「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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35話:手のぬくもり
2機の傷だらけのGが倒れこむように格納庫へと戻ってきたのは数時間前だった。スピルスの下腹部にはブレードが刺さったままで、ウィング・グロリアスはコクピット周辺の装甲が滅茶苦茶に壊れ、コクピット内部が丸見えの状態だった。スピルスに整備の少女たちが駆け寄る。慌てて格納庫へ降りてきた貴子が通信を開く。
「翔さん!」
「俺は後でいい!先に優美ちゃんを助けてくれ!」
「・・・え?」
翔の声がスピーカーから聞こえ格納庫に響き渡った。その声を聞いた途端、皆が優美のウィング・グロリアスに駆け寄って、その姿に言葉を失った。コクピットでは優美が大量に出血し、ぐったりとしている。
「優美ちゃん!優美ちゃん!しっかりして!・・・まだ息がある・・・早く担架!早く!!」
シートベルトがカッターで切断され、優美の体がコクピットから引きずり出された。一刻も早い治療が必要だ。先に帰還していたミコが駆け寄り、ストレッチャーの上に横たわる優美に酸素マスクを付け、輸血と点滴を行う。
「早く医務室へ運んで!」
「はい!」
「それから、隊長呼んできて!」
ミコは整備班の少女たちに指示を出し、優美が乗せられたストレッチャーに付き添って医務室へと向かっていった。
「・・・ん?」
「もう気が付いたの?・・・早いわね」
ミコが呆れたように笑った。目を開けるとぼんやりとした世界が広がる。白い天井に細長い照明が2本輝いている。一度目を開けた優美はそれが眩しくて再び目を閉じた。
「ミコさん・・・」
優美が顔を横にやるとそこには包帯を取り替えているミコが居た。テキパキと包帯を交換する。そのとき優美の頭に激痛が走った。
「痛っ・・・!」
「まだ動いちゃダメよ」
「・・・はい」
ミコに言われて優美は再び天井に目をやった。2本並ぶ照明を見つめて、ふとその名前を口にする。
「レッシュ・・・」
「隊長?隊長なら無事よ。・・・一応ね」
「一応?」
優美はその言葉に引っかかった。一応と言うことはどこか悪いのだろうか。不安で一杯になりそうになる。その時、ミコがぽんっと傷口に巻かれた包帯を叩いた。
「これでいいわ」
「いたっ・・・」
「うふふ。怪我は出血が多かったけど大した事無いわ。足も腕も傷跡は残らないから安心して」
ミコが優美に向かって笑いかけた。その笑顔を見て自然と優美にも笑みが浮かぶ。ミコは顔を近づけて唇に指をあて、“ナイショ”のポーズを取って言う。
「ミニだって穿けるようになるわよ」
「・・・ありがとうございます」
「じゃあ、隊長を呼んでくるわね」
そう言ってミコは医務室を後にした。優美は部屋を見回した。ここに来るのは2回目だ。まだ意識がぼんやりとしている。あのあとどうなったのだろう。この前は貴子さんを運んで来たなぁ、とぼんやりと考えを巡らしているうちにドアが開いた。
「優美!」
「レッシュ・・・よかった」
「よかった?」
優美はレッシュの顔を見るなり泣き出してしまった。慌てて優美に駆け寄り優しくなだめる。優美はさっきミコに言われて心配でならなかった。レッシュが“一応”元気と聞かされていたからだ。その話をレッシュにすると笑われた。
「な!?笑い事じゃないですよ!・・・私、本気で心配したんだから」
「優美がこの怪我じゃ、“普通に元気”で居るわけないだろ?」
優美が赤くなって言い返した。だが、レッシュの言葉を聞くと嬉しくて更に赤くなってしまう。自分でもきっと真っ赤になっているんだろうと思って余計恥ずかしくなった。
「その前に、怪我人の優美に心配されて俺も落ちたもんだな」
「え・・・あの・・・えーと」
「あはは、冗談だよ」
包帯を巻いた頭を小突かれて、優美は苦悶の表情を浮かべる。レッシュはあたふたして謝った。
「うっ・・・」
「ああ・・・ゴメン!・・・大丈夫か?」
「うん、大したこと無いけど、まだ動いちゃダメだって」
しゃがみこむようにしていたレッシュは優美が寝ているベッドに座りなおしてもう一度と小さく謝った。その言葉に優美は笑って返す。ぼーっとしていた意識が段々と鮮明に蘇ってきた。そして、優美は自分がしてしまったこと、目の前で起きたことを思い出してしまう。堰を切ったように優美は泣き出してしまった。
「レッシュ!レッシュ!・・・私は!!」
「お、おい?優美?」
突然泣き出してしまった優美を慌ててレッシュがなだめた。優美はしゃくり上げながらある人のことを話し出した。
「この前っ・・・反・・政府軍の・・・エルトさんって人に・・あったの」
「この前?」
レッシュは首を傾げた。反政府軍の人物と接触したことがあっただろうか。
「ウィング・グロリアス・・・私と同じ機体に・・・乗ってた」
同じウィング・グロリアスと言う言葉にレッシュははっとした。あの薄い緑の機体に間違いない。エルトとは優美と同型機のウィング・グロリアスに乗っていたパイロットだろう。
「その人を・・・私!!」
優美は目を見開いてレッシュの顔を見上げた。その目からは大粒の涙が零れ落ちる。その瞳の奥ではその時の光景がフラッシュバックされていた。
「エルトさん!!エルトさん!!」
優美は必死に叫んだ。体中が痛いけど、そんなことどうでもいい。
「私は・・・世界を“変えよう”としていた。だが、世界は“変わるもの”なのだな。君のような子が、世界を“変えていく”んだ・・・」
彼は自分が持つ夢を優美に託すことにした。辛い結果だが、彼の、エルトの意思を砕いたのは優美の言葉だった。
「エルトさん!死ぬなんてダメです!!・・・生きて・・・エルトさんのしたいことを・・・」
エルトは自分を倒すことになってしまった心優しい彼女に一言言いたかった。こんな時代に生まれてしまい、こんな戦いに巻き込まれたことを。その言葉はかき消され、余計彼女を苦しめる結果になってしまった言葉だけが優美に届いた。
「・・・がとう」
「いやあああぁぁ!!!!」
「うっ・・・ううっ」
優美が震え始めた。視点が定まらない。何かブツブツと小さく言っていた。レッシュはぎゅっと優美を抱きしめて背中を、髪を優しく撫でた。
「大丈夫だ、大丈夫だから・・・な?」
優美は少しだけ落ち着きを取り戻した。ゆっくりと顔を上げてレッシュの深い緑の瞳を潤んだ黒い大きな瞳が見つめる。
「でも・・・私は!!」
「優美が戦いたくなかったら、もう戦わなくていい」
レッシュのその言葉に優美は一瞬だけ固まった。そうなってしまえばあのようなことはもう起きないだろう。でも、彼を守ることは出来なくなる。
「大丈夫・・・私は、レッシュを守りたいから」
「けど、無理はするんじゃないぞ?」
「うん・・・」
優美は再びレッシュの胸に顔を埋めた。腕が丁度耳を塞いで彼の鼓動や呼吸が良く聞こえる。それを聞くたびに優美は落ち着きを取り戻していった。
レッシュが優美の髪にそっと触れ、包帯の部分を心配そうに見ながら小さく言った。
「翔も無事だよ。優美のお陰だ」
「よかった・・・」
レッシュは優美の髪を撫でながら目線を落とした。そして優美にゆっくりと語り掛けるように言った。辛いことかもしれないが、優美には言っておかなければならない。
「優美」
「はい?」
「・・・ダメだった。もう、アイツとは」
優美はその言葉を覚悟していた。あの光景を目の当たりにすれば尚更だろう。レッシュは翼の仲間を殺した。そして、翼の仲間は翔を倒した。お互い仲間を傷つけられ、仲間を失い失い2人の溝はもう埋まらないだろう。レッシュは、翼の母艦であろうギア・ロッドを航行不能させ翼をそこに足止めはさせたが、きっと翼はまた再びレッシュの前に現れるだろう。
「悪い・・・ゴメンな」
「私に謝る必要はないです。・・・レッシュは努力したんでしょ?」
レッシュは何も言わなかった。優美はベッドに横になったまま、レッシュの手を握った。
「翼さんは・・・レッシュを倒すつもりで来るんですよね?もう、私は何も言わないから・・・レッシュの思うようにやって」
「優美・・・」
「私が何か言っちゃうと、レッシュの足かせになって・・・あなたが何にも出来なくなるから・・・私は何も言わない」
手をぎゅっと握って、優美は目を閉じた。優美は気がかりなことがあった。あの動き、“グラウンドマスター”を破壊したときの動き、あれはレッシュの動きじゃなかった。ずっと一緒に居る優美にはよく分かる。レッシュならばあんな動きはしない。きっと2人の間に何かがあったのだと思う。それのことには触れずにおこうと優美は心に置いた。
「・・・悪いな」
そっと、優美をベッドに寝かせ、毛布をかけた。レッシュは優美が眠りに付くまではそばに居ることにした。
「姉さん!・・・これ見てください」
「これ・・・“漆黒の鷹”の母艦じゃない!?」
左舷が滅茶苦茶に破壊された灰色の戦艦ギア・ロッドが放置されていた。もうすぐ地中海が見える草原地帯に大きくそびえる。ここは反政府軍の領域のはずだが、何故か防衛部隊が出てこなかったことに桜は不思議に思っていた。そして、見つけたのが“漆黒の鷹”の母艦とされる灰色のギア・ロッド、反政府軍へと脱隊したブリッツェン大佐の艦だった。
「何が起きたの?」
桜はその様子を戦艦の窓から見下ろした。ブリッツェン大佐と言えば、世界政府軍でも屈指の艦長だった。指揮力、人望共に厚かった人物だったが、突如自艦である灰色のギア・ロッドと共に姿を消した。そして、“漆黒の鷹”の母艦として世界政府軍を苦しめ続けてきた。だが、その最強クラスの戦艦が大破して放棄されている事実に桜はショックを受けていた。周りには無数のGの残骸が広がっている。
「・・・」
桜は静かにその現場を見つめるだけだった。
数時間前
「ギア・ロッドを放棄する」
「何!?」
「あの艦はもう、航行不可能だ。・・・破棄するしかない」
「・・・レッシュ!!」
翼は壁を殴った。レッシュの赤い戦闘機から放たれた強烈な光はギア・ロッドの左舷を捉えた。そして、多くの整備兵の人々が命を落とした。その中にはあの、出撃前、ヴィラと話していた整備主任も居た。
「ブリッツェンさん。・・・お願いがあります」
「何だね?」
2人のやり取りを聞いていた青年が一歩前に歩み出た。一礼して、意を決したように言う。
「リー隊長の艦を使ってください!」
「リー君の・・・ジア・エータを?いいのか?」
「はい!リー隊長も・・・きっと喜びます」
沈む空気を切り裂くように大きな音がした。翼が机を蹴り飛ばしていた。
「喜ぶ・・・だと!?死んだ人間はもう戻らねぇんだぞ!?・・・死んだら喜ぶことも出来なくなるだろうが!」
「・・・は・・・い」
「死んだら終わりなんだよ。お前が言うように、バラッドも・・・リー隊長ってやつも過去の人になっちまうじゃねぇか・・・なにもかも終わっちまうんだよ」
そう言うと翼は椅子に腰掛けた。そして俯いて、そのまま黙り込んでしまう。ブリッツェンが少し間を置いて聞きなおした。
「・・・本当にいいのだな?」
「はい・・・お願いします」
「わかった。ギア・ロッドからジア・エータへの移転作業を開始!補給完了後、“深紅の鷹”を追う!」
「了解!!」
敬礼し、青年たちは部屋を後にしていった。ブリッツェンはそっと翼の肩に手を置いた。翼は小さく震えていた。
「・・・バラッド」
「君は、嘗て誰も信じないと言っていたが・・・カールトン君はどうだった?」
突然の質問に翼は顔を上げた。俺はバラッドのことをどう思っていたのだろう。どこかで壁を作っている自分が居る。あの頃とは違う。翼は再び扉を閉じようとしていた。
「バラッドは・・・分からない。けど、大切な仲間だった・・・んだと思う」
「君は、“深紅の鷹”のエデン・チルドレンはどうするつもりなのだ?」
翼はうつむいたまま小さく答えた。続けられる質問の中に出てきた名前にピクリと反応した。仲間たちを殺した男の名前だ。そして、嘗ての友の名前でもある。
「・・・決まってるだろ。レッシュは俺が殺す。前にも言ったはずだ」
「そうか・・・。だが、彼も彼の仲間を失っているのかもしれない」
「わかってる」
翼はゆっくりと立ち上がると、その部屋をあとにしようとした。扉が開いて、出ようとした翼をブリッツェンが呼び止めた。
「何処に行くんだ?」
「・・・ヴィラのところだよ。当分戦えるのは俺ぐらいだろ。アイツには今は休んでもらわねぇとな」
「リー君の部下たちが5人付いてきてくれるだろ?」
「そいつらに、アイツを殺ることなんでできねぇよ。ハナから戦力として考えてねぇ」
背中を向けたまま冷たく言い放った翼の後ろで扉が閉まった。ブリッツェンはその後姿を見つめた後、そっと椅子に腰を下ろした。そして、大きなため息を付いた。机の上にあった資料を手に取って一枚目をめくった。そこにはシャイニングの戦闘記録が記されていた。あの異常な数値もそこの表記されている。
「まさか・・・いや、そんなことはありえん」
ブリッツェンはその資料を持って、その部屋を後にしていった。
「スピルスはダメね。もう出せないわ。・・・ウィングも修理には時間掛かるわね」
「じゃあ、今襲われたら、隊長しか動けないってこと?」
キーボードを弾きながら真琴は頭を抱えた。2機のダメージは深刻だ。スピルスはジェネレーターに損傷を負っており、ちゃんとした整備施設でないと直せない。ウィング・グロリアスも胸部の装甲が破壊されているため今すぐの修理は難しかった。クルスも真琴の横で難しい顔をしていた。
「ねぇ、真琴さん」
「ん?何?」
「優美っちの機体のコクピットハッチとかってさ、グロリアス・スーパーと共通じゃないの?」
「ちょっと違うのよね。接続部とか色々ね」
「加工すれば何とかなるんでしょ?だったら、私のグロリアスから取って使って」
クルスの突然の提案に真琴はビックリして顔を上げた。
「ちょっと!そんなことしたら、クルスの機体が!」
「いいってば。どうせ海の上じゃ飛べるのしか出れないんだから、私のがどうなっても関係ないでしょ?」
クルスが腰に手を当てて首を傾げて笑った。真琴は普通に驚く。クルスがこんな提案するとは思わなかったからだ。昔のクルスなら自分優先だったのに凄い進歩だ、と一人で感心してるとクルスが変な顔をして覗き込んできた。
「あ、今の顔どういうこと?」
「クルスも成長したんだねぇ、とね。前とは大違いじゃない?」
「私だって成長するわよ!・・・それにね、優美っち必死だもん。少しでも何とかしてあげたいし」
クルスの言葉に真琴は納得した。確かに優美はレッシュのこととなると自分を省みないところがある。それがいいところとでもあるのだが、悪いところでもある。そんな優美を少しでも助けてあげたいとクルスは思っていた。それにパイロットとしても彼女の方が腕は上だ。彼女にはどうしても戦わなければならない理由もある。
「まだ、“好き”って言ってないみたいだし」
「え?誰に?」
真琴は首を傾げた。
「もう!隊長にだよ!」
「え?誰が?」
再び真琴は首を傾げる。大きなため息を付いてクルスは言った。
「・・・優美っちが。話の流れ上、他に誰が居るのよ」
「マジで!?え?え?・・・うっそー!?」
「真琴さん・・・鈍過ぎよ」
頭を抱えて再びため息を付いたクルスの横で真琴が驚きの笑顔を浮かべている。
「へー・・・優美ちゃんって隊長好きなんだぁ・・・」
「んなことどうでもいいから、さっき言ったことちゃんとやってよね!」
「うん、うん、任せて!」
大丈夫なの?と心配するクルスをよそに、嬉しそうに忙しく動く整備班の少女たちの中に入って行く真琴の後姿をクルスは見つめていた。後で聞くと、自慢げに優美がレッシュを好きだということを皆に話した真琴だったが、どうやら知らなかったのは自分だけだったらしく恥をかいてしまったようだ。
「EVEがおかしい?・・・のですか?」
貴子はキーボードを弾くことをやめてレッシュの方に向き直った。レッシュは戦闘記録を貴子に渡す。そのディスクをコンピューターに入れて表示されたデータを見た。貴子はその数値を見て驚いた。
「これは・・・」
「ここだけ抜け落ちてる。“Linker”が強制的に解除されたんだ」
レッシュはモニターのある部分を指差した。それまで一定の出力を出し続けていたジェネレーターや反応数値が突然、戦闘中ではありえない数値にまで下がっていた。この直後、レッド・バードが暴走したように見えたようだ。
「・・・原因がわかりません。肝心のここだけログが残ってないのですからね」
「すまないな」
レッシュが少しがっかりして、その場を後にしようとすると貴子が呼び止めた。
「隊長!・・・これを見て下さい」
「ん?」
「これです」
貴子はレッシュをモニターの前まで呼んだ。レッシュがモニターの前まで来ると、キーボードを弾いて、ある映像をレッシュに見せた。その映像を見てレッシュは固まる。
「・・・おい・・・これ、俺だ」
「ええ、隊長にそっくりですが、年代が違いすぎます。今から10年近く前です」
貴子が指差した所に表示されている年代は10年ほど前のものだった。そこにはレッシュにそっくりな人物と多くの兵士たちが写された写真だった。次にモニターの隅にカーソルを合わせ、クリックして現れた画像を見てレッシュは再び驚く。
「E・V・E・・・これは!?」
「はい。これは、おそらくEVEです」
その映像に見えたのはカプセルの中で何かの液体に浸けられ、酸素マスクやたくさんのチューブに体を拘束された少女と、近くの科学者らしき人が弾くコンピューターのモニターには“EVE-project”と表示されていた。
「おい・・・これって」
「もしかすると、“生体AI”かもしれません」
「生体AI?」
レッシュが聞きなれない言葉を貴子が言った。貴子はゆっくりとそのことについて話し出した。
「嘗て、私たちが生まれる以前に行われた人体実験があったんですよ」
「人体実験!?」
「はい。人間の意識レベルでのAIへの移植を行った計画で、実験の存在自体抹消されていたんですが、伝説のようなものでずっと残っていたのですよ。触れることすら禁忌でした」
レッシュは黙り込んだ。貴子は続ける。
「それが、最近になって急に・・・」
「・・・これを何処で?」
貴子が眼鏡を直しながら、キーボードを弾いてその画像の解像度を上げた。少女の顔は分からないが、繋がれた状況はよく分かる。
「・・・このコンピューターに送られてきました。タイトルは“エデン・チルドレン”」
「エデン計画か・・・つまり、俺に関係してるってことだな」
「はい。恐らく」
貴子はその画像をモニター上から消した。レッシュは貴子にこのデータの発信源を聞いた。
「どっからだ?」
「わかりませんいくつものコンピューターを経由させているみたいです。私たちも移動してますので発見するのは難しいかと」
「そうか・・・」
レッシュはため息を付いた。そして、“無限”に言われた言葉を思い出していた。
「“F”、君の機体から2人の“アーティファクト”を感じる・・・何故だ!?」
“アーティファクト”、つまりエデン・チルドレンのことだ。“無限”はEVEをエデン・チルドレンだと言った。つまり、あの映像は生体AIになる前のエデン・チルドレンなのだろうか?
「君もまた“鍵”なのだな」
彼の言葉が頭の中で反芻されていた。レッシュは貴子にもう一度EVEのことを調べてくれるように言った。
「はい。了解です」
「・・・ヤバいデータとかあったらすぐに引き返せよ?」
「大丈夫です。任せてください」
貴子が眼鏡を上げながらにっこりとレッシュに笑いかけた。その後貴子は、「翔さんのところに行って来ます」とコンピュータールームを後にしていった。レッシュはもう一度、先ほどの映像をモニター上に開く。
「・・・誰だ・・・?」
レッシュそっくりのその男は多くの仲間たちの中で笑っていた。
コクピットに赤いランプが灯り続けている。落下Gを感じながら荒れる外の画像を見ていた。赤い世界が過ぎると眼下には白い世界が広がり、青い海が見える。
「・・・地球か」
「目的地:地中海、イオニア海エリア」
パイロットが小さく呟くとサポートコンピューターが静かに告げた。彼のカプセルの横にももう1機同じようなGが格納されたカプセルが落ちていく。落下の影響で掠れる通信が開いた。
「O、“F”を感・・・じるか?」
「・・・いや」
Oと呼ばれた白髪の青年はそっと目を閉じ開いた。その目は深い紫色をしている。Iも同じような紫の瞳の持ち主だった。髪はOより長く黒い。ヘルメットをしていて見えないが相当長いようだ。
「まあ、いい。すぐに見つかる」
「そうだな」
真っ直ぐに落ちていく2つのカプセルは雲を切り裂いて青いイオニア海へと落ちていった。
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