静岡市の建築家 舞

静岡市の建築家 舞

Karlsruhe,Ettlingen



期間:1999年10月28日~10月29日

カールスルーエ
Karlsruhe

 日本よりコンタクトをとっていた建築家協会(VSIA)ウォルフガング スタウバッハ氏と息子のピーター氏がホテルで私たちの到着を迎えてくれた。早速、カールスルーエ交通局(KVV)へ案内してくれた。
 人口27万人足らずだが、カールスルーエは都市交通のパイオニアと言える。 “track sharing(レール共同使用)”で知られ、トレイン(鉄道 ヘビー レール)とトラム(路面電車 ライトレール LRT)が同じレールを利用するのだ。
 カールスルーエ中心HauptbahnhofよりBrettenへのトラムは途中で約1マイルの間ドイツ鉄道(DB)のレールを走る。乗客はトラムを乗り換えることなく、市を離れ遠方へ行くことができるのだ。静岡鉄道の車輌がJRのレールに乗り換え、乗客は乗り換えなしで焼津へ行くということだ。
LRT Karlsruhe
 この効果はローカル鉄道の4倍の乗客を運ぶことになった。又、Haupbahnhofへ自家用車を使用していた人々の40パーセントをトラムの使用に替えさせた。1992年7月にDBのレールを使用するサービスが始まってから乗客は600パーセントに増加という大成功になった。市中心部はトランジットモールになり歩行者で賑わい、花市場・音楽隊の演奏などさまざまな利用が行われている。
 このレール共同使用の起源は1957年Albatalbahn(鉄道路線)のメーター標準寸法に切り替えにより、シティトラムがトレインに代わり、黒い森から市中心部までサービスを提供していた事。さらに急速な発展に伴いこのサービスが北へ拡大し、1979~1989年DBを使い再活用された。
 市交通局は“レール共同使用”の潜在力に気づき、DBを使い全地域にトラムを走らせるシステムを含んだ合理的交通システムの全体構成の開発に着手した。それまで750Vdcの電圧供給であったトラムをDBの15Kvacに耐えられるようにしなければならなかった。従来のバッテリーシステムから二重システムに替え、走行中に電圧を替える事に成功した。1992年Brettenへのルートにて開始され、途中DurlachにてDBと接合し、電圧が走行中にスムーズに替えられる。村々へのアクセスが改善され、この成功はさらにサービスのネットを拡大している。カールスルーエの全ての交通は地方政府の資金により設立された会社KVVにより計画されている。
 カールスルーエの“レール共同使用”の大成功は他都市にも影響し、ザールブリュッケンではプロトタイプディーゼルトラムの開発により、電気なしで可能にする計画。イギリスでは新システムを開発中だが、トラムとトレインの衝突のリスクを避けるオートマティカル トレイン プロテクション(ATP)が今まで導入されておらず、高価なため難しい状態にある。
 放射状に集まる都市形態から、現在、トラムは中心地Kaiser strasseに6ラインが集まり、歩行者で賑わう通りを約2分間隔で次々と通り抜けるため、車はいなくても、歩行者の緊張感を高め、市民にストレスを与えている。他都市がトラムを導入して車を規制しようとしている動きの中、カールスルーエはさらにそのトラムさえも地下に埋めるダブルデッキを計画している。但し、混雑のピーク時以外は地上に戻し、イージーアクセスを守り、夜間の犯罪の恐れを避ける計画をしている。
 私たちはトラムの終着庫でもあるKVV社より、KVVのガイドによりトラムに乗り込み、電圧のチェンジを経験し、Brettenまで行き、そこから引き返し、Kaiser strasseに向かう。途中、彼らの建築事務所ワーク事情を聞きながら。不景気なため新築するより親と住む傾向にあり、住宅の仕事は減少し、大変なようである。Kaiser strasseで説明を受け、KVV社に戻り、案内をしてくれたKVV社のガイドと別れる。
 次はスタウバッハ氏が施工金額監理をした総合電力会社(EnBw社)の見学。ガイドの方が、実際に仕事中の中を案内してくれた。1人1人ブースを持ち、パソコンとデスクを設備し、もう一人とPCを見ながら話ができる恵まれた広さである。
ホールでコーヒーをいただき一休み。
 次は連邦最高裁判所検事会館。最高裁判所顧問弁護士Dr Peter Morre氏と秘書の女性が案内してくれた。警護は厳重で、砲弾でも大丈夫ではないかと思う分厚い鉄のドア、防弾ガラス、曲線の吹抜、事務室、応接室、資料室など見学。庭の芸術作品は建設費の1割?(記憶曖昧)を芸術に充てなければならないとの法律による。隣接したZKM(メディアミュージアム)をちょこっと見学した(見学しようと思えば1日がかりになる)。
 次はガイドブックに乗っていない古風な静かな町エトリンゲン。町ぐるみで古い建物を残しているとの話で、観光客もおらず、中心に宮殿を配置し、“quaint and serene(古風な趣のある静かな)”という言葉がぴったりはまる美しい町である。古風な低層住宅に夕闇が静かに降り、町を包み込む。暖かな白熱灯が石畳に輝き、静けさを美しく照らし出す。”この町に住みたい”この町の趣を代表するような古風な小さなパブ(Laurturmhof)で田舎料理の食事を味わう。外にある木製の巨大な絞り器でリンゴジュースを自分で作るのがここの名物。 
 最後に山の上からカールスルーエの夜景を見ながら、都市の説明をしていただき、カールスルーエの充実した一日を終えた。
 夜中に安ホテル捜し(私の趣味でもあるが)、シングル5500円のHotel Barbarossaに決定。部屋は狭いが朝食は種類が多く最高。商用と思われる女性客ばかりなのも納得。この朝食を楽しまない手はない。結局、朝予定していた電車に遅れる。
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Ettlingen
”この写真でEttlingenをわかって”とは無理な話。でも小さなこの町の古風な静けさは伝わるのでは?いい町だ!
パブへ向かうこの通りのつきあたりに古びた小さな居酒屋(Laurturmhof)がある。店の前には昔ながらの木製のリンゴをしぼり機がある。地元の人たちの憩いの場だ。ソーセージをはじめ、ドイツ家庭料理とビールを楽しめる。もちろん客は皆友達になってしまうよ。おっと!リンゴジュースを忘れないように!

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