「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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56話:TEARS
「綺麗な機体ね」
その白い機体は赤いスピルスの横で歩みを止めた。
「行っていいわよ」
「え?」
エリーゼに言われて優美は振り返った。にっこり笑って背中を押す。
「早く会いに行ったら?会いたくて仕方が無いんでしょ?」
「・・・はい」
少し頬を赤らめて優美は頷くとコクピットを飛び出して行った。コクピットから飛び降りた白のミニのワンピースを着た金髪の少女を見て、真琴は優美であることに気づいた。
「え!?優美ちゃん!?」
雰囲気が変わった優美を見て真琴は驚いた。優美は他のものには目もくれずに一直線にレッド・バードへと走っていく。ちょうどレッド・バードのコクピットが開いてレッシュが降りてきたところだった。優美は思いっきり彼の名前を呼んだ。
「レッシュ!!」
「優美!」
その声に反応してレッシュは振り返った。こっちに走ってくる白いワンピースの金髪の少女が居る。髪の色が変わっているがすぐに彼女だと分かった。レッシュはゴンドラから飛び降りると走ってきた優美を抱きしめた。優美はレッシュの胸に飛び込む。優美の体は汗でしっとりと濡れて冷たかった。お互い目を閉じて再会の余韻に浸った。優美が小さく呟く。
「・・・ごめんね」
その言葉を聞いてレッシュは優美の髪を撫でた。
「もういい・・・優美が生きてただけで十分だ」
そう言ってお互い体を離してお互いの顔を見たレッシュは優美の顔を見て驚いた。目の色が変わっている。透き通るような深い緑だった。
「その目・・・」
レッシュは優美の左目の下の頬をそっと撫でた。くすぐったそうにして優美は笑う。
「私も・・・“力”を手に入れたの。・・・今日からはレッシュと“同じ”だよ」
「同じ・・・」
次にレッシュは優美の髪に触れる。髪の色もまた透き通った金色になっていた。優美のおでこに張り付いた髪を払うとその透き通った深い緑の目が真っ直ぐこっちを見ている。「あっ」と優美はレッシュの頬の腫れと唇が切れていることに気づいた。
「これ・・・」
「ああ・・・タカに殴られたんだよ」
「ええ!?」
今にも泣き出しそうな顔に優美はなる。そっと頬に触れる優美にレッシュは微笑みかけた。
「自業自得さ。・・・あいつに“優美なら生きてる”って言われたんだよ。お前が信じなくてどうする、って」
「後で怒っとく」
小さく笑って優美は少しふくれた。2人して笑いながらレッシュは照れる。優美は途中になった話の続きを始めた。また、真っ直ぐレッシュを優美は見つめた。
「私もね、レッシュと同じ“イクシーダー”になったの」
「そんな・・・優美が・・・」
悲しげな表情を浮かべたレッシュに首を横に振って優しく優美は言った。
「悲しいことじゃないよ。これで私もレッシュと同じになったんだから、レッシュの苦しみも、この“力”のことも・・・分かち合うことができる」
そう言って優美は笑顔を見せた。
「私が望んだことだもん。レッシュを守りたかったから・・・。エリーゼさんが私にはその力があるって」
「そっか・・・優美がそう思うならそれでもいい」
そう言うとレッシュはもう一度優美を抱きしめた。ブラック・バードから降りてきた翼は腕を組んでそれを見ていた。その横では手錠掛けられた桜もその様子を見ていた。翼がボソボソと何か言っている。
「キスだ!キス!・・・あー・・・くそー、キスぐらいしろって・・・」
大きなため息をついた翼の横で桜が悲しげな表情を浮かべる。やはりレッシュの横には必ず優美がいる。2人の間に隙間なんて無い。ちょうど、レッシュと優美の体が離れて、その周りに整備士たちが集まり始めていた。
「あ!ホントに優美ちゃんだ!」
「はい!」
笑顔を見せる優美に整備士の女性は髪を触る。
「あれ?いつ染めたの?・・・それカラコン?」
「あ・・・髪は色が変わっちゃったんです。目は・・・私もレッシュと同じになったから」
別の女性が疑問を重ねた。
「ヴィレドル隊長と同じって・・・優美ちゃんも“エデン・チルドレン”?」
「そんなわけ無いでしょ!・・・って、何で目も変わったの?」
その女性に突っ込みを入れた女性も優美の目を覗き込んだ。綺麗な色をしている。真琴がその2人の肩を叩いた。
「はいはい、終了!優美ちゃんは隊長と2人っきりになりたいのよね?・・・ね、優美ちゃん?」
「え、いや・・・そんなこと」
赤くなって照れる優美を強引にレッシュに引っ付けるとレッシュに向かって言った。
「休ませてあげて」
「ああ」
レッシュはこくりと頷いた。「あっ」という顔をして優美の肩を叩く。
「あの機体は整備していいの?」
「え・・・さぁ?」
首を傾げる優美に真琴は驚いた表情を見せる。自分の機体の事だというのに。真琴の後ろから声がした。
「私が面倒見るわ。優美は休んでて」
「あ、はい」
そう言うと真琴はレッシュと優美を輪の中から押し出した。2人は並んで居住区の方へ向かって行く。真琴は振り返るとエリーゼと向き直った。
「で、あんた誰?」
「私はエリーゼ・トヨタよ。あの“シルバリアス”は私が作った機体なの」
エリーゼが振り返ると真琴を含めた整備士が一斉にその純白の機体を見た。真琴は感嘆の声を上げた。
「へぇ・・・すごいわね・・・って、今トヨタって・・・」
「ええ、言ったわ。先に言うけど、ルス・トヨタの娘よ」
そう言ったエリーゼに真琴とそこにいた全員が驚いた。
「・・・マジ?」
桜はまず医務室に連れて行かれた。女性が1人男性が1人前後を固めている。ドアを開くと男性は中に入ってこなかった。女性はカーテンを開けるとそこには1人の白衣を着た女性が椅子に座っていた。桜の恰好を見て驚いた。
「な!・・・泥だらけじゃない!・・・治療はあとよ!先にシャワー浴びなさい!」
「え・・・」
白衣の女性は席を立つと桜を引っ張って中へ部屋の奥へ進んでいく。そこにはシャワールームがあった。桜をそこで待つように言うと、白衣の女性はさっきの女性に手錠の鍵を取りに戻っていった。桜は辺りを見回した。清潔感のある白で統一されている。横にはタオルの山と洗面台、洗面台は薄いブルーだった。そのコントラストが優美の機体を思い起こさせる。すぐに彼女は戻ってきた。手錠を外すとシャワールームに押し込んだ。
「はい、さっさと泥を落とす!・・・せっかくの美人が台無しよ」
「・・・ええ」
後ろでドアが閉まって桜はため息をついた。その瞬間忘れていた痛みが胸に走って桜は唸った。そこに触れないように、足にも注意しながらそっとパイロットスーツを脱いだ。パイロットスーツの中も汗や雨でぐっしょりと濡れ、砂粒も混じっている。桜は薄いピンクの下着を外してかごに入れた。中に入ってスイッチを入れ、蛇口を捻った。心地よい暖かさのシャワーが桜を包んだ。
シャワーから上がって、下着を着けていると、ドアを白衣の女性がノックした。
「はい?」
ドアが開くと薄いブルーTシャツに横に黒いラインの入ったジャージのショートパンツのようなものを渡される。
「これに着替えて」
「・・・わかりました」
桜はそれを受け取ると袖を通した。今まできつく締まったパイロットスーツだった為、かなりの開放感を覚えた。用意されたサンダルを履いて診察室に入っていった。横になるように彼女は言った。肋骨を触って桜は顔を歪める。
「っ・・・」
「ヒビだねぇ。折れては居ないわ。・・・とりあえず、治療はするけどしばらくは痛むかもね」
「はい」
素直に桜は頷いた。ついで腫れている右足を見た。触られるとやはり痛い。
「まあ、捻挫でしょ。・・・シップ貼って、包帯巻くしかないわ。・・・肋骨イってるんだから、絶対安静よ!絶対!・・・暴れちゃダメ」
「・・・はい」
「それから・・・」
桜の髪を掻き揚げておでこを見た。髪の生え際が小さく切れていた。ため息をつくと消毒して絆創膏を貼った。治療中彼女は何も言わなかった。治療中に分かったが左手の小指がつき指していることが分かった。全身ボロボロの桜に白衣の女性は半ば呆れた顔をしていた。桜も黙ったままだった。治療が終わって女性は口を開いた。
「あなたが“乱れ桜”なのね」
「ええ・・・」
桜は小さく頷いた。「ふーん」と言って女性は椅子に座った。
「これから捕虜になるのよね・・・詳しい話は知らないけど、あなた何かしたの?」
「ええ・・・まあ」
女性は桜に包帯とシップを手渡した。
「そう。まあ、いいわ。これ、換えのシップと包帯。胸が痛むようだったら、看守の人に言って」
「はい」
「もう連れてっていいわよ」
受話器をとってボタンを押すと彼女はそう言った。と同時にさっきの女性が入ってくる。
「手錠をはめてください」
桜はゆっくりと両手を差し出した。
ひんやりとした格子の部屋。コンクリートうちっぱなしで、トイレとベッドがある。冷たいコンクリートの床を素足で歩いて桜はベッドと反対側に腰を下ろした。膝を抱えて目を閉じる。背中にもひんやりとしたコンクリートの感触が薄いシャツから、ジャージとシャツの間の背中からその冷たさが伝わってくる。桜は後ろのポケットから濡れてしわくちゃになって、泥だらけになった写真を取り出した。その汚れた写真を見つめたあと、桜は天井を見上げた。まだ胸が少し痛む。
「あなた・・・」
前髪が掛かった瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
優美が姿を見せると真っ先にクルスが飛んできて優美に抱きついた。クルスは優美が生きていたこと喜んで泣き出してしまう。
「よかったっ・・・あたし・・・あたしっ・・・」
「大丈夫。ちゃんといるよ」
クルスの頭を撫でて優美は優しく語りかけた。突然クルスが泣くのをやめた。ボソリと呟く。
「優美っち・・・汗臭い」
「え?」
クルスが顔を離すと優美はワンピースの肩口を掴んだ。確かに汗臭い。コクピットであれだけ汗をかいていれば仕方が無い。優美は苦笑いをした。
「あはは・・・」
「優美ちゃん」
クルスの横に包帯で腕を吊り下げたミコが歩いてきた。額にも大きな絆創膏が貼られていた。心配そうに優美が見つめる。
「大丈夫なんですか?」
「あ、まあね。ていうか、あなたの方が無事?って話よ。でも、無事でよかったわ」
そう言ってミコは優美の頭を2回軽く叩いた。クルスは優美の顔を見た。雰囲気が違っていることに気づく。
「あ、優美っち髪ブリーチした?・・・それに目・・・」
まだ湿った優美の金の髪を触るとクルスは優美の目を覗き込んできた。顔同士が触れるギリギリまで近づいて来た。クルスが覗き込んだ優美の瞳はどこまでも透き通って見える。深い緑色に吸い込まれそうになった。あまりにも顔を近づけた為、優美は少し照れた。
「ううん、私ね“イクシーダー”になったの」
首を振って言う優美にクルスは首を傾げた。眉間にしわを寄せクルスは唸った。横ではミコが吹きそうになっている。
「いく・・・じだ?・・・ごめん、私に分かるように説明して」
「えーっとね・・・“エデン・チルドレン”ってわかる?」
優美は頬に手を当てて視線を上に移した。自分でもうまく説明できるかわからない。
「それくらいは・・・って、優美っちって“エデン・チルドレン”なの!?」
「違うでしょ!」
振り下ろされたチョップがクルスの頭頂部を直撃した。
「痛っ!」
「何でそうなるのよ」
ミコに突っ込まれてクルスは頭を押さえた。まあ、考えてみればそんなはずは無い。優美は苦笑しながら説明を続けた。クルスは頭をさすりながらミコを睨んでいた。
「“エデン・チルドレン”みたいな能力者を“イクシーダー”って呼ぶの。・・・それでね、私の場合は、外部影響を受けて“イクシーダー”になったの。・・・えーっと」
説明が詰まった優美にレッシュが助け舟を出した。
「まあ、早い話が超能力者だな」
「・・・なるほど」
頷くクルスにミコは疑いの眼差しを送った。
「ホントにわかってる?」
「わかってるって!」
そう言うとクルスは優美にそっと耳打ちをした。
「あとでちゃんと教えて」
「ふふっ・・・うん」
優美は笑って答えた。「ん?」という表情をしてレッシュが優美に聞いた。
「なぁ」
「うん?」
「外部影響ってなんだ?」
突然言われたことに優美は赤くなった。「レッシュが原因」とは恥ずかしくて言えない。視線をキョロキョロさせて何か別のことに話題を変えようとした。その時部屋に一人の男性が入ってきた。レッシュの姿を見つけると歩み寄ってきた。ジャックだった。
「ここにいたのか・・・。レッシュ、ちょっと話があるんだが」
「何ですか?」
そう言って近くまで歩いてきたジャックはレッシュの横にいた少女を見て驚いた。
「君は・・・」
「え?」
優美は小さく首を傾げた。髪の色が違うがあの少女に間違いは無い。それに深い緑の瞳。きっと彼女もリッジと同じ“イクシーダー”なのだろう。戦った瞬間分かっていた。思った以上に幼くてジャックは更に驚いた。
「君が・・・優美か?」
「え?あ、はい」
そう言って優美はまた首を傾げた。知らない男の人が自分のことを見て驚いている。優美は自分の記憶をフル稼働させて彼のことを思い出そうとした。
「分からないのも無理は無い・・・」
そこまで言って優美ははっとした。聞き覚えのある声だった。そう、あの時自らの手で命を奪ったと思っていた人だった。分かり合えた思っていたが彼を殺してしまった。俯いた優美の目から涙がこぼれた。
「エルト・・・さん・・・」
「ああ、覚えていたのか・・・
「忘れるわけありません!!・・・私が・・・」
「だが、その名前は私の本当の名前ではない」
「え?」
優美は顔を上げるとジャックの顔を見た。頬に涙が伝う。
「改めて自己紹介をしよう。・・・私はジャック・リーだ」
「私は・・・樹村優美です」
手を差し出してきたジャックに優美は涙を拭って握手を交わした。そして、その右手の感触が冷たく機械の義手であることに優美は気づいた。また優美の目から涙が流れ落ちる。
「ごめんなさい!私は・・・あなたを傷つけて・・・殺したと・・・。それにこの手・・・私のせいで・・・ごめんなさい・・・」
嗚咽交じりに言う優美にジャックは優しく言った。
「君のせいではない。あの時は、私と君が敵同士だったという話・・・それだけだ」
「でもっ・・・」
その深い緑の瞳を大きく開いて悲しげな表情を浮かべる。ジャックは視線を優美と合わせると彼女の肩を叩いた。
「私は君と戦うためにここにいる。君達の作る世界を私は信じたい」
「ごめんなさい・・・」
「謝らなくてもいい」
泣き続ける優美にそう言ったジャックだったが、きっと彼女はこれからもずっと気にし続け、謝ることをやめないだろう。
「私にできることがあるなら・・・なんでもします・・・だからっ!」
「じゃあ・・・」
そう言うとジャックは立ち上がると優美の横に立った。レッシュの顔を見て優美の顔を見た。
「何でもか・・・では、私のことはもう気にしないでくれ。私は気にしてはいないからな」
「そんな・・・」
「何でもするっていっただろ?・・・だから、私のことは気にしないでいい。普通に接してくれ」
優美は首を振って俯いた。そんなのは自分が許せない。何か償いをしなければ優美の気がおさまらなかった。真っ直ぐ訴えかけるような視線を感じてジャックは唸った。と、ジャックに“いい案”が浮かんだ。
「そうだな・・・。では、レッシュと“仲良く”やってくれ」
「え!?な、なに・・・」
「ん?」
突然自分の名前が話に出てきてレッシュは首を傾げた。横で優美は真っ赤になっている。
「あの時言ってただろ?“彼が全て”だ・・・・」
「あーあーあー!!!」
ジャックの言葉を遮って優美は大声を上げた。その声に沈痛な表情を浮かべていたミコもクルスも驚いた。意地悪な提案に優美は真っ赤になったまま頬を膨らませた。
「そんなの卑怯ですよっ!」
「今、君は自分にできることは、と言ったからな。幸せになってもらわなくては困る」
「だ、だからって・・・」
これ以上どれだけ言っても墓穴を掘りそうだったので優美は押し黙った。さっきまでの重たい空気が晴れて少し、優美はすっきりした気分になった。ジャックは苦笑する。
「本当に名前の通りだな」
「あ・・・」
「いいか?これ以上気にするなら、私も考えがあるからな」
小さく笑いながら言うジャックは優美に耳打ちした。何を言われたかは知らないが、また赤くなって、優美はちらりとレッシュを見た。ジャックは確認する。
「いいな?」
「は、はい!」
姿勢を正した優美は部屋を出て行こうとするジャックの後姿を見ていた。そんなジャックをレッシュが呼び止めた。
「あ、ジャックさん。話ってなんですか?」
「ああ、そうだな・・・。まあ、今度でもいい」
「はぁ・・・」
顔だけ振り返って手を上げたジャックにレッシュはため息をついた。そう言って部屋を出て行こうとして出口で立ち止まった。振り返ると一言だけ言ってジャックは部屋を出て行った。
「彼を大切にな」
「はい」
前にも同じことを言われたが、今度は優美は頷いただけだった。
そう、恥ずかしがることなんてない。
私は彼が好き。
大好き。
世界の誰よりも大好きで、大切な人。
失いたくない。
だから、守りたい。
守っていきたい。
この力はそのための力。
思い出したように優美はレッシュに向き直るとはにかみながら言った。まだ言ってなかった言葉がある。
「レッシュ」
「ん?」
「・・・ただいまっ」
レッシュは笑顔を見せた。
「おかえり」
優美はその言葉を聞いて一番の笑顔を見せた。
右目から涙が一筋こぼれた。
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