旧い映画を楽しむ。なでしこの棲家

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ブルにエルの≪哀しみのトリスターナ≫


極めて日本的な愛らしい顔立ちの若尾文子。
一時代を築いた女優である。
タイプは全然違うのであるが、
フランス女優カトリーヌ.ドヌーブと
非常に似ていると感じた。

それは、美しい顔、一見控え目に見えるその顔立ちの中に秘めた、
退廃、官能、背徳を醸し出す、女優という点である。
そして、それはあの当時と言うことに限ってである。


先日、カトリーヌのことを
男が守りたくなる女性、と述べたが、
この点は間違っていない。
上品で優雅と評する方もいらした。
確かに間違ってはいない。
しかし、それだけでは、役者としての彼女を評するには
足りないような気がしたのである。

見た目の容貌、雰囲気から受けるものと裏腹な
背徳、官能、退廃を演じて、
光輝くと言う点で、二人は共通するとみたが、
いかがなものでしょう。

だからして、存在感があるのではないか。

品を落とさずに、この背徳、官能、退廃が演じられるのは
カトリーヌと若尾文子だけであろう。

そして、それを見出したのは、ブルニエルであり、
若尾に関しては、増村保造であろう。


  ≪哀しみのトリスターナ≫

これもある意味、悪女の話である。
人間の奥深くに存在する人間性を抉り出した文芸ドラマである。

登場したときは、まだ、少女と言う設定で、お下げのかわいい
カトリーヌ=トリスターナが見られる。

しかし、それはラストの夫への復讐を果たすときの
冷酷で透き通るような美しさを際立たせるための、
ブリュニエル監督の意図であると感じました。

絶望感の中で、見せる退廃的な表情。
絶望感の中で、聾唖者に見せる全裸の官能的な顔。
(全裸は実際には映らないが)

世界の誰もが名を知るようになったのは、
同じブリュニエル監督の≪昼顔≫辺りからだと思う。

今のあの年齢では、演技力と共に、衰えぬ美貌を加えれば、
世界で一番美しい大御所、であろう。

ストーリー
16歳で母を失ったトリスターナは没落貴族のドン.ロペに
養女として引き取られる。
最初は養父としての顔を見せていた、ドン.ロペだが、

美しく成長していく彼女に父親以上の感情を抱くようになるが、
その頃から、トリスターナは、父親としてのロペは愛せるが、
男としてのロペには嫌悪感を抱く。

まず、このドン.ロペという人物。
没落貴族ながら、自尊心だけは高く、
働くことを下等だと言い、家族制度や、
教会をも否定する自由主義者である。

そんな彼のもとでトリスターナが教育されたと言うことが
キーポイントです.

彼との生活にピリオドを打つでもなく、
ただ、受身としての彼女の生活は続く。

だが、それ以外のことには、彼の自由主義のごとく、
彼女は何をするのも私の自由だわと言ってはばからない。

賄をしてくれる女性との三人暮らしだが、
常々、彼への反撥を彼女にぶつける。

段々、女性として、また美しすぎるくらい成長していく
トリスターナに老醜さえ見せ始めたロペは感情を
抑えられなくなった。

ロペはついに親娘以上の関係を強要した。

そんな中で、トリスターナは街へ散歩に出かけて、
イタリア人の画家ホラシオと知り合う。

初めて、愛するということを知った彼女はロペの嫉妬にも
”わたしは自由よ”と画家と一緒にイタリアへ駆け落ちしてしまう。

嫉妬に燃えるロペは、
メイドに”彼女はきっと帰ってくるさ”と話す。

2年の歳月が過ぎ、
メイドからトリスターナが帰っているらしいと聞くロペ。

聞けば足に腫瘍が出来て、
片足切断と言う事態に見舞われているらしい。
トリスターナは不治の病と思っていて、
ロペの家で死にたいと、画家と別れ、ロペの元に戻る。

その頃はロペの姉が亡くなり、莫大な財産が入り、
裕福になったせいもあり、
ロペは丸みを帯びた好々爺になっていたが、
トリスターナがロペを嫌っていることを知りながらも
彼は、彼女を迎え入れた。

あれだけ自分の生き方に固執していたドン.ロペの変貌振りに
嫌悪感は増した...ということは、彼女の中にいるロペに受けた
教育そのものが、ロペを否定したと言うことに他ならない。

片足を切断し、ホラシオへの愛も冷めた今、
人生になんの希望も無い彼女は、
段々と冷酷で笑わない女になっていった。

ドン.ロペへの憎悪だけだ。
それは、ロペの中に見るトリスターナ自身を
認めたくないともいえる。


車椅子で外出しても、ロペの手は借りずにメイドや、幼馴染の
聾唖者でメイドの息子の手を借りるのだった。
すれ違う乳母車の中の赤ん坊に目をやるトリスターナの
表情はハッとする。
これは、羨望なのか、それをも冷ややかに
受け止めたものなのか。

気難しくなるばかりのトリスターナにロペは
ただ従うだけの毎日だが、

結局結婚式だけは挙げた。家族主義を否定していたロペの
自由主義はどこへ行ったのか?

あんなに傲慢で、嫌悪をしていた時には、黙って従ったあなたが
あんなに柔軟になった今のロペになぜ、それほどまでに
逆らうのですか??という司祭の言葉にも冷ややかな表情の
トリスターナ。

生きてきた過去への憎悪と今の絶望感だけしかないんですね。

当然、寝室は別々であった。

ある夜、隣の部屋で、ロペが発作を起こし、
見に行ったトリスターナに
”医者を....”というロペ。

彼女は受話器を取ろうとして、
突然悪魔=殺意が顔を出し、かける振りだけで、
医者に知らせなかった。

隣室に戻ると、そこにはすでに、ロペが息絶えていた。

窓を開け、降る雪を眺めるトリスターナ。

冷え切った部屋はまるで冷え切った彼女を象徴するようであった。

やっと自由になれると...
束縛されつづけた人生からの解放はこんな形でしか出来なかった。
ロペからも自分自身からも解放された。

なんとも哀しい人生ですね。


こういう退廃的な絶望感に満ちた中の、冷め切った役は
彼女の独壇場でしょうね。

ドラマテイックに抑揚をつけたセリフ回しをするでもない演技。
そこに怖さが伝わってくるんですね。

その前に、≪幸せはパリで≫を再鑑賞したのですが、
こちらは1960年代に流行ったラブ、コメデイ。

ジャック.レモンとの共演。フアッショナブルで
美しく可憐なカトリーヌでした。

デイオンヌ.ワーイックが主題歌を唄ってヒットした
バート.バカラックのメロデイーに乗せて、ちょっと洒落た
恋物語。

5年後のうって変わっての、ある意味、悪女の役でした。

1975年以後の彼女の作品は殆ど観ていないので、
これから、順次観て行こうと思ってます。
ちょっと面白そうなのでね。

それと、フランス映画作品に限り、1970年以降のものを
今から、チョイスして観ていこうと思いました。

1970年、 フランス、スペイン、イタリア合作
監督     ルイス.ブルニエル

出演  カトリーヌ.ドヌーブ
    フエルナンド.レイ
    フランコ.ネロ 

☆ 10/1  衛星放送第Ⅱ で放映されます。
         確か、深夜0:00位だったと思います。



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