里山を買うまで(6)
「休みますけど、よろしくお願いします。」
*
はじめのうちは、ひっきりなしに、電話がかかってきましたよ。
しょうがねぇなあ。。と、電話に出ました。
ちょっと複雑な計算に対応するため、ＦＡＸも入れました。
でも、そのうちに、気づきました。
・・あの人たちは、自分で問題に取り組んで結論を出そうとしない。
・・回答をしたら、責任の所在は、私になる。
・・誰かに仕事をさせて、責任を負わせておかないと安心できない人種。
・・それが銀行役席の大部分だ。そして、官僚も。。
ま、それがすべてではありませんけどね。
二割ぐらいは、自分で問題解決ができる、誠実な人もいますよ。
でも、そういう結論を出さざるを得ないほど、私は精神的に追い詰められていました。
私の、うつ病はだんだんひどくなっていきました。
*
朝、おきて、ごはんをたべる。
味噌汁が煮えると、いつまでも煮ている。
火をとめなくちゃ。
妻は、とうに出勤してます。
味噌汁はもう、飲めない。
クスリを飲んで、コタツに横になる。
「いしやきぃも～」がうるさい。
石をなげたくなって、うろうろ、家の中を歩きまわる。
電話がくる。
電話には、もう出ない。
*
「ぁうっ。ぁあ。。」
医師の前で、今の状態を話そうとしたのです。
背中の筋肉が、カクッ。。カクッっ。と、して言葉が出ません。
「どうしました？」
「あぁ。。あっ。」
話しをしようとすると、全身が振るえるのです。
そのとき、看護士さんが、気づきました。
「ごめんなさいね。今、先生呼んできますからね。」
私は、同級生の医師にしか、話しができなくなっていたのです。
「もう、仕事できない・・・」
空虚な暗闇から、これほど涙があふれてくるとは、思いませんでした。
「もう。ダメだ。。」
「今、課長だったよな。。」
「うん。。(涙)。。」
「別のクスリ出すから、飲んでみて。あと、来週来いよ。必ず。」
ボロボロになって、私は、病院を出ました。
「カケルさん、わかりましたか・・・」
薬局のおねぃさんは、何度も、何度も薬の説明をしてくれました。
クスリを飲んだら、カレンダーに丸をつけないと、
いつ飲んだか忘れてしまう。
そんな状態だったんです。その頃は。
*
薬は効きました。脱力感を伴って。
毎日、ぐったりしていました。
朝方、２時か３時頃に目がさめます。
のどがかわいて、茶を飲みます。
夜明け前の蒼い空。
あかるくなるな！空！
「まさかあんたが、「こけし」やってるとわねぇ・・」
第四のぢぃさんは、がははは、と、豪快に笑いました。
「オレも集めたよ。登山の記念によく買ったもんだ。」
ある牧師が教会の牧会を放棄して、夜逃げしたのです。
その秋のバザーで、ダンボール箱２箱100円、もってけドロボーの
「こけし」の山を昔、買っていました。
それを、一品づつ、銘を読み、分類してました。
そんなことしか、できませんでした。あとは、寝るだけです。
昭和４０年代の名作ぞろいでしたよ。でも、保存状態は悪かった。
中に、一品、どうしても作者がわからないこけしがありました。
弥治郎でもない・・遠刈田でもない。強いていえば遠刈田系か。。
*
「大葉亀之進！ なつかしいなぁ。まだ生きてるのかなぁ。」
ぢいさんは、一発で銘を読みました。
「どこの人？」
「七ヶ宿の奥だよ。家の前の水路で、１ｍぐらいの、でっかいイワナ飼ってたなぁ。冬には買い物にも行けない山奥だから、それで冬をしのいだんだべ。」
「まさか・・あの人・・」
私は、その作者に、新婚ホヤホヤの頃、丸一日ドライブして、
道に迷いこんで、助けてもらったことがあったのです。
ドライブの目的は、「ヒメギフチョウ」捜しでした。
でも、いませんでしたよ。幻のヒメギフチョウ。
夕日の山間の水田で、大葉亀之進さんは、私たちに道を示してくれたのです。
「こっちが福島県、あっちが宮城県。。」
アフェリエイトで、こけし買わないか。。
とは、一言も言いませんでした。(笑)
保存状態もよい、そのこけしは、下から見ると、
蔵王をみあげるような、きりっとした顔になります。
上から見ると、ちびっとナマイキな少女の顔になります。
とても「みやび」な衣装をまとっています。
足踏みロクロを最後まで守った人だそうです。
あんな山奥で、どうしたらこんなデザインと色ができるんだろう・・
人間て、すごい。。
*
「会社、やめるよ。」
私は、精神科医の友人に言いました。
「診断書、書くから、もうちょっと、考えろよ。。」
「うん。。」
でも、私の決心は決まっていたのです。
道を探そう。。
私は、こけしを棚において見上げました。
こけしは、遥か遠くを見ている少女の顔になりました。
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