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1月28日。メロン。



今日は祖父の祥月命日だ。
私にはほとんど記憶がない。

真冬、限界まで家で我慢していた祖父。
真夜中、救急車で運ばれ一件目の病院で
当直の医師が目をこすりながらでてきて
自分はその担当ではないから他へいってくれといわれたらしい。

他にも病は持っていたが
直接の死の原因は腸閉塞。
処置がはやければ助かったはずだと私は思う。

次の病院にはこばれてすぐ、息をひきとったという。

母は悲しみにくれ、
立ち直るまで3年はかかったらしい。
祖母がいて、それだから、この先どうなることやら。

今日は祖母の供養と祖父の供養が重なる。
母にとっては辛い日になるであろう。

私を妊娠した時、
母はひどい妊娠中毒だった。
母を溺愛していた祖父は、私のことを、娘をこんなに苦しめやがって
といっていたらしい。
家族自身5年ほど後に知ったことだが
母は腎臓の大病を患っていたので
私を産むことは命とひきかえに近かったらしい。
しらないからこそ産んでもらえたものの、
まえもってわかっていれば
私はこの世にいないであろう。
祖父が許すはずがない。

私が今ここに生きていることそのものが
奇跡に近い。

母は妊娠5ケ月をすぎると
ほとんどものが食べれなくなった。
大好きだったおすしが嫌いになった。(ちなみに私はおすしは嫌いである)

主食はメロンだったらしい。

祖母が最後に口にした食べ物。
祖父も好物である。
私も好きだ。

母は嫌いらしい。色々なことを思い出すから。

熟れたメロンを口にすると
私も少し切なくなる。

生命について考えてしまう。

愛しい人の死は、必ず周りに悲しみをのこしていく。
たとえそれが、天命を全うしたとしても。
もし自ら命を絶てば。
その悲しみは癒えることはあるのだろうか?

悲しみを勇気に変えるには相当なパワーが必要だ。
悲しみに包まれる人を支えるのも同じだ。

私にはまだ足りないものが多すぎる。

優しさも
体力も
人間性もなにもかも。きりがないほど。

嗚呼。

でもそれを全部手に入れたい。

そして全てが満たされた時
私は死を迎えるのであろう。

あの日の祖母のように微笑んで。

私は幸せだったと。

心からそう思いながら。

そうなれればと思う。何年先かわからないが。




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