『みぃ=^・・^=の部屋』

☆ミーはいつもここにいる②☆


* =^・・^= ミーはいつもここにいる =^・・^= *
*
いつまでもミーと一緒にいられたら...と思い
このページを作りました
最後の方は一緒にいられなかった
というのもあったのでせめてここで...
ただの私の自己満足のページです
小さかった頃の写真がないのが残念
*
* * *


mie5
1992年:尿路結石の手術後...
ミーはすっかり元の元気なミーに戻って、あれからミーの掛かり付けの病院は“尿路結石”を治してもらった病院になった。退院した後、何度か通院したついでに耳ダニの事を話したら2,3回来て薬付ければ完全に治ると。え~~~っ!?じゃあず~っと通ってたのは一体何だったの???一回の治療費が3百円ぐらいだったから払えてたけどもう何百回通ったことか...馬鹿みたい。きっとあの病院ではミーは死んでしまったと思っているに違いない。ミーを連れて行ってビックリさせてやろうかとも思ったけど馬鹿らしいのでやめた。そしてその後もたまに玄関を開けた隙に外に出てしまいケンカをして怪我をしては病院に。一番ケンカで思い出深いのは、また玄関の鍵を閉め忘れて気が付いた時には外で野良猫とケンカをしていた時。鳴き声が聞こえたので慌てて捕まえようと外に出て追い掛けたのですがミーは野良猫を追い掛けて行ってしまった。夜だったので暗くて分からないので帰ってくるまで待とうと私は家の中に戻った。自分で追い掛けて行ったくせに返り討ちにあったのか帰って来たと思ったらかなり疲れたようで私の顔を見るなり玄関先の廊下にバタッと崩れ落ちるように横になってしまい、そのあと毛づくろいを始めた。ホッとしたのだろう。けどその時の姿がとても可笑しかったので良く覚えている。深い傷はなさそうだが耳先が切れて血が出ていた。化膿等がちょっと心配だったので次の日に病院に連れて行った。気を付けてはいたのですがその後も数回家を抜け出してはケンカをして帰ってきた。病院では傷口を舐めないようにとパラボラアンテナのような物(名前忘れた)を首に巻かれて帰って来た事も。この数回のケンカで両耳先ともちょっと欠けてます。弱いのか強いのか?心配させられっぱなし。他にもやはり皮膚が弱いせいなのか足の付根の内側等皮膚の柔らかいところが100円玉ハゲの様に毛が抜けてしまって塗り薬を貰って帰って来たり。皮膚の一部を採って検査したみたいなのですが原因がわからず結局何かのアレルギーなのではないかと。薬を塗ると3,4日で治ってしまうのだけれど放っておくと赤くなって広がってしまうので、病院に連れて行かない訳にもいかずこれでも度々病院に行ったりして、ミーにはかなりお金が掛かっている。それから毛の色、大きくなるにつれ薄い色のところが少し茶系に変わった。




mie7
1994年:新居にお引越し...
母が家を建てたので、新しいおうちにお引越しをする事になった。まだ建築中だった頃、私が小学校の頃から飼っていた犬(柴系の雑種♀:ラン)が亡くなった。おばあちゃん達に新しい家には連れて行かないで、面倒を見ていてあげるから置いて行きなさいと言われていた。私は連れて行こうかどうしようか考えていたのですが、その前に亡くなってしまった。もしかしたらランは置いていかれるのわかってたのかな?とても可哀想だった。
今までの家は平屋だったし玄関が引き戸だったので鍵を掛け忘れるとすぐにミーが外へ抜け出してしまいましたが、今度の家は2階建てで私の部屋も2階になるので、もう抜け出す事はできないだろう。
初めて新しい家に連れて行った時はあちこち探索するようにうろうろしていたけど、2日ぐらいで慣れてしまいました。
母は折角のきれいな家なのでミーに壁をガリガリされたくないとの事で、ミーは私の部屋で飼う事になった。けど私もガリガリされたくないので、留守にする時はケージの中でお留守番させておこうかなぁと思い、大きめのケージを買って来てとりあえず2~3時間留守にする時にケージに入れてお留守番できるかどうか試してみた。帰ってきて見てみるとケージやその周りがグチャグチャ...あちゃ~。(>_<) かなり暴れたらしくトイレの砂や水、餌があちこちに飛び散っていた。これじゃあまだ壁をガリガリされた方がマシ。と思い諦めた。折角ケージを買ったのに勿体無かったけど、今まで一度もケージに入れた事なんてなかったから仕方がない...。
その後は何とか爪とぎをする場所を決めさせなければと色々考えて、市販のモノは小さくてすぐにボロボロになってしまうので板と爪とぎに良さそうなカーペットを買って来て、ボンドで貼り付けて部屋の壁の隅の方に斜めに立て掛けた。気に入ってくれたみたいだったけど、完全にそこだけで...という訳にはいかずたまに壁でもガリガリ。





mie8
その後は特に大きな出来事もなく...。けど私の部屋だけでは可哀想だと思い、母のいない時にはナイショでちょこちょこ部屋から出してあげて下のリビングでも遊んだりしていた。ナイショにしていたけど少し毛が落ちていたりするので下に出したのはすぐにバレてしまいました。
新しい家に越してからも1度だけ外に出てしまった事があります。リビングの部屋の窓の鍵が開いていて、自分で開けて出てしまったんです。すぐに出た時に気が付いたので追いかけたら家の周りをウロウロしただけだったのですぐに捕まえる事ができました。
あとは私の部屋のベランダです。ベランダでニャーニャー鳴いているので何を鳴いているのかと思って見てみると屋根に降りたまま戻れなくなっていて、屋根の上で鳴いていたんです。ベランダから1階の屋根に飛び降りてしまったようです。う~ん、これも何かベランダから出られないように考えなきゃいけないなぁと思い色々考えてはみたのですが、こればっかりは良いアイデアは浮かびませんでした。網のようなものを張るのは見た目がカッコ悪いし、どう張って良いのかも思いつかず、結局留守の時はベランダにも出られないように窓の鍵を閉めるしかありませんでした。ちょっと可哀想だけど落ちるよりはマシかな...と。

Rちゃん(親戚の叔母:私の母の妹)が私の留守中に何か用があって私の部屋に入ったそうです。そしたらミーに飛び掛かられてしまったみたいで、傷跡が残ってしまうほど引っ掻かれてしまいました。これでミーは完全にRちゃんに嫌われてしまいました。元々Rちゃんは以前にも引っ掻かれた事があってミーを怖がっていたんですけど、それが余計悪かったのだと思います。ミーは不審な侵入者だと思ったのかな?

私も危なかった事があります。ミーは夜私が寝ているとたまに急に駆けずり回る事があって、もう少しで顔を足蹴りされそうになった事がありました。おちおち寝ていられません。

それから新聞や雑誌を見ていると、構って欲しいのか必ず見ている新聞や雑誌の上にわざと乗って邪魔をしたりしてきました。

構って欲しくて自分から擦り擦りしてくるくせに、こっちから撫で撫でしてあげると必ずあぐっと齧ったり引っ掻いたり。
なんなんだぁ~~~っ!!!





mie9
1995年:手作りキャットタワー
この頃今のだんなと知り合って、度々だんなの家に泊まる事が多くなってしまい、ミーは一人ぼっちの時が多くなってしまいました。今思うと本当に可哀想だったと思います。
何か遊び道具を...と思い探したのですが、市販のキャットタワーに巻き付けてあるカーペットはほとんどの物がパイル状になっており、裏側にボンドが使われているのかボロボロになってくると粉のように細かいものがボロボロ落ちてくるし、カーペット自体もすぐにボロボロになってしまうので、だんなに頼んで手作りで作ってもらいました。それに私が以前爪とぎを作った時に使った物と同じカーペットをボンドで付けて巻き付けました。途中から面倒になってしまい手抜きになってしまいましたが、市販の物よりはかなり長持ちしました。といっても数年でボロボロになってしまいましたけどね。写真のものがそうです。爪とぎもこれでするようになって、これを作ってからは完全にここだけになり、他の場所では爪とぎをしなくなりました。とても気に入ってくれたみたいです。
う~~~っ、この写真に写ってるミーがとても寂しそうに感じますぅ。(=^┬ ┬^=)





mie10
少しして私は完全にだんなの家で同棲するようになりました。何度もミーを一緒に連れて行こうと思ったのですが、母には反対されるし、だんなの両親等にも何か言われるのでは...と思い、迷っていました。私もミーにとっては本当にどちらが良いのか分からず、悩んでしまい結局一緒に連れて行くことはしませんでした。10才ぐらいにはなっていたのでもう年ですし、あまり家を変えてもストレスを与えてしまうのではないかとか、「ネコは人ではなく家に付く」と昔から言われているのでそうなのかなぁ?と思ったり。今思えばミーは家よりも私に付いていたのでは...と自分勝手に思ったりしていますが...。
それに具合が悪くなった時に今まで掛かり付けだった病院の方が良いのではないかとも思いました。そうなるとだんなの家からは少し遠くなってしまいますしやはり連れて来ない方が良いのかなぁと。そう色々考えているうちに数年経ってしまい、ミーもその分年をとってしまいました。あまり考えずに早いうちに一緒に連れて来てしまえば良かったなぁと今ではすごく後悔しています。





mie6
~2003年:亡くなるまでの数年間
ミーが10才位になった頃から私は母のところにしょっちゅうTELをしていました。私の第一声は必ず「ミーは?」です。すると母は「元気だよ!」とか「たくさん餌を食べてるよ。」って答えてくれます。たまに「ミーならいるよ」と当たり前の返事が返ってきたり。
私は2000年にだんなと結婚しました。ミーは年をとったなぁと感じられる様になりました。でもまだまだ本気でジャレてくるのでそういう点ではあまり年は感じませんでしたが、以前家の中で部屋中を駆け回り追いかけっこをして遊んだ事があるのですが(私が逃げると追いかけてくるんです。たまにミーに待ち伏せされたり...(笑))、亡くなる少し前はちょっと追いかけっこをして駆けずり回ると息切れしていたようでした。
他には歯周病になったり(お口が臭かった)、皮膚の方も度々ハゲてくるようになったり(前で話したアレルギー?による円形ハゲのこと)。毛のツヤも少しなくなってきたような。夏はかなり夏痩せしました。エアコンも効いていない部屋にほとんど閉めっきりだったから。母も仕事をしているので留守中エアコンを付けておく訳にもいかず...。これもとても可哀想でした。何か良い方法は~と考えてはいたのですが...。





mie2 up
2003年~4月19日:亡くなるまでの数日間
いつものように私は母にTELをしました。すると「あまり元気がなくて食欲もない」と。そういえば先日帰った時もちょっとだけ元気がなかったな~と思ったんです。でもここ何ヶ月かちょっと横になってる時が多くて、年とったせいなのかな~と思いそんなに気にはしなかったんです。それから毎日のようにTELをしていたのですが、やはりあまり元気もなく食欲もないようだった。
18日(金)、母から「ミーが苦しそうにハァハァ息をしてるから今から病院に連れて行ってみるから」とTELがあった。
しばらくしてまたTELがあり、「何とかという伝染病か何かの病気で胸に水や血が溜まっていて、抜いてきてもらったんだよ。苦しそうにハァハァしてたのはそのせいだったんだって。まだ今も苦しそうにしてるけど、病院の先生がかなり水を抜いたからすぐに楽になるから大丈夫だよ。って言ってたよ。水抜いてもらったらお腹ぺっちゃんこになっちゃったんだよ。薬10日分くれたからあげておくからね。でも、この病気は治らないから覚悟しておいて下さい。って言ってたよ。」と。母の話では病名とか良く分からなかったのでこのあと直接私が病院にTELして聞いてみた。そしたら“猫伝染性腹膜炎(FIP)”という病気だと言った。ちょっと待って...伝染性ってミーはもう何年も外に出てないのに何で伝染病になんてかかるの?と思い聞いてみた。すると「この病気はまだ詳しくは解明されていないので、ミーちゃんの場合も何故この病気になったのかは分からない」と言う回答だった。そして、「すぐにどうこうなる(死んでしまう)訳ではないので、大丈夫ですよ。」と言った。私は少しホッとした。でも伝染病なんてなる訳ない!と思った私はすぐにネットで調べてみた。そしたらミーの症状と同じような事が書いてあった。そして「腹部や胸部に水が溜まってくると非常に危険である」「まだワクチンが開発されておらず、不治の病」だと。それから同じ病気にかかったネコの闘病日記というHPがあったので読んでみた。そのネコは亡くなってしまったようでした。読んでいるうちにミーと重ねてしまい涙が出てきた。
明日だんなと私の実家に帰る事になっているけど私だけ一足先に帰った方がいいかな~とも思ったのですが、すぐにどうこうなる訳ではないと言っていたし、明日には帰れるからと思い結局その日は実家には帰りませんでした。

19日(土)、朝早くTELが鳴った。母だった。「ミーが死んじゃった」と。聞いた途端私は泣いてしまいました。母が朝早くミーの様子を見に行ったらすでに亡くなっていたようでした。
あ~、やっぱり昨日帰っていれば良かった。一人ぼっちで苦しくてとても心細かっただろう...後悔してももう遅い。私が悪い。
「どうする?今からおばあちゃんちに行って埋めてきちゃうよ。」もう私は話す事もできなかった。「うん」と言ってしまった。母はその後おばあちゃんちに行ってミーを埋めてきてしまった。
夕方、だんなと私の実家に行った。いつものように私は「ミーは?」と聞いた。母は「2階の部屋にいるよ」と言った。「うそ?ホント?」と聞いたら母は少し黙ってしまい、「もうおばあちゃんちに埋めてきちゃったよ」と言った。
あ~、死んだというのも埋めてしまったと言うのもウソだったら良かったのに...。2階に行ったらミーは本当にいなかった。
せめて埋めるのだけは待っててもらいたかったけど、私が「うん」と言ってしまったのだから仕方がない。私はミーを見てまた泣いてしまうのが嫌だったのだ。帰らなかった事も埋めてしまった事も後悔した。ミーはきっと私の事を待っていたに違いないのに...本当にごめんね。

日曜日にはおばあちゃんの家に行きミーのお墓参りをしてきました。
引っ越す前に私達が住んでいた家の、私とミーがいた部屋の外の脇にお墓はありました。土が盛り上がっていて、お花とお線香が備えてありました。
本当はちゃんとお寺でお葬式をしてあげて...と思っていたのですが出来ませんでした。

後から母に聞いた話なのですが、薬をあげても飲んでくれず、よだれと一緒に出してしまっていたようです。薬を飲ませたら急に具合が悪くなったような事も言っていました。本当に“猫伝染性腹膜炎”だったのかな~?と思ってしまいます。
病院から帰って来た後もまだ苦しそうで、あまり動く事もできなかったみたい。
階段を降りて来ようとするのですが何段か降りて来たところで座ってしまったりしていたみたいです。
それからキャットタワーの高いところまで一人で上がって横になっていたと。このまま降りられなかったら可哀想だからと母が降ろしてあげるとまた上がってしまったりしていたようでした。





2003年~:ミーを失って...
ミーが亡くなってから数日後...私は今まで体調を崩した事など一度もないのですが、急に気分が悪くなり夜も眠れない日が一週間ほど続きました。食欲もなくなってしまい病院に行って三日間点滴をしてもらって来たのですが、原因が良くわからず特に悪いところもないようでした。ただ胃腸が弱っているというだけ。そんなとこ今まで一度も悪くなった事がないのに...。結局ハッキリとした原因がわからないままたまに急に気分が悪くなる事がちょっと前まであったのですが、いつの間にか治ってしまいました。もしかしたらミーが怒っているのかな?ううん、ミーはそんな事しない。なんて自分で勝手に思ってしまったりして...。

ミーを一緒に貰って来たKちゃん(元彼)、今では親友のような友達関係です。ミーを可愛がってくれていた事もあり亡くなった事をメールで知らせました(今は住んでいる所が少し遠いので)。私はかなり凹んでいたのでKちゃんに励まされてすごく嬉しかったです。

実家に帰るとミーがいた私の部屋で寝泊りをしているのですが、まだミーがいるのでは...と思って周りを見渡してしまう事があります。ミーがいなくなってまだ数ヶ月しか経っていないので、気が付くとミーの事を考えている時、思い出している時があります。思い出すと涙が出てくる事もありますが、これだけ思い出をたくさん残してくれたのだから書き留めておこうと思い、このページを作る事にしました。もう抱いてあげる事はできないけど、私ももうあのフワフワの柔らかいミーには触れる事はできないけど、ここでだけでもミーと会えるように...と。ミーの事を色々考えると何もしてあげられなかった事など色々後悔ばかりです。このページを作り、前半を書いている時には楽しい思い出ばかりで書いているうちに色々思い出して楽しかったのですが、後半は書いているうちに涙が出てしまったりもしました。すべて私のエゴかも知れません。独断と偏見も多いかもしれません。読んでくださった方の中には怒りを覚える方もいるかもしれませんが、その辺はどうかご了承ください。

私はやっぱり馬鹿が付くほどネコが好きで、機会があったらまた飼いたいなぁと思ったりもしています。病気になった時の事、亡くなった時の事を考えると...ですが、いつかまた飼いたいな~と。そして今度は最後まで一緒にいてあげようと思います。


mie mono

ミーからはたくさんのモノを貰いました
喜びや哀しみ、楽しみや辛さ、みんなみんな私の大切な宝物です
そしてミーは私の中でこれからもずっとずっと一緒に生きていきます






© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: