-小麦粉記-

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バンドの人気は~橘~


 大体、みるくかくてるが月見やぐらの曲をコピーして、その上元メンバーも入れてライヴハウスでセッションするなんて、いままでの経歴上ありえない。
 みるくの連中が月見のメンバーをライヴハウス裏に呼び出してギターでボコボコにした言ったほうが、まだ信憑性がある。
 しかも、ライブをやるその当日に連絡をよこした時点で、疑ってかかるべきだった。とはいえおれも小倉も寝ぼけていたんだから仕方が無いといえば、しかたがない。

「だっさい車だねー!」と、貸しスタジオ「サウンド・ママ」の前で腕を組みながら待ち構えていた三澤のずいぶん手前で、小倉が車を止めた。同乗者に優しいブレーキだ。最後の最後まで、安全運転は貫くらしい。
 三澤の声を聞きつけたのか、みるくかくてるの面子がぞろぞろとスタジオから出てくる。キーボード、ドラム、ベースの男三人と、三澤を含めたギターの女三人。計6人。
 ベースの加藤が、ニコニコしながらおれに手を振ってきたので、おれもつられて手を振り返す。しかし加藤はおれには手を振っても、決して小倉に手を振ろうとはせず、というか小倉のほうを見ようともしない。

 バンドをやり始めたのは、みんとかくてるより月見やぐらのほうが先だ。
 加藤とは、おれが月見やぐらに誘ったという縁で、割と仲がいい。しかしなぜか月見のほかのメンバーは三澤をはじめとしたみるくかくてるの面子が気に食わないらしく、小倉、中條、そしてドラムの斉藤がよくライヴハウスでちょっかいをかけていた。特にみるくのドラム担当である白州というひょろっとした奴は相当おちょくっている。おれのギターソロの間に三人とも演奏をやめてステージに彼を引っ張り出して取り押さえ、彼のムスコを露出させてどこから拾ってきたのか貫通式のオナホールを使って「公衆面前大噴火」させるといった鬼のような事件を起こしたこともある。白州の「ヴァあぁアぁァあアあッ! でるっ、でるぅぅうううううう!」という叫び声と和音になるように弾いたギターはいまだに忘れられない。
 おかげでライヴハウスを汚した罪で月見やぐらが一ヶ月出入り禁止になった。
 その腹いせに解禁開けのライブでまたも対バンしてしまったみんとかくてるの白州を、前回同様おれのギターソロ中にとっ捕まえて、これまたライヴハウスのみんなの前で「眉毛を全て剃り落とす」刑に処したのはさすがにやりすぎだった。
 あれはキツイ。
 眉毛がちゃんと生えそろうまでクラスの人間から道行く人々までがチラチラと白州に好奇と奇異の視線を向けるのだから、彼にとってはたまったもんじゃない。せっかく「しらす」ではなく「しらこ」と呼ばれるコトも下火になってきていたのに。
 その白子じゃない、白州が恨めしそうな顔をして小倉と三澤を交互に見比べている。
 ひょろっとしていて、正直これでよくドラムが勤まるなとおもう。
「さーて、まずはごめんねー。実はこれからライブなんて、ないんだ」と、三澤が実に楽しそうに話し出した。って、ないのかよ。
「まぁさ、外で立ち話もなんだし、入りなよ。いろいろ相談したいことがあるから」と勝気な目をくりくりさせておれと小倉を手招きする。
 おれ達は素直に従って、みるくかくてるの面々と共に、暖房設備の整ったスタジオにはいることにした。もちろん小倉が白州を最後にして、彼の腕をドアで挟むことも忘れちゃいない。


 三澤たちが集まっていたのはサウンド・ママの待合室で、畳敷きの大き目の部屋にいくつか折りたたみのテーブルが置いてあった。壁には「音出し禁止」という注意書きと、バンドのメンバーを募集する張り紙がめちゃくちゃに貼り付けられている。ダーツのボードもあったけれど、刺さっている矢はみんな折れていた。
 みんなが部屋に入って座ったことを確認した三澤が「さて」と立ち上がった。
 この三澤七海という人間いついては、すこし気をつけなければならない点が、いくつかある。
 この女、あの神崎朱実と仲がいい。お互いその頭の回転の速さと色気仕掛けで学校に勢力を拡大していった同士、気が合うらしい。
 とくに三澤は、よくわからないように人を追い詰めてどん詰まりまで行ったところで手を差し伸べて味方に引き入れるというやり方を好む。ということを小倉と中條が言っていたのを覚えている。おれとしては三澤のナイスバディをもみくちゃに出来れば何にもいらないんだけどさ。
 そもそもあの二人は、女の子に優しくない。小倉はヤク中のドSだし、中條はすぐにらむし。
「今日小倉と橘に来てもらったのは」と、芝居がかった感じで、三澤がおれ達に指を向ける。
「卒業式のあとに、同窓会の入会歓迎式が「八島軒」であるでしょ? あれの出し物で、学校のほうからあたしたちに何か一曲でもいからやってくれないかって、お願いがあったわけ。や、別にさ、学校からお願いがあってもなくても、あたしたちはやるつもりだったんだけど」
 ここの高校は、なまじ北海道で一番古いというだけあって「同窓会」という組織が割りと大きい。そうでなくてもなにかしら帰属意識の強いこの地域の集まりの中では、かなり規模が大きくなる。いまじゃそういうことに厳しくなって「コネ」とか「配慮」というものがなくなったそうだけれど、それでも市役所なんかだと「学閥」とまでは行かずとも、外からは見えないネットワークがあるらしい。
 そこでこの卒業式の直後に八島軒というレストランで開かれる「同窓会入会歓迎式」というところで財界のお偉いさんたちに顔を覚えてもらうことは、これからこの地域で暮らしていこうというときに少なくない後ろ盾をもらえることになる。
 この街に興味の無い連中にとってはどうでもいいことかもしれないけれど、三澤や神崎あたりの連中は、この機会を逃すはずが無い。
 ということをこれまた以前に、中條がそのようなことをおっしゃっていた。
 おれや小倉のような、この市に合併吸収されてしまった町の出身者には、あまり関係の無い話だとは思っていたけれど。「学閥」? なんだそれは、食べられるのか、程度。
「でさ、べつにあたしたちだけで受けても良かったんだけど、やっぱさ、みんな卒業じゃん。どうせならビックバンドでやりたいと思ってさ」
 となりで小倉が「卒業じゃん、ねぇ」と呟いている。別に悪くない、って言う感じの、顔。
「それで、まずフラストレーションの溜まってそうなアンタ達から声かけてみたんだけど、どう?」
「へぇ。良いんじゃないの? 別に。出来れば三澤のおっぱい揉ませてくれたら二つ返事でOKするけど。どう? 小倉は?」
「どうだろうな。おれは三澤のアナルヴァージンと引き換えがいいけど」
「あはは、アンタら、バッカねぇホントに。橘君におっぱいを揉ませるくらいなら別に良いけど、小倉君の要望にはちょーっとムリかな」と、周りのメンバーがやれやれといった顔でおれ達を見ているのをよそに、ケラケラと笑う三澤。
「実はさ、このあいだ彼氏に、後ろの初めて、あげちゃったんだよね」
 白州がその場に崩れ落ちるのが見えた。


「で、あんたたち、どうするつもり?」
 と、焼酎の水割りを飲みながらいやに据わった目で三澤がおれに寄ってきた。
「や、どうするて言ってもさ、べつにどうにもこうにもならねぇんじゃねぇの?」
 ウチの学校の生徒で、多少遊んでいる人間なら一度はお世話になる学校の側のバー「レイラ」のカウンター。カウンター席のイスがやたらと多く、密接していることがよく知られている。
 なにより面白いのは、マスターがビートルズファンで常に何かしらDVDが流れている上、ドラムとベース・ギターが格5、6本と、マイク、キーボードが一台にそれぞれに対応したアンプが店の奥に設置されている。
 10時過ぎたら激しい曲目はやらせてもらえないけれど、許可さえもらえば好きに演奏することが出来た。
 おれの隣ですこし悪酔いしている三澤の大きな目の中に、いかにもヤラシそうな表情をしたおれがうつっている。
「もしおれ達がバンドを組むとしてだ、とりあえず小倉を入れたいのなら白州は外さなきゃならねぇだろ。まぁ、それ以前に三澤がヴァージンどころかアナルまでロストヴァージンしていたなんていう知りたくなかった事実を知った白州君が拒否ったし。なんにせよ、演奏を頼まれていたことを他のメンバーにも内緒にしていたお前が一番悪い」
「焼酎お代わり」と、三澤がおれを睨む。
 おれと小倉にバンドを組むことを依頼した直後、三澤のカミングアウトで白州が「絶対に、ボクは、ヤダ」と実家に帰り、まずドラムが消えるということになった。
 問題は実はここからで、教頭からバンド出演を打診されていたことを、何を思ったか三澤はメンバーに内緒にしていた。
「だってさ、ウチのバンドとあんたたちって、仲悪いじゃないのよさ。だから、こう、びっくりなことは一度のやったほうが、みんなの攻略難度も下るかなって。ほら、苦くてつらい薬を、甘くてのみ安いシロップをまぜて飲ませるみたいにさ」
 しかしその三澤の考えは甘かったようで、ギターの佐々木という女の子と、キーボードの菅野が反対。
「やりたい気分はわからなくもないけれど、あたしは「みるくかくてる」は「みるくかくて」るでやりたいし。それに最近結構忙しいから、ライヴハウスでやる卒業記念GIGの曲で、あたしは精一杯だよ。みるくのレパートリーならともかく、月見やぐらの曲は、わたしにはちょっと難しすぎるし」
「小倉を呼んでおいて、俺も一緒にバンドなんて、無理だろうが。いくら三澤の頼みでも、それはごめんだね」
 ということで、結局「いいよ」と行ったのはベースの加藤と、その彼女の横道というギターだけ。
 人数こそ5人いるけれど、ギターが3本にピアが一人、ベースが一人でアンバランスきわまりない。
 というか、もう卒業までそれほど時間も無い。
 それに、寒かった。
「なぁ三澤。おれと楽しい事しないか?」などと言ってみたところで、別段何にも起きやしなかった。
 これが夏なら、ノリと勢いでなんとかなってしまうんだけど、この季節じゃなんともならない。
 どうにも中途半端なんだよねぇ、卒業前の、2月の末っていうのは、さ。
「だってさぁ、橘とヤラシイことしたって大体想像できちゃうじゃない。ねちねち前遊でイジメたあとに挿れてもさらにねっとりなんでしょ? 美佳ちゃんが言ってたよ。橘のセ○クスは、まるでおじさんだって」
 そりゃ心外だ。
 こっちだってせっかくヤるんならお互い気持ちよくなるように努力しているんだから。
「美佳ちゃんだってあんときゃ凄かったんだぜ? 連続でイキっぱなし。もーね、おれのムスコなんて食いちぎられそうだったよ、マジで。なんかねぇ、ジミヘンのギターばりに、こう、ギュイーン! って感じでさ。さいしょこそねっとりと楽しんでたけど、後半は余裕なくてさ。ジミヘンにあわせるミッチ・ミッチェル状態。バカスカ腰振って、パンパンパンパンスパパパパパパパン発射オーライ、みたいな」
 ふと肩に重みを感じて振り向くと、すぐ側に三澤の頭があった。
 すやすやと眠っている。
 だいぶ可愛らしい顔をしていて、なんとなく、柄にもなく、珍しく、ドキドキする。
 酒も入っているんだろうね。
 月見やぐらとして対バンしたのは、ちょうど2年に上がってすぐのことだったけれど、演奏を聴いたのは、その前。1年の学校祭でのことだと、三澤のすぅすぅとした寝息をききながら思い出していた。
 店の奥では、小倉と加藤と横道がヘイジュードをテキトウに弾き散らかしている。


 夏の体育準備室は、蒸し風呂もいいとこだった。そのうえ、緊張と不安と焦りでむだな怒号が飛び交い、だれかのペットボトルを蹴飛ばし、シールドに足を引っ掛け、さらに怒鳴った。
 演奏が終わったバンドが汗ダラダラで下りてきて、ちょうど反対側の体育教官室で待機しているバンドの次が当番だって言うのに、準備なんて全然できちゃいなくて
「おいこら橘テメェおれのシールドどこにぶっ飛ばしたよアァン?」
「知るか! それより斉藤! お前さっきからうろちょろうるせぇんだよバカヤロウ!」
「んだとコラ!? テメーがさっき蹴っ飛ばしたオレのスティックがどこかに転がってわかんねぇんだよファック! あーチクショウ! オイコラまてや! てめぇだよそこの長髪野郎! スティックよこせ。てめぇどうせ模試上位者の冊子にも載らねぇ様なクズなんだろ? じゃあいいじゃねぇかハゲ。ぐだぐだ抜かすとぶっ殺すぞヘタクソ!」
 全くひどい有様だった。
 自分のみ一つでいい中條だけが客の入りを見に行く余裕があり、おれ達の前のバンドのヴォーカルが
『どーもー! みるくかくてるでぇ―――ッス! いっくよーー! ハァイッ!』と最初のMCもそこそこにいきなりのぶっ飛んだギターと弾けるドラムに、ドアをばぁんと開け放って「やっべぇよマジで、何この客!」と芽をまん丸にした中條が駆け込んできたのと、大歓声が重なったのは、ほとんど同じ時間だった。
 かなりのアップテンポなノリに、攻撃的なギターサウンド、ハイトーンで元気一杯のヴォーカルに、ちゃんと響いていたベース、乱れないのにテンポのよさが際立つドラム。
 そしてなにより、観客がステージに駆け寄って跳ねる振動。
 一瞬手を止めてききいってしまう、とても楽しそうな「音楽」
 ここから先はまだ入ったら! と静止する生徒会の役員だか学校祭の実行委員だかの鳩尾に中條が一発鳩尾に拳を沈め舞台袖に上って、おれ達は「みんとかくてる」の演奏を、誰よりも近くで聴くことができた。
 足元から天井から照らされる強烈なライトに、一つのおおきな群のようにかたまった人間たちが、三澤という女の子が叫ぶ歌詞に拳を突き上げ、彼女の率いるバンドの音に合わせて跳ねていた。
 やがて「みるくかくてる」の3曲が終わったとき、体育館は異様なうねりにつつまれてその余韻に誰もが爽やかな感じでニコニコしていた。
 そのとき、その後に控えている中條だとか小倉だとか、橘だとか小林だとか、よく聞いたことのない連中の「月見やぐら」なんて言うバンドのことなんて、誰の頭にもなくて
 演奏を終えたみるくかくてるが舞台袖に引いたと同時に、アレだけ集まっていた人間が、それこそ蜘蛛の子を散らすようにふぁーっと散って行った光景を、おれはいまでもよく思い出す。
 小倉のシールドを見つけるのに手間取り、マイクスタンドに中條が足を引っ掛け、ガチガチに緊張した林が、ピックを落として拾おうとしゃがんだ瞬間抱えていたベースを床にぶつけ、もはやそれに対する失笑すら漏れず
 ただ消耗しきってしまったような熱気を孕んだ空気とやけにがらんとした客席と、誰もいないステージ下の、「みるくかくてる」のところだけに丸がつけられたきょうのプログラムの残骸に向かって、おれ達の初ライブは始まり、終わった。
 そして、まだアンプからギターの余韻が響いているうちにどこから沸いてきたのか次々とひとが押し寄せ、「おらとっとと片付けろよ」とやってきた3年のバンドにまだライトもついていないのに声援を送り始める。
 シールドがからまってもたつくおれに、あからさまな嘲笑を浮かべるギター。
 演奏途中で折れたスティックをぼんやりと眺める斉藤に「折れた先っぽ拾っていけよー」とバカにした声を掛けるドラム。
 「はよ抜けっての」と小倉のキーボードのアダプタを勝手に引っこ抜いて蹴っ飛ばしたキーボード。
 その態度についにブチ切れた中條が、ヤンヤの大歓声を受けながら登場したヴォーカルの左わき腹に3年のギターが立てかけていた真っ赤なフェンダーをフルスイングでめり込ませ、斉藤が相手のスティックを奪って膝でへし折りそのまま額へ殴りつけ、びっくりして何が起きたかわからないと行った風に惚けるギターに手に持っていたシールドで思いっきり顔面をひっぱたいたおれと、蹴っ飛ばされたアダプタをブラックジャックにして相手の脳天に振り下ろした小倉。そして何も出来ない林だけがなぜかスムーズに舞台袖に降りて事の成り行きをおろおろしながら見守っていた。
 その林の向こう側から、あきれたようにこちらを見ているみるくかくてるの面々に飛び掛る間もなく、何人かの教師と先輩たちによって取り押さえられたおれ達は、その日から一週間の停学処分を受けた。
 まぁ、普段から授業なんてほとんど受けていなかったおれにしてみれば、とくになんと言うわけでもなかったのだけど。
 学校祭のライブには良かったバンドへの投票が行われていて、投票が多い上位3組が後夜祭でのライブをすることが出来た。
 ちなみに2年連続で後夜祭に出場していた、おれ達の次のバンドの面々は当然演奏可能な状態じゃなくて(中條にギターで殴られたヴォーカルは左肋骨を何本か骨折。斉藤が折ったスティックで殴りつけたドラムと、小倉がアダプタを振り下ろしたキーボードが額からの出血。おれがシールドでひっぱたいたギターは、鼻の骨にひびが入っていたそうだ)、そもそも演奏技術ではなくて普段の交友関係が広いかどうかで決まっていた後夜祭のバンドは、その年は「みるくかくてる」と2年の合唱部の女子バンド、そして3年の吹奏楽部員が洋楽を中心に演奏したバンドが出場していた。
 後夜祭に一年のバンドが出るのは異例だったのらしいけれど、バンドの実力から言えば当然だ。 とっ捕まったあと進路指導室にぶち込まれたおれ達の耳に聞こえてきたなかで、一番盛り上がっていたのは、みるくかくてるだったのだから。
 それ以来、みるくかくてるは3年連続で後夜祭に出場して学校祭のクライマックスを大いに盛り上げているのに対し、月見やぐらは正式に「軽音楽部」として発足した2年の時には3位のバンドに僅差で敗れて出場できず、3年の後夜祭にはなんとか出ることが出来たものの一番持ち時間が少なく、なんといっても人気のある「みるくかくてる」の前座にしかならなかった。
 言い訳をするつもりじゃないけど、「月見やぐら」は実力で言えば、2年、3年の時ともに、みるくかくてるの次にいたと思う。
 けれど、後夜祭に出られるか出られないかは、演奏技術や選曲、歌の上手い下手で決まるものじゃあなかったんだな、これが。
 2年のときに後夜祭に出たのは、「みるく」と、前年にも出場した合唱部の女子バンドと、1年の男子が組んでいたバンドだった。
 この1年のバンドと、前年の悔しさをばねに猛練習してライヴハウスでの演奏を重ねた「月見」の演奏技術の差は、歴然だった。
 けれど、選ばれたのは、1年だ。
 「野球部」「サッカー部」「バスケ部」「吹奏楽部」といった部活でやたらと目立っていた連中が組んだバンドに、「投票よろしくな」「見て無くてもおれ達に入れてくれ」「後輩のバンドでさ」と人海戦術で帳票用紙を配り歩いたバンドに、閉め切った軽音楽部室で蒸し風呂状態の練習を重ね、クラス発表の練習にもろくに参加せずにスタジオに通い、しかもその前に2,3度停学を食らっているバンドが勝てる見込みはなかった。
 本当に良い演奏をしたのなら、上っ面の人気だけの連中に負けるわけが無いというのは、2年になったおれ達の中での、暗黙の合言葉のようなものだった。
 そう思って演奏した1年の記憶を胸に刻んで、それから一年を必死に練習した結果が、これだったのだからしょうがないじゃないの。
 とはいえ、やっぱり悔しいものは、悔しいじゃないか。
 くじの順番が良かったのか、それほど人気の無い1年のバンドに挟まれたおれ達の演奏は、かなりまずくはなかった。
 むしろ、良かったとすら思えた。
 ステージの下で身体を揺らして聴いてくれた人も、何人かいた。拍手だって、響いた。
 なのに。

 なのに。

 それでもまだ、上っ面の人気、顔の広さ、軽薄なノリに負けるのだというならば。

 その晩、荒れたおれ達は、ライヴハウスに隣接したバーでアルコールとオクスリの過剰摂取にいそしみ、翌朝に林以外の全員が全裸で公園のベンチにと社物と一緒に折り重なっているのを発見されあえなく補導された。

 3年の学校祭では、みんとかくてるの直後という悪魔のくじ運を発揮した中條がその責任を取る形で一計をはかり、その年、体育館全体を人で埋め尽くす伝説のライブを成し遂げたみるくかくてるの演奏が終わるか終わらないかのうちに全員でシールドを構えて突撃、
「ありがとねぇ――――ッ! みんなッ、愛してるぅ―――――――ッ!」
「「「「「「「イェ――――――――――――――――――――――――イッ!」」」」」」
 とまだ爆発的な雰囲気が残っているところに、おれがギターの爆音を突っ込んで斉藤がどよめく観衆をバスドラでまとめ上げ、みるくかくてるの「おこぼれ」を頂戴する形で中條がそのハイトーンを炸裂させた。
 「次は「月見やぐら」ッ!!!!」っと最後に叫んで舞台袖に下った三澤が、おれ達を眺めて満面の笑みを浮かべていたのを、よく覚えている。
 今まで3年間バンドをやってきて、アレだけの人数を前にほぼ完璧な演奏をすることは、もう多分一生ないような、そんな感じだった。
 それでも後夜祭の出場がぎりぎりの3位だったのは、「みんと」の前に、おなじみの人気者バンドが多くの票を集めていて、そのうえもう既にみるくかくてるに投票していた連中に突っ込むカタチでの演奏だったおれ達に流れる票は、自然と少なかったというわけだ。

 そのあと、ライヴハウスで起きたとある事件で、中條がバンドを抜けることになる。

「ねぇ、橘」と、おれの方に頭を預けたまま、三澤が口を開いた。
「ん?」
「あたしさぁ、あんたたちのこと、けっこう、すきだったんだよね」
「俺」ではないことを確認して、一息つく。
「あんたたちってさ、いっちゃわるいけど、知り合い、いないじゃん。ウチのガッコに」
「いないわけじゃないけどさ。ま、少ないよね」
「結局のところさ、学校のバンドなんて、あんなの、やってる人間がそこで人気かどうかでさ、上手下手なんて、あんまり関係、ないんだよねぇー」
 小倉が「モーレツア太郎」のイントロをピアノで弾き始めて、「あは、それ知ってるー!」と横道ちゃんがケラケラ笑っているのが聞こえてきた。
「あんたたちってばさぁ、そんなこと、わかってるっていうのに、かたくなに自分たちでこもっちゃって、周りに媚びない、同調しない、それで3年間、やってきたんじゃん。やっぱねぇ、あんたたち、ロックだよ。そのスタンスは、ある意味ロック。キッスのデトロイト・ロック・シティ。あはは。何いってんのか、わかんね」
 俺はさらにアルコールを摂取しようとした三澤のグラスを、水のものと取り替える。
「って、水じゃん。ま、いっか。でさ、やっぱこう、日本にロックなんて無いって思ってるけど、それでも似たようなのにかかわって、ライブヴやってるあたしからみてさ、あんたたちがこのまま報われないのは、どうかと思ったわけ。どう? 余計なお世話でしょー。でもね、こういう余計なお世話、取るに足らない気遣い、誰にでも振りまく笑顔というような反ロック的な行動が、学校レベルのライヴじゃ、モノをいうんだな。これが」と三澤が俺のほっぺをつつく。
「でね? もう中條は、どうでも良いの。あんなやつ、どっかにいってしまえばいいんだ。せっかくのバンドを潰して、図書室で青柳三鈴の奴隷をやってるなんて、許さない。でも、頑張ってる人が、報われないのは、好きじゃないのよ。だから今回、実は無理言って教頭にあんたたちの参加を認めさせたの。オッパイの一揉みや二揉みくらい、どうってこたぁないのよ」
「おま、揉ませたのか! あの野郎に!?」
「いいじゃんいいじゃん、気にしない、気にしない。世の中を上手に渡っていくには、持っている武器を丁寧に、効果的に使っていく必要があることくらい、もう分からない年じゃないんだから」
「ちがう。あいつに揉ませておきながら、なぜ俺に揉ませてくれないんだ?」
「そっちかよ。まぁ、あとでね。で、教頭に頼み込んで、ずっと頑張ってきたあんたたちに晴れ舞台を作ってあげたかったのよ。でもねー、失敗しちゃったね。たぶん、ばれてたんだよ。わたしがもう「みるくかくてる」にほとんど興味、無くしてたことに。だから、加藤とよこちゃんしか、のこらなかった。灯台下暗し。あはは」

 まったく、そりゃ、どうなんだろうね。
 なんだか酔っ払った感じで、ふと寒い風が吹き込んできたドアを振り返ると、なぜかそこに、青柳三鈴がいて、その後ろ、引きずられるように英語教師の元咲が困惑した顔で俺たちを見渡していた。

「ちょっとあんたたち。どうしたの?」
 どうしたのって、ねぇ、先生。
 飲んでるんだけど。



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