NO15 ゆうの 25年間の記録

しずく3


訪問教育、1年目は 本当に、よく学び! よく遊べ!を、実行できたいい年でした。

家庭の中では、1年前に ゆうの父親と 離婚していました・・・が

原因は、結婚して直ぐからの 度重なる ギャンブルでの借金地獄・・・

挙句の果てに・・・自己破産 

もしや、もしやに ひかされて・・・でも、どうしても、治らない ギャンブル病!

まあ、世の中にこんな話は 掃いて捨てるほど 転がってますが・・・ね。

私の、両親が離婚していたので、出来るだけ 離婚は避けたかったのですが、治らない病気だから 仕方ないですよね~~薬が、発明されて無いんだからね。

(この時、子供達に 初めてばれちゃった・・・長男も大きく成っていたしね・・・狭い家だから、仕方ないもん!)

\(・_\)ソノハナシハ (/_・)/コッチニオイトイテ・・・

本題の、ゆうの話ですが・・・

2年生になると・・・またまた、具合が悪い日々が続き 訪問教育もお休みがちに成ってきました。

入退院の数も増え・・・

3年生になった頃、訪問の先生に

「訪問教育が、高校には 無いので(現在はありますが・・・)転校して、自宅に近い養護学校の、高等部に進学された方が 良いかと思いますが・・・」

との、お話・・・そこで、新しく出来た 発達教育センターに相談に・・・

話はとんとん拍子に、運んでいって・・・夏休みも、後 数日となったある日

発達教育センター からのお電話
「ゆう君の、養護学校の転校が決まりました・・・9月から、そちらに行ってください。」

(ё) エ? 後3日しかないよ~~むちゃくちゃ急な話・・・☆=>=>=>(+_+。)<=<=<=☆

それこそ、バタバタと 準備をして、新しい学校に 転校手続きに参りました。

ななな なんと・・・そこには、前の養護の 教頭先生が、校長に成られて いらっしゃいました。(いやーもーめちゃくちゃラッキーでした(∩.∩))

「久しぶりやね~~ゆう君~よ~来た!よ~来た!ビール飲む!」

校長先生の、口癖が「まっ ビール一杯 飲まんか」 だったので(⌒▽⌒)

ゆうも、校長先生の 顔を見たとたんに・・・とっても 良い顔になりました。
(やっぱ、緊張していたのかな?)
転校したら ゆうの、具合も 少し良くなって来ました。

養護学校の送迎バスはありましたが、親の会などの 行事の時は ちと、遠くて、大変でした。(夜中に働いていましたので・・・)

(あ~~ぁ~学校が、こっちに来てくれないかな~~~)と、何気に思っていましたら、次の年の春・・・自宅の直ぐ近く・・・(なんと、徒歩10分!)の 所に、10億も掛けて 素晴らしい校舎が出来上がりました。

(この時も、嘘のような 本当の話に びっくり!・・・ゆうの強運かな~)

肢体障害児の養護学校だったので、エレベータはあるは、送迎バスの安全な乗車口もたくさんあるは、イタレリ~ノ ツクセリ~ノ・・・でしたよ!

校長先生が
「な~ゆう君、良かろうが~高等部からは、新しい校舎で勉強たい!但し、高等部の入学は、先生が 試験するけん 落ちらん事しとかなね~」
って、脅かされて・・・本気で、心配してる ゆうでした・・・(∩.∩)

                     明日へつづく


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