世界の中心で格闘技を叫ぶ

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サンボを極めたい!

サンボ

スピード感溢れるロシアの伝統的格闘技



 日本サンボ連盟は、日本におけるサンボの中枢機関として、サンボの正しい普及を図り、 国民の健康増進と体位 の向上、あわせて国際間の親善交流を促進し、 世界平和に寄与することを目的に1965年に設立した。現在、連盟の登録者数は約2,500名。 サンボの国際組織であるW.S.F(World Sambo Federation/2001年10月にサンボの更なる普及と 発展を目指しF.I.A.S(International Amateur Sambo Federationから名称を変更した )に加盟しており、サンボに関する全てを統括する日本で唯一の組織である。
 サンボとは「武器を持たない自衛」というロシア語である。1938年6月、全ソ体育スポーツ委員会は、各共和国の多くの民族格闘技を研究・分類・整理し、学識経験者をはじめ、関係者達を参集させ、新しい格闘技の体系をつくりあげ、「サンボ」という名称で今日に至っている。もちろん、日本の柔道がサンボに及ぼした影響は大きい。現ロシア連邦のウラジミル・プーチン大統領は11歳のときからサンボに親しむ。一度ならずサンクトペテルブルグ市のサンボ・チャンピオンになったことがあり、 1973年にはサンボのスポーツマスターになった。



【競技と概要】
 柔道とレスリングを合わせたようなスポーツであり、柔道着に似た赤・青のサンボ着を着用し、投げ技、関節技等で勝敗を競う。
 試合は直径9mのレスリングマット上で行われる。投げ技による一本勝ちや押さえ込みによるポイントの加算など、ルール面 でも柔道と共通する部分も多い。ただし、柔道と大きく違うのは、サンボでは膝やアキレス腱、股関節等の下半身に対しても関節技の使用が認められている点と、締め技がない点である。



【区分および試合時間】
・エリコール (13~14歳:4分)
・カデット  (15~16歳:4分)
・ジュニア  (17~18歳:4分)
・エスポアール(17~20歳:5分)
・シニア   (19歳以上 :5分)
女子の試合はすべて4分


【判定】
主として試合の判定は次のように定められている。
(1)一本勝ち
(2)テクニカル一本勝ち
(3)大差判定による判定勝ち
(4)判定勝ち



サンボ発祥と日本柔道との関係

 広瀬武夫中佐は日露戦争当時の英雄で,壮烈な戦死を遂げ軍神としてまつられた人物であることはよく知られています。しかし、その一方で広瀬中佐が柔道を通じてサンボに大きな影響を及ぼした人物であったことはあまり知られていません。
  ロシア側の資料によりますと「帝国ロシア時代,この広瀬武夫海軍大尉(当時)が駐在武官として1897年から1905年の5年間、ペテルブルグ市に滞在してロシア軍の参謀本部の将校たち相手に柔道を教えていた。」との記述があります。これが当時,柔道のような組み手からの攻撃防護を知らなかったロシア側に大きな影響を及ぼしたことは事実であり後のサンボの原型を伝えたものとして考えてもおかしくない出来事であると思います。
  又、1906年ロシア人であるオシェプコフが13歳で講道館に入門し,柔道を学び19歳でウラジオストックにかえり道場を開き,革命後はロシアを転々として警察官や軍人を相手に柔道を教えた事実もあります。この際ハルラムピエフがオシエプコフと遭遇して彼から直接柔道を学んだという記録もあります。 サンボ研究の第一人者であるミハエル・ルカラエビッチ・ルカシエフ氏の論文「柔術からサンボまで」によると、ソ連にあった民族格闘技には今日、サンボでは代名詞の様に語られる関節技はほとんどなく、関節を極めるという東洋的発想・着眼は柔道及び柔術からの影響です。
  しかしそれら影響を受けながらも単にそれを採用するに留まらず、より多くより複雑で形式にとらわれることのない関節技の技術と論理が発展し日本に逆輸出するまでに至りました。
  サンボ誕生の原点には日本柔道が横たわりそこにソ連の民族格闘技の利点で味付けされたことは事実であり、柔道とサンボは親戚という間柄で捉えるよりも兄弟と考えるべきでしょう。


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