2位 福永恵規 )



この 夢3部作 もいいけれど

ベストは 1stアルバムの最後にあった

バルセロナーイメージの中でー でしょう

本人も1番好きだと言っていたような記憶がある



新人賞は



仮面舞踏会」 少年隊 ちあき哲也 筒美京平 船山基紀

「CHA-CHA-CHA」 石井明美 今野雄二 B.Rosellini

F.Baldoni 他 戸塚 修

「わたし、ドリーミング」 西村知美 安井かずみ 加藤和彦 武部聡志

「夢飛行」 真璃子 松本 隆 筒美京平 山川恵津子

「乙女日和」 水谷麻里 松本 隆 筒美京平 武部聡志



水谷麻里 は後に漫画家の 江口寿志 と結婚したけど

歌唱力は相当ぶっ飛んでました



ほかにも

島田奈美 (負けないで・・・片想い)

勇直子  (センターラインが終わるとき)

山本理沙 (恋する素敵)

森川美穂 (教室)  

山瀬まみ (メロンのためいき)

などの名曲が目白押しだったが おニャン子 の影に隠れてしまった

(メロンのためいき はユーミンの作品)



おニャン子 からのソロデビューでは

渡辺真里奈 (深呼吸して)

渡辺美奈代 (瞳に約束)

福永恵規  (風のinvitation)

城之内早苗 (あじさい橋)

(いっぱいあるけどキリがないので・・・)



忘れてはならないB級っぽいところでは

宝生桜子 (風のテレフォンコール)

藤井一子 (チェックポイント)

後藤恭子 (ペガサスの少女)

浅倉亜紀 (オータムリップス) 









1987年 時の河を越えて (うしろ髪ひかれ隊)

at 2001 05/19 17:58 編集



85年以降 うまい人は結構出てくるのだが

ヒットチャートは超ヘタクソな素人軍団に占領される時代が続く

ハード面でも レコードからCDへの転換がすすみ

この30年で最もレコードの売れない年になってしまった

やがて アイドル氷河期 とよばれる 90年代前半をむかえるが

87年から89年にかけては 最後の花火というか数だけは多い

そのなかには上手く育てばTOPアイドルになれる素材も多かったのだが

なにせ 歌番組はないし レコードは売れないわで

一般の人にしらせる手段がないのである

その結果 アイドルに詳しい=オタク という偏見まで生まれ

さんざんイヤな思いをすることになる。



この年はじつは大豊作で今日まで生き残ってる人が多いよ



八木さおり(瞳で片想い)86年10月21日



牧野アンナ(Love Song 探して)86年12月21日

(ドラクエ2 の主題歌? 現在沖縄アクターズスクールの・・・)



中村由真 (ジレンマ)1月1日



酒井法子(男の子になりたい)2月5日



後藤久美子(teardrop)3月18日



畠田理恵 (ここだけの話ーオフレコー)3月3日

(後に 将棋の羽生善治 と結婚)



立花理佐(疑問)4月1日



時の河を越えて(うしろ髪ひかれ隊)5月7日



伊藤美紀(小娘ハートブレイク)5月21日



石田ひかり(エメラルドの砂)5月21日



森高千里(NEW SEASON)5月25日



守谷香(予告編)5月27日



渡瀬麻紀(パールモンド・Kiss)6月2日



真弓倫子(片想いグラフィティ)6月6日



伊藤智恵理(パラダイウオーカー)6月11日



仁藤優子(おこりんぼの人魚)6月17日



小沢なつき(追いかけて夏)6月21日



太陽のアラベスク(秋山絵美)6月21日



ウィルユーリメンバー(中里あき子)



野性の風(今井美樹)



白田あゆみ(恋しくて)9月23日



禁断のテレパシー(工藤静香)8月31日

(たぶんコメントは不要だと思う)



新人賞は



「キミはどんとくらい」 立花理佐 真名杏樹 山川恵津子 山川恵津子

「ノ・レ・な・い Teen-age」 酒井法子 森 浩美 西木栄二 戸塚 修

「あばれ太鼓」 坂本冬美 たかたかし 猪俣公章 京 建輔

「人見知り」 畠田理恵 麻生圭子 飛鳥 涼 瀬尾一三

「I Don't know」 BaBe 森雪之丞 中崎英也 中崎英也・杉山卓夫



























1988年  涙をたばねて (小川範子)

at 2001 05/27 18:39 編集



88年に14歳でデビューしたが、歌唱力も表現力も群を抜いていた。

15歳以下でこれだけの表現力を示した人はあまり例がない。

30年の歴史のなかでもこの人とSPEEDの今井絵理子くらいのものだろう。

(歌唱力だけなら福田明日香がいるが・・)

その秘密は、歌手デビュー以前に本名の谷本繁美で子役を長くやってたせい



曲別では1stアルバム1曲目の 独り占め片思い  (変ホ短調)  と

2ndシングル&2ndアルバム7曲目の  永遠のためいき (嬰ト短調)が出色の出来だと思う。

ほかにも2ndアルバムには  水浴プラネット という名曲もある。

ディスコグラフィー



新人賞は

「DAYBREAK」 男闘呼組 大津あきら MARK DAVIS 松下 誠

「ABコンプレックス」 相川恵理 藤原安寿 三浦一年 萩田光雄

「雨酒場」 香西かおり 里村龍一 聖川 湧 馬場 良

「89番目の星座」 伸村知夏 蓮田ひろか 川上明彦 船山基紀

「JUST ONE MORE

KISS TO SEARCH」 BUCK-TICK 桜井敦司 今井 寿 BUCK-TICK

・中山 努

「王将一代小春しぐれ」 大和さくら 吉岡 治 市川昭介 斎藤恒夫



















1989年 EQUALロマンス (CoCo)

at 2001 05/27 18:41 編集



この年もアイドルラッシュである。

CoCo は 乙女塾 出身の5人組で

この年では傑出した存在 以後94年まで冬の時代をリードした

ほかに目立つところでは



河田純子(輝きの描写)

山口弘美(つよがり) 

宮沢りえ(ドリームラッシュ)…

田村英里子(ロコモーション・ドリーム)

佐藤忍 (ちょっとだけMy Love)   



をはじめ



深津絵里 

川越美和 

千葉美加 

松下里美 

井上昌己 

島崎和歌子

増田未亜

細川直美  

里中茶美 

山中すみか 

中山忍  



うまく育てればスーパーアイドルやbigartistになる素材はおおかったと思う。



新人賞は

「ふりむけばヨコハマ」 マルシア たきのえいじ 猪俣公章 竜崎孝路

「恋やどり」 尾鷲義人 里村龍一 三木たかし 桜庭伸幸

「夢だけみてる」 川越美和 小椋 佳 玉置浩二 星 勝

「男同志」 香田 晋 星野哲郎 船村 徹 蔦 将包

「真剣」 田村英里子 松本 隆 筒美京平 新川 博





















1990年

at 2001 05/27 18:45 編集



年号が昭和から平成に変わり

いよいよ 冬の時代 の到来である

新人賞の顔ぶれを見てみると

愛されてセレナーデ」 ヤン・スギョン 荒木とよひさ 三木たかし 若草 恵

「一円玉の旅がらす」 晴山さおり 荒木とよひさ 弦 哲也 池多孝春

「お祭り忍者」 忍者 原 六朗,

荒木とよひさ 原 六朗,

馬飼野康二 鷺巣詩郎

「さよなら人類」 たま 柳原幼一郎 柳原幼一郎 高浪慶太郎,たま



アイドル系が全くいないのである

こんなことは空前絶後?であった







1991年 伝説の少女( 観月ありさ)

at 2001 05/27 18:51 編集



冬の時代に咲いた一輪の花(といってもデカいけど)

平成の3M美少女のひとり

ただ楽曲はニューミュージック色というかアーティスト系で

この時代の流れには逆らえなかったようだ

新人賞は

「やせがまん」 唐木 淳 阿久 悠 吉田 正 高田 弘

「想い出の九十九里浜」 しじみとさざえ 長戸大幸 織田哲郎 葉山たけし

Mi-Ke 織田哲郎

「赤い花束」 中嶋美智代 遠藤京子 羽田一郎 武部聡志

「どんなときも。」 槙原敬之 槙原敬之 槙原敬之 槙原敬之

「伝説の少女」 観月ありさ 尾崎亜美 尾崎亜美 佐藤 準









1992年 許して・・・ (大野幹代)

at 2001 05/27 19:03 編集



89年から94年まで 冬の時代 を孤軍奮闘した CoCo からのソロデビュー

すでに

三浦理恵子(涙のつぼみたち)

羽田恵理香(迷子にさせないで)

瀬能あづさ(もう泣かないで)

の3人がデビューしていたので4人目だが

楽曲のよさを含めて 1番 聞ける レベルに達していた

瀬能は抜群の歌唱力があったが曲に恵まれなかった

(ただしc/wには名曲が多い)

羽田は1曲目はともかく2曲目は 何じゃこりゃ

三浦はスタッフも苦労したのだろうがヘンな曲が多い

宮前? 論外でした



新人賞は

「女…ひとり旅」 田川寿美 悠木圭子 鈴木 淳 前田俊明

「DA・KA・RA」 大黒摩季 大黒摩季 大黒摩季 葉山たけし

「今度私どこか連れていって

下さいよ」 加藤紀子 森高千里 斉藤英夫 斉藤英夫

「大阪すずめ」 永井みゆき たかたかし 弦 哲也 池多孝春

「You're the only…」 小野正利 小野正利 柘植由秀 笹路正徳







1993年以降

at 2001 06/30 11:44 編集



本格的に アイドル冬の時代 に突入する

CoCoは活動を続けていたが売上は下降

結局全員がソロデビューはしたがパッとせず

やがて話題にもならなくなって94年に解散することになる

なにせ 歌番組というものがほとんどなく

バラエティ番組に出演して ちょっとだけ唄わせてもらう

くらいしかPRの場がないのだ



だから アイドルのみならず J-POP自体が冬の時代 なのかもしれない

CDは売れているのだが 大半が打ち込みを多用した

機械的に大量生産される音楽で 似たようなものばかり

90年代前半は J-POP30年の歴史の中でも

心に残る歌が少ない



そんな中 92年に シャ乱Q が 

18ヶ月 でデビューしたのだが

ほとんど話題にもならなかった



そんな中 テレビ東京で

浅草橋ヤング洋品店 というけったいな番組があって

江頭などがスタジオで水にもぐったりしていたのだが

よもやこの番組が90年代後半のアイドル史の流れを

変えていくことになろうとは



と いうわけで 来月はいよいよ

怒涛の 90年代後半 に突入ですぞ









1996年    Body Soul    SPEED

at 2001 07/21 14:11 編集





♪痛い事とか恐がらないで

もっと奥までいこうよ



ものすごい歌詞である。

考えてみれば小学生だから歌えたかも

多少なりとも意味がわかる年齢であれば・・・



STEADY、GoGo Heavenと順調にHitし

次の年に1stアルバム Starting Overをリリース

その後も常にヒットチャートの常連だったが

2000年の3月に解散 



CoCoの解散以来 長く続いた 冬の時代 に終止符を打ち

新しいアイドル時代の夜明けを告げた存在ではあった

しかし 幼少期から英才教育を施され

高すぎたアーティスト性が逆に災いしたのと

初期はともかく マンネリに陥った I氏の楽曲が飽きられることにもなった

これらはすべて モーニング娘。のプロモーションにおける

反面教師ともなっていく

多くのファンは もっと身近なアイドル を求めていたのではないだろうか



ともかく旬は短かったものの 

アイドル史のうえでひときわ輝いていた存在ではある









1997年  愛の種 (モーニング娘。)

at 2001 07/26 17:01 編集



SPEEDやMAXの出現で いわゆる 冬の時代 からは抜け出したものの

ファンはもっと身近に感じられるアイドルの登場を待っていたのではないだろうか

歌や踊りをブラウン管越しに見聞きするだけでなく

いろいろな感情を共有し擬似恋愛もできる対象としてある程度の選択肢を持った・・・

そんな中で テレビ東京の 浅草橋ヤング洋品店 がリニューアルし

夢のオーディションバラエティ ASAYAN として視聴率を上げていた

この番組の企画として行われたのが

シャ乱Qロックボーカリストオーディションであった

ASAYANがこれまでのオーディション番組

(70年代のスター誕生や80年代の夕焼けニャンニャン)

と大きく違っていたのは 選考過程を克明におっていたことだ

このオーディションにおいても 協調性やセンス などを見るために合宿も行った

その結果選ばれたのは 平家充代(現在の平家みちよ)であり

このまま終わればひとつのオーディションでしかなかった

しかし 落選者ののなかに光る素材がたくさんいた

なんとかこの子たちにチャンスを とスタッフやシャ乱Qのメンバーは考えた

そこで 最終選考に残ったうちから5人をふたたび呼び出し

5人でユニットを組んでインディーズで5万枚を売り切ったらメジャーデビューさせる

という条件で発売されたのがこの 愛の種 なのである

(現在このCDはとてつもないプレミアがついていて入手は極めて困難)

ASAYANのバックアップやメンバーのがんばりによって

4つ目の会場となった ナゴヤ球場 でついに5万枚を完売し

メジャーデビューを果たしたわけだが このときその後のブレイクや

今日の様子を想像できた人はどれだけいたのだろうか





1998年1月  モーニングコーヒー  (モーニング娘。)

at 2001 09/09 15:07 編集



インディーズで 愛の種 5万枚完売という

常識的にはとても不可能な難題を

福田 安倍 飯田 石黒 中澤 の5人は達成してしまった

もちろん ASAYAN という高視聴率の番組のバックアップは大きかったが

それだけでは豊富な情報の中で懐疑的になっていたファンは動かなかったろう

やはり ひたむきにがんばる姿 がブラウン管を越えて伝わってきたからだろう



こうして つんく 作詞・作曲による メジャーデビュー曲

”モーニングコーヒー”が発売された。

98年1月28日のことだった。

衣装や曲調は あきらかに CoCo を意識した

正統派アイドル路線

久しくこのような作品が世に出ていなかったため たちまち話題になった

結果はオリコン初登場6位 の 30万枚 という

新人アイドルユニットとしては久々の大ヒットを記録したのである







1998年5月  サマーナイトタウン  (モーニング娘。)

at 2001 09/19 20:31 編集



中澤 石黒 飯田 安倍 福田 の5人の

”モーニング娘。” はいわゆるアイドルユニットとして順調にスタートした。

もしかしたら 冬の時代 に終わりをつげる存在になるような気がした

5人という人数も衣装も デビュー曲の曲想もCoCoによく似ていた



ところが 2ndシングルのレコーディングも始まらないうちに

”つんく”がとんでもないことを言い出した



”増やしましょうか”



ナニを言い出すんだ せっかく順調にいってるのに

それに やっと5人の名前がしれわたったところなのに

(ASAYAN見てたから オイラはだいぶ前から知ってたけどね)

シングルの1枚目と2枚目でメンバーが増えたなんてユニットはないぞ

(減ったのはたくさんあるけれど)



そんなわけで 多くの ファン スタッフ そしてメンバーたちのとまどいのなか



市井紗耶香

保田圭

矢口真里



の3人を加えて 2ndシングル

”サマーナイトタウン”が発売されたのだが

これがまたびっくり

前作と曲想がまるっきり違う!

(ふつう2ndシングルはデビュー曲の曲想に似せることが多い)



それでも ある意味 キワモノとも受け取られかねないこの曲は支持され

オリコン最高位4位のヒットとなったのだった

(この時点では3人の中で矢口が目立ち、市井と保田は目立たなかった)







ところ







1998年という年はいろんな意味で

at 2001 09/26 23:45 編集



アイドル史のうえで大きな意味をもつような気がする

ASAYANという番組が はっきりとアイドルシーンの中心として認識された

モーニング娘。以前にも

Say a Little Prayer とか

佐々木ゆう子  とか

セールスは別として 話題はじゅうぶん集めただろうし

鈴木あみ などは主役に近い存在であったといってもいい



いっぽうで 宇多田のブレイクもあったし

kiroro のようなユニットも注目された

SPEED もまだ勢いを保っていた



コンポーザーに視点を移しても

コムロ イヂチ といったヒットメーカーに

つんく という新しい勢力が割り込んできたという認識だったろう 



だが この 新しい勢力 は予想以上に大きな波紋となって成長していくのである 







そして98年の7月には

at 2001 09/27 16:24 編集



モーニング娘。 の待望の1stアルバム

”ファーストタイム”が発売された。



アイドルらしいアイドルのアルバム というのは ほんとうに久々だった

(SPEED は アイドルとしての重要な要素が欠落していた)



アルバム1曲目の Good Morning のイントロが流れてきたとき

長い長い飢餓状態が またたくまに癒されていくのを感じた



すぐに連想したのが うしろ髪の ”素敵なモーニングドライブ” である

だが 決定的な違いがある

うしろ髪のほうは 男の子のほうからモーニングコールがあって

主人公の女の子は いやいや? つきあってドライブに行くのだが

娘。のほうは 女の子のほうからモーニングコールして誘っている



ちょうど 70年代の山口百恵(待っている女)と

80年代の松田聖子(積極的に誘う女) の対比のような違いが見られる



とにかく この曲には 語りつくせないほどの思い入れがある







Mステで番組の始まった頃(86年-87年)の

at 2001 09/28 19:24 編集



女性アーティストの映像を連続で流していたのだけれど

何というか 距離を感じさせる ものが多かった

衣装や振る舞いなどに どこか 見下したような感じをうけるのだ



歌唱力 ダンスの切れ ルックス ・・・

オーディションでは こういったものが主な選考基準になりがちだが

ブラウン管のむこうにいる人間の心をつかむのは別にある

それを 多くの人が気づいていただろうし

つんく も ASAYAN のスタッフも考えていたのではないだろうか



外野から見れば素人に近い女の子を寄せ集めたようにしか思われないユニットが

オリコンの上位にランクインしたのが不思議だったかもしれないが

少なくともASAYANを見ていた人にはじゅうぶん予測できたブレイクだった







そして98年の9月9日には

at 2001 09/29 12:44 編集



モーニング娘。の3rdシングル

”抱いて HOLD ON ME” が発売され

初のオリコン1位を獲得する



3曲目で1位を獲得するのが理想的

と いわれることが多い

その意味でも 計算通り だったかもしれない



このころになるとASAYAN視聴者でなくても

モーニング娘。の名前は多くの人に知られるようになる

ただ今と違って音楽活動主体であり

CMにすら出ていなかった

その中での1位獲得は楽曲の良さと

ASAYANの巧妙な煽りによるところが大きい







この年 ASAYAN では

at 2001 09/29 18:49 編集



ファイナルオーディションとよばれるものが行われ

最終候補の5人を 視聴者による電話とインターネットの投票で決める

というやりかたであった



ここで目をひいたのが 鈴木亜美(後の鈴木あみ)

もちろん好みのタイプだったから両方で投票した

結果は 諸隈美幸と大接戦の末鈴木亜美が選ばれた

のはよかったのだが よりによって小室・・・・(残念)

(2位の諸隈美幸も後に小室プロデュースでデビューするが売れず)



ともかく話題性とルックスだけは抜群だったから

小室のヘンな曲ながら そこそこのブレイクをはたした

(まだ初期のころは それなりにいい曲は書いていた)

こうして モーニング娘。 と 鈴木あみ は同じASAYAN出身のライバルとして

しばらくASAYANのネタとして利用されることになった







抱いて HOLD ON ME オリコン1位の余韻がさめない頃

at 2001 09/29 20:00 編集



つんく&ASAYAN がまた動いた

なんと モーニング娘。のなかで

もう1つユニットを作る というのだ



福田と安倍 が 娘。の顔 として成長してきた

中澤はすでに演歌歌手としてソロデビューしている

そこで 飯田 石黒 と 新メンバーの中から3人目を選んで

3人組のユニットを・・・ というものだった



さっそく 矢口 市井 保田 の

3人の中から新ユニットの1人を選ぶためのオーディション?が始まった



たぶんこれには まだ知名度の低かった新メン3人を認知させる意図もあったろう

5回あったオーディションの中で なぜか この2期生だけが

オーディションの様子をASAYAN(5期生はMUSIX!)で

あまりくわしく追われていなかったのである



結果は 矢口が選ばれ 実際はどうかは知らないが

見ているほうには 市井・保田 と 矢口のあいだに

微妙な溝のようなものができたように思えたのだ



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