不安とプライドと自己嫌悪

不安とプライドと自己嫌悪

君を悼む


元気で幸せに暮らしているようですね。たまに噂を聞きます。
お子さんももう幾つになってしまったのでしょう。
お子さんの成長がそのまま、あの苦しかった日々からの距離を示すのは、
どんな気持ちのするものですか?

或いはあなたはわたしのことなんて
すっかり記憶から追い出してしまったのかもしれません。
そうだとしたら哀しいけれど、わたしにはそれを止める術がない。
忘れ去られるぐらいなら憎まれていたいと思うのだけれど、
結局のところ、わたしにはただここでこうして繰言を述べることしかできません。
それが何になるのかなんてわからないけれど、ただひとつ言えるのは、
わたしの中にあの日々は今も色褪せずに存在するということです。

あの時わたしは思いました。
あなたを傷つけて貶めて、思う存分復讐するためだけに残りの人生を費やそうって。
あなたにそう言いもしました。
「それは何も生み出さない」あなたはそう言いました。
「お前はまだ若い、そんなことに人生を費やすな」と。
あれだけわたしに傷つけられていながら、尚、
わたしの人生が無駄に費やされることに疑問を投げかけてくれたのでしょうか。
それとも、ただひたすら、わたしの手から逃れたかっただけなのでしょうか。

そんなのどっちだって構わない。

わたしはあなたを心の底から憎んだし、
自分の人生に残っているかもしれない幸せの全てと引き換えにしてでも、
あなたを苦しめたかった。
ただそれだけを願っていました。
そこまで思いつめた自分を、愚かだったと思いますが、後悔はしていません。

ついこの間、結婚しました。
夫である人は本当にわたしを想ってくれます。
わたしもまたその人を大切に思います。
わたしは今、幸せです。
幸せを拒むように生きてきたのに、
その暗い人生に割り込んできてくれる人がいたんです。
そしてわたしはその人を信じることにしました。
もう一度、現実の世界を生きようと決めたのです。
絵空事のような孤高の内閉世界を後にして。

解放される。そう思いました。
あなたを憎み、辛かった日々の思い出に囚われて、ひとりで泣く日々から。
あなたのおかげでなくしてしまったいろいろなもの、
それを惜しんで悔やむ日々から。
あなたに気が済むまで復讐できなかったことへの未練に、
焼けるように執着する日々から。
自縄自縛のつまらない毎日から、解放される。
そう思いました。

それなのに、あなたの記憶が今もわたしを脅かします。
ちょっとしたきっかけで傷は痛み始めます。
あなたの噂を聞くたびに、どうしようもないほど混乱してしまいます。
あの時の気持ちがそのまま甦り、あなたの目の前で死んでやろうとか、
あなたに自分を殺させて、あなたを殺人犯にしてしまいたいとか、
そんなことまで思ってしまいます。

でもそれももう葬ってしまいたいんです。
あなたが今もわたしを激しく疎んでいるのか、或いはわたしの存在自体、
綺麗さっぱり忘れてしまっているのか、それはわかりません。
なのにわたしはいつまでもあの日々の中に取り残されてる。
真っ黒い嵐みたいだったあの日々の、その記憶の生々しい傷を抱えたまま、
新しい人生を生きることはできません。
だから思い出も記憶も葬ってしまいたい。
わたしの中のあなたを葬ってしまいたい。


あなたに何かをしてくれと望むわけではありません。
今この思いを言葉にしたかっただけ。
この文章をあなたが読むことがあるとは思っていません。
自分に対して何かを宣言したかっただけです、たぶん。


ずいぶん勝手なことを書きました。
お気に触ったらごめんなさい。
もう二度と会うことはないでしょう。
わたしは幸せです。
あなたのことは忘れないけど、もう思い出さないことにします。
どこまで実行できるかわからないけど。

さよなら。
あんなに真剣に愛憎をぶつけた相手は、あなたが最初で最後でしたよ。



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