羂索

羂索

「犬が欲しい」



○電車の中 夜
窓の外には流れて行く景色。
  席に座り『犬○○○』を読みふける加藤健(35)
健NA「先週、中学時代の同級生の家に遊びに行った。青年実業家をやっていて、下品なくらい豪華な家に住んでいた。中学の頃は俺といっしょにバカやってたのに。少しの間にえらい差がついてしまった。なんでも家のものを自慢して、あきあきしてた時、俺の心をうばったのが、あいつが飼っているチワワだった。上品で、可愛げがあって、毛並みが良くて、何をしててもかわいい。俺は惚れてしまった。溺愛だ。それからというもの、俺の頭の中ではチワワ一色だった」
電車が駅に止まる。
立ち上がる健。
健NA「今日俺は決心した。妻にチワワを購入する事をつげようと」

○アパート・居間 夜
大きな声で加藤えり(28)が叫ぶ
えり「ダメ!」
意外なリアクションにたじろぐ健。
健「なんで?。飼おうよ。ぜったいえりもかわいがると思うよ」」
小さなテーブルに置かれた雑誌をさらに開き、お気に入りのチワワを見せる
えり「かわいいのはわかるけど、お金がないよ」
健「俺が払うから、ね」
えり「ほんとに?」
健「小遣いから払って行くから」
えり「家からは1円も出さないからね、ちゃんと貯めて新しいところに引っ越すんだから」
健「わかってるって、とりあえず明日ペットショップに見に行こうよ、ね」
えり「うーん」
健「ね!」
えり「とりあえず、見に行くだけだからね」

○ペットショップ・中 昼
かわいらしいチワワを抱くエリ
えり「かわいい!」
上機嫌ですっかりチワワにはまったようだ。
一方、健は真剣な表情でチワワの毛並みを確かめてる
えり「どうしたの?」
健「だめだね、もう少し柔らかい方がいい」
えり「そう?私は充分やわらかいけど」
健「わかってねえんだよ、りえは。ちゃんとしたの飼わないと飽きちゃったりしたらこまるだろ」
えり「充分かわいいし、これでいいじゃない」
健「いや、だめだ。こっちがわ見せてもらおう」
少し値段が張るチワワ
えり「大丈夫なの?」
健「心配すんな、おれが昼飯とかタバコガマンすれば済む事なんだから」
えり「小遣い上げろなんていわないでね」
健「わかってるって」
えり「ホントかな?」
チワワを抱かせてもらう健
健「やっぱり、いいね。こっちのほうがいい」
毛並みを確かめるえり
えり「そう?あんまりかわらないと思うけど。私はさっきのチワワのほうがよかった」
健「どこが?」
えり「顔が」
健「こっちのほうが上品な顔してるよ」
えり「さっきのほうが、かわいらしい」
健「えりは見る目がないんだよ」
えり「健の方こそ、値段だけできめてるんじゃないの?」
健「これじゃあ、あいつには勝てないんだよ」
えり「あいつ?」
険悪な雰囲気を察知してか、チワワが暴れて健の腕から逃げ出す。
健「あ!」
ペットショップを駆け回るチワワ。
それに輪をかけるように、他の犬も吠え出す。
パニック状態のペットショップ
なんとか捕まえようとする二人。
捕まえようとするとするっと逃げ出す。
店員が手際よく捕まえた。
バツの悪い二人。

○同・外 昼
店員に謝りながら店から出る二人。
健「ああ、あのチワワ欲しかった」
えり「あんなことあったら、売ってくれないよ」
健「えりが余計なこというから、チワワが嫌がったんだよ」
えり「健の腕の中が嫌だったんだよ」
健「チワワの気持ちなんかわからないくせに」
えり「健もわからないでしょ!」
健「俺はわかるよ。えりと違ってチワワのことはなんでも知ってるんだから」
えり「そんな雑誌で読んだ知識なんかでわかるもんか」
健「金のことばかり気にしてるえりに言われたくないよ」
えり「ブランドに弱いのよ健は!」
突然犬が鳴く。
犬の声「ワン!」
2人犬の鳴き声のする方を見る
ペットショップの外で売られてる雑種だった。値札に『for sale』と書かれてある。
えり「セールだって」
健「うん」
えり「なんか、かわいそうだね」
健「そうか?」
えり「なんで安売りされるの?」
健「人気がないからだろ」
えり「やっぱりかわいそうだよ。セールってわざわざ書かなくてもいいのに」
健「犬はなんとも思っていないよ」
えり「それはそうだけど……」
健、犬のそばによりしゃがむ。
健「お手!」
無視をする犬
えりもしゃがみこむ
えり「お手!」
素直にお手をする犬
健「女に弱いのか?」
えり「健は犬に嫌われるのよ」
健「そんなことねえよ。お手!」
やはりお手はしない。
健「可愛げがねえなこいつは、やっぱりセールだ」
えり「そういうふうにいわないの」
健「バカなんだよ、こいつは」
えり「違うよ、たぶんいつも外にいるから、通りがかる男の子にいたずらされるのよ。だから男の人が怖いのよ」
健「そんなのおまえの想像だろ」
えり「健のその態度が威圧感を与えて、甘えてこないの」
健「じゃあどすりゃいい?」
えり「犬に心を開いて、優しく接してあげればいいんじゃない」
健、強張った顔を緩め、ぎこちない笑顔で
健「(やさしく)お手」
犬がお手をした。
えり「ほら、健の愛情が伝わったのよ」
健「(少しうれしそうに)そうか」
えり「どんな犬でも一緒よ、自分をわかってもらえる人には警戒心を緩めてくるのよ」
健「おかわり」
犬がおかわりをする。
健、体をさすってやる。
犬もよろこびねっころがる
そのとき、健の後ろから
チワワ「ワン!」
と鳴き声が聞こえた。
上品なおばさんが連れてる、チワワが鳴いた。
犬は機敏に体制を整えた。
2匹の犬「ウーーー」と
低くうなる、2匹の犬
どう見ても、チワワの方が弱そう。
チワワ「ワン、ワン、ワン!」
だが、吼えたてたのはチワワの方で
犬「……」
犬はすごすごと尻尾を巻いて引き下がった。
チワワ「ワン!ワン!ワン!」
ひつこくわめきたてる
上品なおばさんが手綱を強くひっぱる
おばさん「やめなさい!こんな犬にわめいてもなにもならないでしょ。安い犬なんだからどうせバカなのよ。あなたが喧嘩する相手じゃないわ」
ぐっと手綱をひっぱり、チワワを引きずりながら去ろうとする上品なおばさん
(健、おばさんに腹が立つ。)
健「おばさん!なんだよその言い方」
おばさん「はい?」
健「失礼だろ、その言いかたは」
おばさん「なにを言ってるの?」
健「だから、バカとはなんだよ」
おばさん「あなたに言ったわけじゃないのよ」
健「わかってるよ!こいつにいったんだろ」
おばさん「そうです、なんか文句でも?」
健「文句あるからいってるんだよ」
おばさん「あなたの犬なの?」
健「違うけど」
おばさん「ならいいじゃない」
健「……今から買うんだよ……俺の犬だ」
おばさん「物好きもいるものね、こんな犬」
健「物好きで悪いのかよ、そこにいるなんでもわめきたてる犬よりましだ」
おばさん「失礼ね、うちのはあなたの犬より上品なの」
健「おばさんに上品のかけらもねえ、下品なだけだ」
おばさん「なんなのよ、まったく。見ず知らずの人間にそこまで言われる筋合いはないわ。行きましょ」
チワワを引き連れ、去って行くおばさん
えり「買うの?」
健「しかたねえだろ、あそこではああ言わないと」
えり「情がうつっちゃった?」
健「しょうがねえだろ、なついちゃったんだから」
健の足元に寄り添っている犬
えり「かわいいと思ってるくせに」
健「かわいくねえよ」
えり「すなおじゃないんだから」
健「あのおばさん、少し前の俺だな」
えり「そうね」
健「安い犬か」
えり「私たちにはちょうどいいんじゃない?」
健「そうかもな」
えり「買う?」
健「……問題はこの犬、中型犬。いまは小さくていいけど、大きくなったら飼えないよ」
えり「……大きくなるまでに、引越ししよ。遠くでもいいから庭のある家に」
健「家か、なんかこいつの方が高くつきそうだな」
ぐっと犬を抱きかかえる健
              終わり


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