伊賀へいらっしゃい

伊賀へいらっしゃい

2017年08月08日
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仏教布教の土台になったのが伊賀四十九院でした。弥勒菩薩を本尊とし平安朝の中頃から山伏達が
兵法、武術、忍術を教える学塾になりました。そして生み出した第一号の山伏兵法習得者は火鬼、
風鬼、土鬼、隠形鬼を使ったと言われる藤原千方です。
弥勒寺は四十九院の一つでしたが天正伊賀の乱で兵火を経て明治40年(1907)に廃寺となりました。
しかし今も乳授けの祈願者が多いそうです。






本堂の弥勒菩薩へ「子宝、安産、育児、授乳」を願って、「乳房型絵馬」をご奉納 するようです。


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現在は弥勒堂がひっそりとあります。

『伊水温故』によると田守とも称し木津川支流久米川下流の地にあり、

聖武天皇の勅で諸国に四十九院を創建しその一院が当地に建てられ
四十九院村と呼ばれるとあります。

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この階段を登ります。

『行基年譜』に基づく寺院群には、その数が厳密に49寺だったかは、
「検討を要する」という。大和、摂津、和泉、河内、山背(山城)に
分布、 とあります。
そうするとこの寺院が四十九番目だったのかどうかははっきりしないことになります。
年号ははっきりしませんが大仏建立の後、大僧正になった天正17年(745)
から亡くなった天平二十一年(749年)の間に命令されたと思われます。

2021年11月8日の記事
行基の供養堂の遺構が平城京跡西側の菅原(すがはら)遺跡(奈良市)から出土した。東大寺大仏の造立に尽くした高僧、行基の供養堂行基やその弟子らが建立した「四十九院」の一つ「長岡院」の候補地の北側。









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Last updated  2021年11月09日 15時04分54秒
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