旧い映画を楽しむ。なでしこの棲家

旧い映画を楽しむ。なでしこの棲家

吉村公三郎   ≪偽れる盛装≫



祇園の中を、世界を、表面的にしか描けなかった時代、
徹底的に取材と調査でその世界を浮き彫りにした
溝口健二の”浪速悲歌”
それをもっとリアルにした”祇園の姉妹”

そして戦後すぐの頃の京都祇園芸者の世界にメスを入れ、
そういう世界にも民主主義の風は吹き、
しっかりと生きる芸者を描いた力作が
≪偽れる盛装≫である。

製作 大映  1951年度
監督 吉村公三郎
出演 京 マチ子/原田泰子/菅井一郎/小林桂樹/
    新藤英太郎

芸者君蝶は母の営むお茶屋の売れっ子芸者であるが、
男を次ぎから次ぎと手玉に取る やり手で 業界では評判はよくない

妹は市の観光課に勤める乙馴しい娘である。

母は情も深くやさしい人だ。
妹には職場の同僚である恋人がいるが、
商売敵きの茶屋の息子でそれも養子である。
ふたりの結婚は前途多難である。

君蝶は妹にだけは普通の幸せな結婚をと願っている。
母が日陰の身であったことや、一家の為、今では芸妓をビジネスと
考えているかのように自分のおんなとしての感情は
押し殺してただ、お金の為にだけ頑張っている。
何人もの男たちが搾り取られるだけ搾られて、君蝶から
捨てられている。

君蝶にしてみればお金の切れ目が縁の切れ目で、
男はんの気持ちなど、みじんも考えていない。
金持ち男の奪い合いの競争の中では
たじろんではいられないかのように。

月夜の晩ばかりでは無い。
踊りの発表会の当日、出刃包丁を持った、かつての男が
君蝶のもとにやってきて大騒動となり、逃げて逃げて、
表通りにまで出て追っかけっこは続く。

踏みきりまで来てとうとう背中を刺される。
幸い急所を外れたがベッドの上で、君蝶は
無我夢中で働いてきた自分を振り返る。

妹は家を出た恋人と一緒に東京へ行くという。
人のこころを取り戻した君蝶はイチから出直す決心をする。

戦後の世界もいろいろとあると先夜書きましたが、
男を手玉に取るということはいけないことには違いないが、
しかし寄ってくる男たちも純粋に君蝶だけに愛を注いで
いるかといえばそうではない。
彼らもまた、エゴイスト達である。
芸妓も男に泣き泣き騙される妓だっている中で、

戦後の逞しい女性ーーつまり自分の意思(形は悪いが)を持った
女性の職業がたまたま芸妓であったとすれば、下を向いて歩いてきた
日本の女性が上を見つめて歩こうとした象徴として描きたかったので
はなかろうか。

モノクロの中に古い京の街並みとマチ子さんの
色っぽくも逞しい姿がマッチして
戦後の祇園も逞しくなるだろうことを思わせる。

祇園の世界を描きながら、モダンで欧米的な感覚で撮る吉村監督。
小気味良く颯爽としているヒロイン。会話の歯切れ良さ、
ストーリーの快テンポ。
古く戦前にはあの名作”暖流”でメガホンを撮った監督だ。

当時の観客には新鮮であっただろうと思います。
いつか彼の”越前竹人形”を紹介したいと思う。

出来るだけいろんな世界の明治、大正、昭和初期、戦後や
その後を描いた映画を紹介したいと思います。

そしていろんなタイプの女性を分析していきたいですね。
女性は強いーー弱さと強さが表裏一体です。

職業にこだわらず逞しい女性、哀しい女性..

日本、と 日本人を知ること。
とっても大事な...原点だと思っています。


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