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11月11日 懺悔



祖母が内科に転移になった。
本来なら退院のはずだがその直前におちついていたはずの
肝臓の症状が突然悪化したためだ。

昨年、ひどい目にあった内科部長とインターンの先生が
治療することになる。
通院の主治医の先生に診てもらえるわけではない。

3交代制にしないと母の身体がもたないため
私は夜9時以降から付き添いをするので
先生に会っていなかった。

末期の肝硬変だと診断がおりた。

母はもうこれ以上本人に痛い思いはさせられない
辛い顔しているのは見たくないという。
腹水を抜き、点滴をし、治療をしても何度も再発するからだ。
そして腹水を抜く作業は骨折の手術と同じく死の危険性を伴う。
もちろん痛みも伴う。

去年は助けてあげられたけど今年はもう無理だよ・・・
母は言う。
私はもう一度家に帰してあげたいと言った。
確かにもう内臓のほうは悲鳴をあげている。
もう天命をまっとうする時期なのかもしれない。

それでも祖母は内科に転移になった時点で
我が儘が激しくなった。
確かに昨年、倒れた日から症状が悪化していたが・・・。
母は祖母の意識はおかしいと言うが違う。
全部ちゃんとわかっている。

10日、寝不足だったため、激しくかゆいと訴える祖母の身体を
私はまたただひたすらさすっていた。
でも疲労のせいでうまくできなかったらしくご機嫌が悪かった。

12時間近く、苦しむ祖母におつきあいして戦った。
朝になって祖母はあたしの目を見てはっきりこう言った。
「頼むから助けて。辛くて仕方が無い。」
かゆみは肝臓からとストレスからの両方であろう。

私の手もたいがい死んでいたが気合をいれなおして
懸命に身体をさすった。

祖母は褒めてくれた。上手にできたと。
嬉しそうな顔をして眠りについてくれた。
昔のばあちゃまとなにも変わらなかった。

このまま意識を低下させて、延命治療をしないと
このまま病院で看取る覚悟でいなさいという母に私は泣きながら
抗議した。
ばあちゃまは生きたいと願ってる。意識もはっきりしてる。
去年とは違うよ。
あたしの目を見て助けてって言ったの。手術も検査もしなくてもいいから。
症状を楽にしてあげたいの。
あたしと先生に話をさせて。
それからもう長くないを連呼しないで・・・・

母もわかってくれた。

病院のインターンの先生に簡潔にはっきり話をした。
「痛みを伴いたくないという母の気持ちを私も尊重しますが
症状を軽くするための処置をお願いします。」

病院も動いてくれた。

ごめんね。ばあちゃま。
あたしがついていたのに。
最後に痛い思いさせてしまうなんて。

運命に身を任す。
そう決めた。
そして私はまだあきらめない。

もう一度だけ、奇跡を起こしてください・・・・。



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