「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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-小麦粉記-
第六段階
利絵子さんと山本紗代という料理番が沈没しているために、今日台所に立っているのは秋草だ。全員分の軽めの朝食を作り終えたはずなのにまだなにかを炒めている。なんか、香ばしい香りで、美味しそうだ・・・・・。
途中で利絵子さんが居間に這いずり出てきて学校に電話をかけている。
「あー、光彦さん・・・?うー、はいはいわかりました教頭センセーですね教頭センセー・・・・呼べばいいんでしょ「教頭センセー」。棒読みとかどうでもいいですから。今日は寮生全員休みです。・・・いや、今日は本当に。マジでヤバイです。学校行ったら確実に三人は倒れるくらいみんな重症・・・・。今日はっていうことは昨日は嘘だったな?今気づいたんですか?・・・あ、ちょっとまてください。めまいが、あれぇ?」って、電話の途中で倒れたよこの人!
「利絵子さんちょっと大丈夫かよ!?勝也!手貸してくれ、利絵子さんぶっ倒れた!」
「マジでか!?・・と抱きかかえるのを口実にさりげなく胸にたっち!ぐはぁ!なぜ?なぜこの瞬間だけ意識を覚醒させる?」
・・・利絵子さんに寝ながら人を殴るスキルがあったとは知らなかった。
そのあとに、ついさっきまで電話で話していた教頭先生が息を切らして飛んできて、めちゃめちゃ甲斐甲斐しく利絵子さんの介抱をしてくれていた。何だかんだ言ってこの二人、お似合いかもしれない。どうやらちょっといい雰囲気になってしまったらしく、ご飯を寮母室に運びにいった秋草が顔を赤くして帰ってきたところを見ると、相当恥ずかしいことになっているんだろう。・・・ちょっといじってやろうかな?
「何が聞こえたんだ秋草?詳しく丁寧に、In detailに聞かせてくれないか?」
「・・・ソレをわざわざ三つも形容詞をつけてしかも一つ英語で意味かぶりながら要求するなんて、あんたの「実は隠れサディストしかも言葉攻め属性」具合、47・8くらい?」
相変わらず、長いな。
「・・・・これは予測しにくいぜ。50なら高すぎる・・・100なら、妥当か?」
「最高値は200.」
「低っ!いや、低くていいんだけどな?」俺にサディストの才能があるとは、思いたくない。
「、っていうのも、こういう場面ではさらっと言っちゃうくせに、実際にそういう行為に及ぶときにはそんなこと逆立ちしても出来ない度胸の無さが加味されて47・8だから。要するに「度胸」具合200に対して47・8って言うのとイコール。」
「やっぱり俺って度胸なしなんだ・・・・。」
「あはは!ごめんごめん。真に受けて落ち込まないでよ。人間たまには真実から目を背ける勇気も必要だって。」
「真実じゃねぇか!それはフォローという香水をつけてみせかけたトドメだぜ秋草・・・・。」
・・・・ちょっといじってやろうと思ったのにうまい具合に俺がやられちまったよチクショウ。
無事な四人が集まってこれからどうするか少し話し合った結果、
「寮にいてもやること無いから、学校の図書室でサボっていよう」
ということになり、十時過ぎに学校の体育館トイレの窓から侵入。図書室、もとい司書室にたどり着いた。今日は司書の人が休みの日だから司書室に入ってもばれない、はず。
テレビ、水道、ソファ、ゲーム機、トランプ、食料、すごろく、緑茶の葉、コンドーム、芋けんぴと、ココで篭城しても一週間持ちます生きますゲームできます安全にエッチできます芋けんぴ食えますというなかなか恵まれた部屋なのだ。
「本当なら今日あたりに月鉄山に行くつもりだったんだけど、あの屋根の上の熱い告白を聞いちゃ、こっちだっておいそれとは行けなくなっちまうよなぁ。」
やっぱりちゃんと聞かれていたらしい。急に顔を赤くした秋草が勝也に詰め寄った。
「ちょっと勝也、もしかしてみんな聞いてたの?アレ。」
「そうだな。寝てたら天井のほうでガタガタ音がすると思ったら「行っちゃ、だめだからね。絶対。怪我する、死ぬ。嫌だからねそんなのは!」っていう撫子の怒鳴り声が聞こえたわけ。まぁその一言で俺は全容を把握して、みんなを起こしてコトの成り行きを外にでて見守ってたわけ。」みんなを起こしたのはお前か!
「でも外で見てたのか?ぜんぜん気がつかなかったぞ。」
そこにサトルが思いっきりニヤつきを顔に貼り付けて口を出してきた
「いやぁ、あの月の光の下でのキスシーンは下手な映画よりずっと感動的だったよ。
「うそ、でしょ?」「うそ、なもんか。」
なんてそんなせりふが生きてて聞くことが出来るなんて僕は思いもしなかったたたたたいたいいたいいたいよ龍彦!ヘッドロックは反則!撫子も何気にわき腹にブロー入れるのやめて!かなりきいてるから!」
まったく。サトルはたまぁにこうやって人を馬鹿にする時がある。しかも一番いじられたくないところではなく、それに付随する微妙なところを突っついてくるからヤラシイんだよ。
昼食の時間になって購買に行こうとしたら、俺だけ秋草に呼び止められた。
「うーんと、じゃあ屋上でいいかな?あの二人が帰ってくる前にさっさといくわよ。」という秋草に連れられるままに屋上に来て、備え付けのベンチに腰を下ろす。
「で、なんでこんなところに?」
「それはねぇ、こういうこと。」
ずいっ、と俺に伸ばした手の中にあったのは果たして・・・・・!
「もしかして、これお弁当?」
「そう。前に言ったでしょ?作ってあげようかって。よくある「可愛い女の子にお弁当を作ってきてもらったけど中に入ってたのは黒焦げの何かと黒焦げの何かと黒焦げの何かでとても人間に食べるものじゃないと思ったけれどじぃっと見つめられながら食った感想を述べるには「お、おいしいよ!すごく!」としかいえなかった。」的なシュチュエーションにはならないから安心して。はぁっ」
「だから長ぇんだよ例えが!息継ぎ、かなり切羽詰ってたぞ?」
と一応突っ込んでおいたけど、長い前ふりは秋草なりの照れ隠しかもしれない。
早速ふたを開けて、驚いた。お弁当なのになぜかすごく綺麗だ。俺が思っていたよりも、なんと言うか、秋草のお弁当は、芸術だった。おかずの色彩を完璧な配置でおいてあり、どこから手をつけたものか困るくらいだった。
「あれ、どうしたの?食べたくない?」と珍しく声のトーンが不安げな秋草に、包み隠さず本音をさらけ出す。
「いや、俺いまちょっと感動してんだよ。高校は入る前からだったんだけど、俺の親父とお袋「ってバリバリのビジネスマンでさ、普段お弁当なんて作ってくれたこと無かったんだ。それこそ運動会のときくらいしか。いまこのお弁当を手にしてるけど、実際弁当なんて四年くらい目にしてない。・・・それを、お前がこんなに丁寧に作ってくれたことに、感動してんだ。」
「・・・・そんなに大げさに感動しなくても、食べたくなったらいつでも作ってあげるって。」
若干ほっぺが赤い。
「恋人なんだから。」
その一言に、轟沈した。
見た目どおり秋草の弁当は絶品で、特にローズマリーをたくさん使った鶏肉のソテーのいい香りが、食い終わっても残るほどうまい。
きっともう二度と購買のパンなんて食べれなくなるだろうと、本気でそう思った。
司書室で寂しく購買のパンを食っている二人にいやな視線を送られつつも、シアワセな気分ですごした午後はあっという間で、もう放課後になっている。サボると時間の流れが速く感じる。
さて。と腰を上げて帰ろうとしたら「あ、ごめん。今日委員会があるんだった。うん、まぁすぐ終わるし寮までなんて大した距離じゃないから先に帰ってていいよ。晩御飯の支度してくれると助かるんだけど。まだ利絵子さんも紗代ちゃんも復活してないだろうから。」と言って、秋草は教室の中に行ってしまった。
「残念だったなぁ彼氏さんよぉ。」
「・・・まぁ大した距離でもねぇし。」もちろん負け惜しみ、というかその類のものだ。出来たら一緒に帰りたかった。でも晩御飯の用意をしててくれと頼まれたこともあるんだし、さっさと帰って美味しいものが出来るようにしておかないと。俺だって料理が出来ないわけじゃない、市内だけだ。基本的な前準備くらいはできる。
そうして俺たちは、校門を、出た。出てしまった。
端的に言うと、昨日の夜、日がすっかり暮れてしまっていても、秋草は帰って、こなかった。
「・・・・くそったれが!!!」
寮の壁を殴ってしまい、どでかい穴を開けてしまったけれど、誰も何も言わなかった。
利絵子さんが警察に連絡して、ニュースには42人目と43人目の連続失踪事件と報道されている。
「あんときあいつが帰るまで待ってれば、こんなことは、なかったんだ。」
利絵子さんが「龍彦のせいじゃないんだから、」と声をかけてくれたが、俺の気持ちは一向に落ち着くはずもなく、ただ己の不甲斐なさを呪って呪って殺したかった。何を考えているのかもよくわからなくなってくる。
あんまりにも帰りが遅いから、一旦学校まで迎えにいったものの、とっくにその委員会は終わっていて、「撫子先輩なら委員会終わってからすっ飛ぶように帰りましたよ?何かいいことあるんですか?」と後輩が教えてくれた。
学校から寮までの距離は、結構近い。歩いて五分もしないうちに着くはずだ。寄り道は考えられない。何か急な用事が出来たなら、秋草なら必ず連絡をよこすはずだ。まして晩飯の用意をしている俺たちに何の連絡もなく遅れることなど、絶対にありえない。
じゃあアイツはどこにいってしまったんだ?
なんて白々しい。何が「どこに行ってしまったんだ?」だ。わかってるじゃないか。少なくともお前は、ほぼ正確に彼女がどこにいるのか、推測をたてることが出来るじゃないか。なぜ行動を起こさない?行動を起こしたら、秋草が に巻き込まれたことを認めてしまうから?ということはどんなことをされるかも、大体想像がついているのを、確信してしまうからか?
頭の中で、俺がオレに詰問される。それでも、どうしてか、俺は動こうとしない。
いきなり顔面がぱぁん!とはじけて、目の前が白くなるほどの衝撃と痛みが、ループしていた思考を中断させる。一瞬意識が反転しそうになった。要するにひっぱたかれた。
「何回声かけても無視しやがった奴には、殴るっきゃないだろ。いつまでぐじぐじしてるつもりだコラ。」
胸倉を掴まれた。
「いつまで黙ってるつもりだエェ?撫子がさらわれたのはどこなのか、わかってんじゃねぇのか!お前は、もう大体何が起きてしまったのかわかってるだろ!今何をすべきか、よく考えてみろよ!このままくそにも役にたたネェ警察をまつのか、俺たちが行動をするのか、決まってんだろ?」
ショックで、考えられなかった・・・という言い訳は、通用しないと思う。そんな言い訳をしても、意味ない。
ぐっと胸倉をひっぱられて、勝也との顔の距離は、もうほとんど無い。目に映った自分の顔を見ることが出来るくらい、近い。
「現実をみろよ。そして行動しろよ。もともと俺たち人間の本分は、行動することだろうが。お前は撫子が好きじゃないのか?本当に好きだったら!恋人が危ないのがわかってんだったら!すべての障害を排除して駆けつるもんだろうがぁ!」
体がビクッ、と震える。今まで頭に、体にねっとりと染み込んでいた「停止」がぶっ飛んだ。
「・・・・おいおい、この間受けた現文の小説のせりふかよ。」と、軽口を言ったものの、言葉が震えている。だけど、口元は、笑っているはずだ。
懐かしい、この感覚。中学のときの、別の学校と決闘する直前の高揚感。それに今回は秋草を助けるという、なんだかわからない感覚
「ちょと、休憩しすぎたみたいだな、俺。」。
「あぁ、らしくないぜ全く。高校入学したとたんにおとなしくなりやがって。前のお前はなんだかんだ言っても口より手が先に出る奴だっただろうが。あんときゃ面白かったぜ?お前のこと馬鹿にして笑ってた奴の顔を、お前も笑いながらぶん殴ったときのアレは。」
考えろ、伊坂龍彦。頭をフル回転させろ。今まで考えたすべての事柄を連結させろ。村田の怪死とウォーキング男性の怪死の対極性、そこに関わる月鉄山、犯人の男の状態=薬物のオーバードースでの錯乱、旧軍部の「人体の能力引き上げに関する実験」、そして失踪事件。失踪事件だ、この事件の中心にあるのは、失踪事件で間違いない。一連の出来事はしばらく前から続いていた失踪事件に付随して起きたもの。もしこの全部の事柄をまとめるならそれが一番妥当な線だ。なにより継続的に起きているからな。
次に考えるべきは、失踪事件の「中身」だ。なぜ失踪事件は起きているのか、その意義を探れ。想像しろ。何のために人が消えているのか。
旧軍部月鉄山研究所における人体実験
それだ。村田の資料にはそう書いてあったじゃないか。今までなんで気づかなかったんだ?月鉄山では、当然研究の内容から人体実験が行われているのは確実。なんといっても人間そのものを弄くる研究なんだから。そうするとあの資料の中に大事なことが書かれてるはずだ。あぁくそ、なんで今までちゃんと見てなかったんだよ俺!
いそいで部屋に戻って村田の残した資料を取ってくる。机の上の散乱したプリント類の中にあるはず・・・・・あった!これだ!・・・・あぁだけど三つもある!ちょうどいい、勝也たちに手伝ってもらおう。
「勝也!サトル!ちょっと手伝ってくれ!この資料を読んで実験の成功例について書かれているところを探すんだ。具体的にどんな風なことをしてどんな感じになったかを!」
勝也にひっぱたかれていきなり黙考状態に入った挙句、突然部屋に戻って帰ってきたら「この資料よんでくれ」などと言い出した俺の奇行を寮のみんながびっくりして見つめる中で、勝也はしっかり笑っていた。
「ようやくお前に戻った感じがあるな。いいぜぇその目のギラつき。やっぱりお前は、そうでなくちゃ。ほら、早くよこせよ、資料。」
そうさ、この感じ。頭の中が完全最高速度で回転し、アドレナリンとエンドルフィンがナイアガラの滝のごとく迸るのが意識できる。
「サトルは?」
「わからん。電話がかかってきて自分の部屋に戻った。」
じゃあ仕方ない。残り二つは俺が読もう。もう大体は予測がついているけれど、それを決定付ける証拠を、完璧に探し出す。秋草を、助ける。
・・・くそ、こっちには載ってない。ということは勝也の方だろうか
「あった!あったあったあった!これだろ?「麻薬成分を含む植物と、幻覚剤を使っての一時的な筋力の増大」っていうのがあるぜ?」
「それだ。間違いない。これで固まったぜ。」
「わかったのか?撫子のさらわれた場所が。」
「たぶん。説明するから俺の部屋に来い。」
寮のみんなにはあまり聞かれたくないので、場所を移すことにした。俺の部屋に勝也を入れて、ベッドに座る。
「いいか、いまから話すこと、もしかしたらはずれかもしれない。俺の推測だから。だからどこかおかしかったらすぐ言ってくれ。」
「おっし。わかった。はじめてくれよ。」
そうして、俺は固まった仮設を、話してみた。
「まず、この一連の事件は失踪事件が軸になってるてこと。たぶん秋草はこん失踪事件に巻き込まれたことで間違いない。そこで問題なのが失踪事件の原因だ。村田の手紙にあった「何か」っていうのは、旧軍部時代から引き続き行われている「人体実験」だ。人間の力を解放するための、実験。いまか勝也が調べてくれたように麻薬性の植物とサイケ・・・幻覚剤の相乗効果で筋力が上がるっていうのが成功しているんだろ?それだよ。」
「それって、なんだよ。」
のどが渇いてきたけれど、一気に続ける。
「だからそのクスリだよ。きっと、まだそのクスリって言うのが完全じゃないんだ。だから引き続き人体実験を行ってる。その実験のために人を調達するのに、失踪事件もといモルモットを誘拐してるのさ。クスリの出来が悪いから、次から次へと人を誘拐してはクスリを飲ませてるんだと思う。村田はそれを見たんだ。だから殺された。あいつの殺され方、覚えてる?かなり猟奇的だっただろ?」
「あぁ、引き千切られるようにって、まさかおい。」
「たぶん筋力を強化した人間の力技。そしてウォーキングしていた男性を襲った犯人は、たぶんそのクスリを投与されてたんだと思う。だから簡単に背中の骨とか首の骨とかを折ることが出来たんだ。だけど結果的にはその犯人はクスリに不適合。耐え切れないで死んだわけ。」
「・・・まぁいい、結局のところ撫子は、どこにいるんだよ。」
「月鉄山の研究所で、クスリの実験を待ってるかもしれない。」
これが、たどり着いた結論だった。
そのときサトルが血相変えて部屋に飛び込んできて「・・・・古岸も、失踪したみたい。」と告げた。
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