-小麦粉記-

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窓越しの人へ


 店の窓に面したテーブルで、今日も俺は珈琲を啜る。程なく、急な坂をチキチキと自転車を押して歩いてくる女の子の姿が目に入ってきた。俺の手が止まる代わりに、心臓がその動きを大きくする。一瞬俺の方へ首を傾けた彼女とちょっとだけ視線を交わし、それから何事も無かったように俺の目の前を通り過ぎて行く後姿を見送った。長い髪が、さらさらと綺麗になびいていた。

 「ご馳走様。また明後日きます。」とカウンターにお金を置く。常連のお姉さんに「いつまでも窓越しだけで良いの?」と声をかけられた。俺は逃げる様に「いいんですよ。」と振り返らずに言う。俺の背中に「嘘ね。」というお姉さん。店を出てから「嘘です。」と呟いた。
 この喫茶店に通うようになったのは丁度半年前の出来事からだ。窓際のテーブルで珈琲を飲んでいるウェイトレスの制服の女の子と、一瞬視線が絡んだ、一秒かそこらの出来事から。

 翌日、意を決してその喫茶店に出向いたのだけど、その女の子の姿は無い。何故か「あの子は火と木曜は休みなんだよ。」と常連らしいお姉さんに教えられた。そのまま帰るのも失礼なので、彼女が座っていた窓輪の席に座り珈琲を頼んでみた。すると自転車を押しながら歩いてきた彼女と、目があったのだ。
 その日から半年間、俺は毎週火曜日と木曜日、彼女がいない日に店の中から、それ以外の日は店の外から。お互い一瞬の視線の交差。
─いつまでも窓越しで良いの─
 良い訳が、無い。とうに限界など通り越していた。何度もそのドアを開け、声をかけようと決心した。だけど、そうする事によって、今の窓を一枚挟んだ視線を交わす易しい関係を壊した先にあるのは、ただの俺の思い上りかもしれないと躊躇い、気が付いたら半年だ。

 水曜日。今日は彼女が働いている日なので、店には入らないで彼女を見るだけなのだが、テーブルには、紙が置いてあるだけだった。

─窓越しの人へ。 風邪をひいてしまいました。あなたも気をつけてください。─

 店に飛び込んだ俺が何か言う前に、お姉さんが笑いながら「軽い夏風邪。明日は今日の埋め合わせで来るそうよ。彼女、かすてら好きだって。」と教えてくれた。それを聞いて珈琲も注文せずに置き紙を持って店を飛び出す。
 「シアワセって言うのは、相手を見つめるだけじゃ生まれない。触れ合った手と手の間から生まれるって、誰かが言ってたわ。頑張んなさいよ、青春真っ只中の高校生でしょう?」というお姉さんの言葉を背中で受け止め、一番美味しいかすてらを売っている店に直行した。

 木曜日。いつもなら誰もいない窓際のテーブルに、ウェイトレスの制服を着た彼女が座っている。今日は窓越しに、視線を合わせることをしない。驚いた顔の彼女を横目に、かすてらと、今まで溜め込んでいた言葉と気持ちを心いっぱいに抱えて、彼女がいる店のドアを、押し開けた。

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