waiting for the changes

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67話:HANDSHAKE


深い緑のレインコートを着た兵士が鉄製の防弾ヘルメットを持ち上げ空を見た。
空は薄暗く灰色の重たい世界が広がっている。
激しく雨が叩きつけ、世界がより一層暗く見えた。
歴史的な価値のある古い町並みが無残に壊れている。
兵士は真っ直ぐ“ビッグベン”を見た。そこに至るまでの街並みがまるで、何かが通り過ぎたように建物が破壊され、“道”が出来ていた。その真ん中にはブレードが突き刺さったままの白いGが建物に打ち付けられていた。
「隊長!」
「・・・報告書か」
雨に濡れてもいいようにビニールを掛けてあるクリップボードを受け取ると、ポケットに入れていたマグライトでそれ照らした。目を覆いたくなるような報告がそこにはあった。兵士は顔を上げた。雨が降りしきっている。
「作業用のヒューマノイドはまだか?」
「はっ!先に味方機の回収を優先しています」
「わかった。下がっていいぞ」
兵士は敬礼をするとその場を後にしていった。“白いG”の周りでは同じような格好をした兵士達が作業に追われていた。
「・・・あいつらがいたから“この程度”で済んだのかもな」
壊れた建物から雨水が滝のように流れ落ちている。
近くで瓦礫が小さく崩落していた。

もう一度、雨粒の落ちてくる暗い空を見上げた。


ヴィクトリアがゆっくりと元の場所へと戻ってきた。司令室では再び歓声が上がる。司令官は横に居たオペレーターたちと固く握手を交わした。サブスクリーンにブリッツェンの顔が映った。
「ブリッツェン艦長!・・・お疲れ様です。ありがとうございます」
「いや・・・これでよかったのか?」
「はい」
司令官は帽子を取って目を伏せた。一呼吸置いて顔を上げた。
「とりあえず、こちらまで来てください」
「ああ、わかった」
サブモニターからブリッツェンの顔が消えた。まだ、司令室は沸きかえっている。


「貴子さん!」
「あたっ!」
背中を叩かれ、貴子はよろめいてその方向を見た。クルスが満面の笑みをたたえていた。
「すごかったですね!ね、ミコ!」
「そうね。・・・どこで習ったのよ、ホント」
肩を上げて冗談っぽく言うクルスに貴子は小さく笑った。2人の後ろで翔がこっちを見て笑ったの見るとなんだか恥ずかしくなって貴子は赤くなって目を逸らした。
「Yeah!」
「い、いえーい?」
突然シェリーにハイタッチされてミラはあたふたしながらそれに答えた。シェリーは飛び切りの笑顔を見せた。さっきの操舵するときの真剣な顔つきとのギャップにミラは少々とまどった。そのあと2人はしっかりと握手を交わした。
「よくやったな」
「いえ・・・」
ブリッツェンも友子も握手を交わした。


機体の回収や、事後処理などが終わった時はもう夜の12時を回っていた。リドが報告書を司令官の部屋に持ってきた。
「では、報告してくれ」
「はい」
リドは報告書をめくった。
「被害状況は先ほど伝えた通りです」
司令官も同じ資料を見ていた。「次に行きます」と言って資料をめくるようにリドは促した。
「続きましては、Gの報告です」
「・・・一言で言うとどうだ?」
司令官は顔を上げる。リドはひとつ間を置いて答えた。
「・・・悪いです」
その言葉に司令官は黙り込んでしまう。リドはゆっくりと続けた。
「先ずは既存戦力から報告します。MK-2部隊の新藤、神崎、フェイル、ジュリオルドの報告です。新藤機の損傷は軽微です。神崎機は脚部、腕部及びコクピットの損傷。パイロットは重傷ですが命に別状はありません。ジュリオルド機は、パイロットは無傷ですが、機体はフレームにダメージを受けており、破棄されることが決定しました。フェイル機ですが、同じく損傷は他の機に比べて軽微です」
そこまで読み上げるとリドは顔を上げた。司令官の顔は険しいままだ。リドは続けた。
「“シルバー・ゴースト”は機体の損傷はなし、パイロットの“J”が重症です」
「何?」
意味が分からない。機体は無傷でパイロットが重症とはありえないことだった。リドはその理由を説明してくれた。
「“エデン・チルドレン”との接触によって何らかの影響を受けたとのことです」
「そうか・・・」
司令官は紙をめくった。そこにはレッド・バードなどのことが書かれていた。
「次は、“彼ら”の報告です」
「うむ」
「レッド・バードはウィングとブレードにダメージ。スピルスは損傷なし。・・・あ、ライフルが欠損しました」
そこまで言ってリドは言葉を詰まらせた。司令官は顔を上げた。

「ブラック・バード・・・“漆黒の鷹”は“ジェネレーター・ショック”により大破。パイロットは奇跡的に一命を取り留めました」

そこまで報告してリドは「以上です」と言った。


格納庫に戻ってきた桜は銃を突きつけられる“歓迎”を受けた。
コクピットを開けるとそこには既に兵士が銃を突きつけていた。
桜は両手を頭の後ろで組んだ。
整備兵がMK-0を見上げて「あー・・・」とため息を付いていた。
申し訳ないと思いながら桜はその場をあとにした。
そのまま司令室へ連れてこられた。
「ここは?」
「静かにしろ!」
扉が開くと、近くに居た兵士達の視線が一斉にこちらに向いた。頭の後ろで手を組んだままの桜のちらりと見えているおへそに兵士の視線が行っていた。桜は呆れたように言う。
「どこ見てんのよ?」
桜に言われ、何事も無かったようにそっぽを向いた兵士に桜はため息を付いた。その中で司令官らしき人の前に桜は連れて行かれた。
「コイツが“ゼロ”に乗って暴走したヤツです」
「ふむ・・・そうか」
兵士から資料を受け取ると司令官は目を通した。そこに述べられている“罪状”を司令官は読み上げた。
「命令無視、機体の無断使用及び使用機体の破損、命令外戦闘、ハッチ破壊・・・軍籍の破棄・・・捕虜の身分でありながらの行動・・・」
そこまで読んで司令官は顔を上げた。桜の顔を見つめる。
「美山桜・・・少佐、で間違いは無いな?」
「ええ」
桜は小さく答えた。司令官は続ける。
「以上の罪状により、美山少佐を銃殺刑に処す・・・と言いたいことろだが・・・」
と、司令官は報告書をぐちゃぐちゃに丸めると、ゴミ箱に投げ捨てた。桜はその行動に驚く。周りに居たオペレーターや兵士達も同様に驚いた。
「え?」
「司令!!」
「君はこの街を、仲間たちを守ってくれた。礼を言う」
司令官は頭を下げた。突然の行動に司令室はざわめく。
「お言葉ですが司令!」
「ん?」
「この女は捕虜だったのですよ!世界政府軍の軍記に従い処罰されるべきです」
司令官は苦言を呈した兵士の方を見た。
「では、私は即銃殺刑だな。反政府軍を幇助し、機密である“ヴィクトリア”を彼らに託した」
「・・・し、しかし」
「それに、だ。“世界政府軍”が“我々”を攻撃してきた以上、“我々”は“世界政府軍”に当てはまるのだろうか?・・・彼らが居なければ我々は死んでいた。違うか?」
「・・・っ」
言い返せなくなった兵士を見て司令官は突きつけていた銃を降ろすように言った。桜はやっと楽な姿勢を取る事ができた。
「すまなかったな。君への処分は保留後、破棄・・・と言う形を取らせてもらってもいいかな?」
「いえ・・・ありがとうございます」
桜は深く頭を下げた。司令官は帽子を取ると改めて感謝の意を表した。
「改めて言いたい。ありがとう」
「こちらこそ」
求めてきた握手に桜は汚れていた手を見て、ホットパンツで拭くと苦笑いを浮かべながら差し出した。


「無罪・・・放免か」
桜は事後処理で混乱の続く施設の休憩室に居た。ベンチに座り込んで天井の蛍光灯を見上げた。まだ服はあの泥だらけのTシャツとホットパンツのまま。贅沢を言えば新しい服を支給して欲しかったところだ。薄汚れた服を眺めながら思い出していた。

「初めて・・・勝てた」

桜は小さく呟いた。
初めて“白いG”に勝利した。
その時のことは無我夢中であまり覚えていない。
桜は広げられた自分の両手を見た。爪には泥がこびりついて、小指には泥だらけの包帯が巻かれている。
「そうだ・・・優美は」
桜は立ち上がると休憩室の扉を開いた。彼女が心配だ。医務室へと桜は足を運んだ。


「あ、レッシュ」
医務室のベッドに腰掛けていた優美がこちらを向いた。少し顔に疲れが見えるが笑顔を見せた。レッシュはパイロットスーツのまま、優美はいつもと同じ格好で、笑顔を見せた。
「おかえり。・・・大丈夫だった?」
「ああ・・・」
その横では整備兵の少女がぺこりと頭を下げた。
「隊長が来たから、いいよね?私行くよ?」
「うん」
整備兵の少女に小さく手を振ると、優美は微笑する。整備兵の少女はレッシュの横でもう一度お辞儀すると医務室を後にしていった。レッシュは優美の横に腰掛けた。優美からの言葉にレッシュは驚く。
「体大丈夫?」
「あ・・・ああ」
「嘘・・・大丈夫じゃないでしょ。私はわかるのよ」
真っ直ぐ見つめられ、優美に静かに言われたレッシュはひとつため息をついた。優美に隠し事をしても無駄だ。彼女はすぐに分かってしまう。
「俺は“バーサーカー”らしい」
「え?何それ・・・」
優美の表情が曇る。レッシュは彼女に一度目をやって、腕を膝の上に組んで前屈みになり、壁を見つめた。
「俺が使ってた“力”は力を得るために、色んなものを失う力だったんだよ」
「え・・・それって」
「仕方ないだろ・・・。俺は優美やみんなを守ったり、自分がしなきゃいけないことをするためには必要だったんだ」
レッシュの言葉に優美は耳を傾けていた。しばし沈黙が流れて優美が口を開いた。
「レッシュはどうするの?」
「どうするって・・・」
「この後もその“力”を使う?」
優美はレッシュを見つめる。レッシュは優美から目を逸らすと小さく答えた。
「分からない・・・。また今みたいなことが起こったら使わざるを得ないかもしれない・・・。でも、そうすれば・・・」
「私が悲しむから・・・?」
レッシュの言葉を遮って優美の言葉が重なる。心を見透かされていたような気持ちになってレッシュは言葉に詰まった。
「・・・私だって、無茶するもん。レッシュを守れるんだったら・・・何でもしちゃうから・・・だから、私には“やめて”って言えないから」
「わかった・・・」
優美はそう言って俯いた。
そっと、レッシュは優美の髪を撫でた。


医務室の入り口では桜が壁にもたれ掛かっていた。
2人の会話を黙って聞いていた。
彼らの間に入る隙間がないことを新ためて実感する。
また泣きそうになったがぐっと涙を堪えた。


「優美は大丈夫なのか?」
「うん。桜さんがここまで連れてきてくれたの」
「“乱れ桜”が?」
レッシュが心配そうに聞くと優美は笑顔を見せた。桜の名前が出てきたことに驚く。
「今そこに・・・」
そう言われて桜はドキっとした。優美が視線を送った医務室の入り口にレッシュは歩いていって辺りを見回した。が、誰も居なかった。また、レッシュは優美の横に腰を下ろした。
「誰も居なかったぞ?」
「・・・さっきまで居たような・・・気がする。・・・違ったかな?」
「優美の勘も外れるんだな」
レッシュが悪戯っぽく笑うと優美は赤くなった。
「いっつも当たる訳ないでしょ」
レッシュはそれを見てほっとした。
優美はもう大丈夫だ。


桜は廊下を早足で歩いた。
堪えていた涙が溢れる。
人通りの少ない通路の隅でシャツの胸元をぎゅっと押さえて立ち止まった。そのまま壁にもたれ掛かりずるずると崩れ落ちた。
「うっ・・・うっ」
人知れず桜は泣いていた。


「翼さんは?・・・大丈夫だよね?」
優美がレッシュの方を向いて聞く。レッシュは一旦戻り、いつもの黒いジャケットとカッター姿に着替えて医務室に戻ってきていた。レッシュはブリッツェンたちとイングランドエリアの司令官と話をする予定だったが、ブリッツェンと貴子、それにジャックが出席するから別に構わないと言われていた。レッシュがまたベッドに腰掛ける。
「・・・タカは・・・しばらく1人にさせておいた方がいい」
「どうして?怪我してないの?」
「怪我は大したことはない。・・・ブラック・バードには元々、脱出装置があるからな」
それを聞いた瞬間優美は全てを悟った。脱出装置が働いたということはブラック・バードが大破したことになる。優美は俯いて太ももの上で拳を握り締めた。レッシュは後ろに体を逸らして支えながら、白い天井を見上げた。
「俺にはどうすることも出来ない。・・・アイツは、タカは超えなきゃいけない壁の前に居るんだ。・・・自分で何とかするしかない」
「・・・私にも出来ることはあるかな?」
「今は無いかもな。・・・タカが“前”を見始めたらまたいつものようにくだらないこと言い合ってればいいさ」
その言葉に優美は赤くなっていつものような反応をしてくる。
「くだらないって!・・・もう」
優美の声のトーンも落ちる。今は何も出来ないのがレッシュや優美には歯がゆかった。


円卓の席にブリッツェン、ジャック、貴子、リド、ミラ、司令官、オペレーターが並ぶ。
「今何と?」
「ですから・・・ヴィクトリアをあなた方に託そうと思います」
ブリッツェンの問いかけに、司令官は同じ言葉を繰り返した。ジャックと貴子は顔を見合わせた。一番驚いていたのはヴィクトリアの副官に就任していたミラだった。
「ええ!?じゃあ、私は・・・」
「君はどうしたい?」
「え・・・私は・・・」
ミラは言葉に詰まった。もう、ここに居る人間は世界政府軍の軍籍は無い。いつ命を奪われてもおかしくないのだ。ミラは俯いて一言だけ言った。
「・・・考えさせてください」
「わかった。・・・ブリッツェン艦長。今のこと・・・受けてくださいますか?」
「だが・・・ヴィクトリアは・・・」
ブリッツェンも突然のことに動揺していた。司令官は机の上に手を組んで続けた。
「今後、ヴィクトリアをこのままここに置いておくとまた襲撃されかねません。ですから、私はあなた達に託したいのです。あなた達なら、あの艦の性能を発揮できる。それに動いていれば“彼ら”も位置の把握は難しいでしょう」
司令官の言葉にジャックは真っ直ぐに答える。
「それはつまり、我々が囮となり、自分達は被害を抑えると?」
「ええ・・・そう取ってもらっても構いません。ですが、このままヴィクトリアをここに眠らせておくには惜しい。ぜひ、あなた達の役に立ちたい」
司令官はジャックやブリッツェンの顔を見て言った。ジャックはブリッツェンの様子を伺う。
「どうする?」
「・・・本当にいいのだな?」
「はい」
ブリッツェンの問いかけに司令官は迷い無く答えた。これ以上の言葉は不要だろう。ブリッツェンは立ち上がって、司令官に握手を求めた。司令官は快く応えた。
「ありがとう」
「この世界を・・・よい方向に向かわせてください」
「ああ」
2人は握手を交わした。


その後、司令官は退席しようとしたブリッツェンを呼び止めた。
「彼女の・・・美山少佐のことだが」
「美山・・・ああ、彼女がどうかしたのか?」
「彼女もあなた達に任せたいと思うのですが・・・考えてくれませんか?」
司令官の言葉は、ブリッツェンにはその真意が分からなかった。
「彼女はきっとあなた達の力になってくれるはずです。捕虜にはもったいないですよ。・・・そんな感じがします」
「ははっ、そうか。だが、パイロットはヴィレドル君に任せてあるから、彼に伝えてくれ」
ブリッツェン笑うと司令官の肩を叩いた。そして、円卓の場を後にして行った。


翼は無言で格納庫に座り込んでいた。
頭には包帯、目の下にもガーゼ。
左腕は三角巾で首から吊り下げていた。
力ない眼差しで、残骸になったブラック・バードを見つめていた。
原型はとどめていなくて、辛うじてコクピット周辺の装甲とフレーム、左足があるだけだった。


・・・3年間共にしてきた。


ブラック・バードと共に翼はあるようなものだった。
心にぽっかり穴が開いたような感覚に襲われていた。
じっと、その残骸を眺めていた。
少し離れた場所でヴィラがそっと翼のことを見ていた。その横にはニーバルも居た。声を掛けようか掛けまいか迷っているヴィラにニーバルは声を掛ける。
「姉ちゃん・・・声掛けないの?」
「うん・・・でもね、今はそっとしといた方がいいかも」
ヴィラは俯き加減に言った。ああいうときは何を言っても無駄のような気がする。今までもそうだった。
「翼君・・・」
と、反対側から涙を拭いながら桜が現われた。そこに翼が居たことに驚く。
「あ・・・あなた」
翼は桜のほうにちらりと視線を移したが、またブラック・バードの方を向いた。聞こえるか聞こえないかギリギリのトーンで翼は呟いた。
「・・・おまえか」

反対側で見ていたヴィラは飛び出そうとするがニーバルに止められた。振りほどこうとして、ヴィラはニーバルを睨んだ。
「放して!」
「・・・姉ちゃん待って!・・・今出てったら話がややこしくなる」
「ちょ!それどういう・・・」
ニーバルに向き直り詰め寄るヴィラの口をニーバルは押さえた。
「いいから・・・ちょっと待って」

「・・・な、何してるの」
桜は翼に聞いた。他に言葉が見つからない。沈黙が流れた。
「BBが壊れちまった・・・俺も終わりだ」
「・・・っ」
力なく答える翼に桜は歩み寄った。いつもの強気で自信に満ち溢れた表情はそこには無く、脱力感と絶望が漂っていた。
「・・・俺も大したことねぇな。・・・なにが“漆黒の鷹”だ」
そう言って俯く翼に桜はゆっくり聞いた。自然に出た言葉に桜自信も驚いた。
「あなたらしくないじゃない」
桜の言葉に翼は顔を上げて再び桜の顔を見上げた。
「俺・・・らしい?・・・“俺らしい”って、何だよ?・・・“漆黒の鷹”らしいってことか?」
「そうよ。あんなに強くて・・・」
そう言った桜の言葉を翼の絶叫が遮った。
「ふざけんじゃねぇ!!!・・・何が俺らしいだ!?・・・“漆黒の鷹”は死んだんだよ」
「・・・何を言ってるの!?」
桜は翼の突然の言葉に驚いた。翼は怒りのままに言った。自分にイラつく。
「3年だぞ!?・・・俺はコイツと3年間共に過ごしてきたんだ!!・・・コイツがいなけりゃ・・・俺は・・・」
最後の方は力なく消えていくようだった。桜はそんな翼を見ていられなかった。そんな翼は・・・認めたくなかった。その思いが言葉に出る。
「それがどうしたの?」
「・・・何?」
翼の眉が動いた。桜は構わず続ける。
「それがどうしたって、言ったの」
「何だとコラァ!?お前・・・俺の中でコイツの存在の大きさを知ってんのかよ!!?」
翼は立ち上がって桜に詰め寄った。それを見ていたヴィラは出て行こうとするがニーバルに止められた。ヴィラの顔を見てニーバルは首を横に振った。
「・・・知るわけ無いでしょ」
桜は吐き捨てるように言った。それが更に翼の感情を逆撫でした。
「・・・お前っ」
翼が桜の胸ぐらを掴もうとした時、乾いた音が格納庫に響いた。桜の平手打ちが翼の左頬を捉えた。ヴィラもはっとする。翼は頬を押さえながら言い返そうと桜の顔を見た。が、その顔を見て翼は何も言えなくなった。桜の目から涙が溢れ、頬を伝っていた。
「・・・私が知っている“漆黒の鷹”はそんな人じゃないわ・・・」
その声は震えていて、平手打ちをした右手はどうしていいかわからず、行き場を模索しながら、左手に包まれた。その手をぎゅっと握り締めた。
「強くて・・・私がどんなにしても届かなくて・・・」
そして、桜はブラック・バードの残骸を指差した。その手は泣いているせいで震えていた。
「あれは・・・“漆黒の鷹”じゃない!!」
「・・・何だと?」
翼はやっと言葉を発した。桜は震える声で翼を真っ直ぐに見ながら言った。
「あれは“入れ物”であって・・・“漆黒の鷹”じゃないわ」
桜はゆっくり左手を下ろした。その手では拳が作られ強く握り締められる。
「“中身”が伴ってこその、“漆黒の鷹”なのよ・・・だから・・・だから・・・」
感情が高ぶり混乱して、何が言いたいのか桜は自分でも分からなかった。
「“入れ物”だけじゃ“漆黒の鷹”じゃない・・・あなたがいないと“漆黒の鷹”じゃないのよ」
桜は自分が泣いていることに恥ずかしくなって、赤くなった。桜は涙を乱暴に拭った。
「だから・・・つまり・・・」
彼女の頬に涙が伝って顎から落ちる。
「あなた自身が“漆黒の鷹”なのよ。・・・あなたが・・・私がずっと追い続けた男なのよ・・・」
桜の言葉を翼は黙って聞いていた。「だから・・・」としゃくりあげながら言う桜をじっと見つめていた。
「何よ・・・」
少し赤くなった桜を見て翼はふっと笑った。
「・・・お前、何しに来たんだ?」
「な・・・何しにって・・・その・・・」
言葉を詰まらせた桜を見て翼は右腰に手を当ててため息をついた。
「・・・ったく、お前にケツ叩かれるとはな」
桜は涙を拭った。その顔は“いつもの”翼の顔だった。
「・・・元気・・・出たみたいね」
「ああ」
その顔を見ると桜の胸が熱くなった。
「ああ、もーやだ・・・何で泣いちゃったんだろ・・・自分にムカツクわ。・・・あー・・・涙止まらないじゃない!!」
半ば逆ギレ気味で桜は翼に言い返した。翼は笑を堪えている。
「励ましに来たと思えば、泣き出して、挙句の果てには逆ギレかよ」
「・・・最悪」
桜はペタンとおしりから座り込んで、うずくまってまだしゃくりあげていた。翼はしゃがみこむと桜の左肩を叩いた。桜は涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げた。鼻水も出ていて、鼻と頬が真っ赤になっていた。思わず翼は噴出してしまう。
「ぶっ!」
「な!笑わないでよ!!・・・誰の為に・・・」
顔を真っ赤にして桜は怒ったが発した言葉を途中で止め。ニヤニヤしながら翼がこっちを見ている。
「・・・ありがとうな」
「・・・え?」
翼の言葉に桜の世界が一瞬止まったように思えた。桜の肩をポンポンと2度叩く。立ち上がって桜に背を向けた。
「BBがなくてもレッシュと一緒に戦うことが出来る・・・。そうだろ?」
「・・・そうよ」
桜は小さな声で言った。涙を拭っても、拭っても溢れてくる。顔を上げるとそこには彼の右手があった。
「立てるか?」
「・・・うん」
桜は涙に濡れたままの右手を翼に差し出した。力強く引き上げられ、立たされる。彼の手が暖かかったことに桜はドキリとした。桜は俯いたままボソリと言った。翼の耳に予想外の言葉が入ってくる。
「ごめんなさい・・・ぶったりして」
「・・・ああ?気にするな・・・お前に俺がしたことに比べればあの程度・・・」
翼の言葉を、顔を上げて桜が遮る。
「だから!!・・・わた・・・」
そこまで言って桜は押し黙った。ぶつぶつ呟くように恥ずかしそうに言う。
「・・・もういい・・・このままだと、私が勝手に地雷踏んで、ドツボにはまって・・・めちゃくちゃになりそうだからっ・・・」
そう言うと桜は踵を返して桜は小走りに走った。素足のペタペタと言う音が滑稽で、恥ずかしくてまた涙が出てきた。
「・・・最悪。・・・私何しに行っちゃったんだろ・・・」
桜の姿が見えなくなるまで翼はその後姿を見ていた。翼はごろんと寝転がって仰向けになって天井を見上げた。
「ふっ・・・」


翼の顔に自信が戻っていた。






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