「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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28話:悲しみの向こうに
「アイツ!!」
クルスは怒りに任せて壁を殴りつける。ずるずるとそのまま倒れこみ、ミコに抱きしめられる。その目からとめどなく涙が溢れていた。
「“乱れ桜”・・・!絶対に許さない・・・」
「クルス・・・」
「隊長!!“乱れ桜”を追いかけましょう!」
クルスは目を見開いてレッシュの方を向く。その目には憎しみの光が見える。その言葉にミコが直ぐに反論した。
「その状態で戦って、クルスは勝てるの!?」
「でも!絶対に許せない!・・・隊長!まだ、この砂漠に居るはずです!追いま・・・」
「ダメだ」
レッシュはクルスの言葉が言い終わらないうちに言い放った。ダメと言われて、クルスはミコを振り払おうともがいた。
「どうして!?・・・隊長は憎くないんですか!!?」
クルスの真っ直ぐな言葉にレッシュは回答に困った。憎くないと言えば間違いだが、あの時、優美と対峙したときに見せた姿は明らかに動揺していた。亜実と亜希のハイジェンを撃破したことでなく、優美に対して何かあったような感じだったように思える。だが、自分の部下であり仲間が殺されたことは変わらない。クルスの目はレッシュを見ているが、その目にはあの“桜色の機体”が映っているのだろう。クルスは手の色が白く変わるほどミコの手を強く握り締めている。
「俺たちは地中海に向かう」
「隊長!!」
レッシュの言葉にクルスは食い下がる。レッシュは少し強めに、少し冷たく言い放った。
「命令だ。地中海の反政府軍、世界政府軍と戦う」
「・・・っ」
クルスはミコを振り払って、立ち上がり部屋を出て行こうとした。ドアのところまで来たクルスは、人影に遮られた。クルスが睨むようにその顔をみると貴子だった。
「何処に行くんですか?」
「貴子さんには関係ないでしょ!」
クルスは貴子を押しのけて出て行こうとするが、遮られた。
「・・・仇を討ちに行くんですね」
「そうよ!」
「尚更ダメです」
貴子は冷静に言った。だが、表面上冷静を装っているだけで内心は悲しみに溢れていた。
「私一人でも・・・」
クルスがそこまで言った瞬間、パチンと高い音が部屋に響いた。クルスは一瞬何が起きたか分からなかった。そして、段々とその場所が熱を帯び痛みが増してくる。貴子が平手打ちをしたのだった。平手打ちをした貴子の目にも涙が浮かぶ。
「どうしてわからないの!?みんな、悲しいのは同じです!・・・隊長は・・・!」
それ以上言わなくてもクルスには貴子の言いたいことが分かった。熱くなった頬を押さえてそのままその場所に泣き崩れた。
「うわああぁぁぁ!!!」
レッシュはそのクルスの姿を見て胸が締め付けられる。みんなに聞こえるギリギリの声で小さく言った。
「あの機体・・・シアトルにも居た。今後、俺たちの前に現れる可能性も高い。だから・・・」
その時は、と続けようとしてレッシュはやめた。自らも憎しみに囚われてしまいそうで怖かったからだ。
「ヴィラ?」
「・・・翼君?」
ヴィラが目を覚ますと目の前には翼が居た。頭も肩も腕も痛いが、翼の顔を見ただけで痛みが和らいだ。小さな笑顔を翼に向ける。
「あの灰色のGにやられたんだよ」
「え・・・?」
ヴィラは少しずつそのときの状況が思い出してきた。凄まじい速さで突撃され、シャイニングは吹き飛ばされた。そして、左腕が添えられ、そこから光が漏れていた。ヴィラは視線を翼から天井へと向けた。
「あれって・・・」
「“ショック”だ」
突然、翼の後ろから声がする。翼は振り返り、ヴィラは顔だけをそちらに向ける。ドアのところにはバラッドが立っていた。
「多分、“ジェネレーター・ショック”を意図的に起こして、攻撃するやつだ」
「何!?」
「威力はGなんて1機は軽く消し飛ぶだろうな。射程距離は短いけど、あのGのじゃ相当な威力のはずだ」
バラッドは静かに言った。あれだけ超高速で動くには強力なスラスターも必要だが、その強力なスラスターを稼動させる強力なジェネレーターも必要となる。単純に言えばジェネレーターが強力なほど、“ジェネレーター・ショック”の破壊力は大きくなる。ヴィラは血の気が引いていくのが自分でも分かるほどだった。あんな攻撃を喰らって生きている方が不思議なのかもしれない。
「レッシュ・・・」
翼は拳を握り締める。あの灰色のGもレッシュの部隊のGだろう。そして彼女も居る。
「厄介だな」
「ああ」
バラッドは翼の直ぐ近くに歩み寄り小さく言う。レッド・バードを倒すに当たって障害が非常に多すぎる。レッシュに関わると必ず何かが起きている。バラッドが翼に資料を手渡す。その資料をヴィラも体をそっと起こして見た。
「戦闘記録にあったあの“白い翼のG”は、“ウィング・グロリアス”っていう機体だ。グロリアス社の新型らしい」
「・・・優美か」
「ユミ・・・?誰なの?」
翼は資料から目を離し、ヴィラの顔を見た。その顔は思いつめたような顔している。
「レッシュの・・・恋人みたいなもんだ」
「じゃあ、翼君は知ってるの!?」
「ああ。よく知ってる。・・・どんな奴かもな」
そこまで言うと、翼は立ちあがって、ヴィラに寝るように促した。ヴィラの方からすれば寝ている場合ではない。
「そんな!・・・翼君は戦えるの!?」
「俺にもわからない・・・」
「分からないって!!・・・アイツはニーバルを殺したのよ!」
ヴィラの目から涙が溢れる。少し考えて、翼は静かに言った。その言葉にヴィラもバラッドも固まった。翼は口にしながら、それは自分に言い聞かせた言葉でもあった。
「俺は・・・ニーバルを殺したのはレッシュじゃねぇと思って来たんだ」
「何で!?・・・上から来た情報じゃない!“赤い戦闘機”にやれられたって!アイツ以外に誰が居るのよ!!」
無理に起き上がろうとして、ヴィラは床に倒れこんだ。慌ててバラッドが駆け寄りヴィラの体起こした。
「ヴィラ、その辺で・・・」
「どうして!?どうして、そんなこと言えるの!?」
ヴィラは目からポロポロと涙を流している。翼はヴィラの方を向き直った。そして、強く静かに確信を持った声でヴィラに言った。
「あいつが、レッシュが、優美が居る限り、間違いを犯さねぇよ・・・絶対にな」
「そんなこと・・・そんな曖昧な事で!!」
「そういう奴なんだよ・・・アイツらは」
翼はヴィラに背を向け、部屋を出て行こうとする。背中にヴィラの言葉が突き刺さる。
「私は許さない!!・・・そのレッシュって奴も、そいつの恋人って言う“ユミ”も・・・私が殺すわ!!」
シーツを強く掴んで睨むヴィラを振り返らず、翼は何も言わずに部屋を後にした。
「待てよ!」
バラッドが翼を通路で呼び止めた。翼は一度止まったがそのまま歩き出す。
「待てって言ってるだろ!?」
バラッドは翼の肩を掴んで止めた。だが、強い力で振り払われる。翼のその態度にバラッドはイライラしてきた。
「何だよ!!」
翼はバラッドに掴み掛かり、壁に押し付け激しく言う。その目は鋭くバラッドを睨みつける。
「お前はアイツらのこと何にも知らねぇだろ!!」
「な・・・」
「俺はレッシュと優美とどれだけ一緒に居たと思ってんだよ・・・」
最後の言葉はバラッドにもはっきり聞き取れない小さく言った言葉だった。翼はバラッドを離すと再び歩き出した。そして、格納庫の扉へと消えていく。その後姿をバラッドは見送るしかなかった。
「翼・・・」
やはり“漆黒の鷹”と呼ばれる翼でも作戦、命令でよく知る人物を討つのは辛いのだろう。ましてや、そのレッシュという奴を守ろうと、彼の恋人も翼の前に立ちはだかったからだ。バラッドはこれ以上このことで責めないと心に決めた。きっと、ヴィラからはきつく言われるはずだ。少しでも翼の負担を減らしてやりたいと思った。
「姉さん」
「ええ、平気よ。怪我も無いわ」
桜はにっこりと部下の青年に笑いかけた。その横ではビリシャが心配そうな顔で見つめている。桜はベッドから起き上がり、ビリシャから無言で書類を渡された。また部隊の人数が減っている。見るのも辛い報告だった。そして、ある文章を書面に見つけた。
「エネルギー兵器を装備した赤いGに“AAAランク”の危険度とする。コード:“深紅の鷹”」
その文面を見て嫌な予感がした。全てが意味をなさなくなるような・・・。そのとき、桜の病室のドアがノックされた。
「はい」
「よろしいですか?」
若い男の声だった。とても落ち着いた声だ。
「いいわよ。どうぞ」
「失礼します」
ドアが開いて1人の男性が入ってくる。世界政府軍の制服なのだが、見たこともないデザインが施されていた。腰にはハンドガンも見える。何か特別な役職の人間なのだろうか。金髪で背の高い、桜からすれば外国人だった。
「サクラ・ミヤマ少佐ですね?」
「ええ」
「私は、諜報部のレイ・ガウリンです」
「諜報部・・・?ふふ、初めて見たわ」
桜は小さく笑って、レイの方を見た。ドアのところで一礼し部屋の奥、桜のベッドの横まで歩いてきた。ビリシャと部下の青年が道を開ける。桜はベッドに腰掛けた。ビリシャはつかみどころの無い人間だな、と思う。挨拶はちゃんとしたが顔に表情が無い。口元だけが動いているような印象を受ける。
「諜報部が私に何の用なの?」
「悪いのですが、お2人は外してくれませんか?」
レイは2人の顔も見ずに言い放った。その言動にちょっと部下の青年はムッとする。
「俺たちが聞いたらマズいんですか?」
「聞きたいなら居てもかまわないが」
冷たくレイは言う。今度は視線だけが部下の青年に向けられた。桜は少し首を傾げてレイに聞いた。
「聞いても差し支えないことなの?」
「ミヤマ少佐がよろしければ」
「そう・・・。いいわよ、あなたたちが居ても」
桜は少し考えて、笑顔で2人を見た。そして、レイの顔を真剣な目で見上げる。
「話してもいいわよ」
「この男を知ってますか?」
レイは1枚の写真を提示する。受け取った桜は声にならないほど驚いた。そこに写っていたのは“彼”だった。部下の青年が覗き込む。
「あ、この人!確かこの前・・・」
「知っているのか?」
部下の青年の言葉にレイはぴくりと反応した。そして、小さく「驚きだな」と呟いた。その言葉が聞こえたのか、部下の青年はまたムッとした顔になって、桜から離れた。ビリシャはそのやりとりをみて、自分もこのレイという男は好きになれないと思った。
「心当たりがあるようですね」
「え・・・ええ」
桜はその写真の男性に釘付けになる。同じだ。やはり、彼と同じだった。
「この男の名前はレッシュ・F・ヴィレドル。傭兵です」
「レッシュ・・・」
これで確信に変わる。あの街で会った“彼”はレッシュという名前で間違いは無いようだ。傭兵ということは我々の敵なのかもしれない。レイの言葉に桜は更に驚いた。一番考えたくないことをレイは言った。
「レッシュは“F”の名を持つ“エデン・チルドレン”、そして、“深紅の鷹”と呼ばれている男です」
「そんな・・・」
桜は、がくりと頭を垂れた。聞き無くなかった。聞かなかった方が幸せだったのかもしれない。それに、“エデン・チルドレン”は聞いたことがあった。Gパイロットとなるために生み出された“兵器”。Gと“エデン・チルドレン”が合わさればその辺のGなんて相手にならないと聞いたことがあった。
「それから、このレッシュという男は、ミヤマ少佐の無くなった旦那さんによく似ていると・・・」
「え!?」
そのレイの発言にビリシャも驚いた。部下の青年がレイのことを睨みつける。部下の青年は桜の過去を知る数少ない人物だった。レッシュの写真を見せられたときも動揺しないように努めていたのだ。あのとき、街で会ったときも直ぐに「似ている」と気づいたのだが、桜のことを考え、話さなかった。レイは桜が一番考えたくなかった命令を下した。うつむいたまま桜はそれを聞いていた。
「彼を殺してください。“エデン・チルドレン”は、“我々”のものです。飼い犬に手を噛まれる訳にはいかないのですよ。我々の手を離れたら、殺すより他にありません。情報の漏洩は・・・」
「もうやめて!!」
棒読みのように続けるレイの声を遮ったのは、桜の震える声だった。薄い緑色のハーフパンツの病室着にぽたぽたと雫が落ちる。
「“深紅の鷹”と接触し、生きている中でもっとも階級、実力が高いのはミヤマ少佐なんですよ」
「・・・っ」
桜はシーツを強く掴んで、唇を噛み締めた。レイは無表情で続ける。
「昔の夫と“同じ顔”をした男が居るのは気持ち悪い・・・」
「いい加減にしろ!!」
桜はその声ではっと顔を上げた。部下の青年がレイを殴った瞬間だった。レイは床に倒れ、口の中を切ったのか、血が出ていた。部下の青年は息遣いも荒く、拳を握り締めたままだった。
「お前!!・・・これ以上姉さんを!!」
「やめて!」
もう一度掴み掛かって殴ろうとした部下の青年を止めたのは桜だった。目には涙が溢れ首を横に振る。その顔を見て部下の青年は乱暴に胸元から手を離した。レイは起き上がって、襟を直した。
「私を殴ったことは上には報告しません」
「勝手にすればいいだろ!」
まだ怒りは収まらずにレイを睨みつけていた。桜は涙を拭かず、そのままの顔でレイに言った。
「分かったわ・・・。その・・・レッシュってエデン・チルドレンを倒せばいいのね?」
「姉さん!!」
「いいのよ・・・」
桜は再びうつむく。この事態の収拾をつけるには桜がそう言うしかなかった。レイはその答えを聞くと帰り支度を始める。
「いい結果を期待してますよ。それでは、また」
「二度と来るんじゃねぇ!!」
レイは部下の青年を完全に無視して部屋を出て行った。出て行った瞬間、桜が声を上げて泣き出した。あれでも堪えていたのだろう。桜は限界だった。
「ううっ・・・うっ」
「姉さん!・・・あんなヤツの命令なんて聞くことないですよ!」
「あの、私もそう思います。あの人・・・なんか嫌な男です」
口を揃えて反対する2人を涙をぬぐいながら桜は見上げる。
「でも、命令に背けばあなた達も私も消されるわ。・・・諜報部が出てきたって事は、最重要任務よ・・・任務失敗=処刑ね」
「処刑!?」
部下の青年は驚いた。それほど重要なことなのか。桜は思いつめた顔でじっと2人を見ている。
「・・・どうすればいいの?」
やっと知った“彼”の情報。最愛の夫そっくりな彼の名前、彼の正体。それは桜にとって辛すぎるものだった。そして、“任務”という名の試練が桜を容赦なく襲う。こればっかりはどうしようもない。自分の運命全てが憎らしく思える。今の桜に答えを出すのは無理だった。2人は言う言葉も見つからないままただ立ち尽くしている。
「・・・」
桜は肩を震わせて泣くばかりだ。桜の訴えに2人は言葉を失った。
「レイ君」
桜たちが駐留していた戦艦から出たところに一人の男が待っていた。煙草を砂地に投げ捨て、煙を吐く。
「どうだ?“乱れ桜”は」
「・・・はい。難しいかと」
レイは静かに答えた。歩くと砂地に浅く足が沈む。吐き捨てるように男は言う。
「使えない女だな」
「ですが、当然のことかと」
「プロなら私情は挟まぬことだ。君も覚えておいた方がいい」
そう言うと男は待たせてあったヘリに乗り込んだ。そのままレイを見向きもしないで飛び去っていた。
「・・・俺もそうなのかもな」
小さく呟いたレイは自らのGの元へと向かった。
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