「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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31話:繋がり
「ええ、砂漠エリアの最終ラインに張っているみたいですね。地中海に抜けるにはまず叩かないと」
レイザーのコクピットで、レッシュが腕組みして大型のモニターに映し出されたこの辺りの地図が映し出されていた。貴子がキーボードを弾いて友子が説明する。レッシュの横には優美が居て、アームレストに腰掛けていた。
「地中海の様子はどうなんだ?」
「良くないですね。“傭兵の道”を作らないとヨーロッパとの経路が無いですね」
ヨーロッパは強力な傭兵たちがひしめくエリアだ。戦争が始まった当初は傭兵たちは“動く”ことができた。しかし、あの宣言を拒否したことで世界政府は強力なヨーロッパの傭兵たちを行動不能にする作戦をとった。ヨーロッパの地中海沿岸、大西洋沿岸、北からも北極海から包囲網を敷き、東側も陸上からヨーロッパエリアを分ける境界線で包囲し、完全に封じ込める形になっていた。レッシュは唸って考え込む。
「こないだのジョーとか言うやつよりも大変だな・・・」
「規模が違いすぎますね。突破口を開くだけでいいんですが」
「そうだな、扉さえ開けば、ヨーロッパの傭兵の実力なら何とかなるだろうな」
貴子がモニターに表示された地図に反政府軍の予想される配置状況を表示した。やはり数は相当なものだ。今まで黙っていた優美が口を開いた。
「レッシュ」
「何だ?」
一度ゆっくりと目を伏せた優美が、何かを決意したように顔を上げて真っ直ぐレッシュを見上げた。
「もし、また、翼さんと戦うことになったら・・・レッシュはどうするの?」
「タカと?」
「私は・・・」
優美は再び目を伏せた。少し間を置いて優美は続ける。
「私は、翼さんを攻撃するなんて出来ない!・・・あの時も、“敵”だ、って割り切ってたけど・・・。でも、私・・・翼さんの声を聞いちゃったの・・・」
優美の声が震え始めた。レッシュと貴子と友子は静かにその言葉に耳を傾ける。
「抑えてたけど・・・やっぱり、翼さんは翼さんだもの!攻撃するなんて出来ない!・・・レッシュはどうするの?・・・攻撃するの?」
「俺は・・・」
「翼さんだって、きっと戦いたくないはずよ!・・・話せば分かってくれるはずよ・・・」
優美の太ももの上に作った拳にポタポタと涙が零れ落ちる。小さく肩を震わせ、聞こえないような声で優美は泣いた。レッシュはそっと肩を抱いて優しく語り掛ける。
「優美」
「・・・?」
「・・・今度会ったら話をしてみるよ。アイツは“あの時”、俺たちを攻撃しなかったからな」
「・・・あの時?」
優美が顔を上げる。大きな瞳から涙が零れ落ちて頬を濡らす。
「大西洋だ。タカは俺たちじゃなくて“白いG”を攻撃しただろ?それにアイツらと戦ってる間、タカは何度か俺と優美をロックしてたんだ」
「え?」
優美の顔が驚きの色に変わる。同じように貴子も友子も驚いた。あの状況で誰がロックしたのか分かるものなのだろうか。
「いや、タカが何回かリニアライフルを俺たちに向けたんだよ。普通なら撃ってる間合いで、だ。そこで撃たなかったということは・・・」
レッシュが優美の目を見つめた。その言葉とそれだけで優美の表情が明るくなった。
「翼さんも・・・私たちとは戦いたくない!」
「・・・そうあってほしいな」
レッシュは、目を閉じ寄り添ってくる優美の肩をそっと抱きしめた。
「人手不足って深刻なのねー」
クルスが資料に目を通しながら純白の翼を持った機体を見上げる。傷だらけだった上に、ほとんどの関節が完全に壊れていたウィング・グロリアスは綺麗に修繕されていた。そしてその横には2機の赤いグロリアス・スーパーが並んでいる。
「クルス!」
「何?」
呼ばれた方向に振り返るとミコが駆け寄ってくる。手には分厚いマニュアルが持ってあった。
「ここにいたの」
「うん、真琴さんが人手欲しいって言われたから」
「あーなるほどね」
ミコは分厚いマニュアルを抱えたまま頷いた。クルスにもそのマニュアルが気になってくる。
「それ何?」
「これ・・・?気になる?」
「もったいぶってないで教えてよ!」
うふふとい笑うミコにクルスがいつものような反応を示す。はい、と言ってクルスは渡された、少し薄汚れたマニュアルの表紙を見るためにひっくり返すとそこには“グロリアス社 グロリアスSモデルマニュアル”と書かれていた。
「あ!これ!」
「優美ちゃんのお古だから、マニュアルもお古なの。大丈夫でしょ?」
ミコが小さく謝るが、クルスは嬉しさでそんなこと聞いてはいないようだった。
「すごい・・・マーカーで分かりやすくなってる」
クルスがページをめくって行くとそこにはびっしりと書き込みがしてあった。それに、重要な部分にはマーカーが引かれていた。Gのマニュアルは、近代化が進み殆どが電子マニュアルとなった時代でもハードカバーの製本化されたマニュアルだった。何故そんな大そうなマニュアルなのかはよく分からないが世界のGを取り扱っているメーカーに共通して見られるものだった。そして、そのマニュアルを見ればそのパイロットがGに対する思い入れがよく分かるものだった。
「優美っち、すごいねぇ・・・」
「クルスと違って真面目でしょ?見てよ、このデータ。とても1年以上使った機体とは思えないわよ」
ミコが提示してきた優美が乗っていたグロリアス・スーパーのデータを見て驚く。新品とまでは行かないが、関節やジェネレーターなどを大事に使っているのか状態は素晴らしいものだった。自分の機体と言えば酷使しすぎて遂に壊れてしまったため、なお更だった。
「う・・・。わ、私だって真面目に・・・」
「じゃあ、何で飛ばされたのよ?」
ミコの鋭い突っ込みにクルスは何も言えなくなった。ミコから逃げるようにそのマニュアルに目をやった。すると、字の感じが周りのとは違う字が何箇所か見える。書き足されたようなそれはクルスに対するものだった。
「あ・・・」
「どうしたの?」
「これ・・・優美っちが・・・」
ミコはそれを覗き込んで感心する。優美は今まで自分が乗っていた機体がクルスに渡されるということでこのマニュアルを引っ張り出し、さらにクルスのために機体の癖とかクルスがこの機体を扱うに当たっての注意点などが書き足されていた。ミコが感嘆のため息をついてクルスの方に顔を上げた。
「機体、大事にしなきゃね」
「・・・うん」
クルスは頷いて2機並んだ赤いグロリアス・スーパーを見上げる。向かって左側がミコ、右側がこれから自分が乗ることとなったものだ。ミコの方はライフル、クルスの方はマシンガンが装備されてある。
「ありがと」
クルスは目を閉じ、優美に感謝する。この機体を失うわけにはいかない。彼女の思いも含めて、新たな決意でもう一度その赤いグロリアス・スーパーをクルスは見上げた。
「ヴィラ!」
「翼君」
翼が格納庫に居たヴィラに駆け寄ってくる。
「ここに居たのかよ」
「はは・・・やられてばっかりね」
ヴィラが自分の機体を見上げてぎこちなく笑う。そして、新たに取り付けられたパーツを見てヴィラが声を上げる。
「ちょっと!それ、グロリアスのパーツじゃない!」
技術主任の男性に駆け寄り、ヴィラは再び同じ言葉を繰り返した。
「グロリアスのパーツじゃない!」
「あ、ヴィラちゃん」
「どうして、シャイニングのパーツじゃないの?」
技術主任の男性は振り返って気さくに笑う。ヴィラの問いかけを聞くと表情が曇った。そして、キーボードを弾いて何かの書面をプリントアウトした。
「ヴィラちゃん、これ見てくれ」
「・・・グロリアス社が世界政府軍に制圧!?反政府軍への供給停止ですって!?」
ヴィラはその紙をグシャリと握り締めた。そこにはグロリアス社からの声明文だった。恐らく、世界政府がグロリアス社の名前を使ってのことだろう。翼もヴィラが読んでいるときに後ろから覗き込み、大体の内容を理解していた。
「元から潰す気か・・・」
「多分な。だから、シャイニングの余剰パーツが無いんだよ」
椅子に腰掛け、技術主任は小さく頭を抱えた。ヴィラが更に紙をぐしゃぐしゃにして投げつける。コロコロと転がって、格納庫の中にゆっくりと吹き抜ける風に流されて更に転がって行く。
「・・・世界政府軍・・・!何が“世界平和”よ。何が“自由な世界”よ!!」
「だから、反政府軍が立ち上がったんだろ?」
翼がポケットに手を突っ込んで顎をしゃくり上げる。怒りをあらわにするヴィラに申し訳なさそうに技術主任の男性は小さく言う。
「悪いな、グロリアスのパーツで」
「・・・ううん、気にしないで。あなたのせいじゃないでしょ?」
技術主任の男性はちょっとほっとした表情を見せた。そして、冗談ぽく笑う。
「今度、敵でシャイニング見かけたら破壊せずに持って帰って来いよ」
「・・・この際どうもこうも言ってられねぇみたいだな」
翼もヴィラも今の状況に沈み込む。本当にそのような事態になるのかも知れない。供給を止められるということは致命的だ。シャイニングのような量産型ならまだしも、翼の機体は世界で1機しかない機体だ。修理用のパーツのストックがまだ多いとは言え、基本はグロリアス社の製品をブラック・バードにあわせて特殊加工し運用している。ギア・ロッドにはそのための設備も増設されていた。
「あ、翼!」
思い出したように、技術主任の男性はディスクを翼に投げた。
「何だ?」
「ブラック・バードのセッティングを変えた。前よりはいい動きをするはずだぜ?」
「ああ、ありがとよ」
翼はディスクを受け取り、それを上に上げて礼を言った。続けて技術主任の男性は言う。
「それでも完全じゃないんだ。ブラック・バードは、“ブラック・ボックス”みたいになってて、まだまだ限界じゃないみたいなんだよ」
「はぁ?意味分かんねぇよ」
翼は首を傾げる。Gに関する難しい話はゴメンだ。
「ま、要は正体がよく分からない、ってことだよ」
「・・・ああ、分かった」
「分かってないだろ?」
男性が笑うことにつられてヴィラも笑う。先ほどに比べて空気が若干軽くなった気がした。
翼たちは地中海へと向かっていく。
「おめでとう!砂漠地帯の防衛は成功に終わった!みんな、よくやってくれた!!」
「おぉっー!!」
集まった兵士たちに歓声があがる。急遽作られたGの掌の壇上で砂漠地帯の総指揮官はアルミ製のコップに入ったビールを掲げて声を上げた。
「傭兵たちに続いて反政府軍も退けた!!よくやってくれた!!」
「ふふっ・・・」
桜が気合の入っている指揮官を見て小さく笑う。後ろに居る兵士たちが指揮官の言葉に合わせて歓声を上げていた。桜の横にはビリシャと部下の青年が居る。
「姉さん!」
「え・・・?何?」
辺りが騒がしくて桜は声が聞こえづらかった。桜は彼に顔を寄せた。髪からいい香りがして、部下の青年はちょっと赤くなった。さっきよりも大きな声で部下の青年は言う。言うというよりも叫んだと言った方が近い。
「次、姉さんは異動ですよね!」
「そうだけど、今はこれよ」
そう言って桜は、アルミ製のコップを顔のところまで上げてウィンクする。久しぶりのアルコールなのか桜はなんだか嬉しそうだった。桜と一緒に部下の青年も笑う。総指揮官の演説は続く。
「今後もここは我々の領域だ!・・・気を引き締めて行くぞ!!」
「おぉっー!!」
「だが・・・今日は祝杯だ!!」
「うおぉー!!」
殆ど怒声に変わってきたような雰囲気を受けビリシャは苦笑した。
「存分に飲め!!・・・・・・乾杯だあぁ!!」
「カンパーイ!!!」
叫び声と歓声が入り混じった中で、銀色のコップが皆の頭の上に掲げられ、ぶつかる心地いい音が聞こえる。ビールやシャンパンが吹き飛んで、桜もビリシャも軍服の上からずぶ濡れになってしまった。
「あはは!」
笑顔で桜はビールを一気に飲み干した。ビリシャも同じように飲み干して、向かい合って笑う。部下の青年は未成年の為、パイロット用のスポーツドリンクを寂しく飲んでいたが、数人の兵士たちに容赦なく連れて行かれた。その光景を見て桜とビリシャは笑った。
「美山君!ラウドリー君!」
「?」
2人は名前を呼ばれて振り返った。そこには砂漠地帯の総指揮官の姿があった。彼は指揮官という立場ながら、気さくで誰からも信頼されている男だった。その顔も笑顔だった。
「君たちが“漆黒の鷹”の部隊を退けたそうだな!」
“漆黒の鷹”の名前を聞いて桜の顔から笑みが消える。だが、そんなことはお構いなしに総指揮官は続けた。
「君たちのような優秀な者が居てくれて私も嬉しいよ。それに、二人とも美人だ」
大きく笑って2人に握手を求めた。桜は笑顔でと努めたが、笑顔がぎこちない。ビリシャも桜の心情を察して小さく笑う程度に止めた。
「君たちが異動になるのは寂しいよ。優秀な者の宿命(さだめ)だな。新しい戦場でも頑張ってくれ!・・・健闘を祈ってるよ」
「はい、ありがとうございます」
桜は一礼する。それにあわせてビリシャも一礼した。空のコップを見て指揮官は言う。
「ん?まだ、あんまり飲んでないようだな。今日はたんと飲んでくれ!」
「はい」
「では、頑張ってくれ!」
そう言うと、総指揮官は兵士たちの輪の中に消えていった、それと同時に歓声が再び沸き起こる。それを2人して眺めていた。少しの間桜はそれを眺めていた時、ビリシャが桜の肩をそっと叩いた。
「桜隊長」
「ん?」
桜はビリシャの方を振り返ると、何処から持ってきたのかビールのサーバーを笑顔で抱えていた。その姿を見て桜は苦笑する。
「そんなもの、どこから持ってきたのよ」
「まあまあ、気にしないでください。飲みましょうよ!」
いつもと違う雰囲気のビリシャに今度は小さく笑った。酔っているのだろうか。
「酔ってるの?」
「へ?まだまだですよー」
「酔ってるわね。飲み過ぎないように飲むわよ」
そう言って、砂地に2人でサーバーを挟んで腰を下ろした。ビリシャが真面目な顔して言う。
「今は、“漆黒の鷹”のことも・・・あの人のことも忘れてください」
「ええ・・・」
「今だけでいいんです!・・・今の、この時間だけでいいですから、忘れて・・・一緒に飲みましょう」
ビリシャがサーバーからコップにビールを注いで、桜に渡す。桜は「ありがとう」と言ってそれを受け取った。自分の分も注ぐと、コップを差し出して笑った。
「乾杯」
「・・・乾杯」
アルミ同士が触れ合う掠れた音がしてコップの中のビールが踊った。ビールやシャンパンでずぶ濡れの2人だったが、急激に気温が落ちる砂漠の夜でも不思議と寒くなかった。心地良く感じる。
見上げると、丁度満月が照らしていた。桜はもう一度心の中で言う。
「・・・乾杯」
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