主張は事実追求の代替にはならない



論座(2005年9月号)主張は事実追求の代替にはならない 

昨年12月、ジャーナリズムの将来を予想した動画ファイルがインターネット上で公開され、話題を呼んだ。

― 2008年、サーチエンジン会社のグーグルがオンライン小売り会社のアマゾン(Amazon.com)と合併して「グーグルゾン」を作る。
― 2010年には、グーグルゾンがすべてコンピューターで編集できるシステムを作り、コンピューターがすべてのコンテンツ・ソースから個々の事象や文章を抜き取り、個々人の嗜好に合わせた記事を作るようになる。
― 2014年には、グーグルゾンは、誰でも、知っていることや信じていることをインターネット上で寄稿できるようなシステムを構築する。それは、市民のブログや政治的なプロパガンダ、企業の情報操作、ジャーナリズムのごった煮のような様相になる。人々が受け取る原稿料の金額は、寄稿した記事の人気度によって決まる。ニュースの受け手は、彼らの個人的なデータに基づいた独自のニュースを受け取るようになる。見識のある読者にとっては、それは、広く深い世界情報のサマリーを提供するシステムになるだろう。しかし多くの読者にとって、それは、不正確で狭く浅く扇情的な情報の寄せ集めを提供するシステムになる。ニューヨーク・タイムズは廃刊し、エリートと年寄り層のための紙媒体だけのニュースレターになる。

しかしこうした現象は実はすでに始まっているのかもしれない。
オンライン・ニュースとして注目されているグーグル・ニュースは、人間ではなく、コンピューターが、ニュースの選択やどのニュースをトップに持ってくるかを決めている。グーグル・ニュースのサイトの説明によれば、4500以上のニュース・ソースから記事を集め、ヘッドライン・ニュースはその記事がどれだけ頻繁にオンラインに登場するか、どのサイトに登場するか、という事実に基づいて、コンピューター・アルゴリズムによって決められる。しかしコンピューターによって決まったトップニュースが、人間が決めたトップ・ニュースに比べてより重要なものかどうかはわからない。

ジャーナリスト自身によって運営されている研究機関Project for Excellence in Journalism(以下Projectと略)がレポート”The State of the News Media 2005”(以下「2005レポート」と略)で、メディアの将来的な影響をまとめている。それによれば、ワシントンポストやニューヨーク・タイムズなど伝統的なメディアのブランドはまだ強く、多くの人々がオンラインでニュースを見るためにアクセスしているが、それも変わりつつある、と指摘している。2004年、グーグル・ニュースがオンライン・ニュースの新しい旗手になったからだ。グーグル・ニュースの新規アクセス数は1カ月に800万人になっている。ニューヨーク・タイムズのアクセスは1カ月に1000万人なので、グーグル・ニュースがすぐそばまで迫っていると言える。

またブログを読む人々の人数も爆発的に増えている。2004年には6ヶ月間で58%も増えて3200万人になっている。ブログは、ブッシュ大統領の軍歴疑惑を報じたCBSのキャスターのダン・ラザー氏を虚偽報道であると追及し、降板するきっかけを作るなど、アメリカでの伝統的なメディアへの影響は見過ごせないものになりつつある。

「レポート」の04年版では「ジャーナリズムはテレビの発明時と同じように画期的な変革の真っ只中にある」とまとめている。「技術の進歩で、人々はプロフェッショナルが作るニュースをただ受け取る受身的な消費者から、様々な要素から自分自身のジャーナリズムを集める積極的な参加者に変わった。検索機能のグーグルで必要な情報を集め、ブログを読んだり、自らブログを書くことで、人々は自分自身の編集者、リサーチャー、レポーターになる」と説明している。

シンクタンクのブルッキングス研究所では三月、ブロガーと従来のジャーナリストが集まり、メディアへのブログの影響を話し合う興味深い会合が開かれた。その会合で保守系ブロガーとして有名なアンドリュー・サリバン氏は「ジャーナリストは世界で最も簡単な仕事。誰でもできる」と言い切った。これはジャーナリズムを生業とする人々に大いに反感を買いそうな言葉であるが、サリバン氏自身が既存のジャーナリズムにその能力を高く認められてきたキャリアを持つだけに説得力がある。サリバン氏は英国生まれでハーバード大学の博士課程を修了。ウォールストーリート・ジャーナルやワシントン・ポストなど多くの新聞社や雑誌社にフリーランス・ジャーナリストとして寄稿してきた経歴を持つ。ジャーナリストとして華麗な経歴を持つサリバン氏が「ジャーナリズムは世界中で最も簡単な仕事の一つだ」と述べた。「ジャーナリストになるためには訓練しなければならない、というのは作り話だ。電話を取り取材する、調べる、上手に書く、そうすればジャーナリストだ。ジャーナリズム・スクールもいらない」

またブログについては「ブログによって情報の自由(Freedom of Information)が本当の意味でみんなのものになった。ブログは非常に教育的なツールだ。私自身もブログから多くのことを学んだ。人間の頭は、座って講義を受けている時より、会話を聞いている時の方がよく働く。ブログを読んで、知りたいと思う情報を積極的に探すと、より多くを学ぶことができる」と主張した。

聴衆からも「ブログは従来のメディアに比べてより教育的、インタラクティブだ」という声が上がった。「CNNの討論番組クロスファイアでは、聴衆はパネリストの意見にやじを飛ばしたりお互いに叫び合っているだけ。ブログの方がより建設的だ」。

これに対して、従来のジャーナリストの立場から、U.S. News & World Reportのマネージング・エディターを経験して現在はPew Research Centerのシニア・エディターのジョディ・アレン氏は「ニュースやドキュメントの虚偽がブログによって明らかにされるなど、事実確認において重要な役割を果たしている」とブログの一定の役割は認めたが、その上で、ブログの興隆に警鐘を鳴らした。「意見を言うのには金はかからない。しかし取材には金がかかる。その取材費用を誰が出すか、という問題がつきまとう」。

アレン氏は「2005レポート」の内容を引用して、「取材に基づいた、事実を追求するジャーナリズム(journalism of verification)がブログの興隆により「主張のジャーナリズム(journalism of assertion)」に取って代わられている」と警告した。

アレン氏は、活字メディアが広告収入減少という問題を抱え、取材力が落ちかねない現状に既になっていることを説明した。「新聞などの活字メディアは、彼らの血液である広告収入が、競争相手によって減少しているという問題を抱えている。その競争相手というのは他社のインターネット・サイトやテレビのケーブルチャンネルだけではない。最も大きな競争相手は、実は、彼ら自身のインターネット・サイトだ。例えば今や、ニューヨーク・タイムズにオンラインでアクセスする人は同紙の購読者数を上回っているはずだ(ニューヨーク・タイムズのオンライン・ニュースは登録すれば無料で読める。)」と説明。「もちろんこれらの新聞社は彼ら自身のインターネット・サイトで広告を取っているが、その広告収入は、紙媒体が稼ぐ広告収入にははるかに及ばず、わずかなものだ。この広告収入では、例えば北京支局の経費は出ない。広告収入がなくなり、取材に金をかけられなくなった。海外支局がどんどん減らされているという実状がある」

「2005レポート」では、「ジャーナリストはこれまで事実の証拠を固めることに力を注いできた。しかしここ数年の間にトーク・ショーやケーブル・ニュースが人気になり「新しい主張のジャーナリズム(new Journalism of Assertion)」が興隆してきて、事実情報を提供する時間が非常に少なくなってきた。そしてブログがこの「主張のジャーナリズム」に拍車をかけている」と指摘している。通常のニュース番組よりもトーク・ショーや、出演者がお互いに意見を言い合う時間が長いケーブル・ニュースが視聴者に人気を呼ぶ理由として、「2005レポート」の作成者の一人であるエイミー・ミッチェル氏は「淡々とニュースを伝える番組よりも視聴者がより共感を得るため、人気がある。またテレビ会社にとっても、取材をしてドキュメンタリーを作るより、パネリストを呼んで意見を言わせる方が簡単でコストもかからない」と説明する。

「2005レポート」では「主張のジャーナリズム」が「何でもまず主張したいことをインターネットに載せろ。取材や事実確認は、仲間のブロガーが何かレスポンスしてからでいい」という風潮を生み出し、結果的に間違った情報を流す恐れがあると指摘する。ブログはCBSの虚偽報道を暴いたが、逆にブログが誤報や陰謀論を広めることもある。

また、世論を操作したいと考えている人々―政府や圧力団体、企業―が正確かどうか確認されていないメッセージを広めることももっと容易くなる。またグーグルゾンのように将来的にコンピューターがすべてを編集するようになれば、これに拍車をかけて、何が虚偽で何が本当か見分けがつかなくなる恐れがある。

しかしブログの普及は既存ジャーナリズムに悪い影響を及ぼすだけではなく、ジャーナリズム向上にも役に立つ面もある。ブログの普及によって、ジャーナリストはその仕事の透明性を高めて、より専門的になると「2005レポート」は指摘している。

ジャーナリズムの役割はこれまでの情報を取捨選択する「門番(gatekeeper)」から「認証者(authenticator)」または「審判員(referee)」にならなければならない。そのためにはジャーナリズムは大きな変革をしなければならない。それは、読者が、その記事を信じるに値するかどうか彼ら自身で判断できるように、取材プロセスをもっとオープンにしていくことである、と「2005レポート」は指摘する。

「2005レポート」の作成者の一人であるダンテ・チンニ氏は「これまでジャーナリストは自分の記事がどのようにしてできたか、どのように情報を集めたか、その過程を明らかにするのに非常に消極的だった。ジャーナリストはこれまで「私はジャーナリストだから何でも知っている」という態度を取ってきた。情報ソースは彼らの力の源泉だったので、それを明らかにするのを嫌がった。しかしインターネット時代の現在は、読者の信頼を得るために、情報ソースをオープンにしていかなればならない」と述べた。

また、インターネットにより、読者はより深い知識を指先で操作するだけで得られるようになった現在、メディアは政治権力の動向をモニターしているだけではだめで、インターネット上の人々の討論という代替メディアもモニターしなければならない。そうすることによって情報の「審判員」としての役割も果たせるようになる、と指摘している。

最後に「誰でもジャーナリストになれる」というサリバン氏の意見についてチンニ氏に感想を聞いた。ダンテ氏は「医者や弁護士のように、ジャーナリストとして訓練を受け人がジャーナリストとして役割を果たすべきだ。ブログはジャーナリズムの補完はするが代替にはならない」と答えた

「主張のジャーナリズム」は、取材を積み重ね、真実に近づくジャーナリズムの代わりにはならない。だからこそ、既存のメディアは今まで以上に読者や視聴者に対して、取材プロセスを丁寧に説明して信頼を得ていく必要があるだろう。






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