「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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47話:忘れられた街
「レッシュ!!」
優美はレッシュに抱きつくとその体を支えた。力なく崩れたレッシュをぎゅっと抱きしめると胸元に埋まったレッシュの頭を優しく撫でた。優美は膝をついてレッシュがそばに居ることを感じていた。レッシュの金色の髪に顔を埋めて目を閉じた。その茶色の瞳から涙が少しだけこぼれた。
「・・・よかった・・・レッシュ」
「優美・・・?俺は・・・」
「いいの!・・・もう・・・いいから、ね」
レッシュは薄れていく意識の中で優美に抱きしめられているのを感じていた。彼女の鼓動が小さく聞こえる。だが、今は体が疲れ切っているのか凄く眠かった。優美にあのことを詫びたかったが、今は無理かもしれない。
「優美・・・ごめん」
「うん、うん。・・・もういいから・・・。私も、レッシュも翼さんもみんな無事だから」
優しく語り掛ける優美を翼が小さく笑って眺めていた。真琴と翔も安堵の笑みを浮かべた。翼は歩み寄って優美の肩をぽんと叩いた。
「まあ、なんとかなったな」
「うん・・・。ありがとうございます」
優美は翼を見上げて涙で潤んだ瞳で笑顔を見せた。歯を見せて翼は笑う。
「別にかまわねぇぜ。・・・おい織地!ストレッチャーあるか?」
「・・・ん?ああ、取ってくる」
振り返って言う翼に翔は頷いた。真琴と何かを話していたようで自分の名前が呼ばれたことに少しだけ驚いたようだった。
「・・・レッシュ」
優美はもう一度レッシュを強く抱きしめると目を閉じた。レッシュは優美の腕の中で静かに寝息を立てていた。
真っ暗な世界に声が響いていた。
「・・・い!」
頭が痛い。
「おい!・・・ろ!」
誰かの声がする。男の声だろうか。聞き覚えは・・・ない。
「起きろ!!」
その声と同時に桜は目を開いた。
「・・・ったく、やっと起きたか・・・」
「ここ・・・どこ」
体を起こして辺りを見回した。薄暗いテントの中だった。ランタンの光が外の風に合わせて揺れていた。桜の寝ていた簡易ベッドの横にその男は座っていた。
「あんたは撃墜された機体の中で気絶してたんだよ。ここは、孤立地帯だ」
「え・・・?」
桜は自分の姿を見た。薄明かりの中パイロットスーツが浮かぶ。その男は頭をぽりぽり掻きながら照れくさそうに笑った。
「ウチには女性スタッフがいるんだがな、今調査に行っててあと1日戻らねぇんだ。あんたの着替えをどうしようか考えてたんだよ」
「あ・・・そう・・・悪いわね」
桜はベッドから起き上がるとそのままベッドに腰掛けた。
「さっき、あんたうなされてたからな。“レッシュ”・・・とか言って・・・」
「レッシュは!?」
その言葉に桜は飛びついた。男に掴みかかる勢いですごい剣幕で言う。
「あの後どうなったの!?」
「あの後・・・?」
男は首を傾げたが分からないという表情をした。「あっ」という表情をしてアルミのコップに入ったコーヒーをすすった。
「あの世界政府軍の部隊が全滅した、って話か?」
「全滅!?全滅って・・・詳しく聞かせて!」
迫ってくる桜に少々たじろきながら男はゆっくりと話し出した。
「通信傍受の結果だが・・・世界政府軍で“仲間割れ”が起きたらしい・・・」
「仲間割れ?」
「ああ、“味方機に攻撃を受けている”・・・とな、“白いG”らしいな」
“白いG”という言葉に桜は凍りついた。間違いない。世界政府軍の部隊だ。何か不都合が起きると味方もろとも全て破壊する。そして、危険とされた人物、パイロットを殺すのにも彼らは登場している。あの“白いG”は“漆黒の鷹”を破壊することが目的だった。それに桜の最愛の夫は巻き込まれ、“漆黒の鷹”によってその命を絶たれた。桜は力なく地面に膝を付いた。
「・・・そんな・・・」
「そこにアンノウンが現れたようだ」
「アンノウン・・・?」
男はコップを両手で持つと桜の顔を見た。その顔は思いつめた表情をしている。
「ああ、銀色の・・・なんとかつってたんだがな、ラジオジャマーで聞き取れなかった」
「銀色・・・?それはGなの?」
「ああ、多分な。ソイツが世界政府軍の“白いG”を倒したらしいな。・・・よく分からないがな」
男は一口コーヒーを飲むとため息をついた。目の前の美人は思いつめた表情で膝の上に強く手を握り締めて頭を垂れている。男はゆっくりと口を開いた。
「あんた・・・“乱れ桜”の美山少佐だろ?」
「え・・・どうして」
「あんな派手な機体に乗ってて、この美人だ。他に誰がいるんだよ」
歯を見せて笑う男に桜は苦笑した。その時息を切らせてテントに女性が入ってきた。眉の辺りで真っ直ぐに切り揃えられ、肩までの髪も切り揃えられた特徴的な髪型だった。昔の日本では“おかっぱ頭”というらしい。それを金髪碧眼の女性がやっているのに桜は多少ながら違和感を覚えた。年の頃25~6歳の女性だろうか。
「はぁはぁ・・・リーダー!お呼びですか?」
「ミラ・・・早かったな」
ミラと呼ばれたその女性は敬礼して息を整えた。
「はい、私だけ先に戻ってきました」
「早速で何なんだが、美山少佐の着替えを用意してやってくれ」
「美山少佐?あ!!失礼しました!!」
桜の姿を見て勢いよく敬礼してミラは深々と頭を下げた。桜は小さく手を上げて彼女に笑いかけた。
「あ、硬くならないでね」
「はい!あ、こちらにどうぞ」
ミラがテントから出るように促した。そこに男が桜を呼び止めた。
「美山少佐」
「はい?」
桜はテントの入り口で待つミラをジェスチャーで待たせて髪を押さえて振り返った。
「この続きは着替えて休憩してからだ。・・・それでいいな?」
「・・・ええ、いいわよ」
桜がテントから出て行ったあと、男はアルミコップに残ったコーヒーを一気に流し込んだ。
桜はテントから出ると辺りを見回した。森林地帯に鎮座した10機近くのGがいる。月明かりに照らされて鈍く輝いているように見えた。テントが立ち並び兵たちが桜のことを珍しそうな目で見ていた。そして、桜の目に自らの機体が目に入ってくる。ダメージを受け修理するのは時間が掛かるのかもしれない。他のテントより少し離れた場所に少し頑丈そうな小屋が建っていた。2重にされてあったロックを外すとミラは中に招き入れた。
「あの、私の部屋で・・・散らかっていますがどうぞ」
「悪いわね」
桜がその部屋に入ると明かりが点けられた。ドアが自動的に閉まりロックされる音が後ろから聞こえた。シンプルな部屋だった。ベッド、机、椅子が2つ、大型のトランクが2つ、それにトイレらしき扉があるだけだった。整頓された綺麗な部屋だ。何も無いという方があっているのかもしれない。
「ここじゃ女は私だけですからね」
「聞いたわ。大変でしょ?」
「いえ!リーダーは私を皆さんと対等に扱ってくれます。作戦も、普段のことも・・・。でも、生活面はどうにもなりませんから・・・リーダーが特別にこの部屋を下さったんです」
トランクを開けながらミラは背中で桜に話した。「掛けてください」と言われ桜は椅子に腰を下ろした。桜は小さく笑う。
「いいリーダーじゃない」
「はい。・・・あのこれに着替えてくれますか?」
桜に渡されたのはブラウスと世界政府軍の制服だった。スカートタイプものを机に置いた。ミラは身長の面から考えてパンツタイプだと丈が合わないと考えていたようだ。スカートだといくらか融通は利く。桜は立ち上がってパイロットスーツを脱ぎ始めた。
「あの・・・美山少佐」
「ん?」
「私、美山少佐にあこがれて軍に志願したんです・・・」
そう言うとミラは後ろ手でもじもじと何かしていた桜が首を傾げて聞く。
「なあに?」
「あの・・・サインください!!」
とミラは着替えている途中の桜に分厚い手帳とペンを差し出した。上半身だけパイロットスーツを脱いでいた桜は笑顔で手帳を受け取った。
「私なんかでいいの?」
「こんなところで逢えるなんて・・・私幸せです!!」
頬を赤らめて言うミラは笑顔を見せた。それにつられて桜も笑う。桜は手帳にサインするとミラに返した。
「ありがとうございます!」
「そこまで喜ばれると、ちょっと照れるわね」
桜は後ろを向くと着替えの続きを始めた。ミラはうっとりと手帳を眺めて時々にやついている。桜は着替えていたが、途中で動作が止まった。それに気づいてミラが声を掛けた。
「・・・どうかしましたか?」
「言い難いんだけど・・・」
「はい?」
桜は振り返るとブラウスの胸元を引っ張った。どうやらボタンがとまらないらしい。そのあと、スカートを腰のところで左右にずらして苦笑した。
「ちょっとサイズが・・・」
「あ・・・すいません!・・・どうしよう」
あたふたするミラに桜は「大丈夫よ」と言ってベルトの有無を聞いた。
「ベルトあるかしら?スカートはそれで絞ればいいし、ボタンは開けといても平気だから」
トランクからベルトを取り出すとミラは桜に手渡した。ベルトを受け取るとウエストの部分でぎゅっと絞ってスカートを止めた。普段自分が使っている部分より大分内側で使っていたことを羨ましそうに見ていた。肌も白くて胸も大きい。小さめのブラウスが余計に桜のスタイルのよさを強調していた。
「どう?大丈夫?」
「はい!・・・いいなぁ、スタイルがよくて」
今度は腰に手を当ててポーズを取っている桜の姿を見てミラはうっとりとした。自分の服を着ていることも嬉しかったが、パイロットスーツでない彼女の姿を見るのは初めてだったからだ。サイズが合わなくて少し短めの袖をちょっとまくって七分丈っぽくして、胸元を大きくはだけている白いシンプルなブラウス。体のラインが強調されている。ミラの黒いスカートを履いているが、背が高くて足の長い桜にはかなり短く見える。とても軍人には見えない。
「ちょっと・・・これはここでは刺激的かもしれないけど」
桜は笑って胸の谷間を指差した。それにミラも笑う。
「襲われちゃったりして」
「その時はぶっ飛ばすわ」
桜は拳を作ってボクシングのふりをした。最後に足を大きく蹴り上げてふふっと笑った。彼女はミラが聞いていた通りの人のようだ。高い階級にいながら気さくで飾らない人だ。桜は椅子に腰掛けると素足を指差した。
「ねぇ、ヒールとかある?さすがに裸足じゃ無理だから」
「あ、はい!そうですね・・・サイズはいくつですか?」
ぽんと手を叩いてもうひとつのトランクをミラは開けた。いくつかの靴の箱が見える。
「24.5よ。ある?」
「あの、24でいいですか?」
申し訳なさそうに言う彼女に桜はすぐに頷いた。これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
「ええ、それでいいわ。・・・色々迷惑掛けてごめんね」
桜はミラに黒のヒールを渡されて彼女に小さく謝った。ミラは大きく左右に首を振った。
「迷惑だなんて・・・」
その時こんこんとドアが叩かれた。
「ミラ?美山少佐?いるか?」
「あ、はい!」
ミラが扉のところに小走りで駆けていく。扉の向こうではさっきの男の声がしていた。
「今日はもう遅いから話は明日にするぞ!・・・いいか?」
「・・・と言ってますけど?」
「ええ、いいわよ」
桜が言うとそれをミラが伝えた。
「いいそうですよ」
「今日はゆっくり休め。明日は早いからな、おやすみ」
「はい!お疲れ様です!おやすみなさい!」
扉に向かってぺこりとお辞儀するミラを見て桜は笑った。笑われてミラは赤くなった。
「見えてないじゃない?」
「だって、何か癖で・・・美山少佐も無いですか?」
部屋の隅に小さな机に向かうとそこにあった、トレイに乗った2つのコップとポット、ハーブティーセットと小さなストーブを持って机を挟んで桜の正面に腰掛けた。
「桜でいいわよ」
「え、あの・・・」
「いいのよ。今は作戦中でもなんでもないんだから」
桜はミラに笑いかけた。ポットをストーブに掛けて火をつけた。照れているのか、ポットと炎の向こう側でミラはもじもじしている。
「じゃあ・・・桜さんで」
「ヨロシク!・・・って、自己紹介まだだったわね」
桜は足を組んで机に手を置いてあごを乗せた。もう片方の手で軽くウェーブが掛かったロングヘアをかきあげた。
「私は美山桜。23歳のAB型よ。日本の京都の出身よ」
「キョートですか!?“オテラ”が一杯ある」
手をぱちんと叩いて言うミラに桜は「そうよ」と笑った。「いいですね」と笑うミラに桜は首を横に傾げて言った。
「あなたは?」
「あ、私はミラ・ハシェスです。21歳、デンマークエリアの出身です」
「え・・・21なの?」
桜は手に顎を乗せるのをやめて驚いた表情を見せた。
「あ・・・はい」
「てっきり年上かと思っちゃった」
笑う桜にミラはポットの蓋を持ち上げて中を確認しながら言う。
「私は桜さんが羨ましいです。・・・美人で、スタイル抜群で、カッコよくて、強くて・・・その上23歳で少佐だなんて・・・私からすれば神みたいな人ですよ」
「おおげさよ。私はそんなにすごい人間じゃないわ」
桜が苦笑したときポットから沸騰したお湯があふれ出した。ミラはストーブの火を止めると、ティーパックをアルミのコップに1つずつ入れて、ハーブを落とした。そこに沸騰したお湯をそっと注ぐ。
「ハーブティー?」
「リラックスできるんですよ」
そう言うとミラはアルミのコップを桜に差し出した。ほんのりといい香りが立ち込める。桜は顔を近づけて香りを嗅ぐと甘い香りが心を落ち着かせた。
「いい香り」
2人は静かにハーブティーを飲んだ。そして2人同時にため息をついた。顔を見合わせて2人して笑う。
「ふふっ」
「あはっ」
2人はいろんな話をした。
とても戦争やっていると思えない時間がある。
例えばこんなひと時。
こんな時間こそ大切だと思う。
はっきり言えば、戦争をやっていること事態おかしなことだ。間違っている。
桜やミラの年頃なら、
恋して、
仕事して、
若さに任せて夜中まで遊んで、
飲み歩いて・・・楽しい時期のはずだ。
それが全て崩壊するのが戦争。今、その渦中にいる。
話の方向性が好きなタイプとなったとき、桜の声のトーンが変わった。
「愛する夫も、仲間も守れなかった・・・」
沈痛な表情を見せた桜を見てミラは彼女のことを好奇心でこれ以上穿り返すのをやめた。彼女をベッドに促したが、桜は首を縦に振らなかった。ブラウスとスカートを脱いで椅子に掛けると、桜は下着姿のままベッドの横にシュラフを出してそこに潜り込んだ。ランタンの火を消し、ベッドに入るとミラが小さく謝った。
「ごめんなさい・・・」
「いいのよ。忘れて」
「でも・・・旦那さんのことは」
暗闇の中2人の声だけが響く。外では遠くの方でGを修理する音が聞こえている以外も虫の声が聞こえた。
「今は戦争なの。・・・私もいつ死ぬか分からない。だから、精一杯・・・生きるの。生きて・・・彼を殺す・・・」
「え?」
最後の方が聞き取れなくてミラは体を起こした。桜が寝ている方を見ると、窓から差し込む月明かりがうっすらと彼女の茶色い髪を映し出していた。
「桜さん?」
ミラがもう一度桜に声をかけたが桜からは返事が返ってこなかった。
「寝たんだ・・・」
毛布を深く被ってミラも眠りについた。が、最後に桜が言っていたことが気になってなかなか寝付くことが出来なかった。
「彼を・・・殺すって聞こえたけど・・・“彼”って誰・・・?」
そう考えているうちにミラにも眠気が襲い、深い眠りに落ちていった。
「孤立地帯?」
「はい、コルシカ島の北側の大陸エリアは周りを傭兵部隊に囲まれているらしいんです」
「ここは“無限”が世界政府軍の基地があったところを1人壊滅させたんだろ?」
翼が腕を組んで友子に言った。薄暗いジア・エータのブリッジには2人しかいない。モニターの明かりが2人の姿を照らしていた。
「壊滅・・・という言い方はアレですが・・・クーパーさんの基地として機能していたことは確かです」
「“J”は護衛が済んだら行っちまったし、優美の機体は修理に時間かかるし、マトモに動けんのはレッド・バードとBBぐらいか?」
友子がモニターを指差して説明した。ここはリッジが以前言っていた“鍵”を集めている場所だった。Gパイロットは数名しかいないが皆優秀だ。反政府軍や世界政府軍、傭兵とその出所もバラバラだった。だが、圧倒的に多いのは技術者たちだった。日々“白いG”たちについて研究し、その対策を練っている。独自の武器も多数開発していた。
「で、孤立地帯のことですが・・・」
「ああ・・・悪いな。教えてくれ」
「はい。コルシカ島を追われた世界政府軍の部隊は海を挟んだ大陸の街に移りました。でも、ヨーロッパの傭兵は強者ばかりです。ましてや、傭兵に対し圧力をかけた世界政府軍を目の仇にしている傭兵も少なくありません」
キーボードを弾くと世界政府軍のヨーロッパにおける勢力圏が表示され、その円が一気に狭くなってコルシカ島の対岸の街だけになった。
「要はアイツ等が墜ちるのは時間の問題って訳か」
「それが・・・ここ3ヶ月以上ずっと耐えているんです。しかも、世界政府軍からの支援を打ち切られてます。もう、“廃棄”されているはずなんです」
「マジか!?・・・見捨てられて街なんだろ・・・どーなってんだ」
翼は友子に驚いた表情を見せた。友子は首を傾げた。
「それがよく分からないんです・・・ゲリラ戦法で傭兵のGを撃破しているようなんですが・・・恐らく地形を利用しているんでしょう。住民は殆どいませんから市街地のビル街で戦闘が行われているようです」
そして友子はいくつかの写真をモニターに表示した。食い入るように見ていた翼はにやりと笑う。
「・・・なるほどな。上空には対空ミサイル、センサー、バリアか」
「え・・・?」
「ビルにはG捕獲ネット、レーザーカッター・・・こりゃトラップだらけの迷宮だな」
翼はモニターから顔を離すと大きく背伸びをした。友子はたったこれだけの画像を見てそこまで見抜いた翼に感心した。伊達に“漆黒の鷹”ではない。こういう部分のセンスはレッシュに匹敵するかそれ以上なのかもしれない。翼はにやりと笑う。
「で、どーすんだ?潰すのか?」
「いえ、私たちはノルウェー、北極圏、アラスカを経由して南下、ハワイ、太平洋諸島を経てオーストラリアに行かなくてはなりませんから」
友子がモニターのスイッチを切ると辺りは闇に包まれる。足元に小さな光があるだけだ。その時、翼がマグライトを点けた。その優しさに少しだけ胸の鼓動が早くなった。やはり、前評判だけ聞いていた友子たちは翼のことを怖い人間としか見えなかった。そういうことをされると逆に何かあるのではないのか、と考えてしまう。本当にレッシュや優美が言うように優しい人間なのだろうか。
「暗いから気ぃつけろよ」
「あ、ありがとうございます」
通路まで出るとそこは明るかった。翼はライトを仕舞うと友子に手を上げて言った。
「じゃあ、俺は寝るぜ」
「はい、おやすみなさい」
「・・・狭いとこで悪いな」
翼が付け加えるように言った。静かな通路からは物音ひとつしない。
「いえ・・・レイザーはもっと狭かったですから」
「でも、2人部屋4人部屋で1人の時間が無いからな」
「・・・ですね」
確かに友子はシェリーと貴子の3人部屋だ。前はシェリーと2人だったため少しだけ圧迫感を感じる。貴子が一緒なのは悪くはないのだが、如何せんプライベートな時間が減ったのは事実だ。友子が少しだけ沈んでいると、翼が突然顔を寄せてきた。何事かと思いまた鼓動が早くなったのを感じる。
「優美には嬉しいかもな。レッシュと一緒でよ」
「あ・・・そうですね」
特別にレッシュと優美は同じ部屋に割り振られていた。最初部屋割りが発表されたときに優美の慌てようは見ていて面白かった。手に持っているもの全部落として、それを拾おうとして、バランスを崩し、ミニスカート全開で転んでいた。レッシュに助けられて余計赤くなっていたのが脳裏に浮かんだ。その時の光景を思い出して翼が歯を見せていたずらっぽく笑った。それにつられた友子も笑う。何を言われるかドキドキした自分がちょっと恥かしかった。何を期待してたのだろう。
「普通は男女一緒はダメなんだけどな。・・・レッシュも優美もどっちもいなくちゃ、始まらねぇんだよ」
「ですね」
「ってく、あいつ等真面目すぎるんだよ・・・。こないだ部屋見たけど完璧に仕切りやがって、アレじゃ意味ないんだよ、なあ?」
翼は腕を組んで頭を垂れた。大きなため息をついて友子を見下ろした。
「ええ」
「じゃあ、俺はこっちだから」
そう言うと今度はホントに「おやすみ」と言って翼は居住区のパイロットブロックへと歩いていった。その後姿を見つめた後、友子は居住区には行かずにコンピュータールームに向かう。扉を開くと手際よくコンピューターを立ち上げた。モニターには“経過報告”と表示されていた。
「・・・これで」
暗闇の中に浮かぶモニターが照らす友子の顔はどことなくよどんで見えた。
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