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先日の世阿弥公園のブログを見た友人が観阿弥世阿弥の供養塔を教えて くれて、一緒に行ってきました。 世阿弥公園の南側、数十メートルの所にありました。後ろの森が世阿弥公園です。 因みに阿弥とは将軍の周りにいた文化人の名称でステータスシンボル的なものでした。 その供養塔は「観世音三阿弥供養塔」とあり音阿弥の名も刻まれていた で誰だろうと検索してみると読みは(おんあみ)で観阿弥の孫とありました。 観阿弥の孫と書かれているのに世阿弥の子とはないのでもう少し調べて みると、観阿弥の子で世阿弥の弟、四郎の子、元重でした。 世阿弥には子がなく弟の音阿弥を養子としていましたが後に元雅という息子が出来、 この息子に座を継がせ観世元雅となり観世太夫、になります。 しかし将軍足利義教は、元雅の従兄弟にあたる観世三郎元重(音阿弥)を重用します。 そして1432年、長男の観世元雅は伊勢安濃津にて客死します。 その元雅は能作者としてはすぐれていましたが役者としては音阿弥の方がまさっており反対に 音阿弥の作とする能は残っていないようです。 その音阿弥が観世座を大成させ現在に至るまでの 観世大夫職は以後音阿弥の子孫により受け継が れ、当代の二十六世観世清和氏にまで続いているもようです。 あまり手入れがされていないようで、もう少しで忘れ去られる危険性が あるので私たちも広める手助けをしたいと思います。
2017年09月11日
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