みんなだいすき

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陣痛

2001年5月。

金曜日 午後8:00、頻繁にお腹が張る。
予定日の3日前。
そろそろきたか…と思い時間を計ってみる。7~12分間隔の不規則で少しずつ痛みだした。痛みの合間に病院に電話をするが、
「その様子だとまだまだなので、規則的になったらお電話下さい。」
と冷たい返事が返ってきた。
平均10分間隔での痛みはだんだんきつくなっり始め、朝まで一睡も出来なかった。こっちは痛みと眠気で目を白黒させているのに、横で眠っているのん気な夫。。。

土曜日 早朝、規則的な10分の陣痛が来た。また病院に連絡を入れるが、時間になったら外来を受診するようにと言われた。
主人に付き添ってもらい病院へ。
子宮口はほとんど開いていないらしい。
先生にも、まだまだなので一度家に帰るように言われたが、とんでもない。痛くて動けないので帰るなんて無理だ。
なんとか入院させてもらうことになった。

その後も陣痛は容赦無く痛み続け、間隔も7~5分へと縮まっていった。
痛みの度に主人に腰をさすってもらう。
昼になっても夜になっても子宮口は全開しない。全開どころか、1/3も開いていなかった。気が遠くなる。
いきみたいのにいきめない。痛い。
あまりの痛さでパニックになり、病室で叫びまわった。隣の部屋にいた入院中の妊婦さんはさぞビビったであろう。。。

痛みをこらえ、夜中になり、また診てもらったがわずかに3cm。
こんなに頑張っているのに期待を裏切られてしまい完全にキレた。
今度は助産婦さんをつかまえて「切ってくれと先生に頼んで欲しい。」とすがりつく。そんなことしてもらえるわけが無い。なだめられるだけだった。
もうにっちもさっちもいかない痛みの中で名案を思いついた。

そうだ、気絶してみよう!

痛すぎると人は気絶するはずだ。
即、実行に移した。叫び続けていたのを止め、冷静に痛みと戦った。
無駄だった。気絶しない…出来ない。頭でも打ってみれば良いのか?
いろんな事を考えながら黙って痛みに耐えていた私の腰を、主人は一生懸命さすり続けてくれていた。

後から聞いた話だが、主人はこの時、切ってくれと叫んでいた私がようやく腹を据え、頑張る気になったのだな―と思っていたらしい。


次へつづく―




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