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岡田@隊長さんComments
先日、 ヤン・ヨーステン
なる人物の銅像をアップしましたが、
さらに詳細が紹介されていました。
これまた休憩時間に発見しましたよ~。
この方がヤン・ヨーステンっす。
日本に漂着した オランダ船リーフデ号 のオブジェ。
そして水先案内人だった英国人 ウイリアム・アダムズ
は
こんな感じ。
ご存知、 徳川家康 っす!
で、 能書きです。

「八重洲」の由来
「八重洲」の名は、慶長5年(1600)に豊後(現・大分県)に漂着したオランダ船リーフデ号の船員であったヤン・ヨーステンの名に由来するという。ヤン・ヨーステン(日本名、耶揚子)は、徳川家康の通訳として重用され、江戸城下の今の日比谷あたりに屋敷を与えられたので、このあたりを八代洲(やよす)河岸といった。「八代洲」は、のちに「八重洲」とかかれ、その「八重洲」という広域地名が、初めて町名となったのは明治5年(1872)のこと(現・千代田区丸の内1丁目付近)。その後大正3年(1914)に東京駅が開業すると、八重洲町の大半は東京駅となるが、昭和29年(1954)には東京駅東側一帯が「中央区八重洲」となって今日に至って胃r。ちなみに、リーフデ号の水先案内人であった英国人ウイリアム・アダムズ(日本名、三浦按針)も家康の外交顧問となり、日本橋近くに屋敷を与えられたので、このあたりを按針町(現・室町1丁目、本町1丁目)といった。
ちょっとだけ、町名の由来ってのに感心しちまった、
今日のオイラでした!
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