24階のミミック

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三度目の入院


 なんてったって絶対安静と食事制限の日々が長くて、辛かったのだ。15週といえばそろそろ運動もしたほうがいいと、周りの人にも言われたことも手伝って、狂ったように動き回り始めたのがいけなかった。
 運動しろとか動け、といったって、そこはやはり妊婦。限度がある(^^;

 今思うと本当にバカなんだけど、安定期なんだからもう大丈夫と盲信していた。
 何をしたということもないんだけど、8月の真っ昼間。連日35度という気温の中、クーラーもつけずに掃除洗濯で毎日4時間階段昇降しまくって、マタニティウェアが絞れるくらい汗かきながら働いた。だって、今まで重たくてしょうがなかった身体が安定期に入ったとたん、動く! 体調がよい!
 そう信じて4日働き続けた、次の日。
 その日は、実家から親が戌の日のお参りに一緒にきてくれる日だった。

 関東では腹帯をもらいにいくので名高い水天宮。その日も灼熱の太陽が照る暑いあつい、8月の11日のこと。
 ダーリンと、実家の両親と4人でお参りに行く。電車で家から1時間たらずだから、すんなり帰ってくればたいしたことはなかったのだが、せっかく出てきたのだからと親が帰りに日本橋の三越へ寄ろうと言い出した。
 三越は水天宮の隣の駅だから、戌の日の今日、マタニティウェアは同じく5ヶ月とおぼしき妊婦さんとその家族で賑わっている。
 そんな中、私たちも大きくなってきたお腹にあわせて下着やマタニティウェアを買うのに、試着で1時間以上もねばっていた。デパートは、思ったより喉が渇く。それでなくても暑い中、お参りをすませてくたびれたところに、着たり脱いだり1時間以上立ちっぱなしがだんだん足にひびいてきた。
 なんだかやけにつかれるな……そう思いながらも親もいるから、元気にふるまっていた。

 その日はよかった。身体がだるい……そのくらいだった。
 が、明け方、なんともいえない、お腹の奥の深い痛みで目が覚めた。
 じぃぃぃん……と、下腹の底から生理痛よりも重く長い痛みが3秒くらいずつ襲ってくる。こんなことは今までなかったことだ。

 でも、ダーリンに言うほどでもない……お腹を冷やしたのかも。後で親が帰ったらゆっくり寝ればいいや……そんなふうに思って、早起きしてご飯の支度に降りた。

 その日は、また運が悪く、壊れてしまった冷蔵庫の代わりの冷蔵庫が来る日だった。まだ、中身が全部出してない。全部捨てちゃうのはもったいないし、中身を2回の冷蔵庫に移して台所もあけて、掃除しなくちゃ……

 まず甘かったのは、冷蔵庫の中身移動作業をダーリンが手伝ってくれると思っていたこと。その日は私の親がきていたからダーリンは父につかまっている。なんか話し相手にさせられてるみたいだ。なんかお腹が痛いから手伝ってほしいなぁ~と思ったけれど誰も私の表情に気がついていないようで、仕方なく動いていると、なんだかどんどん痛くなってくる。
 4度目くらいに階段を上り下りしたとき、お腹の痛みが顔に出てしまった。

 ダーリンは「お腹が痛いの?」と聞いてきたけど、私はお腹が痛いというと、親を追い出すみたいだからあまり言いたくなかった。うちの親は、自分たちが来たせいで具合が悪くなってしまったと思うだろうから。だから、本当はダーリンに何気なく手伝ってもらいたかったのだけど、そんなの言わなきゃわからないよね(T∇T) でも、察してほしかったのよう、この苦しそうな顔で( ><)//内心思いながら、さらに1人作業を続ける私。

 冷蔵庫が来る時間まであと1時間、ねばれば休める……そう思ったときにはすでに遅し。急に痛みが激しくなり、持っていたものを取り落としたあげくしゃがみこんでしまう。

 そうなってから慌ててふとんを敷いて、横になったけれど、一度ひどくしてしまった痛みはどんどん重くなるばかりで、もう声もでないほどになった。最後は起きあがることもできず、親が帰るのを見送ることもできなかった。

 1人、誰もいない部屋で横になって痛みに耐えていたけど、6時間ガマンしてもうこれは異常だ、と思ってダーリンを呼んだ。
 その足で病院に行く。出血こそないものの、痛みで気が変になりそう。なんか丸太でお腹の下のほうを殴られ続けてる感じ。

 深夜、11時40分病院に到着。当直の先生は担当の先生だった。
 とりあえず子宮が開いたりはしてないものの、痛みが強すぎるので入院となった。

 今回の入院は、前の入院と違って痛みと苦しみが長かった。初日~2日目にかけては、痛み止めの点滴もいれたがまったくきかず、痛みで一睡もできない。
 もちろん食事ものどを通らず、飲まず食わずで2日間。
 朝になると今度は違う薬が点滴されたが、今度は原因不明にリンパが腫れた。下顎から耳の後ろにかけて、両方のほっぺが異常にふくらみ、オタフクを疑われて今度は1人部屋に隔離される(^^;

 一泊二万円の特別室に隔離されたはいいけど、痛みもとまらないし、お金のことも気になっておちおち寝てられない。

 看護婦さんに談判して、どうしても一泊2万円とるなら、もう帰りますと言って退院する旨を伝えると、病院側の都合だからということで、なんとか通常の二人部屋料金にはしてくれた。でも、あとから考えると、本当は大部屋希望だったんだから大部屋料金にしてほしかったけど(-"- )

結局2日間、背中や腰、顎の痛さに加え「身の置き所がない」ような辛さに耐えて少し痛みがひいてきた。2日後、血液検査の結果でおたふくでないことがわかった私は6人部屋に移動となった。

 そのころには食欲もかなり戻り、体調もだいぶよくなってきていたので早く退院したくて仕方なかったのだが、一度入院したら簡単には出られない。
 新しい病室は、糖尿病の患者さんのお部屋だったので、食事を制限されたおばあちゃんたちに囲まれて、1人一般食を食べているのが申し訳なかったり(笑)

 こうして、三度目の切迫流産の入院も終わった。
 いまだに原因はわからない。
 しかし、あのものすごい痛み……。ひどい痛みに不自由な入院生活、さらに10万円以上の入院費(T∇T) ふんだりけったりとはこのことよ。

 陣痛を経験した後となっても、陣痛とちょっと質の違う痛みだったような。陣痛って、深いことは深いんだけど、赤ちゃんが通るために腰全体を中から広げてる感じがするのだが、あの痛みはむしろ中に引っ張り込むような、下腹部の筋肉がよじれるような痛みでした。

 なんにしろ、安定期に入ったからといって自分が妊婦であることを自覚して、適度な運動に心がけないととんでもないことになる。
 痛いのは自分だけど、きっと赤ちゃんも苦しかったはず。

 まさに身をもって体験した教訓でした。
 もう、入院は、イヤーーーー(T∇T)

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