-小麦粉記-

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第三段階


「秋草」か「撫子」か、朝起きて出会ったその瞬間に頭に浮かんだほうで呼んでみようか、と自分なりに決めて、食堂で見えたその背中にかけた言葉は「秋草」の苗字の方だった。どうやら昨日一晩のやり取りで俺は「撫子」の呼び方のほうを気に入ったものの、やはり「秋草」の呼び方が好きみたいだ。
「あはは、やっぱり「秋草」か。うん、でも、そっちの方がしっくりくるかもしれないなぁ。おはよう、龍彦。」
終始俺に背を向けっぱなしで、でも言葉の端にちょっと残念そうな響きがあったので、なんでかちょっと悪いことをした気分になる。だからもう一言付け加えた。
「たまには昨日みたいに名前で呼ぶことにするよ。」と。

一旦部屋に戻ろうとして食堂を出かけたところで、まだ俺に背を向けたままの秋草に「ねぇ龍彦」と声をかけられた。
「何だ?」
一泊置いてポツリ、と話し出す。
「龍彦はさ、もし私がマズイことになったら、一応助けてくれるのかな?」
・・・なんだか様子がおかしい。何だソレは。まるで今から自分の身に何かが起きる、とでも言うような。
「そりゃ、助けに行くだろうよ。」
本心。惚れてる女が危なかったら、助けに行かない男は、男じゃないだろう。
「じゃあ私が危なくなる前に、龍彦が危なくなるようなことにならないでね・・・・?」
だからなんだソレは。・・・・ピンとくるものがあった。
「おまえ・・・・また夢でもみたのか?あんまり真に受けるなよ。夢は、その時点で夢でしかねぇよ。たとえ現実で夢が再現されたとしても、ソレは単なる偶然だって。秋草撫子っていう一個人が起こした事象じゃあないさ。」
「・・・うん。ちょっと変な夢で、少し気になっただけ。もう大丈夫だから。」そういって今日初めて俺の方を向いて、あは。と笑い、自分の部屋に戻っていった。
「また撫子の夢か。」
と急に後ろから声をかけられて振り返ると、勝也が難しい顔をして秋草が戻った部屋のドアを睨んでいた。
「しばらく無かったから安心してたんだけどな。百発百中の悪い予知夢。」
それは秋草が見た夢の中の話。彼女なりの基準があるらしく、ソレを満たしてしまった夢が、ことごとく現実になってしまっているという、そんな漫画みたいな話だけれど。
「去年は利絵子さんが彼氏にフられる夢、寮のガラスが割られる夢。今年は佳代が怪我する夢、俺が3教科も赤点とって補習を受ける夢。アイツが心配した夢が全部現実になってるってのも、なかなかおっかない話だけど、あんまり深刻なものは無かったんだけどよ。・・・佳代の指の怪我は、まぁ深刻って言ったら深刻だけど絆創膏はって直るような怪我だし。利絵子さんだって、あの彼氏は別れてよかったと思うぞ俺は。」
しかしどうもそういうおかしな現象が続いたので、「夢」というものに極端に気にするようになってしまっていて、今日のように彼女からこちらに夢の話をする場合、その夢が再現されてしまう確率が高い。というか全部あたっている。
そんな気まずい雰囲気の中で、さらに追い討ちをかけるがごとくニュースが暗い話題を流していた。
「・・・次のニュースです。今朝、第二帝都衛星市の月鉄山の麓付近で、全裸の男がウォーキングをしていた男性を殺害するという事件が発生しました。襲われた男性は首や背骨などの骨を折り病院に運ばれましたが死亡が確認され、犯人の男性も犯行直後に意識を失い、病院に運ばれましたが、一時間後に死亡しました。死亡した犯人からは大量の薬物反応が残っており、薬物の大量摂取による錯乱状態の中での犯行と見られています。犯人の男性は同市で多発している、連続失踪事件の中の一人であることが家族によって確認され、初めて失踪後の所在の確認ができたことになり、警察では失踪事件と何らかの関係があると見て捜査を進めています。連続失踪事件ですが、今日付けの情報によりますと、失踪された人の数は合わせて35人となり、さらに増えています・・・・」
「月鉄山・・・・・・・?」
何か、頭の中で、小さな歯車がはまりそうな。そういえば村田が死体で発見された場所って何処だったんだ?
隣で「最近ここら辺物騒だよなぁ。」とつぶやく勝也に「なぁ、村田が死体で見つかった場所って、どこだかお前知ってるか?」と聞いたつもりだったが、答えは後ろから聞こえた。
「月鉄山地区の下水道だったわ。」
「・・・・秋草」
「・・・?あぁ、さっきの夢の話なら気にしないで。大した夢じゃないから。あはは、龍彦がそんなに心配そうな顔する必要ないよ。心配性だよね、ホント。」
そういった秋草は、さっきのようなおかしい雰囲気は無く、かなりホッとした。
「おいおい、もしかしてお前、今の事件が村田と関係あるとか思ってんじゃねぇだろうな。暗号は解けたのかよ?」
「おう。昨日の夜に秋草のおかげでばっちり解けたぜ。」
「お!解けたのか。・・・いますぎ聞きたいところだけど、そろそろ飯だしな。学校で話してくれ。先入ってるぞ。」
そういって勝也が食堂に入っていったのをみて、秋草に切り出す。
「今のニュース、見てたか?」
「うん。ちょっと、っていうかかなり気になるよね。村田が行って殺されたのも月鉄山。今回の殺人事件も月鉄山、かぁ。共通点は「猟奇的」ってところかな?村田にしろこの人にしろ殺され方が普通じゃないよ。普通首はともかく背骨って、そんなに簡単に折れるの?」
「いや、あんまり情報がないからなんともいえないけど、なんとなく引っかかるところがある。薬物のオーバードースっていうのも、どうもなぁ。」
小さな歯車が、はまりそうではまらない。最初の、動き出すための部品がしっくり来ない、そんな感じだ。
「まぁ朝から難しく考えても仕方ないよ。ご飯たべに行こ。」
秋草の言うとおり、今は答えが出そうに無かったから、考えを中止することにした。


「月鉄山の山中にある旧軍事施設に行ってくる。
失踪事件とのかかわりの可能性。なにかが行われている可能性。
学校の図書室に資料がある。辞書の棚をみろ。」

「・・・それが村田の遺書?あっけないな。」
学校についてから一時限目の授業をサボって、屋上に四人、俺と秋草と勝也とサトルで集まって、例の暗号の話をした。
ところが一番暗号が解けたかと聞いてきたはずの勝也の反応はそっけなかった。
「わざわざ暗号にするようなことでもねぇだろその内容は。」
「いや、まぁそうなんだけどな。死んだ奴に文句言っても仕方が無い。そもそもコイツだって死ぬつもりで出かけたわけじゃないんだから。」
もうそろそろ冬も近くなってきたので、屋上に吹く風もだいぶ冷たくなってきている。
サトルが「それでその資料とやらはまだ図書室にあるんでしょ?取ってこようよ。」といって一旦図書室に行って探したところ、その資料はすぐに見つかった。見つけた秋草がぱらぱらと内容を確認していたものの「うん。私にはイマイチ何に関係があるのかわからないなぁ。」といって、俺にパス。
月鉄山の旧軍事施設の話で、どこで調べたのか知らないけれど、なにやらいろいろ怪しげな感じがビンビンする。これホントの話なんだろうな?
「なんて書いてあんだよ?っていうか見せろ。」
「おう。」と勝也に資料を渡す。
「・・・・んじゃこりゃ。人の体にかかってるセーブを弱める研究?あれか?人の体は、実は持っている能力のうち半分も使ってないとかいう話あったよな。体が壊れないように勝手に抑えているってやつ。」
勝也の言うとおり、そういう内容の研究をしていたらしい。体中の筋肉を弄くったり脳味噌に細工したりして元来人間の持つ能力をフルに使える人間兵器を作ろうとしていたらしい。ばかばかしい話だけど、戦争中は真面目に考えていたんだろう。百年くらい前の二回目の大戦の時もこういう研究が盛んだったみたいだし。
「あーあー、なんだかつまんねぇな。もうちょっとこうミステリアスなものかと思ってたのによ。」
とうとう勝也があくびをして図書室の床に寝転んだ。この男は自分にとってつまらないとすぐに投げ出す悪い癖がある。もとはといえば別にこんなことしなくてもいいのだから、興味を無くすのも当然だろう。
「ホント、なんで俺らは村田が死んだことなんかを調べてるんだか。もう死んだ奴は戻ってこねぇのによ。」
見れば三人ともだらけた感じになっている。まぁ俺はちょっと面白かったんだけどね。別にここで打ち切りになっても構わないか。悪いな村田。お前が奇怪な死を遂げても、せいぜいこんなもんさ。
そんなところにとんでもないことを言い出したのは、サトルだった。
「・・・・・じゃあさ、月鉄山にいってみたら?最近勝也も龍彦も暴れてないから、ちょっとは運動したいんじゃない?もしかしたら死ぬかもしれないけど、村田君の死亡原因を探る肝試しツアーみたいなかんじで。」
一瞬、勝也と「何言ってんだこいつ?」という感じで顔を見合わせたけれど、すぐに勝也の目の輝きが増した。
「いいねぇそれ!まぁ村田は死んだけれど、俺達くらい喧嘩なれしてたらそう簡単にはやられねぇだろ?なぁ、久しぶりにやってみるか龍彦?「死なないカミカゼ」再結成でもしようじゃないか。」
「死なないカミカゼ」か。懐かしい響きだ。地元の対立している中学校同士の喧嘩で、俺と勝也が組んで特攻したら一度も負けなかったから、こんなあだ名がついたんだよな。あの頃は、毎日バカばっかりで、楽しかった。
そう思い出したら、体の中の血がむずむずと騒ぎ出していた。ここ久しく思いっきり暴力を振るうことが無かったからフラストレーションたまっていたことに、いまさら気づく。
「やってみようか。実家の方に戻っていくつか武器もってな。」
「そうそう!やっぱり龍彦はそうでなくちゃ。高校に入ってから大人しくなっちまってつまんなかったんだぜ?」
「なんだか二人で行く感じになってるけど、僕だって行ってみたいんだけどさ。」
久しぶりに面白いことになりそうだ、と三人でわくわくしていたけれど、秋草の顔は、曇っていた。




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