目指すは健康体!実録みすたー残業の食事と睡眠

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■「?」→「!」

■「?」→「!」:一水四見

「?」→「!」

の話を日記で書いたら、一通のコメントが寄せられました。
(情報提供、感謝!)

>「?」わかんないことが「!」わかったよ
>っていういちばん短い手紙のこと
>ではないでしょうか??

なるほど~。実は私も、「一番短い手紙」の話を想定して書いていたのですね。

ただ、私が記憶していた手紙の内容は(かなり不確か)、

「?」原稿できましたか→「!」バッチリだよ

あるいは
「?」元気にしてますか→「!」もちろんだよ

だったかもしれませんが。


どれが正しいのか、私の記憶が不確かすぎるので、
コメントして下さったのが正しいかもしれません。
実際のところよく分かりませんが、たぶん、

どれでも意味が通ることは間違いない

ただ一つ言えることは、これらの手紙は、

当事者以外からは、ただの記号にしか見えない

ということです。


こんな話を聞いたことがあります。
「一水四見」ということです。


出所は、漢字四字だからたぶん仏教。
だからちょっと話も仏教っぽい。


まず、この意味は、
「同じ水でも、見る者によって四通りに見える」
というのが直接の意味だと思います。

同じ水を見ても、

人間は、「飲み水」だと思う。

魚は、「自分のすみか」だと思う。

餓鬼は、「炎」(?)だと思う。

天女は、「瑠璃」だと思う。


人間や魚はともかく、餓鬼や天女について説明できる
知識は持ち合わせていませんが、四通り、説かれています。
だから「一水四見」と言われるのでしょうが、
要するに、

同じものでも、見る人によって全く違って見える

ということです。


あるいは、こんな風にもいわれます。

「手を打てば
 鹿は驚き
 魚(うお)は寄る
 茶店の  ねえちゃん  女中は
 返事する」

これは鹿で有名な奈良公園?での話とも聞いたような気がしますが、

池の前で手をたたくと、

鹿は鉄砲の襲撃か何かと驚いて逃げてしまい、

魚は、餌をくれるのではないかと寄ってくる。

近くにある茶店のおねえさんは、客が来たと思って返事をする、

という情景を表したものだそうです。

ものは、見る人によって色々に見えるのですが、
行為や現象もまた、それを見る人によって違って
見えるのかもしれません。

事実は一つだけれど、それを自分の世界に引き入れて解釈する、だから解釈は受け取る人の分だけ、あると言えます。


例えば、喫煙。

非喫煙者の私としては、近くで吸われるとストレスの元以外の
何ものでもないのですが、

しかし、喫煙が心の健康だと思っている人はたくさんいます。


同じ喫煙でも、見る人によっては、
ストレスにもリフレッシュにもなってしまいます。


また、ものや現象だけでなく、言葉にも
同じことが言えると思います。


また仏教の言葉になりますが、

「仏、一音をもって説法を演説し給うに
 衆生、類に従って解を異にする」

ここで仏というのは、おしゃか様のことになります。

釈迦が、大勢の前で説法をする。
当然ながら発せられる言葉は一つなのですが、

そこに居合わせた人たち(=衆生)は、
おのおの、性格も生い立ちも経験も頭の程度も、
何もかもが違いますから、
それぞれ違うように理解する。

大まかにいえば、こんな意味になります。


同じ話を聞いているはずなのに、

「なんて素晴らしい話なんだろう!」
と感動する人もいれば、

「ふ~ん」
で終わる人もいる。

「別に大したこと無いな」
と言う人もある。

こんなことって、結構あるのではないでしょうか。

じゃあ、 その話は大したことのない話だったのでしょうか?

実は、内容は素晴らしいのに聴いている人が
理解しきれていないだけかもしれません。


大したことのない話からも何かしらを学び取ろうと
する人もあれば、

どんなにいい話を聞いていても聞き流してしまう
人もあるかしれません。


当然、前者の方が得るものが多いと思います。

そうありたいな、と思うわけです。



で、話をちょっと巻き戻します。

あなたが「?」という手紙をもらったとします。

この手紙が、何を意味すると思いますか?


それはきっと、人それぞれに違うと思います。

例えば、もらった相手によって変わってくるのかもしれません。


親から来た手紙なら、「元気でやっているか?」

友達からなら、「一緒に飲みに行かないか?」とか、
「今日暇か?」とか。

上司からなら「頼んだ仕事は終わっているか?」

借金取りなら「金は用意できたか?」

私にはいませんが、恋人からなら・・・・何だろう?(汗


そんな手紙に対して返事を書くとき、

やっぱり「!」でしょうか?

でも、ちょっと気をつけないといけませんよね。


「!」


やはり、「?」という手紙が来たら、こう返したい(笑)。

しかし、「!」はたった一文字、どうにでも解釈できるから、気をつけないととんでもない誤解を与えそうです。


例えば、「原稿できているか?」に対して、

「もちろんできています!」の「!」ならいいのですが、

「もちろんできて いません!
という意味で、「!」と送ってしまった場合、
相手はそのように理解してくれるだろうか。
たぶん駄目だろうな

「できてるって言ったじゃないか!」

なんていったトラブルになることも十二分に考えられます。


あるいは、
「約束通り書類を受け取りに行ってもいいですか?」の
「?」に対して、

「もう少し待って!」と言いたくて「!」と返信しても、
ちょっと誤解を与えるかもしれません。


やはり、手紙を書くときは、 相手がどう思うかをしっかり考える ことが大切だと思います。手紙だけではありませんが。


もちろん、普通こんな短い手紙で意思の疎通を図ることは無いのですが、しかし、 普段からこのようなことはいくらでもある のではないでしょうか。


同じ言葉を言ったり聴いたりしても、
同じ現象を見たり聞いたりしても、
同じものを目の前にしても、

人それぞれで実は全く違うものを見たり聴いたりしている
のかもしれません。


秋葉原

と聴いて何を思い浮かべるでしょうか。

歌舞伎町

と聞いたらどうでしょうか。


否定的なイメージが浮かんだ人は、
否定的な色眼鏡を掛けて見ているといえるでしょう。
肯定的なイメージで見る人もあるでしょう。
別段、何も感じない人もいるでしょう。

人それぞれの経験や考えに基づくフィルタで物事を
見ていると、実は知らずのうちに主観に偏って、

言葉をやりとりしても、実は全て 誤解 の上で
成り立っているのかもしれません。
致命的な誤解が無いだけで。

だって、人の主観は、それぞれ違うのですから。

だとすると、他人をよく理解しようとすることは、
実はものすごく大変かもしれません。

でも、相互理解は必要ですよね。


必要です。


ただ、他人を完全に理解できるというのは思い上がりだし、
実際はそうではない、と言うことを言いたいのです。


・・・・・・・

仏教では、業界ということが説かれているそうです。

人は、それぞれ自分の生み出した世界で生きている

他人の世界はのぞき見ることさえできない


のだそうです。


先ほど、秋葉原と聞いてどう思うか、といいましたが、

「電気街」
「ヲタクの街」
「コスプレイヤーがいっぱいいる」
「猫背で歩いている人が多い」
「マク●ナルドでは、自作PCの話題で盛り上がっている」
「ラジオ会館がある」
「ド●キっぽい」
「パーツ類が豊富」
「キモイ」

これらは、私が色々な人から聞いたイメージです。
肯定的、否定的イメージが入り交じってます。

中には 偏 見 っ ぽ い のもあるのですが(笑)。


しかし、秋葉原という街は一つです。

ところが、イメージは人それぞれ構築しているものですから、
無限にあります。

まさに、 自分の世界で構築された秋葉原 を思い浮かべているのです。


現実に秋葉原の街を歩いていても、結局自分のイメージを通して
見ているので、

たとえ並んで歩いていたとしても同じ街を歩いていない。


見ている世界は人それぞれですから。


「キモイ」と思って歩いている人は、すべてがキモくなってしまう。

「聖地」と思って歩いている人は、何もかもが輝いて見える。


固定不変な秋葉原、という個は存在しない、と言えるかもしれません。

結局は、自分のフィルタを通してしか物事を見られないのですから。


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