-小麦粉記-

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図書曲エチュード・


 桜の花が咲くのが遅いこの地域にようやくやってきた桜前線は、学校に植えられた桜の老木を満開にさせた。春一番にその花びらが躍り、舞ってゆく。安易な言い方をすると、学校の玄関前の広場は桜のじゅうたん。すこし湿り気を含んだ暖かい空気が、高梨のいる部屋に吹き込んできて、その催眠的な甘い香りを教室に充満させる。気持ちのいい、春の只中だった。
 高梨のいる部屋にすえつけられたプレートには「司書室」と書かれていて、その下に「図書局」と筆で書かれたわら半紙がセロテープでとめられているが、そのセロテープも黄色く変色して、ところどころ破れている。
 更にその下には、こんな文章がワープロで打たれた上質紙が、真新しいセロテープで張られていた。
 学生会より。予算削減及び部局、同好会の再編作業について。
 学校財政の悪化に伴い、部局・同好会の再編、予算の削減のため、各部・局室を点検に回る
 そのさい、部局として活動に必要な人数の三人を割っている部局は同好会への格下げを命じる。
 ただし人数が規定に足りない場合でも、昨年度までの実績を考慮し学生会が認める部局については予算の配分を検討する。また一定の基準をクリアした活動計画を学生会に提出し、受理された場合も同様とする。
 そのため規定の人数に足りていない部局は、あらかじめ頒布した活動計画を記入し、学生会の巡回時に提出すること。締め切りは巡回時まで。それ以降の提出は一切認めない。また巡回前に直接学生会室に提出しても構わない。
 学生会の巡回は、今週の金曜日とする

 要するに、大した活動をしていない部局への予算をカットし、より実績のある部局へと予算をまわすから覚悟しろ暇人どもめ。という学生会からの脅しで、そして今日がその巡回に来る、金曜日だった。
 高梨圭吾が所属しているのは、部屋のプレートからもわかるように「図書局」という局だった。
 各クラスで図書委員というものは決められるが、それとは別に、よりよい図書室、よりよい学校図書をつくっていこう名目で図書委員とは別に存在している。が、その活動はほとんどが図書委員と同じであり、その存在は「図書委員のまとめ役」というくらいの認識しかもたれていなかった。そのくせ予算はきっちりと受け取っていて、文系の部活としてはかなり高額の予算の配分を受けている。図書委員に分配される予算を合わせると、相当な額になる。
 以前から、図書委員と一緒にしてしまってもいいのではないか、図書委員との仕事の差がないなどいちはやく廃局の話は出てたのだが、そのほとんどが夏休みに入る頃には自分が図書委員であったことを忘れている委員の代わりに図書室を支えているのが図書局だったので、学生会としてもおもむろには潰すことはしなかった。だが、学生会が図書局を潰したがっているのは明白で、圭吾を除く局員が全て卒業した今年度、学生会が図書局に攻勢をかけてくるのは、誰の目にも明らかだった。
 今年度唯一の局員になってしまった圭吾は、とりあえず部局紹介の冊子に
「図書局 新入局者募集。 本に興味がある方は別棟二階、図書室隣の司書室まで」
などと慣れない勧誘文を書いたが、なんの工夫もセンスもへったくれもないレイアウトに新一年生が目を向けることもなく、凝ったデザインで勧誘文を書き、また運動部連中に混じって校門でビラを配る努力をした放送局に、文系な一年生の大部分が流れてしまった。なまじ「ラジオドラマ部門」や「アナウンス部門」などで全国大会に出場していることもあり相当人気も高く、その分予算の配分も高かった。
 何の実績もない、どちらかというと地味な感じの図書局に、人が流れてくる要素は、ほとんどなかったのだ。圭吾としては「図書局んどんな実績をのこすような仕事があるんだよ」と思わずにはいられなかったが。
 かといって図書局に全く人が来なかったわけではない。三人くらいは図書局のドアを開け、入局しようとした奴がいた。が、パイプイスにもたれかかり机に足を乗せて、更にブレザーの制服を見事に着崩している怖そうな先輩、圭吾を見たとたんに「スイマセンデシタ」と回れ右をして帰っていった。
 俺って、そんなに怖いのか?と自問し、あらためて自分の姿を確認して「確かにあまりいい雰囲気ではない」と気がつき、ほぼ二年ぶりに制服をきちっと着て普通に座って新入生をまったが、どうも図書局には怖そうな先輩がいるから行くな、という噂が流れてしまったようで以来誰一人としてドアをノックするものはいなかった。
「くそ。せっかく先輩が守った局を引き継いだって言うのに、俺の代で潰されちまうのかよ…」と一人ぼやいてみるものの、一向に状況は変わらない。学生会の巡回の時間は刻一刻と近づいていて、必要性を感じなくなったきちっとした格好を解いていつもの体勢に戻り、うとうととしていたのだった。
 せんぱぁい、俺どうすりゃいいっすかねぇ。だぁれも来てくれないし、このままだと同好会に格下げだし、つーかそもそも図書同好会とか意味わかんねぇし聞いたこともねぇよ。活動計画だって別に図書の買出しと図書の当番くらいだし、唯一参加する高文連だって別に図書館について話し合うだけで何にもしねぇし。せめて一人でも新入局員がいれば少しは状況も変わるけど、あと三十分で誰か来るとも思えねぇし…。
 不毛だった。誰もいない局室でブツブツと独り言をいっても、もう卒業した先輩はここにはいないし、新入局員もいない。仕事はしなくていいから名義だけを貸してくれと友達にに頼んだものの「僕はそういう適当なことはしないんだ」と断られた。いっつも適当に生きてるくせに肝心なときに無駄に真面目になりやがった。
 図書局の維持は、絶望的だ。どうしようかな、俺。
 たった一人の図書局員、高梨圭吾は、うとうとしていた頭を起こし、うなった。
 そのころ学生会長の成田山慎一は、写真部の部室で「どうか予算を増やしてくれ」と言って渡された副会長の盗撮写真をポケットにねじ込みつつ、図書局の維持について頭を動かしていた。しかし彼の頭脳をしても現在局員一人のこれといった実績のない局の予算カットはもはや絶望的に決定的だった。
 学生会のメンバーのほとんどが図書局を潰したくてしかたがない連中だったので、というのも去年の図書局のメンバーが数々の伝説を作るほどの「変態」ぞろいだったためだ。その話はまた別のお話ということになるが、いま一人で局に残っている圭吾も素行不良の生徒のため、副会長などはもう既に図書局を潰した気になっている。
 俺としては学校のためにも圭吾のためにも図書局は残したいのだが…と慎一は思っているのだが、現状はサイアクだった。
「なぁ副会長」
「なんです?会長」
「君は可愛いなぁと思ってね」
「・・・・はぁ!?ななななにいってるんですか会長!」
「うむ。だから図書局は残してはもらえ」
「ダメです」
即答か。
「可愛いぞ。さっちゃん」
今度は愛称でよんでみる。
「だめです。そんな見え透いたお世辞いってもダメです」
「その割にはずいぶんと赤面していたじゃないか。それに可愛いというのはお世辞ではない。少なくとも俺は君の事を可愛いと思っているがな」
「冗談はよしてください。図書局は、規定を満たしていなければ、廃局です。仕方が無いんです」
そういって副会長、里山愛子はそっぽを向いてしまった。
 強硬姿勢でときには暴力沙汰もいとわない、珍しいタイプの学生会長として知られる慎一も、副会長の前では強くは出られなかった。
惚れた弱み、というやつである。
 図書局の維持は、絶望的だった。許してくれ、圭吾。
 学生会長成田山健介は、次の部室へと足を運ぶ副会長のあとをついてゆきながら、うえの階にいるであろう友達に、心の中でうなった。

 そのころ、一年生の池ノ内さよりは、司書室の前で悩んでいた。その手には「クれイじーらイぶラり!学園祭号」とタイトルがつけられた冊子が握られている。
 去年の学園祭で図書局が発行した冊子で、本や図書室に関する荒唐無稽な主張が怒涛のように載せられているその年の図書局の混沌具合がにじみ出ていた作品だった。
 中学三年のときに友達に無理やりつれていかれる形でいった、自分には少しレベルの高い学園の学園祭でもらった一冊の冊子。
 「図書室の構造と本の埃の匂いについて」というタイトルで自分がいかに欲求不満が溜まっているかをぶちまけたものや「貸し出しカードの整頓作業」のタイトルで、好きな女の子の貸し出しカードを抜き取って保存し、その女の子が本を借りに来たときに新しい貸し出しカードを作ってあげて話のきっかけにすることは果たして罪かどうかなどと語るもの、「我が校の蔵書の価値」と題して勝手に書庫から古い本を持ち出し、オークションでいくらの値段がついたかを発表するもの(しかも値段がついたのに売らないという半分詐欺行為だった)、そんな無茶苦茶だが読んでて楽しくなってくる冊子の中に、一つだけ二年生が書いていた小説に池ノ内のココロが揺さぶられた。そしてその小説を書いた先輩がどんな人なのか、何故か知りたくなったのだ。
 もともと本が好きで趣味の範囲で小説もかいていた池ノ内だったが、その小説を読んでから本格的に書くようになった。まだ人には見せたことはなかったが、かなりの分量をかいていた。
 自分の書いた小説を、立派な形にして発表してみたい。あの冊子を出した図書局へと入って、いろんな人にアドバイスしてもらって、自分の小説を書き上げてみたい。そう思って。
 そうして彼女は小説を書く一方勉強を重ね、最初は無理だといわれたこの学園にへと合格。文学部へと誘う友達を断り図書局へとやって来た。
 部屋の中からはなんの声も聞こえない。ときどきギシギシという音が聞こえるが、それっきりだった。だいたいどこの部室でも新入部員を歓迎し、なかにはパーティーじみたことをしているところもあるのだが、図書局からは何もない。ギシギシしかない。少し離れた放送局の部室から楽しそうな笑い声が聞こえて、池ノ内のポニーテールが不安そうに揺れた。

 入っても大丈夫なんだろうか。なんだかすごく静かだし、あんまり人なさそうだし。まぁ、あんまり人が多いのも好きじゃないから助かったといえば助かったんだけど…。
 手に持った冊子を、もう一度ぎゅっと握る。
 さっき文学部のだしていた文芸誌をみたけど、どれもあまりレベルの高いものじゃなかった。むしろ同人誌的なものが多くて、私は好きじゃない。かといって図書局に入って小説が書けるかどうかというのは、確かなものは一切ない。この冊子のような印刷物をだすのか、そもそも今の図書局がどんなところなのか、全く情報がない。部局紹介のプリントに、そっけなく「本に興味がある方は別棟二階、図書室隣の司書室まで」と書かれていただけ。どんな人がいるのかもわからない。
 あんたみたいに冷たい人がはいっても、だれも喜ばないよ。
頭の中で誰かの声が反響する。中学の頃が、フィードバックで再生される。いやな、記憶だった。冷血動物、低温人間、心が冷え性…。そんな言葉が、頭の中を飛び交ってゆく。
 呼吸が、苦しくなってしまう。唇が、指先が、頭の中が痺れて、感覚がおかしい。必死に我慢しながら、なぜこの学園を受験したのか、なぜあんなに頑張ったのか、それを思い出して、もしかしたらあの小説を書いた人はもういないのかもしれないけれど、いま握っている冊子はたまたま学園祭だから出しただけの冊子で、普段は全くそういうものを出していない、私が小説を書いても全然意味がないのかもしれないけれど、図書局に入るためにこの学園に入ったんだから。もう中学校じゃない。中学校のときの、いやな自分じゃない。私は、かわらなきゃいけない。
 荒い呼吸を袖で抑えて落ち着かせてから、私は図書局のドアを、がらりと開けた。

 公立秋野山学園、図書局。春の只中。

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