NO8 ゆうの 25年間の記録

300x300


退院後、久しぶりの「しいのみ学園」の門をくぐると・・担任の先生方はじめ他の先生方も全員で 出迎えて下さいました。

中でも、担任の女性の先生は両手を大きく広げて ゆうを抱きかかえ、 
涙を流して、喜んで下さいました。

同じクラスの、ママたちからも いっぱい「お帰り~ゆう君~」と 拍手を頂きました。

感動でした。心から感謝しました。

ゆうも、少しは分かったのか・・・とても良い笑顔でした。(∩.∩)

===========================================================

それから、度々風邪などで 脳圧があがり入退院を繰り返しながらも 半年が過ぎていきました。


残念な事に 翌年は、母子通園が廃止されることが決まり、3歳児以下の子 3人は・・・
(うちのゆうも)卒園する事になりました。

他のお友達と一緒に残りたかったのですが、その時はまだ3歳前・・・
仕方なく、諦めて 4歳になったら またきっと戻って来ると、強く 願っていました。

卒園前のある日、ゆうが言葉を発しました・・・ 「ウッマ」 って!すっごく、嬉しかったのです・・・が

(おいおい、始めての言葉は、ママじゃなくて・・・食べ物かいな~)

ウマ とは、食べ物の事を赤ちゃん語で「ウマ」って 言ってましたので(∩.∩)アハ

うれしい事に、初めの一歩も 同じ頃でした。\(^O^)/ヤッター
ゆうが 2歳8ヶ月の時でした。

やっぱり、早期療育は凄いな~~~と、心から実感しました。

ハイハイの時期が1年5ヶ月もあったから、10歩あるくまでと、本当に意味が分かるように話す事が出来るまでは、同じ位の時間が掛かりましたが・・・(^_-)ネッ


そして、3月、 その年の小学校に入学する、お友達と一緒に「しいのみ学園」を 卒園しました。

涙・涙のお別れでした・・・・ウワァァ━━━━━。゚(゚´Д`゚)゚。━━━━━ン!!!!

たった1年だったけど、この「母子通園」は とても充実した1年間でした。

他のお子さんも、初めの頃は じっと席に着いていられない状態でしたが、いつの間にか お名前を呼ばれたら「ハイ!」って、可愛い声で お返事も出来るようになって、手遊びのお歌も 歌えるようになって、トイレも教えてくれるようになって・・・失敗も 段々と、少なくなって・・・凄い成長振りでした。

ここにもし、普通の子が通えたら みんなきっと 情緒面でも生活面でも 凄く良い子達ばかりに なるんだろうな~~と、しみじみ 思いました。

(特に、我が家の長男なんかに 通わせたかったな~~(^▽^)真剣に そう、思いました。)

とても、素敵で 切ない3月でした。

                     明日へつづく

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: