|
---|
37週の母体搬送。そんな連絡が入ったのは、深夜帯に入る少し前だった。 電話で応対する先輩助産婦さんの話す内容で、今の状態を察知した。 胎動がない・・・。児心音が聴取できない・・・。 IUFD、つまり子宮内胎児死亡・・・、新人のメモルにも予想がつけることができた。 搬送されてきたのは、Yさんという若い妊婦さんだった。 結婚して2年、初めての妊娠だった。 家族の付き添いもなく、突然の搬送にぼうぜんとした様子だった。 超音波診察により、やはり心拍を確認することはできなかった。 医師より、IUFDであること、 亡くなった赤ちゃんをいつまでもお腹の中に入れておくことは母体にも危険を及ぼすことがあるということ、 そして明日、陣痛を誘発し、分娩になることが説明された。 Yさんは涙も見せず、ただその説明を聞いていた。 Yさんの希望で、夫にはまだ連絡していなかった。 LDRに入室し、ベッドに横になっていた。ただひとり、空を見つめていた。 メモルはその部屋の担当になった。正直言って不安だった。訪室しても何を話せばいいのか分からなかった。 そんなメモルの不安を察知したのか、Yさんの方からぽつりぽつりと話を始めた。 4日前の健診で赤ちゃんは元気だと言われたこと。 赤ちゃんは男の子で、名前はSちゃんに決まっているということ。 そして、夫は明日手術予定で入院中だから絶対に連絡しないでほしいということ・・・。 Yさんは涙を見せることなく、話してくれた。時には笑顔をのぞかせながら。 メモルは婦長さんや先輩助産婦さんと相談し、夫には連絡を入れず、Yさんの実家にのみ連絡を入れた。 そして夜があけ、朝が来た。 誘発剤を使う前に、再度Yさんの診察が行われた。 やはり心拍は確認されない。子宮口は閉鎖している。 陣痛誘発剤にて、分娩となることが決定した。 診察を終え、診察室を出ると、そこには今日手術の予定の夫が立っていた。 「ひとりで頑張ろうとするなや。」 夫の言葉にYさんは初めて泣いた。 今までの平静さが嘘のように、Yさんは号泣した。 夫は手術の前投薬も終わり、手術衣に着替えようとしているときにYさんの母から連絡をもらって、即手術をキャンセルし、飛んできたそうだ。 そして誘発剤の投与がはじまった。 陣痛がはじまり、子宮口が全開大になるまでの時間はそれほど長くはなかった。 夫はYさんを励まし続けた。 Yさんは陣痛の辛さに、叫び続けた。 その隣で夫はYさんを励まし続けた。 婦長さんは言った。「この痛み、忘れんとってあげてなー。赤ちゃんも今頑張ってるからねー。」と。 そして昼過ぎ、産声をあげることなく、赤ちゃんは生まれた。 とても静かにSちゃんは生まれた。 Sちゃんはすぐに処置室に運ばれた。 胎児は子宮内で死亡すると、自分で自分を溶かす酵素を出す。多くの場合、浸軟と言われるぐにゃぐにゃの状態になってしまっている。 Sちゃんも、少し浸軟が進んでいた。頭は骨の感触はあるものの、ぐにゃぐにゃだった。皮膚もちょっと強く触れるとめくれてしまうような状態だった。 それでも元気で生まれてきた赤ちゃんと同様に産着を着せ、紙おむつもつけられた。 そしてコットに横にされ、とりあえず処置室に安置された。 LDRの隣室で、医師より夫に説明がされた。IUFDの原因をはっきりさせることは難しいと。 解剖をしても、その原因は分からない場合がほとんどだと。 夫はLDRに戻った。泣きじゃくるYさんに言った。 「そんなに泣くな。Sちゃんな、頭を小さくして出てきたんやって。Yを苦しめんようにしてくれたんやな。ええこやなぁ。」 メモルは泣いた。 先輩助産婦さんも泣いた。 その後、夫は処置室にSちゃんの面会に来た。つい4日前まで元気だった赤ちゃんだ。 夫は処置室でひとり、ひっそりと涙を流した。 ナースステーションではいつもの見なれた出生届ではなく、初めて見る死産届けに記載する医師の姿があった。 出産から数時間後、Yさんからナースコールがあった。部屋にいってみると、赤ちゃんと会ってみたいということだった。 死産の場合、その事実を受け入れられず面会せぬまま火葬されることも少なくないと聞いていた。 でもYさんの申し入れに、メモルは処置室からコットを移動させた。 死産の場合、出生時間より24時間は火葬することができない。 Yさんはその後ずっとSちゃんと同室をした。 室内でどのような会話がされたか、メモルには分からない。 翌日、葬儀屋さんが遺体を引き取りに来た。 棺に入れる前にYさんと夫、そしてそれぞれの両親の手にSちゃんは抱かれた。 ひとりづつだっこし、たくさん話し掛けられ、産後退院の際に着せるはずだった水色の服を着て、最後にYさんの手によって、棺に入れられた。 外出願いを出し、Yさんは家族とともに、火葬場に行った。 ・・・退院の日、Yさんはナースステーションを訪れた。 「私、今度、妊娠した時はここの病院に来ます。ここの病院で赤ちゃんを生みます。」 そう言って、Yさんは笑った。 |