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幼幻記 20 ホットカルピスの味


2026年06月21日
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カテゴリ: 戦争と平和

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木村武雄伝承会 お知らせ 

総会及び会員セミナー


日時:6月28日(日)午後3時より5時まで

場所:米沢市 伝国の杜 2F 大会議室   
総会後「会員セミナー」を行います。

今回の講師は書道家で詠士会会長の  菊池峰月 様です。

演題は、『詠士と莞爾」
・・・石原莞爾分骨記念碑を読む
木村武雄に影響を与えた宮島詠士、その思想と哲学は・・・






石原莞爾分骨記念碑とその解説をする講師 菊地峰月 様

是非ご参加ください。

会員は無料。会員以外の方には年会費1000円をお願いいたします。

ご参加ご希望の方は次にご連絡ください。
e-mail:hajimemirai21@yahoo.co.jp まで
事務局:090-4713-3935(伝承会木村)



木村武雄


石原莞爾分骨記念碑と木村武雄

 米沢市西部地区の御成山(おなりやま)の舘山公園に悠然とそびえ立つ「石原莞爾分骨記念碑」は1971年に木村武雄が石原の遺骨を分骨し、米沢に持ち帰って埋葬した。木村はこの記念碑を石原の故郷鶴岡に向けて建てたという。木村が撰した碑文には、彼の思いが凝縮されている。それはアジアと世界平和を願いでもある。
 石原莞爾といえば「満州事変」の首謀者と思い出す方もおられる一方に、戦後はアジア各国における植民地支配を解放し、平和を誰よりも切望した人物としても知られるようになった。その遺志を政治の場に託していったのは木村武雄である。

 日中国交正常化を実現するための環境が生まれようとした。石原莞爾先生の悲願をいまこそ私か成就させなければならない。木村武雄はそう決意しこの碑の建立。そして田中角栄を総理にし日中国交正常化へと動いたに違いない。


石原莞爾と木村武雄

中国研究第一人者・宮島誠一郎、詠士(教育家・書家)親子
・・・米沢の風土が、木村武雄を育み、形作った

 米沢は江戸時代米沢藩九代目藩主上杉鷹山はじめ、幕末から明治・大正・昭和と日本が近代化する激動の混乱期、雲井龍雄、宮島誠一郎、宮島詠士親子、我妻栄、池田成彬、我妻栄など有為な人材を数多く輩出した。彼らは時代の大事な局面で重要な役割を担い日本発展の礎となっていることは米沢の誇りであり、米沢の人々に色々な形で影響を与えてきた。

 その中でも宮島詠士の存在と思想は木村武雄の中国観に大きな影響を与えたと思われる。

 1867年(慶応3年)宮島詠士は米沢で生まれ育った。悠久の歴史を持つ中国文化に対して畏敬の念をもって東京外国語学校・支那語科で学び、卒業すると二度中国に渡り経学・文学・書法を学んだ。特に書家としては中国当代一の能書家・張廉卿に師事し中国北魏楷書の頂点を極めて、その書風を日本に伝えた。

 1904年(明治37年)日中交流を担う次世代の教育のために、中国語の教科書『官話急就編』を刊行し、中国語の私塾・善隣書院を開設した。中国問題については東洋・興亜思想の理想をもって生涯に渡り取り組み、日中関係の第1人者であった。ちなみに木村武雄の揮毫は詠士風を感じさせる書体であることから見ても、宮島詠士の影響を受けたことは間違いない。

 また、木村武雄の兄、木村東介も東方会・中野正剛の紹介状をもって宮島を訪ねている。

 時代はまさに日中戦争の動機ともなった広大な土地と資源を求める国策も背景にあって、大陸へ夢を馳せて大陸に渡ろうとする気運高まっていた時代で、国民の間では中国文化の学習意欲が高まっていた時代でもあった。

 1919年(大正8年)牧野伸顕は第1次世界大戦終結のためのベルサイユ講和会議に全権大使としてパリに赴く際に宮島詠士を訪ね提言を求めた。その折詠士は「人種無差別平等、アジアの自立」を進言し、それを言わしめたと言われている。

 石原莞爾と宮島詠士らが木村武雄に与えて影響は、アジア平和主義思想と書家として道を極めた人生であったに違いない。

参考文献:尾形源二「そんぴん瓦版」他





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最終更新日  2026年06月21日 16時28分06秒
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