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ウチの近所の公園の中に「子供の家」といって、ボランティアの方が運営されている市の施設があり、近いということもあってウチの子供もよくそこへ遊びに行っている。今日も下のムスメ2人が昼過ぎからそこへ遊びに行ったのだが、3時を回った頃、その「子供の家」からウチに電話が入った。そのとき私は居なかったのだが、ウチのムスメがケガでもしたとか、何か粗相をやらかしたとか、何事かと妻が電話に出たところ、実はコレが全然違うハナシ。何でもそこからそう遠くないところにある銀行に強盗が入り、未遂に終わったものの、そのまま逃走中とのこと。何が起こるか判らないし、子供だけで帰す訳にはいかないので、迎えに来て欲しいということだった。なーんだ、とホッと一安心したのも束の間、相変わらず物騒な世の中だなー、と改めて感じた次第だ。
2005年08月31日
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今日は衆議院選挙の公示日。これからいよいよ12日間にわたる選挙戦が繰り広げられる。とはいえこの間は、われわれの業界にとってはあまりいいことがない。というのも、この時期は歓楽街が比較的閑散とするのだ。選挙に携わっている人たちはそれぞれに忙しく、飲みに行くどころではないし、またそういう立場の人たちがこの時期にそういう歓楽街などに出入りしていると、微妙な時期だけに痛くない腹を探られかねない。私などは逆にそこまで気を遣うものかと思ってしまうのだが、数年前に公職選挙法が改正されてからは、当事者の方たちは必要以上にピリピリしているようだ。公職選挙法の改正ということに関して言えば、これが施行されるまでは選挙といえば、数少ない「酒屋の稼ぎ時」だった。事務所開きには支持者が「必勝祈願」として酒の包みを持って押しかけ、当選したらしたで今度は「当選祝い」としてまた酒の包みを事務所に持っていったものだ。選挙というとビールなどではなく不思議といつも清酒だったから、それこそどこの酒屋も少々売れ残ったものでも在庫が一掃され、願ったり叶ったりだった。とにかく実際のニーズ以上に商品が動くわけだから、なかなかいい商売だった(但しその後の反動で酒がちっとも売れなくなる期間もあったが)。それが例の公職選挙法の改正以降、酒の動きはパッタリと止まってしまい、仮に支持者の依頼でお酒を事務所に配達しても、どこも一切受け取らずに仕方なく持って帰ってくる破目になるのだ。お互いつまらないことでお縄を頂戴するなんて、バカみたいだからね。「昔は良かった」とノスタルジアに浸るつもりはないが、選挙に時期になるとそういうことが思い出されてくるのだ。ただこういう選挙需要ではなく、本当に欲しい人に望まれて売られていくほうが、酒としては幸せだろうな。
2005年08月30日
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「過去最大級のハリケーン『カトリーナ』がルイジアナ州に再上陸の見込み」ルイジアナ州には非常事態宣言が発令され、ニューオーリンズ市では48万5000人の全市民に避難命令が出されたと言うことだ。全市民に避難命令というのは、それだけでいかに危険度が高いかを物語っている。確かにここはミシシッピ川のほとりに開けた街で、海抜も低く、一旦ミシシッピ川が氾濫しようものならエライ事になるな、というのが、かつてこの街を訪れた私の率直な感想だ。でもここは私がこよなく愛する街。ハリケーンにメチャメチャにされた光景というのは、とても見るに忍びない。なんとかそれて行って欲しいと思うのだが......。
2005年08月29日
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相変わらず世間を騒がせている駒大苫小牧の暴力事件に関して、高野連が「指導者の行為の責任を選手に負わせるのは適当でない」として、同校の優勝を取り消さないことを決定した、ということだ。はっきりいって開いた口がふさがらない。こんな当然のことを、わざわざ臨時運営委員会まで開かないと決断できないなんて、どうかしてる。栄冠を掴んだのはひとえに選手たちの頑張った成果であって、今回の暴力沙汰については、その当の選手たちには全く落ち度はないのだから、当たり前じゃないか。いやそれどころか私は、もし部長ではなく選手の不祥事であったとしても、優勝取り消しというのは行き過ぎだと思うし、遡って明徳義塾も甲子園を去る必要はなかったと思っている。極論かもしれないがどんな不祥事が起きてもすべて当事者だけの処分にとどめ、チームの出場辞退や対外試合禁止などという措置は一切取るべきでないと思っている(もっとも処分の対象となる選手が多すぎて、現実的に戦力が整わないから仕方なく辞退する、というならハナシは別だが)。それで何か問題があるんだろうか?不祥事を起こした選手のいるチームが(その当事者抜きで)甲子園でプレイするのに、何か不都合でもあるんだろうか?何も問題はないと思うんだけどなー。要は「連帯責任」という時代遅れの教育観を引きずっていること、世間の目を必要以上に意識してしまっていること、他校に対しての「見せしめ」としようとしていること、そういったことが根底にあると思う。まあ私も以前だったら少しはそういった考え方に理解を示していたかもしれないが、高校と小学校との違いこそあれ、自分が野球団の運営に関わるようになってからは、完全に考え方が変わった。もし今ウチのムスコのチームで上級生が下級生に暴力を振るったとしても、おそらくそれはチーム内の問題として片付けられるにとどまるだろう。もし高野連的発想で「対外試合禁止」などという措置が課せられれば、毎日必死で頑張って練習している子供たちを目の当たりにしているだけに、当事者としては不条理というほかはないだろう。少年野球と高校野球を一緒にするな、と言われそうだが、根っこの部分は同じではないか。高校野球が教育の一環と言うのなら、「頑張った者にはそれ相応の見返りを」、「素行が不良な者にはそれ相応の罰を」、“適切に”与えられないで、それが「教育」と言えるのだろうか。高野連は「連帯責任」などという時代遅れの考え方を今すぐ改めて欲しいものである。さらに言わせて貰えば、高野連会長の「全国の高校野球ファンに対して深くおわびしたい」というコメントにもちょっと引っかかった。高校球児は全国のファンのためにプレイしているのではない。その辺りをそもそも履き違えてるとしか思えないコメントだ。だからこそ必要以上に対外的な体面を意識してしまうんじゃないか。選手はあくまでも自分のためにプレイしているのであって、指導者や協会はそれをサポートしているに過ぎない。だから一部の選手の不祥事が、他の選手に飛び火することを未然に防ごうとするのが、本来の姿じゃないんだろうか。全く本末転倒もはなはだしい。だいたいこういった問題がニュースで大きく採り上げられること自体、もうすでに尋常じゃない。あらゆる意味で高校野球自体が教育の一環として、こじんまりとした方向に変わっていったほうがいいのかもしれない。これについては過去の日記にも書いたので、そちらの方も見て頂ければ有り難いと思う。とにかく今のままでは誰のための高校野球なのか、全く分からないのだ。
2005年08月28日
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今日は同窓会当日、ただし私は不参加だ。さすがに土曜日の昼間とあっては、なかなか仕事の方が思うに任せないので、幹事の1人ではあるが早々に欠席通知を出しておいた。もちろん時間の都合がつけばちょっとは顔でも出したいとは思っていたが、それもなかなかままならなかった。この後の2次会・3次会もすでに会場や時間は決まっていて、仕事が終わってから合流しようと思えば出来ないことはないのだが、そこまでいくと逆に行く気が萎えてしまう。明日も朝が早いという事情もあるしね。不良幹事.....なのである。
2005年08月27日
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お盆が過ぎて1週間ぐらい経ったこの時期というのは、例年の如くこの業界が最も沈滞する時期のひとつだ。消費者はお盆にカネを使ったすぐ後で、財布に余力が無いからなかなか出て来ない。また飲食店も、お盆休み返上で仕事をしていたところが、この時期に遅れて休みを取ることが多く、歓楽街もいつもにも増して静かになる。ウチの店もご多分に漏れず、このところ比較的ヒマな時間を過ごしている。ただこういう時間的にゆとりのあるときに案外、フッとひらめいたりすることがあるものだ。2ヶ月ほど前の日記で、コンピューター入れ替えに伴って新しくなった伝票の、下3分の1が空白になって、もったいないから何かに利用できないものか、ということを書いた。伝票を印刷する時に同時に、その空白部分に何か別のものを印刷できれば、例えば領収書やあるいは現金入金票・受注票・配達時不在票などの各種帳票類、そういうものが自動的に出せるのでムダがなくていいと思ったのだ。そういうことが出来ないか、導入したコンピューター会社にも相談したが、今までのところまだ現実化していなかったのだ(いや、真剣に検討してくれたかどうかも定かではないが....)。でもここで、何も伝票発行時に一緒に印刷しなくても、その部分だけ前もって別に印刷しておけばいいじゃないか、ということに気がついたのである。早速「WORD」で、A4の上3分の2が余白になるような設定のフォーマットを作り、それを利用して試しに「不在票」を作ってみた。それを伝票用紙にプリントアウトすると........おー、バッチリだ!母や妻らに「うわっ、スゴイ!!」「考えたねー!」などと持ち上げられ、一瞬「オレってひょっとして天才!?」などと思ってしまったが、冷静に考えれば、「なんでこんなカンタンなこと、今まで気が付かなかったんだろう?」というレベルのことなのだが......(^_^;)
2005年08月26日
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今日はこれから台風が接近するとの予報。この辺りでも生暖かい風が徐々に強くなりつつある。こんな日は商売も上がったりだ。実際得意先の飲食店でも、前から入っていた予約が早々とキャンセルになったというのが何軒か有る。雨風が強くなればどうしても外に出る人も少なくなる。以前コンビニをやっていたときは、台風接近というと弁当と電池が飛ぶように売れて、それなりにいい商売になったもんだが、今は台風が来たから酒飲もう、なんていうわけでもないしね。状況次第では今日は早仕舞いかな?
2005年08月25日
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以前、取引のある卸問屋から、「今週から昼の12時から1時までの1時間、留守番電話での対応にさせて頂きます」、との案内があった。電話の応対に追われて従業員がロクに昼食も摂れない、ということらしい。正直「このご時世に客をナメてんのか?!」という気にもなったが、以前からそういう対応のところも他にあるし、あるいはこれも時代の趨勢かな、とも思い、黙って聞いた。そして今日、その卸問屋に用があって電話をかけた。ダイヤルしてから気がついたのだが、ちょうど12時を少し回ったところ。留守番電話になってるだろうけどまあいいや、メッセージを入れてあとで電話してもらおう、と思い留守電のメッセージを聞いていたら、「......恐れ入りますが後ほどお掛け直しください......」(?_?)オイオイ!メッセージぐらい入れられるようにしとけよ!またこちらからもう一度掛け直させる気か!こういうのは「留守番電話での“対応”」とは言わないぞ、ただの「居留守」と同じだ。こういう対応は「機会ロス」につながりかねないと思うのだが、当の本人たちはそういう意識は持ってないのかな?
2005年08月24日
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開催まであと1週間足らずとなった同窓会、しかし参加者が今ひとつ伸びない。実は前回の同窓会を4年前に開催したばかりなので、そういう意味では「お久し振り感」がやや薄いように思える。私にはそれが原因に思えてならず、もっと間を開けたほうが参加者ももっと増えたんじゃなかろうか、という気もしているのだ。で、今日たまたま幹事グループのある女性と電話で話しをしていた時、そういうことを言った。彼女もおそらく同意してくれるだろうと思っていたら、彼女の意見は全く逆だった。これくらいの年齢の女性はちょっと間が開くと、急速に「老け」が目立つようになるらしく、それこそ10年以上もご無沙汰になろうものなら、「キミ、誰だっけ?」などと言われかねず、それが非常にコワイのだそうだ。だから逆に4~5年のスパンでコマギレにお互い会っておいた方が、安心できるのだそうだ。なるほどね、ある意味「目慣らし」をしたいということだな。やっぱり女性ならではの感覚で、私には考えもつかなかった。
2005年08月23日
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テレビの報道番組で、広島入りしたホリエモンの様子を伝えていた。行く先々は彼を一目見ようという人でごった返し、握手された人は嬉しそうな顔でテレビカメラに映っている。そしてどこからとも無く「ホリエ」コールが湧き上がる。そういう映像を見ながら、薄ら寒さを覚えた。確かにホリエモンの政治的手腕はあくまでも未知数だから、現時点でそれを評してどうこう言うつもりもないし、その未知数の実力に期待したいという有権者の気持ちもわかる。ただ私はホリエモンに限らず、すべてのいわゆる「落下傘候補」というのに嫌悪感を覚えるのだ。これがホリエモンのような超有名人だとなおさらだ。人気の無い人を落下傘候補として擁立しても、勝てる見込みは低い。しかしこれが人気があるというだけで、面白半分のふざけた有権者の票も含め、ある程度の得票は確実に見込める。つまり広島6区の有権者は、ホリエモンという有名人を立てれば黙っていても投票してくれる、「意思無き」有権者だと思われているに等しい。つまり政権党にナメられているようなものだ。自分たちがナメられているのに気がついて、それに対抗する意思をどのような形で示すのか、あるいは示さないのか、興味深く見守りたい。しかしこの選挙に関するメディアの報道で疑問に感じる点は多々あるが、最も気になるのが「刺客」という言葉。『子連れ狼』や一連の『必殺』シリーズなどの「刺客モノ」を観る限り、「刺客」=「正義」という構図が色濃く出ているケースが圧倒的に多い。そのイメージが知らず知らずのうちに国民のアタマの中に刷り込まれていると、メディアが「刺客」という言葉を使えば使うほど、「刺客」と呼ばれる候補者のイメージは相対的にアップしていくような気がしてならない。メディアは「刺客」という言い方を自重してもらいたいものである。ついでに全く関係は無いのだが、メディア関連でもうひとつ......「『謎のピアノマン』と言われた身元不明の男性はドイツ人で、一言もしゃべらなかったのは医師らをかつぐための芝居だった」最初から何だか眉唾モノだなあとは思っていたが、ちょっとでも真に受けてしまった自分が情けない........(-_-;)
2005年08月22日
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得意先などに行くと、よく話し好きの方が居られる。時間に余裕のある時ならいいのだが、用事があって早く切り上げたい時などに、そういう人に捕まってなかなか話が切り上げられないことがよくある。こちらが無理矢理切り上げようとすると、何だか嫌味な感じを与えそうなので、結局相手のペースに乗ったまま話につき合わされ、時間が思うように使えなかったりしてしまう。いつも思うのだが、こういう場面での話しの切り方の上手い人と下手な人とがある(もちろん私は後者だ)。私のサラリーマン時代の上司に、この話しの切り方の絶妙な人がいた。相手に気持ち良く話をさせていてもいつの間にか自分が主導権を握り、あっと思う間もなくごく自然な流れで話を終結させてしまうのだ。その度にいつも感心させられて、いつかは自分もこういう話術を身につけられたら、と思っているうちにもう十数年が経過したが、いまだに苦手だ(^_^;)
2005年08月21日
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とある大手学習教材会社が小学生向に、簡単な英会話学習のCD-ROM教材を製作しており、以前この教材のサンプル版がウチに送られてきたことがあった。子供たちはそれが気に入ったらしく、是非やってみたいということを言っていたのだが、うちの子供たちは皆そろって近視(及びその予備軍)なので、私と妻はこれ以上パソコンの前に座ってる時間が長くなるのは好ましくない、ということで却下した。それが約1ヶ月前の話だ。ただ小4の真ん中のムスメはちょっと諦めきれなかったようで、次なる手を打ってきた。昨日妻から、ムスメが書いてきたものだと言って、メモ用紙大の紙の束を渡された。読んでみるとそこにはムスメらしい几帳面な字が、びっしりと埋め尽くされている。内容は、というと要するにその英会話教材をやらせて欲しい、ということなのだが、その長々と書かれた文章がまたふるっている。自分がコレを使って今のうちから学習することで、中学進学以降の英語の成績に良い影響を与えること、英会話教室に通うよりもはるかに経済的で、尚且つ自宅でやるので時間の都合が付けやすいこと、パソコンを見つめる時間が増える分は、テレビを見る時間を1日○○分ずつ削るようにすること.......。その他、私達を納得させるための材料を彼女なりに事細かに書き記して、最後に「お願いですからやらせてください」と結んである。つまりこの教材が如何に低コストで大きな成果をもたらすかということが、彼女なりの視点で(やや「?」なところもあるが)説明されているのである。どうするかは今しばらく妻と検討することになるが、私としてはムスメが本気で英会話をやりたいと言うのなら、近所に小学生も何人か通っている英会話教室があるので、そこへ行くことを勧めたいと思っている。やっぱり会話はコミュニケーションだから、パソコンより生身の人間相手にしたほうが身につきやすいと思うからだ。それはともかくとして、私も妻もムスメがここまで書いた文章の、その内容の方にすっかり感心してしまった。彼女に潜在的なプレゼン能力を感じた。
2005年08月20日
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ウチの近所に24時間営業のマンガ喫茶(というよりはインターネットカフェ+その他諸々?)がオ-プンして1ヶ月経った。あまり客が入っているような雰囲気でもないが、当然ながら照明だけはまばゆいばかりにギンギンに灯されている。まるで不夜城だ。ここがオープンするまでこの辺りは、ウチの店が閉まった後は開いてる店は無かったので、それなりに暗くなったものだが、ここが出来てその雰囲気も一変した。光の暴力、とでも言ったらいいんだろうか、今までの暗く、落ち着いた夜を返せー!って言いたくなる気分だ。ただそれを言い出したら、ウチだって深夜0時まで煌々と電気を点けているわけだから、あまり他人のことは言えないけどね(^_^;)しかしこうなると果たして24時間営業というものに、そこまで差し迫った必要性があるんだろうか、というところが気になる。同じ24時間営業でも例えばコンビニなどのように、需要が先行していてそれに応えるために存在しているものも有る一方、こういったマンガ喫茶などの場合、オープンしていることで需要を新たに創り出している側面が大きいように思う。それはそれで商売なんだから、あくまでも悪いこととは言えない。ただかつて省エネが叫ばれた時に、テレビの深夜放送が軒並み打ち切りになったことがあったように、今Co2の削減が至上命題となっているときに、あえて不必要な電気の使用を極力減らしていくための、何らかの歯止めになるようなものが有ってもいいのでは、という気もする。実際コンビニにしても全部が全部24時間営業じゃなくても構わないだろうし、テレビの深夜放送だってもうちょっと削減しても大して文句は出ないだろう。電気の使用量を減らすことと、「夜らしい夜」を生活の中に取り戻すこと、この2つの目的で社会全体がもっと動いて欲しい、と思う。実際には難しいとは思うが、星も見えない“明るい”夜空を見ながらふっとそう思った。
2005年08月19日
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郵政民営化に反対した自民党の綿貫氏、亀井氏らが“やっぱり”新党を立ち上げたが、よりによってその名前が『国民新党』.....(+_+)理念もハッキリしなけりゃ、センスのカケラも感じられないし、だいたいかつての『日本新党』みたいだ。新党を作るんだ、という意気込みや、少しでも新しいイメージを、という想いは分からないでもないが、そもそも政党名に“新”という文字を乱用しすぎだ。“新”とか“ニュー”という言葉は、あくまでも「今」を基準にして、「相対的に」新しい、という意味に過ぎない。アメリカ大陸をいまだに「新大陸」などという人はまずいないし、ユーミンなんかに代表される「ニューミュージック」という言葉ももはや死語だ。そう考えると、今後何十年と永続していく可能性のある政党の名前には、“新”という文字は不適切だ。実際、『新自由クラブ』も『日本新党』も『新進党』も長続きしなかったじゃないか。ひょっとしたら『国民新党』も長続きさせるつもりは無いのかもしれない。自民党に再合流するのも時間の問題か......(^_^;)
2005年08月18日
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友人のバンドがライブをやるというので、仕事を早めに切り上げて聴きに行った。ライブハウスに行くのもほぼ1年ぶりだが、やっぱりライブはいい!たまには生音のシャワーを浴びないと、体にカビが生えてきそうだ。しかしやっぱり他人のライブを観ていると、自分も演りたくなってきてしまう。私とてアマチュアミュージシャンの端くれ、かつてはドラマーとしてバンドを組んでライブをやっていた。いや、「やっていた」と過去形にしてしまうのはちょっと寂しいのだが。でも何せ最後のライブをやってから、もうかれこれ4~5年になる。体の奥底で絶えずふつふつと燃えている残り火が、ライブハウスに行く度にボワッと燃え盛って、かつてはそれが一種のフラストレーションとなっていたのだが、最近はそうでもなくなっている。それはそれで寂しいことではあるが、燃え上がった炎がフラストレーションでなく、別のことに対するエネルギーに上手く変換されているのかもしれない。実際ライブハウスにいくと、元気を注入されたような気になるからね。あー、でもやっぱり演りたいなー(^。^)
2005年08月17日
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このところの郵政国会から衆議院解散、そして分裂総選挙へとつながっていく、一連のドタバタを見ていてふと思ったのだが、「政党」って一体何のためにあるんだろう?とりあえず選挙の際には、候補者は政党の公認が無ければ当選の可能性は現実的に低くなるし、有権者としても政党本位で投票する人が多いから、どうしても政党の存在は無視できない。ましてや比例代表制だと選挙そのものが政党への投票だから、政党無しには成り立たない。しかしいざ選挙が終わって各政党の勢力図が固まってしまえば、そのあとははっきり言って議員は「数合わせのコマ」同然だ。主要な法案の採決には党議拘束がかけられるから、よほどの事がない限り国会は与党の思うがままになってしまう。そこには各議員の「意思」というものは見えてこない。しかしいくら政党が政治信条を同じくするものの集合体だとはいえ、同じ政党内のすべての国会議員が、あらゆる法案についてすべて同じ見解をもっているかといえば、そんなことが有るはずは無い。おそらく国会議員になったからには誰もが、自分の政治信条を政治に反映させようと努めるはずだが、そこで党議拘束が足かせになっていることも多いだろう。「政党」があるから「党議拘束」も有り、「党議拘束」が有るからこそ「造反」だとか「裏切り」だとかいう、穏かならぬ言い方がまかり通っている。先日の郵政民営化関連法案に対する採決がまさにそれで、今回はそれで自殺者まで出してしまった。そこへもってきて、「造反」議員の選挙区に「刺客」候補を立てるなど、党の権威を維持することが最優先の、有権者無視もはなはだしい愚行だ。こういう顛末を見せられると、国会審議なんてみんな茶番に見えてくる。基本的に採決には党議拘束をせず、全員が「是々非々」で臨むようにしたほうが、結果的に国会での議論自体ももっと活性化するんじゃないだろうか?また国民にとっても「政党」というものがどれほどの意味を持つものか怪しいものだ(一部の政党に多額の献金をして、多大な利益を得ている一部の人は除くけどね)。アメリカのような2大政党ならともかく、日本みたいに小党が乱立して、それがくっついたり離れたりしているなんて状況では、政党の理念にキチンと筋が通っているとは思えない。唯一スジが通っているのは共産党ぐらいのものだろう。今の政党に国民の信頼を引き寄せられるだけのパワーを持ったところは、はっきり言って無い。僅かに一部のカリスマ的な人物を前面に立てて、その人物の人気を政党の人気にすり替えさせるぐらいのことしか出来ないではないか。例えば古くは土井たか子、菅直人、そしてちょっと前の小泉純一郎などがその典型だろう。それに今や特に都市部では無党派層が広まっている。もう選挙は政党でやるもんじゃない、っていうことを有権者が示し出してるということじゃないの?それに有権者自身も政党より人物本位で候補者選びをしたほうが、今回のように郵政反対した候補者に党の公認が与えられない時、いちいち悩まなくて済むしね。自分が支持しようとする政党の主義主張にも、共感できる部分とできない部分があるだろう。仮に自民党の支持者で、郵政民営化には賛成でも、最近の外交政策には反対だ、という人も多いだろう。有権者が選挙に際に「是々非々」の態度で政党を選ぶという手もあるが、それよりもあくまでも自分の考えに最も近い人を選ぶというほうが、より現実的だと思うのだがどうだろう?ただ実際そうなると小選挙区制では選択肢が小さすぎて、難しいかもしれないが。非現実的な話には違いないけど、「政党」なんか無いほうがいろんな意味でいいんじゃないか、なんてことをフト考えてみた。
2005年08月16日
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今日は1日配達は休みにした。得意先の飲食店のほとんどが盆休みを取っているので、だいたいお盆の間の1日はウチも休みにしているのだ。で、昼近くまでグッスリと長寝。このところ数少ない日曜の休みも、毎週野球に借り出されて早起き続きなので、こんなに遅くまで寝たのはホントに何年ぶりだろう、というくらいよく寝た。夕方からは店を開けなければいけないのだが、それまでは時間が空いているので、長男のリクエストにより市内の城址めぐりに行くことにする。というのも長男が今年の夏休みの自由研究のテーマに選んだのが「市内の城址」で、家から遠いところもあるので、かねてより連れて行って欲しいと頼まれていたのだ。事前に彼がインターネットなどで予備知識は仕入れており、地図で大まかな場所だけチェックして出発。城址といってもいろいろで、現在公園や神社になっているところもあれば、本当に山の中で何も残っていないようなところもある。それぞれに市の教育委員会などが立てた案内板などがあり、その沿革を知ることが出来るのであるが、意外と地元の歴史って、知っていそうで全然知らなかったりもするもんだ。いろいろ総合してみるとこの辺りの小さい城の多くは、16世紀後半に織田信長の侵攻によって滅ぼされている。織田信長というと割とヒロイックな取り上げ方をされることも多いが、直情型で短気な一面もまたよく知られるところで、この辺りの人にとってはさしずめ「殺人鬼」といった印象が強かったかもしれない。もっとも今となっては、そんなことを根に持っている人はまずいないだろうけどね。いつも何気なしにクルマを走らせている田舎道だけど、こういう背景を知ると、どこからか馬の蹄の音でも聞こえてくるようだ。
2005年08月15日
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先週から始まっていた長男の野球の公式戦でウチのチームはベスト4まで勝ち上がっていて、今日は準決勝&決勝戦があった。公式戦とはいえ、季節ごとの主要な本大会の合間に行われるいわゆるカップ戦で(Jリーグで云うところの『ヤマザキ・ナビスコカップ』のようなもの)、出場チームのレベルも大して高くは無いそういう大会だ。しかし今回は是が非でも勝ちたい。というのもウチのチームの歴史を紐解いてみても、あらゆる大会を通じ「優勝」というタイトルには一度も手が届いたことが無く、今回は絶好のチャンスだからだ。試合会場もいつものどこぞの小学校とは違って、高校野球の県予選なども行われる市営球場(ちなみに昨日はプロ野球の2軍戦が行われていたらしい)で、もちろんこういうところでやるのも初めてだ。そんな環境で選手たちもさぞ緊張してるだろう、と思いきや、これが全く緊張のカケラも無し。それが良かったのか、準決勝はまずは無難に勝利を収め、いよいよ決勝戦にコマを進める。ここで多少緊張が出たのか、初回いきなり無死満塁の大ピンチ。しかしここを運良く無失点で切り抜けると、勢いづいたウチのチームが着実に得点を重ね、終わってみればコールド勝ちで、あっけなく勝利を収めていた。もちろん初めての「優勝」に子供たちも親たちも大騒ぎ。そしてそのまま祝勝会になだれ込んでいった。私は、といえば仕事があるのでやむなく途中で中座せざるを得なく、アルコールもそこそこで切り上げなければ無かった(-_-;)しかしどんな大会であれ、優勝の味はやっぱり格別だ\(^o^)/
2005年08月14日
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昨日までうちの2人のムスメが、とある団体の主催の1泊2日のキャンプに参加してきた。いつもはウルサイ我が家も、この2日間はさすがに静かに過ごせた。この間、私と妻と長男、この3人で過ごしたわけだが、いつもは長男だけが外に出ているパターンが多いので、この組み合わせは最近ではちょっと珍しい組み合わせで、何だか新鮮な気分だった。その時に思ったのだが、長男がいつもと比べてやけに“しおらしい”、というか“素直”なのだ。私達両親の言うことはよく聞くし、普段はやらないお手伝いなども率先してやってる。それに喋り口調まで何となく“優しい”感じだ。妻は「一体どうしちゃったのかしら???」などとちょっと不気味がっているが、私にはよく解る。ヤツは根はこんな感じの素直なヤツなのだと思うのだが、変なところがシャイで、そういうところを他人に―――――特に妹たちに見られたくないのだ。兄としての威厳と言っていいだろうか、そういうものを妹たちの前では保っていたい、そう思うあまり、わざとぶっきらぼうに振舞ったり、エラそうな態度をとったりするのかもしれない。私もそういう性質はあったのでその辺りの心理はよく解るつもりだ。まったく親子だと性格もここまで似るかねー(^_^;)
2005年08月13日
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お客からのリクエストにより、樽生ビールの簡易サーバーを貸し出すことがこの時期はよくある。ただウチがサーバーを所有しているわけではないので、その都度ビールメーカーや問屋から借りることになるのだが.....。ところがこの貸し出しサーバー、どこで借りたものもいわゆる「マニュアル」が付いていない。だからお客に貸し出すときに、私が使い方を口頭でこと細かに説明する必要がある。何度も使ったことがあってよく分かっている人なら何ら問題はないのだが、中には初めて触るという方も見える。そういう方にはどんなに詳しく説明しても、何となくお互い不安が残ってしまうものだ(かといって今までトラブルらしいトラブルというのは特に無かったのだが)。という訳でウチでマニュアルを作ることにした。メーカーに頼んで作らせようかとも思ったが、ウチが独自に作ることでお客に「オッ!この店なかなかいい仕事してるな」と思ってもらえれば儲けものだと思ったからだ。ちょうど近日中にサーバーを貸し出す予定が入っているのでいいタイミングだ。長男をモデルに撮った写真をふんだんに載せ、そこに誰が見ても解るような丁寧な説明書きを加え、昨日やっと完成。時間は掛かったけど、A4用紙4枚にわたるなかなかの力作だ。そして今日、明日サーバーを貸すお客が来店されるので、サーバーの器具とともにマニュアルに載っている写真のチェックをしていたら......アレッ......何かおかしい......(汗)。「ガスホース」と「ビールホース」を反対につないでいるじゃないか!写真を撮る時に間違ったままつないじゃったのだ。もちろんこれではビールが出るハズが無い。とにかく写真を取り直して差し替えなければ、ということで今度はたまたま店に来ていた私の叔父にモデルになってもらい(別に顔が写るわけじゃないからいいんだけど)、大急ぎでマニュアルを作り直したのだった。そのまま渡していたら、危うくトラブルになるところだった。あー、チェックしといてよかった!
2005年08月12日
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今年のお中元商戦もほとんど片がついた。やっぱり、というか昨年よりもだいぶ落ちている。依頼主の内訳でいうと圧倒的に個人よりも法人の方が多いのだが、今年はお中元自体を廃止する、というところが何件か有って、その影響が大きい。企業の業績不振のあおりをモロに喰らった格好だ。ただ今までならどこの会社でも、件数を減らすとか単価を下げる、という形で経費節減に努めていたわけだが、さすがにいよいよこれ以上切り詰められない、というところまで来たということか。しかし件数を減らしたり単価を下げたりしていた段階なら、まだ「お中元」なり「お歳暮」という体裁だけは取り続けていたということになるが、「廃止」ということになるとそれらの風習自体を否定してしまうことに等しい。背に腹は替えられないとはいえ、この日本で昔から続いてきた風習をやめてしまうというのはよっぽどのことで、それだけみんな切羽詰ってきてるということなんだろう。しかし心配なのは今後のことで、こういう風習は一旦やめてしまうとなかなか復活しないものだ。この「中元・歳暮」の風習がこのまま廃れていくのは、ウチとしても非常に厳しいものがある。やはり何だかんだ言っても、この2大贈答期に売上の多くを依存しているというのは事実なのだから。
2005年08月11日
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一昨日の日記で、祭りにおける生ビールの売れ行きが、天候に恵まれてこともあって昨年を上回ったと書いた。しかし長い目で見てみると、祭りにおけるビールの販売量は徐々に減ってきつつあるようだ。原因はいろいろあるだろう。まずは「改正道路交通法」や「未成年飲酒禁止法」の影響。コレに関してはやむをえない、というか業界関係者としてはむしろ、これによって飲まなくなることを歓迎せねばいけないだろう(もちろん.....本心から......ですよ^_^;)それから昔ほど無茶な飲み方をする輩が減っているような気もする。かつては飲む量を人と競うような風潮が結構横行していたようにも思うが、最近はもうちょっとスマートになっているのかもしれない。実際祭りの現場でも、イッキ飲みをしている人たちや、泥酔してその場でダウンしているような人はほとんど見かけなかった。まあこの2つの原因に関しては、「健全な飲酒」を奨励するという観点から言えば、むしろ喜ばしいことだと思わなきゃいけない。ただ問題なのはもうひとつ考えられる原因―――――すなわちそれはズバリ、「ビール離れ」だ。ビールを離れてどこに行くかといえば、それは言うまでもなく「発泡酒」と「第3のビール」だ。その流れが、「祭り」というある意味“非日常的”な場においても、例外なく加速しているのがアリアリと感じられるのだ。実際売り場まで来て「発泡酒は無いの?」と訊いて来られるお客さんもみえたからね。普段そういう物を飲みつけていると、逆にビールに対して違和感を抱くものだろうか?消費者の嗜好が安い商品に流れるのは仕方の無いことだが、メーカーがただ量を売らんがためにそうした流れを自ら加速させるようなことは慎むべきじゃないか、ということを私はこの日記の中で何度となく書いてきたが、今回の「祭り」というビール売りの現場で直にお客に接して、一層その思いを新たにした。
2005年08月10日
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今日実は別の内容のことについて一旦は書きかけたのだが、実は今回がちょうど「500回」になることが判明して、急遽差し替えた。いや別に「差し替えた」といっても、そうたいそうなことを書こうという訳ではない。いつもながらの、他愛もない話だ。しかしながらそういう「他愛もない話」でも、さすがに500回も続けると何となく重みを感じるから不思議だ。しかもこの間の日記記入率が96%をキープしている。我ながらよく続いたな、と思う。「継続は力」というのは、きっとこういうことを言うんだろうな。そして500回の日記を書き終えて、今確かに言えること。何かを本当にやり続けようとするとき、「時間が無いから出来ない」というのは言い訳にはならない、ということだ。
2005年08月09日
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この2日間、祭りでの仕事(生ビール販売)が忙しく、日記の更新すら出来なかった。まあでもお陰様で、この暑さも手伝ってか、昨年をはるかに上回る量を販売することが出来た。といっても昨年は2日間とも雨にたたられて散々だったから、あまり参考にはならないのだが......。しかしまあこういう仕事は、いい気分転換になる。普段の仕事も一応接客業だが、おのずとお客の顔ぶれの多くは決まった人たちになってしまうのだ。しかしこういうところでは不特定多数の何千人という人たちに接するわけだから、それだけで刺激がある。また「祭り」というある種“異質な”状況下ではあるが、消費者ニーズを観察するにはいいかもしれない。それにこれだけたくさんの人が集まる場所だと、例えば何十年も会っていない人とか昔の同級生といったような、意外な人たちに会えることがある。ひょっとしたらその出会いが後々商売に発展していかないとも限らないしね。まあともかくこういう「イベント」的なものというのは、ある種麻薬のようなもので、どうしても病み付きになってしまうものだ(スタッフの中にはそういう人も多いだろうな)。しかしそれと自分の本業が直結している私などは、本当に幸せかもしれない。
2005年08月08日
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この土・日は大四日市祭りがあるのだが、昨年同様、今年も地元商店街の生ビール販売のお手伝いに参加する。昨日あたりからウチの倉庫には当日売る商品(ビール樽・ジュース類)に、サーバー、冷し箱、紙コップといった備品類も徐々に搬入され始め、また先程ビールサーバーの準備も終え、否が応にも雰囲気は盛り上がりつつある。両日とも通常の仕事をしながらだし、また日曜日には例によって少年野球の荷物運びなどもあり、かなりハードでヘビーな2日間になりそうだ。それでも勢い良く売れてくれれば張り合いも出るというもの。ちなみに去年は2日間とも雨にたたられ、肌寒いほどの気候だったので、売れ行きはイマイチだったが、今年は今のところ予報はまずまずといったところ。さあ、頑張って売りまくるゾー!
2005年08月05日
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私は普段の食事は自宅で摂ることが多いのだが、妻が帰省している間は必然的に外食ということになる。昼食はどこの店でもランチメニューが出されているからあまり不自由は無いが、夕食には案外苦労する。昨日の夜もちょっと離れたところに配達に行き、程よい時間となったので帰り道にどこかに寄って夕食を摂ることにした。クルマを走らせていると、駐車場完備のいかにも外食チェーン風の建物に「釜飯」の文字を見つけ、「お、釜飯もいいなー」と半ば直感的に駐車場にクルマを入れた。この建物は今まで何度も見ているはずなのだが、あまり意識したことは無かったのだ。ただ中へ入るとどうも思っていたのと様子が違う。雰囲気が完全に「居酒屋」なのだ。一瞬どうしようかと思ったが、「いらっしゃいませ~、おひとりさまですか~?」と声を掛けられるともう後戻りできず、案内されたテーブルに着く。周りを見るとみんな酒を飲んでいる(>_
2005年08月04日
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もうピークは済んだものの、まだまだお中元の配達が続いている。この中元・歳暮品の配達というのは、基本的にウチのいつもの顧客以外のところへの配達がほとんどだから、普段あまり行かないところへ行くことも多く、事前に下調べが必要だ。ウチの店では『Z社』の住宅地図を常備しており、だいたいのところはコレで調べはつくのだが、中にはなかなか捜し出せないところもある。たとえば「3丁目17番23号」とかいう住居表示なら分かりやすくていいのだが、田舎の方へ行くと「字○○2384番」というような4ケタ数字の番地表示も少なくない。こういうのは必ずしも番号順に家が並んでいるとは限らないので、住宅地図で探そうにもなかなか見つからずに、結果的にストレスが溜まってしまうことがままある。またこの『Z社』の住宅地図はだいたい6~7年に1度の発刊だから、それ以降に新たに出来た新興住宅地などは、いくら探しても載っているハズがない。そんな時は「だいたいこの辺」と目星をつけてあとは現地で出たとこ勝負、ということになる。ところがこれらの解決法があったのだ。ズバリ、マピオンなどの地図ソフトで検索すれば、どんな住居表示でも確実に調べることが出来るのだ。至極当たり前のことだが、何か目の前のモヤが一気に晴れたような気持ちだ。でもこんな単純なコト、どうして今まで気が付かなかったのかなー?
2005年08月03日
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今日から金曜日まで、妻と子供たちは妻の実家へ帰省だ。例年だと私も、行きか帰りだけでも一緒に行くのだが、今年は行かない。というのも、例年帰省は盆休みを絡ませて行くから私も休みを取りやすいのだが、今年は盆休みの真っ只中に長男の野球の試合があるからだ。去年までなら試合の方を失礼しても帰省したものだが、今年はそういう訳にはいかない。なんといっても長男はキャプテンで主力選手なだけに、絶対に出ると言ってきかない。そういうわけで今年は盆休みを外して、あえて野球のスケジュールに影響の無い“週中”に帰省することになった。そうなると必然的に私は仕事があるので一緒には行けない。このことを話すと人によっては、「いいじゃない、女房の実家に行かなくて済むし、独りで羽が伸ばせるし」と言われる。なるほど、そう考える人も世間には大勢いるのかもしれないな。しかし私はどちらかといえば行きたいのだ。別に家族と離れたくない、というわけではない。ただ単に「出たがり」なのだ。どうも一ヶ所にじっとしているのが嫌いな性分なので......(^^ゞ
2005年08月02日
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昨日健康診断を済ませた後で、遅れて長男の野球の練習試合に出かけた。実は昨日の試合にはちょっと特別な意味もあったのだ。というのも、昨日の対戦相手のチームには「元・チームメイト」がいるのだ。今年の春まで約3年間一緒にプレイしてきて、ウチの息子とは特に仲が良かった子だったのだが、親の仕事の都合でこの春、新学期になると同時に隣の市に引っ越してしまったのだ。転校してしまった以上、今のチームにいることは出来ないのでやむなく退団、そして新しい学校に来て早速そこのチームに入ったのだ。コレが同じ市内のチームならいろんな機会に顔を合わせることも多いかもしれないが、リーグが違うだけになかなかそういう機会もなく、今回やっと念願かなって練習試合をさせて頂く運びとなったのだ。久しぶりに見た彼はとても元気そうで、もう新しいチームにすっかり馴染んでる様子だった。ただ私達のアタマの中には、ウチのユニフォームを着た彼の姿しか記憶に無いので、別のユニフォームに身を纏った姿は、何ともいえない不思議な光景に見えた。子供たちも同じように感じていたかもしれない。ちょうどプロ野球で、トレードやFAで他球団に移籍した選手が、古巣相手の試合に臨むということがよくあるが、そういったケースでもやはり最初のうちは見ていて違和感を感じることがあるから、それと同じような気分かな。
2005年08月01日
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