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2018年04月05日
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カテゴリ: 何かヘンだぞ
伝統とは何だろう?

とにかく変わらないこと、変えずに続けることを伝統だと思っている人は多そうだ。
そうすると、そうした行為こそが「伝統を守る」ということになる。

ただ私は、「伝統を守る」というのはあくまでも「結果」でしかないと考える。
あえて言えば「伝統」とは、数多の人々の営みが連綿と続いてきた過程であり、
それが“結果として”「伝統」となっていくのではないか、と思っている。

その過程においては、様々な障害や葛藤もあるだろう。
そしてその中には、過去に例の無い事象にぶち当たることもあるだろう。
その度ごとに適切な判断を下した者のみが、伝統を引き継ぎ得るのではないか。




あらゆるものは変わりつつあるものだ、という前提で考えれば良いだけのことだ。

たとえば日本酒の酒蔵。
100年以上続いている蔵は全国でも珍しくないが、もちろんそれらの蔵が皆、
100年前と全く同じ酒造りをしているわけではない。
機械化すべきところは機械化して、合理化、省力化を図っている。
でもそのことが酒蔵の伝統を汚しているわけではもちろん無い。



思考停止に陥って、頑なに変わらずに凝り固まっているものを、「因習」と呼ぶ。

早いハナシが、今の相撲界が大切にしているモノは、
「伝統」ではなく、「因習」でしかない。

その「因習」も、合理性が明らかなものであればまだいいと思う。
ただ、「土俵上は女人禁制」という因習に、どれだけの合理性があるのだろうか?




どれだけの人にメリットがあるのかどうか。

「土俵上は女人禁制」という因習を堅持することで、メリットのあるのは誰か?
他方、この因習を撤廃することで、不利益を回避し得る人は多いのではないか?

要は何の合理性も持たず、誰のメリットにもならない因習を頑なに堅持することに、
どれだけの意味があるのだろう、ということだ。




私は門外漢ではあるが、それが相撲界の「伝統」を損ねることにはならないと考える。





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最終更新日  2018年04月05日 23時36分30秒
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