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「一生俺が守るから。」 そうプロポーズされ、Mさんは結婚した。 お金なんてあまりなかった。家だって全然広くない。それでも二人でならやっていけると思った。 Mさん夫婦は出かけるときにはいつも手をつなぐ、誰もがうらやむ仲良し夫婦だった。 そんなMさんが、妊娠に気付いたのは結婚してから半年が経った頃だった。 妊娠検査薬で確認した。 ふたりでも十分楽しい、でも赤ちゃんが家族に加われば、もっともっと楽しくなる。 Mさんは、心の底から妊娠を喜んだ。 仕事から帰っただんなさんに、妊娠の報告をした。 だんなさんも心の底から妊娠を喜んだ。 「もしもーし、パパですよぉー。」 まだまだ小さな赤ちゃんにだんなさんは毎日話し掛けた。 「一体どんなパパになるのやら・・・。親バカになりそう・・・。」 とMさんは少し心配していた。 でも赤ちゃんの誕生をこんなにも喜んでくれる、本当に嬉しかった。 Mさんは仕事をしており、つわりもあった。 とてもしんどい思いもしたが、なんとか妊娠初期を乗り切った。 妊婦健診には必ずだんなさんが付き添っていた。だんなさんに来てもらうため、健診日をだんなさんの休みの日に合わせた。 妊娠中期に入りしばらくすると、つわりもおさまり、気持ち的にも落ち着いてきた頃、Mさんは胎動を感じた。 「これが胎動なのかな・・・?」 最初はよく分からなかった。 健診日、医師に聞いてみた。 すると、医師は 「今、妊娠21週ですからね。おそらく胎動ですよ。初産婦さんは初めてのことだから、分かりにくいんですけどね。」 と言った。 エコーにうつる赤ちゃんは確かに動いている。 「やっぱりこれが胎動なんだ。」 Mさんはとても嬉しかった。 だんなさんは、自分には感じられない胎動を少しうらやましく思っていた。 「ん?」 医師が慎重にエコーの画面を見始めた。 Mさん夫婦はどきどきした。 「何か異常でもあるんだろうか・・・?」 「まだ確実ではないけどねー、男の子かな。」 そう医師は言った。 男の子でも女の子でもどっちでもよかった。 でも、性別を知ったことはMさん夫婦にますます親としての実感をわかせた。 嬉しくて嬉しくて、家に帰ってもふたりは顔がにやけて仕方がなかった。 「野球とサッカー、どっちをさせようか?」 などと、まだまだ先のことまで話し合っていた。 「名前は『てつや』にしよう。『てっちゃん』って呼んだらかわいいしな。 顔見て、違う感じがしたらまた考えよう。とりあえず今は『てっちゃん』にしよう。」 そうだんなさんが提案し、今まで『赤ちゃん』と呼ばれていたお腹の子は『てっちゃん』と呼ばれるようになった。 妊娠23週が過ぎたある日、その日もだんなさんはいつも通りに仕事に行った。 「てっちゃ~ん、行ってくるね~、なるべく早く帰ってくるからね~。」 Mさんとお腹の赤ちゃんに、いつも通りのあいさつをし、だんなさんは出て行った。 Mさんも少し遅れて仕事に出かけた。 妊娠してから、業務は事務に回った。 残業も多かったが、妊娠してからは定時にあがれた。 帰りのバスの中、『てっちゃん』が強くお腹をけった。 「もう、そんなに強くけったら、痛いでしょー。」 Mさんは、心の中で『てっちゃん』に話し掛けていた。 家につき、いつも通りに夕食の準備をはじめた。 「今日はよく動くなあ。」 Mさんはそう思っていた。 そろそろだんなさんが帰ってくる頃、夕食の準備もほぼ整った。 Mさんは食卓に座り、『てっちゃん』に話し掛けていた。 そんな時、電話がなった。 「急に飲みに行くとかじゃないでしょーねぇー。」 そう思いながら、電話に出た。 電話の向こうでは、聞き慣れない男性の声がした。なんだか声がおかしい。 何を言っているのか、わからない。 でも、これだけは確かに聞こえた。 「だんなさんが事故に遭いました。」 そのあとのことはよく覚えていない。 確か・・・、病院に行ったんだ。 確か・・・、もう亡くなっていたんだ。 確か・・・、警察の人に話を聞いたんだ。 気が付けば、お葬式も終わっていた。 確か・・・、喪主のあいさつをしたんだ。 確か・・・、友達が泣いてくれたんだ。 確か・・・,加害者の家族がひざまづいて謝ったんだ。 自分がどれくらい泣いたかも思い出せない。 Mさんは何も考えられなかった。 ひとりぼっちの部屋の中、ただ写真をながめて過ごした。 涙が、自然に流れてきた。 ある日、ふとある歌が頭をよぎった。 ♪なんでもないようなことが幸せだったと思う ♪なんでもない夜のこと、二度とは戻れない夜 この歌が流行ったのは、もう10年くらい前だろうか。 歌詞は全部は思い出せない。 でも確か、この歌は妊娠していた恋人が亡くなる歌だった。 せつないハーモニカの音色まで思い出した。 「なんで?なんで?」 「私が死ねばよかったんじゃないの?」 「なんであの人が死ぬの?」 「これからどうしたらいいの?」 「1人で赤ちゃんを育てるなんてできない。」 「一生、守ってくれるって言ったのに!」 涙が止まらなくなった。 Mさんは初めて、大声で泣いた。 「おろさなきゃ。」 Mさんはとっさにそう思った。 でも、もう24週に入っていた。おろすことはできない。 「1人じゃ育てられない。どうしたらいいの?」 その問いに答えを出してくれる人はいなかった。 Mさんはふと気付いた。 『てっちゃん』がお腹の中で動いてる。 きっと今までだって、動いてた。 「気付かなかったの?なんてオバカなママなんだろ?」 また、泣けてきた。 「ごめんね、『てっちゃん』・・・。」 「こうしてる間もあなたはこのお腹の中で生きてるんだよね。」 だんなさんの写真を見つめた。 妊娠を心から喜んでくれたあの時の笑顔。 まだ小さいお腹をなでながら、いっぱい話し掛けてくれたあの時の笑顔。 『てっちゃん』って名前をつけてくれたあの時の笑顔。 『てっちゃん』の将来を話すあの時の笑顔。 頭の中がだんなさんの笑顔でいっぱいになった。 なんでもないことだと思ってたのかもしれない。 あんなに幸せなことだったのに。 Mさんは、決めた。 これから1日1日を大切に生きる。 二度とは戻れないのだから。 決して後悔のないように生きる。 つらいこともあるかもしれない。 苦しいこともあるかもしれない。 でも、『てっちゃん』と一緒に乗り越えよう。 「これからも守ってね。私と『てっちゃん』のこと。」 Mさんは、そう写真に向かって言った。 『ロード』 アーティスト THE 虎舞竜 作詞 高橋ジョージ 作曲 高橋ジョージ 編曲 THE 虎舞竜 |