Idea Log

Idea Log

『尖閣諸島の歴史』の現実



尖閣諸島は、日本の領土なのに、なぜ、中国人が侵略をかけているのか。
油と外界進出ですね(^_^;)。

日本国は、領土として認定するのに、10年の年月をかけて、慎重に調査・観察を重ねた。中国も台湾もどこも利用していなくて、関心もなく、日本人が居留して使用していた。そして、慎重な調査の結果、以前から沖縄の一部として認識していた尖閣諸島を、日本の領土として確定した。
さすが、日本人!
領土という、近隣諸国とのその後の関係にもかかわってきて、慎重さを必要とする問題に関して、安易に決定せずに、慎重な調査観察を重ねて、その結果によって領土と決定している。
本当に、昔の日本人の功績を知るにつれ、先人のきちっとした律義さと誠実さと慎重さと的確さと礼儀と功績に、敬意を表さずにはいられません。本当に、これはありがたいことです。自分たちのやった事が、ずっと後の子孫に伝えられる時に、自国の子孫に恥じない、正々堂々と胸を張って居られる、そんな実績が残せれば、そこまで努力したという結果が残せれば、と、心から、本当に、そう思います。
現在、いろいろな圧力に対処しようとしている人々の、現実を見極めようと努力してきている成果と誠意とが、後の時代にも評価されるようにと伝えて行ければと、願って止みません。誇りを持って、胸を張って、他国の前にも恥じる事のない実績を残して下さった先人の努力は、現在の日本の子供達にきちっと伝えられているのでしょうかね。
日本人は善意と誠意でやってきた民族なので、なるべく、事実がきちっと伝えられれば、それを胸に、各分野での努力にも更なる高度な精神性を培う為にもとの気持ちを持って努力していけると思います。

以下、尖閣諸島情報のこぴぺ
*********************************************
もともと尖閣諸島は日本固有の領土である。明治維新がようやく落ち着き、国際法の下に国境の画定が重要課題とされた時期に、以前から琉球に属すると大まかに考えられていた尖閣諸島に、当時の清国だけでなく、歴史的に外国の主権が及んだ時期がなかったか、国際的なもめごとにならないか等、10年に及ぶ慎重な調査検討を経て我が国の領土としたのである。
その前後から日本人が船着場を作り、工場を操業して実効支配し、それに対してどの国からも文句は出ていない。
大正9年(1920年)には、当時の長崎駐在の中華民国領事が、尖閣諸島に漂着した福建省漁民を日本人が救助したことへの感謝状を出しているが、それには「日本帝国沖縄縣八重山郡尖閣列島」と明記され、その現物は八重山博物館に現存している。また70年代以前の中国及び中華民国(台湾)で発行された地図には尖閣諸島は日本領とされ、「尖閣列島」と表記されている。
第2次大戦の敗戦で尖閣諸島を含む南西諸島の施政権が連合国に移され、72年の沖縄返還でそのまま日本に返された。中国や台湾が、あれはわが物と言い出したのは、あの周辺に石油があるという報告が発表されてからである。それまでは彼らも日本領ということを疑ってなかったのである。
中国は平成4年の全国人民代表大会の常務委員会でいわゆる領海法を作った。歴史も国際法も国際慣習も一切無視して、我が国の領土はこの範囲だと勝手に決めたのだ。それ以後彼らは繰り返し、手を変え品を変えしてあの地域を手に入れようという画策を続け、日本に圧力をかけている。
**********************************

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: